ばら撒け! 種クイズ

snowdrop

拡散する種

「ばら撒け! 種クイズ~っ」


 長髪を後ろでまとめる司会進行役の女子部員がタイトルを発表した。

 クイズ研究部の部室中央に並べた机を前に座るのは三人。

 会計、部長、書紀が強めに拍手する。

 三人の前には早押し機が用意されていた。


「三月といえば年度の最後の月。他の月にはない、人生の節目となる卒業や就職、転勤、進学など、様々な事情でそれまで慣れ親しんできた環境とお別れする季節でもあります。寒気吹き荒れても、暦の上ではもう春。新たな門出の月でもあります」


 たしかに、と部長が声をあげる。


「やりたいことをするために、ここではない何処かへ飛び出していくのがこの三月。今回は旅立つすべての人達を種子に見立てまして『拡散する種』に関するクイズを五問用意いたしました。もっとも正解数が多かった人が勝者となります。正解したら一ポイント、誤答すればその人のみ、その問題は答えられません」


 確認なんだけど、首を傾げながら書紀が手を挙げる。


「優勝したら有名大学合格や大手企業の内定がもらえたりは……」


 室内が静まり、三人の視線は進行役の女子部員に注がれる。


「もらえません。名誉だけです」と進行役がきっぱり答える。

「やっぱり? 知ってた」


 書紀は、ふふんと笑ってみせた。

 部内のクイズでもらえるわけがない、と会計が呟いてみせる。


「それでは出題します」


 進行役の言葉を聞いて、三人は早押し機のボタンに指を乗せた。


「問題。英語名はフランス語の『ライオンの歯』に由来し、中国名はホコウエイ、日本では古くはフヂナ、タナと呼ばれ、花茎を切り出して両側を細く切り裂き水に浸けると反り返って鼓の形になることから江戸時代は『ツヅミクサ』と」


 ここで早押しボタンを押したのは、書紀だった。


「たんぽぽ」

「正解です」


 ピポピポピポーンと甲高く音が鳴った。


「問題文の続きを読みます。江戸時代は『ツヅミクサ』とも呼ばれ、葉にはぎざぎざがあり、黄色い花が咲かせ、実には白い冠毛があって風で飛び散ることで知られる、道ばたや野原に自生するキク科の多年生植物はなんでしょうか、という問題でした。どこでわかりましたか?」

「ライオンの歯と聞いたとき、ダンディライオンが頭をよぎりました。でも、ホコウエイとかフジナ、タナとか出てきたら違うような気がして、ツヅミグサと耳にしたとき『おっ、ひょっとしたら』と思い直して押しました」

「ちなみになんですが、フランス語のダン・ド・リオンの呼び名が、英語ではダンディライオンとなったそうです」


 進行役の言葉に、なるほどねと頷きながら早押しボタンに指を乗せた。


「問題。現在、在来種は絶滅危惧Ⅱ類に指定され、マジックテープ誕生」


 ピンポーンと音が鳴り響く。

 部長も早押しボタンを押したが、勝ったのは会計だった。


「オナモミ」

「正解です」


 ピポピポピポーンと甲高く音が鳴った。


「問題文を最後まで読み上げます。マジックテープ誕生のヒントとなったとされる、衣服についた果実を取ろうとするとますますくっつくため『揉むな』という言葉が語源であり、ひっつき虫やくっつき虫と呼ばれるキク科の植物はなんでしょうか、という問題でした。ご存知でしたか」

「これは知ってた」


 めちゃラッキー、と会計は歯を見せて微笑んだ。

 進行役はにこやかな笑みを浮かべ、次の問題ですと声を上げる。

 慌てる様子もなく三人は早押しボタンに指を乗せた。


「問題。固有結界と呼称されることもある、術者がイデアに直接アクセスすることにより現実境界線を歪ませ、過剰活動をさせたシナプスより自らの心象風景を外界へ投影、世界そのものを一瞬にして塗り替える窮極の禁呪であり、詠唱した者の周囲には不干渉フィールドが展開され、現実世界に戦闘の被害が出ないようになる設定である、アニメ『中二病でも恋がしたい!』の劇中で、小鳥遊六花たちが使用した詠唱呪文の全文はなんというでしょうか」


