やばい女(その7)

まず、騎馬の梶原与力を先頭に捕方が続き、そのあとを岡埜同心と浮多郎が追うかたちで、東本願寺近くのしもた屋を目指した。

家の中には、三人ほどのならず者がとぐろを巻いていたのをあっさり召し捕り、お美津を救い出した。

ならず者は、いずれも寄せ場帰りの凶状持ちで、押し込み強盗の花吹雪の金太郎の配下と知れた。

しもた屋は、この金太郎の持ち家で、若い侍は旗本の父親を持つ山際作太郎という火盗見習いだった。

ということは、山際は日ごろ金太郎と癒着し、賄賂を取って火盗の捜索情報を教えていたことになる。

清水門外の先手組の役宅に、奉行所の騎馬与力を先頭に捕方が押しかけたので、界隈は大騒ぎになった。

「何ごとじゃ!」

小頭の重野清十郎が血相を変えて飛び出してきた。

「こちらの見習いの山際作太郎を引き渡してもらいたい」

馬上から梶原与力が声を張り上げた。

奉行所は、あくまで町方の捜索と裁判のみをするので、武士と僧侶を逮捕することはできなかった。

が、これは、日ごろ町方の領域を平気で荒らす火盗の横暴なやり口に腹を立てるお奉行の、意趣返しだった。

「山際が何をしたというのだ!」

「とにかく、本人をここへ引き出してから話そう」

押し問答の末、作太郎が蒼ざめた顔で役宅の前に現れた。

「聖天町の牢人の内妻・美津をかどわかし、東本願寺前のしもた屋に監禁した。

しかも、このしもた屋は、押し込み強盗を生業とする花吹雪の金太郎の持ち家。重野どの、ということは、これがどいうことかお分かりでしょうな。即刻、この山際作太郎をお引き渡し願いたい!」

梶原与力が、北の丸のお堀にも響き渡るような大音声で、作太郎の行状をいいつのるので、重野清十郎の顔も蒼ざめた。

「そのようなこと、いいがかりじゃ・・・」

弱々しい声で作太郎が反論すると、梶原がさっと手を振った。

先頭に飛び出したお美津が、

「何をいっているのやら。ひとをさらって縛りあげて、女房になれのなんのとさんざん口説いておいて・・・」

となじったので、作太郎はへなへなとその場に崩れ落ちた。

それを見届けた梶原が、

「お奉行さまは、先のある山際作太郎の身を案じ、このようなことを長谷川平蔵さまのお耳に入れてはならぬとおっしゃっておる」

と、声を落として囁くようにいったので、重野清十郎は思わず身を乗り出した。

「このお美津という者は、父の仇を討ちに彦根からやってきた。その仇は彦根藩の江戸屋敷が匿っておるそうな。重野どのが木の葉の煙でもって、このキツネをいぶり出してもらいたい」

梶原と重野は目を合わせて、しばし睨み合った。

「長官には・・・」

重野がいうと、梶原はうなずいた。

―清水濠を歩きながら、岡埜は大あくびをした。

「こちとらは、無駄足だったな。おいしいところは、すべて梶原の若造めがかっさらったし・・・」

お美津を聖天町の東條弥三郎のもとへ送り届ける浮多郎は、竹橋で岡埜と別れた。

別れ際に、岡埜は、

「あの重野という男、以前からしつこくお前を火盗に譲れといってきておる。そいつは、できねえ相談だぜ」

とニヤリと笑った。

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