過剰戦力ホラー

回道巡

ケース1:ビデオテープの怨霊vs魔王

 「他愛もない、人類の希望とやらもこの程度か……」

 

 倒れて動かない黒髪の少年を見下ろして、頭に角を二本持つ蒼肌の偉丈夫が呟く。

 

 「人類が余を打倒するために異界から召喚したという事であったが」

 

 たった一人で魔族の軍勢を追い詰め、魔王の玉座まで辿り着いたこの人間の少年は、驚異的な強さだった。しかし今、この場に立つのはこの魔王のみであり、そしてその差は歴然であったことが魔王の胸中に虚しさを残していた。

 

 「これは……、勇者が持っていた鞄か。薬か何かでも入れていたようだな」

 

 そう言って落ちていた鞄を拾い上げた蒼肌の魔王は、それが勇者と呼ばれた少年の、故郷から持ってきたものであるとは思いもせずに自室へと帰っていくのだった。

 

 

 

 少し時間を置いて、どうにも鞄の中身が気になった魔王は、一つずつその不可思議な中身を見分していた。

 

 「ペン……、であろうが、見たことのない素材に、構造をしている」

 

 それがボールペンという名前である、ということを教えるものがいる訳もなく、部屋の中で魔王は一人で首を傾げるのみだった。

 

 幾つか良くわからないものを取り出した後で、鞄の底から最後にでてきたものはやはりわからないものだった。

 

 「この黒い塊は何だ? 中に帯の様なものが入っているが……」

 

 ビデオテープという名の異界の記録媒体は、しかしただの物品ではなく、それ故にこの魔族の王の興味を引いたのだった。

 

 「何かはわからんが、恐ろしく純度の高い魔力が込められているのを感じる」

 

 そして魔族の王であり、同時に魔法使いの王でもあるこの男は、ほぼ勘だけでこのビデオテープが映像を記録していることを察知し、空中へとそれを投影するべく魔力を流した。

 

 「やはり映る、これは景色を記録として封じるものなのか!?」

 

 倒した勇者の故郷に対しての畏怖に魔王が震えている間にも、空中の映像は小さな木造の家を見せてくる。

 

 その家の、ごく普通に見える人間の一家。その団らん、一人ずつ減っていく家族。最後に残った黒髪の女は長い前髪に目元まで隠され表情は見えない。

 

 「終わり……、か? 確かに魔力を感じたはずであったが」

 

 そこまでで映像は全て。何度繰り返しても同じものだった。映像を記録するという技術に驚きはしたものの、その中身に興味をそそられるものはなかったことで、結局興味を失った魔王は、椅子に深く腰掛けたままで目を閉じ、眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 一週間、座ったまま眠り続けた魔王が、唐突に目を開き立ち上がる。

 

 「……?」

 

 殆どの魔族は勇者に虐殺され、しかしその勇者を返り討ちにされた人間には再度攻め込む戦力などない。それ故に魔王城はもはや閑散とし、己の実力に伍する者のいない世界に飽いた魔王はただ眠るつもりでいた。

 

 時間が大して経過しないうちに、何かの気配を感じてその目を開いた魔王は、しかし何もいない部屋を視界にとらえるのみだった。

 

 「いや、これは……むぅっ!」

 

 唸る魔王が目線を向けた先は本棚の端。その向こうは壁で、隙間など無いはずのその場所から、人間の女の細い腕が這い出していた。

 

 勇者すら辿り着くことはなかったこの魔王の私室に、武装すらしていない長い黒髪の女がその全身を現していく。

 

 「あ、あ、ぁぁぁ、ぁぞく」

 

 女の言葉に聞きなれた響きを感じた魔王は眉を顰める。

 

 「魔族、といったか? やはりこいつも刺客か」

 

 人間の送り込んできた次なる手、それがこの得体のしれない侵入者だという魔王の推測は、しかし的外れなものだった。

 

 「ぁぞく、か、ぁぞく、かぞく、かぞく、家族、家族、わたしの、家族、家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族いない家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族死家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族」

 

 怨念を込めたビデオテープという形で、世界を越えて失った物を縋り探したこの女の怨霊は、込められていた呪いに従って一週間前に映像を確かに見た男、蒼肌の魔王へと歩み寄る。

 

 その一歩は恐怖を増幅させ、その目は見るものの鼓動を止める……、はずであった。

 

 「死霊族の将軍は、勇者の奴に最初に滅ぼされたのだったな」

 

 こいつは役に立つだろうか? そんな考えを表情に浮かべながら、魔王は無造作に腕を伸ばし、その頑強な五指で女の顔を鷲掴んだ。

 

 「ぁ?」

 

 目が合うだけで恐怖に悶死するはずだった獲物から、掴めるはずのない霊体の自分をしっかりと掴まれた女は、純粋な疑問から呻いた。

 

 「ふんっ!」

 

 力任せに腕を振り回した魔王は、最後に掴んだものをそのままに自室の床へと叩きつける。

 

 石造りの床が崩れて、建材が下階へ落ちる音を聞きながら、永遠を恨みに囚われて漂うはずの怨霊は、己の意識が人間であった時の最後の瞬間以来の久しぶりに暗転するのを感じていた。

 

 

 

 そしてその後時が経って、勇者が抑え込んだはずの魔王は、人間の国へと再度の侵攻を開始する。

 

 その隣には、かつての前任者をはるかに凌ぐ強さと恐ろしさを備えた死霊族の将軍が控えているのだった。

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