 押そうとする三人の手が止まる。

 会計は首を傾げ、部長は目を閉じる。

 書紀は苦笑しながらボタンを押した。

 ピコーンと音がなるとともに赤いランプが灯る。


「爆ぜろリアル、弾けるシナプス……バニッシュ……なんだっけ」


 ブブー、と音が響く。

 忘れちゃった~、と呟いて書紀は息を吐いた。

 すかさずボタンを押したのは、部長だった。

 赤いランプが点灯するのを確認するや立ち上がり、


「爆ぜろリアル!」


 右腕を前へ振り下ろすや後ろへ素早く振り、


「弾けるシナプス!」


 左手を広げながら顔の前で構え、


「バニッシュメント」


 左手で顔を隠し、


「ディス」


 くるりと掌を返し、


「ワールド!」


 右目を覆う眼帯を外す仕草をしてみせた。

 一連の部長の動きに呆気にとられて声も出ない書紀と会計。

 進行役の女子部員はまばたきをくり返す。


「……正解です」


 ピポピポピポーンと正解を知らせる音が鳴った。


「よっしゃー」


 部長は、思わず天井を仰ぎ見た。


「ご存知……だったのですね」

「少しばかりアニメを見たことがありましたが、すっかり忘れてました」


 笑って答える部長に、ウソつけと書紀がツッコミを入れる。


「書紀の誤答がいいアシストになりました。あのアニメは、中二病のヒロインだけでなく、他の登場人物も叫ぶようになって妄想バトルが広がっていくところが面白かったですね」


 そうですね、と書紀はぼやく。

 次の問題に備えて三人は早押しボタンに指を乗せた。


「問題。ギリシャ語の酸っぱいが語源とされ、中国では酢漿草さくしょうそうと書き、葉や茎にシュウ酸を含む酸味があるのを利用して真鍮の鏡や仏具を磨くために用いられていたことから鏡草かがみぐさとも呼ばれる、果実は先端のとがった棒状で直立し、熟すとはじけて種をとばすだけでなく、アリに運ばれて拡散する厄介な多年草はなんでしょうか」


 三人とも手が動かない。

 首をひねり、早押しボタンから指が離れていく。

 ブブーっと音が響く。

 

「正解は、カタバミでした。平安時代からよく知られた植物だったようで、枕草子にもその名前を見ることが出来ます」


 知らなかった、と書紀がつぶやき、会計は息を吐く。

 部長は、けほっと咳をした。


「ここで点数の確認です。みなさん一ポイントずつで拮抗してます。次がラストです」


 進行役の言葉を聞いて三人は、すかさず早押しボタンに指をのせた。

 

「問題。昭和十一年二月二十六日、陸軍教育総監だった父親を目の前で殺された体験を持ち、二十九歳で修道女シスターとなり、三十九歳でノートルダム清心女子大学学長に就任、八十八歳の現在もノートルダム清心学園の理事長として活躍され、著書である『置かれた場所で咲きなさい』が百万部を超えるベストセラーとなった人は誰でしょうか」


 一人が動くと釣られるように二人の指が動く。

 赤ランプが灯り、早押しを制したのは会計だ。


「渡辺和子」

「正解です」


 ピポピポピポーンと正解を知らせる音が鳴った。


「この結果、勝者は会計に決まりました。おめでとうございます」


 進行役の言葉に、部長と書紀は称賛の拍手を会計に送った。


「ところでこの人のどこが、拡散する種なんだろう」

 

 会計の口から出た言葉に、「たしかに」と部長と書紀はうなずいた。

 三人の視線が進行役の女子部員に向けられる。


「やりたいことをするために、誰もがいずれここではない何処かへ旅立っていきます。それは、決断する勇気を持ってたどり着いた場所で自ら花を咲かせるためだということを忘れてはいけないと思い、この問題を作りました」


 臆面もなく清々しい表情で答えた彼女に三人は、すばらしい、と強く手を叩いた。

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