まだ見ぬ未来へ届くモフモフ謝肉祭―最高のお祭り―

天秤アリエス

まだ見ぬ未来へ届くモフモフ謝肉祭

 ここは、とてもよくお日様が当たる、とある大きな動物たちの住む森の区域。この森では、様々な動物が区分けを守ってそれなりに暮らしている。遠くには、熊の村があるけれど、熊と僕たちウサギの仲間は、とても仲よし……とは言えない。

 熊は大きくて、怖がるウサギたちが多いからだ。

 熊とウサギは食事も違う。熊のほうは、ウサギを食べてもおかしくない。だから、僕らは「熊の森」には行かないようにと、長老のおじいちゃんにきつく言われていたんだ。



「おーい」

「あ、熊のボブだ!」


 河を渡ってきたらしい、熊のボブがウサギの森にやって来た。手には大きな魚。うさぎは魚は食べないから、戦利品を見せつけにきたのだろう。ウサギの僕らから見ると、熊はとても大きく、ぱっくり開いた口に僕らはたちまち詰められてしまいそうだといつも、耳が下がるんだ。


「あ、ボブさんだ!」

「ボブさーん!」


 何も分からない子ウサギたちには、ボブは人気。一緒に揺れる草を追いかけたり、耳をかしかしするわけではないけれど、どうやら小さい僕らは大きい動物が好きらしい。


「ミーナさんに食べさせてあげようかと。栄養がつくぞ」

「要りません。おかえりください」


 大人ウサギがぴしゃりという。ボブは大きな魚を翳して見せると、川辺に投げて、またザブザブと背中を丸めて帰って行った。魚はまだ勢いよく跳ねて、そのまま河に帰って行った。


 ミーナ、とはウサギの森のお母さんの名前である。しょっちゅうお腹を大きくしているから、お母さん。多分僕のお母さんも、ミーナさんかも知れない。

 ミーナさんは普通のウサギより、ずんぐりとしていた。まん丸の顔は、夜に上るお月さまと同じく優しい感じがする。

 大きな体は、ちょっと潜るとふかふか毛布の温かさで、人間が僕らの毛皮を欲しがるのも分かる気がするなだらかさ。少し長めの真っ白な体毛はそのまま寝ても、優しく僕らを包んでくれる。


 おかあさん、というのだって。でも、お母さんは次に産まれてくる子供のことで頭がいっぱいらしい。


「トマ、ここにいたの?みんなで準備しているのに。一匹で何をやっているの?」

「あ、ごめん。ボブに呼び止められて。キャロの人参スープの出来はどう?」

「ばっちりだよ」


 僕らは二匹で並んで、跳ねながらお祭りの櫓の傍まで戻ったんだ。そこには、今夜のお祭りの準備や、動物たちからのプレゼントが並んでいて、子ウサギたちは一生懸命花輪を作っていた。生まれたばかりの赤ちゃんウサギの首にかけてあげるんだ。

 ミーナさんは強いから、ぽんぽぽんと子供を産むよ。

 またこのウサギの森も、可愛いやんちゃうさぎでいっぱいになるんだろうな。そう思うと、僕の胸だって、一緒にはずむ。


 最高のお祭りのために。

 

 生まれて来る子ウサギたちの喜びを見たくて。


 僕たちは仲間が増えることに嬉しさを隠せない。


 ――ミーナママ、頑張って僕たちの楽しい仲間を連れて来て。



*****


 夜になって、お祭りの会場に、ゆるく灯がともり始めた。森の静かさも、優しいものに変わっていく。ゆるやかに、ゆっくりと。夜が来る頃、僕のほうの準備も終わった。花輪のうさぎたちはもう仕事を終えて、追いかけっこをして、長老うさぎに叱られている。

