第30話 性欲こそが、魔法使いを強くするのだ!

『お前たちも、俺の弟子にならないか――?』


 我が渾身の勧誘に向けられたのは、二発の攻撃魔法だった。

 言うまでもなく、ユリーヌとアイリスが放ったものだ。


 ドゴォォォォンッ! という衝撃音がスターダストビーチに響き渡るが、まあ当然、俺は無傷である。


 今の二発は無詠唱だったが、いずれも第一階梯魔法。

 もちろん防御など不要だ。


「あ、あの流れで、よくもまあそんな勧誘ができますわね! わたくしたち、色欲魔法の片棒なんて担ぎませんわ!」


「……えっちな小説は好き。だけど、えっちな魔法を学ぶなんてありえない……。変態の弟子とか、屈辱以外のなにものでもないし……」


 こちらに向かって杖を掲げ、ユリーヌとアイリスは怒り心頭だ。


 しかし俺は慌てない。

 フラれるのは想定内だ。


 ――ゆえに、殺し文句をぶつけてみる。



「自分たちの魔法が、今より格段に上達するとしても?」



「なっ……!」


「そ、それは……」


 ユリーヌとアイリスが、わずかにぐらつく。


「俺は二〇〇〇年前に当時のあらゆる魔法を習得し、学ぶことがなくなったからこそオリジナルの魔法体系である色欲魔法を研究し始めた。当然、普通の魔法も自在に使いこなせる。お前たちの魔法の欠点もすでに把握しているから、矯正だって容易にできるぞ」


「そ、そうなんですのね……」


「……ユリーヌ、聞き入れちゃだめ!」


「で、ですわね! えっちなことなんて、魔法使いには不要ですもの!」


「性欲の解放は、別に色欲魔法に限ったことではないのだが……」


 崩れそうで崩れないギリギリのラインで、ユリーヌたちは踏み止まっている。


 だからこそ、もう一押しだ。

 指導実績を示せば、二人も納得するかもしれない。


 俺は首を巡らせ、背後に控える勇者の少女に告げた。


「レヴィ。大いに手加減しつつ細心の注意を払い、ごくごく軽く遊んでやってくれ」


「ふぅ、やっと出番が来たわね!」


「ああ、待たせたな。くれぐれも、ユリーヌとアイリスの柔肌に傷をつけないように頼むぞ。実力を示すのではなく、お遊戯ぐらいをイメージしてくれ」


「そうね。それぐらいにしておかないと……」


 レヴィが前方に進み出て、首や肩をポキポキ鳴らす。


 これにお怒りなのがユリーヌとアイリスだ。


「ど、どれだけ念入りに手加減をなさいますの!?」


「勇者のくせに、今は丸腰……。ユリーヌ、やろう。早くここから脱出しよ」


 その一言が、今度こそ開戦の合図となった。


 杖を掲げるユリーヌとアイリス。


「はぁぁぁぁぁぁ……ですの!」


「むうぅぅぅ……!」


 ユリーヌの杖の先端には火球が、アイリスの杖の先端には氷の粒が生成された。


 今はレヴィとの間合いが近すぎる。

 だから低ランクの魔法を無詠唱で放ち、その隙に距離を取るつもりだろう。


「――遅いわ!」


 だが、彼女たちはあまりに無策だ。

 勇者の少女レヴィ・ベゼッセンハイトが、そんな悠長な立ち回りを許してくれるはずがない。


 レヴィが砂浜を蹴り、真紅の風となってユリーヌに肉薄する。


「――速っ!?」


「ほいっと」


 レヴィが軽く足払い。

 ユリーヌがバランスを崩して尻もちをつく前に、彼女から杖を奪取。


 ――以上である。


「あ、あら、ら……? つ、杖……ど、どこ……ですの? 今、何が……?」


 砂浜に尻をつけた姿勢のまま、ユリーヌは両目をぱちくりさせている。

 レヴィの動作を目で追いかけることすらできなかったようだ。


「次はアイリスちゃんね~」


「そ、そう簡単には……!」


 アイリスの警戒心は相当なものだ。

 今の瞬殺劇を目の当たりにしたせいだろう。


 彼女はすでに第一階梯魔法、アイス・キューブを撃てるようになっている。


「おっ、ユリーヌちゃんがやられてる間も、後退しながらちゃんと魔法を錬ってたんだね。感心感心~♪」


「バ、バカにして……!」


 丸腰のまま微笑むレヴィに、アイリスが杖を向ける。


 ――射出!


