ケース2:湖畔の殺人鬼vs不死鳥

 とある湖畔のキャンプ場、やや寒くなってきた時期であるにも拘わらず、大学生の男女が十二人で肉や野菜を焼いて食事と会話を楽しんでいた。

 

 「ははははっ!」

 

 何が楽しいかは笑う当人にもわからないが、とにかく大声で笑う。今この時こそが楽しく、都会から離れたこの場所には、騒ぐ彼らを注意する煩い大人もいない。

 

 「あれぇ? あのおっさん誰?」

 

 泥酔してしばらく前からはおとなしくなっていた女が、目をこすりながらそんなことを言い出す。

 

 「めっちゃ濡れてんじゃんか! 何あのおっさん、こんなとこで水泳かよ!」

 

 同じものを見つけた眼鏡の男も、指をさして声を張り上げる。

 

 しかし彼らのいう“おっさん”、湖から歩いて現れたずぶ濡れの、不気味な仮面をかぶった人物は、歩くペースを変えずに彼らの方へと大股で近づいてくる。

 

 さすがに不審に感じた眼鏡の男は、仲間達をかばうように前に出て、地元では非合法な職種の人間ですら道を譲る、その恵まれた体格を示す様に胸を張って対峙する。

 

 しかし近づいたことで、眼鏡の男の頬には汗が伝う。滅多に見ることのない、自分より高い身長と、分厚い胸板に、ここにきて初めてずぶ濡れの仮面男を怖いと感じていた。

 

 「てっめ、ふざ――ぶっ!」

 「あはは! タクト何その不細工なこ、え……、……え?」

 

 仮面男と向かい合って啖呵を切るも、途中で声を詰まらせたことに、眼鏡の男の仲間たちは面白がって笑った。しかしすぐに不可思議なことに気付いて、呆けた声をあげて動きをとめてしまう。

 

 それは眼鏡の男の背中に生えた赤い塊のせいだった。

 

 そして仮面男が体を揺すると、眼鏡の男の背中からその塊、ナタの刃は消えて、支えるものの無くなった死体は地面に崩れ落ちる。

 

 「きゃあぁぁぁぁぁ!」

 

 女の悲鳴を合図に、大学生たちは硬直から立ち直り、一斉に走り出す。ある者は管理棟のある方へ、またある者は近くの森の中へ、そして始めに仮面男に気付いた女キミコは宿泊するために仲間で借りたコテージへと走る。

 

 キミコがコテージを選んだ理由のひとつはただ近くにあったから。非現実的な恐怖から逃れるために壁と天井に囲まれた空間に駆け込みたい欲求に逆らえなかったからだ。

 

 そしてもう一つの理由へと、キミコは辿り着く。

 

 「フェニちゃん!」

 

 それはキミコが大事にしているペットのインコだった。別れた元カレからのプレゼントとしての出会いであったものの、元より動物好きであったキミコはこのインコを何より大事にしていた。

 

 「おい、こんなとこ袋小路じゃねぇか! キミコも皆と森に……ん?」

 

 そこに追いかけてきた短い金髪を逆立てた派手な容姿の男が声を掛けてくる。

 

 その金髪は旅行に来ていた大学生達のリーダー格を自負しており、それが理由でコテージに駆け込んだキミコを放ってはおけずに追いかけてきたのだった。

 

 「ペットなんか放っておけよ、あいつがすぐに来るぞ! ……、いや待てよ」

 

 そう言って金髪の男はキミコが抱える鳥かごへと無造作に手を差し入れ、とっさにキミコが身を離すより前にインコを掴みだしてしまう。

 

 「やめてよ! フェニちゃんに何すんの!」

 

 状況も忘れて激昂するキミコには構わず、金髪の男はそのまま来た方へと振り返る。そこには仮面男が既に入り込んできており、その手に持ったナタから滴る赤い水滴に、キミコも思わず口を噤んでしまった。

 

 「陽動くらいにはなんだろ、そらよ!」

 「ばかっ!」

 

 そして金髪の男は、逃げるための刹那の時間を稼ぐため、無情にもインコを仮面男へと投げつけた。

 

 しかしその程度で怯むことも、ましてや気をとられて追いかけていくようなこともなく、仮面男が手で払いのけると、可哀そうなインコは落ちて動かなくなる。

 

 「いやぁぁぁっ! この、っばか!」

 「――え?」

 

 金髪の男が思っていたよりも遥かにインコを大事にしていたキミコは、自分の中の激情を抑えられずに、目の前の背中を思い切り突き飛ばした。

 

 そして思いも寄らないところから力を加えられた金髪の男は、押されるままにたたらを踏み、仮面男の面前に無防備な体をさらす。

 

 「へぶぇっ!」

 

 仮面男が大上段からナタを振り下ろし、金色混じりの肉塊が赤い飛沫を散らして床にへばりつく。

 

 「ぁ……」

 

 自分がしたことに思考が追い付かず、声も出ないキミコの視界の中で、仮面男は一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 しかしここで、キミコの視界に小さな炎が見えた。そして熱でも感じたのか、仮面男も近づく足を止めて反転する。

 

 「フェニ……ちゃん?」

 

 叩き落とされていたインコが落ちていた場所、そこが燃え上がり、徐々に熱を増していく。

 

 「ぴぃぃぃぃぃっ」

 

 そして燃え上がる炎の中から完全に元の姿でインコが飛び上がる。

 

 「あっ」

 

 驚いたのか、あるいは恐れを感じてだったのか、仮面男は素早い動きでナタを振るい、超常の力で飛び上がったインコは今度は二つにわかれて墜落する。キミコも判断がつかず、悲しむことも驚くこともできずに間抜けな声だけが漏れた。

 

 しかし落ちたインコは再び燃え上がる。

 

 仮面男は、何度でもと言いたげにナタを振り上げて待ち受ける。

 

 そしてインコは飛び上がり、すぐに仮面男にナタでうち落とされる。

 

 燃えて、再び飛び上がり、うち落とされる。

 

 何度も、何度も、……気が遠くなるほど何度も。

 

 

 

 やがて窓から見える外が明るくなってきた頃になって、ずっと息を潜める様に見守っていたキミコは、同じことを繰り返す仮面男の周りに違いがあることに気付いた。

 

 それは何度もうち落とされ、何度も燃え上がったインコの灰だった。それが気付けばかなりの量で、仮面男の足元に堆積している。

 

 そして今また、うち落とされたインコの残骸が燃え上がる。しかし今度は周りの灰に引火して、大きな、仮面男の全身を飲み込んでなお余裕があるほどの火柱となっていく。

 

 「あ……、サイレン?」

 

 今頃になって、逃げた他の仲間が呼んだのであろうパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 

 しかしもう仮面男は永遠を象徴する紅蓮の中に飲み込まれて消えた。……後に残るのは呆けるキミコと、愛鳥フェニちゃんこと――現代に残る霊獣フェニックスだけであった。

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