 ママさんウサギは、料理の準備に余念がない。


 そんな中、僕はキャロとミーナママに逢いに行った。ミーナママの傍には、あまり見た覚えがないオスのウサギがいて、しきりにミーナママに話しかけていた。

 がんばれよ、とか。そういう言葉を。


「悪戯子ウサギ。入っておいで。傍に来て、ミーナに元気を分けてやってくれないかな」


 オスのウサギは、僕よりもずっと大きく、傷だらけだった。「あんたたち」とお腹を揺すったミーナママ。僕らに気づいて、にっこり笑う。


「もうすぐ、お友達が増えるからね」



*************


 お祭り会場では、ウサギたちがわんさか集まって、お祭り真っ最中。ウサギは寂しがりだから、ぎゅうぎゅう群れる。その明かりは、ミーナママの小屋まで見えていて、ミーナママは、そのまま頑張って子ウサギを産んだんだ。


 とってもかわいい子ウサギが五匹。

 まだ耳も短いし、尻尾もよく分からない。ミーナママのお腹に潜り込んで、世界をこわごわ見詰めている。


「わたしたちも、あんな感じだったよね」

 キャロに頷いて、僕は懐かしく時を見送った。生まれて、視る、世界。今は当たり前にやっていることすべて、何もかもが真新しくて、歩いた時の土の感触、耳に聞こえる風のせせらぎ、ひくひくと嗅ぎ取った樹々の匂いに、雨の香。

 初めてのにんじんスープの味と、遠くまでキャロと出かけて帰れなくなった時、誰かが僕らを抱き上げて、森に戻してくれたこと。


「ん、懐かしいな」


 目の前では、ミーナママと、パパが何やら会話をしていた。でも、子供の僕らには分からないんだ。今日は夜なのにぽかぽか温かい。

 そっか、今日は最高のお祭りだから。



*********************



「こら、二人とも、そんなところに寝ちゃって。床暖房だからってだめよ」

 

 揺すってみたが起きる気配はない。床暖房は空気もいいし、温かいので、子供も大人もゴロゴロしてしまうのが難点だ。

 よっこいしょ、と膨らんだお腹を屈めないようにして、転がっていたクレヨンを拾って、二人の合間にある画用紙を覗きこんだ。


 熊らしき絵に、これはウサギ? うさぎがたくさん。その中に、お腹の大きいウサギを見つけて思わず微笑んだところで、旦那の声がした。


「どうしたんだ?」

「あなた、これみて」


 画用紙を見せると、旦那は噴き出しそうになって、「子供は鋭いから。何か、お祭りをしようとしている画だな」と魅入り始める。


 小さなウサギが腹ボテのウサギを見ていて、傍にはもっとちいさなウサギらしきモノが走り回っている。河があって、森があって。如何にも小学生が書きそうな風景だ。


「謝肉祭かな、よほどきみのお腹が気になるんだな。そして、楽しみにしているって、新しい兄弟を」


 旦那は告げると、クレヨンで下手な人型を書き加えた。

「なに、その人型」

「一緒に入れてやったが、見えないな」旦那の美術は2。妹のリボンで分かる程度だが、おそらくこの兄妹はこっちの、腹ボテを見ている二匹のほうだろう。

 離れている熊が少し気になる。


 仲良くしたそうな、不思議な距離感だ……。


「やれやれ。一人ずつ運ぶか」




 まるで揺りかご。安心するどっしりとした腕の中で、僕らは夢を見ていた。



 

 ――僕らは遭難した時の力強い腕を憶えていた。あれは熊の腕だ。ボブだ。

 遠く、うさぎの森を抜けて僕らは熊の森に踏み込んだ。その僕らを助けてくれたボブの腕は温かかった。


「二度と来てはいけないよ」


 ザブザブと河を渡り、ボブは僕らをうさぎの森に送り届けてくれた。


 ミーナママへ、お土産を持って、来てくれた熊のボブ。本当は、ボブも仲間に入りたかったのかも知れない。


「キャロ」

 キャロはぴくんと長い耳を僕に向けた。


「最高のお祭りに足りないよ。ボブも、お祭りに呼ぼうよ。これからは、他の動物たちとも、交流していこう」



 ここはとある森。争いなんかない、子供が夢見る、動物のワンダーランド。うさぎの僕らは新しい兄弟を楽しみに、まだ見ぬ夢を見るのだった――。



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