 無数の氷の粒が、レヴィに向かって勢いよく放たれた。


 が――。


 そこにはすでにレヴィはいない。


「えっ……。き、消え……」


 眠そうな目を見開き、アイリスがそう口にした直後。


「はい、かっくん♪」


 彼女の背後に回っていたレヴィが、いわゆる膝かっくんをヒットさせた。

 コテンとひっくり返るアイリス。


「ぁ、ぇ……? そ、空……?」


 目前のレヴィが消えたと思ったら、次の瞬間、自分は背後に倒れて空を見上げていた……。

 そんな体験をしたのだ。アイリスが混乱するのも無理はない。


「ずばー! ってね」


 そしてレヴィは、アイリスの首筋に手刀をくっつけた。


「これで終了、だね。私が丸腰じゃなかったらどうなってたか……アイリスちゃんにはわかるよね?」


「…………。は、はい…………」


 アイリスは呆然としたまま、力なくうなずいた。


 これにて無力化完了である。


 レヴィは微笑みを絶やさず、


「二人ともお疲れさま。私、二〇〇〇年前は勇者の少女なんて呼ばれてたけど、勇者としての剣術はね……」


 俺の腕にむぎゅっと抱きついてきた。


「ほとんどゼクスに教えてもらったの! 二〇〇〇年前に金剛処女神・ユニヴェールを倒して世界を救えたのは、ゼクスに剣術を教わったからなのよ!」


 大体その通りだ。

 金剛処女神の封印は不充分であり、いずれ奴が復活することは、近々レヴィに伝えなければならないが。


「俺は前々世で【剣聖】と呼ばれていたからな。そのときの剣技を、前世でレヴィに伝えたというわけだ。もちろん、レヴィ自身も大いに努力していたがな」


 ユリーヌとアイリスが、絶句しながら俺とレヴィを交互に見やる。


 俺は二人の前で身をかがめ、


「俺の指導実績……少しはわかってもらえたか? そして今、俺は魔導王だった前世の力を総動員して、邪眼使いのリベルを育てているんだ」


 性欲を否定し、凝り固まった価値観に支配された現代の魔法使いたちは、いかなる決定を下すのか。


 ここで俺の弟子となり、ゆくゆくは金剛処女神・ユニヴェールを完全撃破するためのパーティーメンバーとして戦えるだけの力をつけてはくれまいか。


 大いなる葛藤を感じさせる、たっぷりの沈黙を経て……。


「わたくしに、魔法……教えてくださいまし。実は、ずっと伸び悩んでいますの」


「私にも……お願い。……こんな風にやられて、黙っていられない……」



 ユリーヌとアイリスは、首を縦に振ったのだった!



『弟子入りする』とは言っていないので、あくまでお試しのつもりだろう。

 だが、それでも構わない。


「よく言ったぞ、二人とも。では、記念にさっそく体験してみるといい」


 俺は左手に魔法陣を発生させた。


 その数――二十六個。


「ちょ、ちょちょちょちょっとお待ちなさい! 教えを請いはしましたが、そ、そんな、心の準備というものが……!」


「せ、性欲の解放とか言ってたけど……や、やっぱりえっちなのは……」


 急に早口になったユリーヌとアイリス。

 しかし俺は容赦しない。

 この色欲魔法を発動させるために、わざわざ官能小説を選ぶところから始めたのだからな!


「とくと味わえ! 第二十六階梯魔法――ファブル・リライヴ!!」


 俺は左手で、ユリーヌとアイリスの肩にタッチした。


 二十六個の魔法陣が二人の体内に吸い込まれ、わずかな沈黙が訪れる。


 その間に、ささやかな準備を始めた。


「おーいリベル。ちょっとそこの木から魔導バナナをもいできてくれ」


「は、はぁい!」


 もう邪眼の出番はなさそうなので、リベルをこちらに呼び寄せる。


「な、何も起こりま……はうぅぅっ!?」


 最初に反応したのはユリーヌだ。

 ビクンと身体を跳ねさせて、怯えたように周囲をキョロキョロしている。


「ゼクスさ~ん! 魔導バナナ、もいできましたよ~」


 リベルが戻ってきた。

 房になった魔導バナナを両手で抱えている。

 どれも黄色く熟している、美味そうな魔導バナナだ。


「んひぃぃっ!? い、いけませんわ! いけませんわ、そんなの……!」


 すると突然、ユリーヌが素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 太くて長くてご立派な魔導バナナから逃れるように、尻で後ずさっている。


「えぇっ? ど、どうしたんですか?」


 リベルが魔導バナナを近づける。

 するとユリーヌは顔を火照らせ、強気なツリ目をみるみるうちに官能に染めていった。


「あぁっ、そんな……! こんなにたくさんの殿方に囲まれて……わ、わたくしこれから肉欲玩具にされてしまいますのね!? わたくし、誇り高き副生徒会長ですのにっ! はぁっ、あぁ、んんっ……! あぁぁっ……どれも太くて長くて、こんなに反り返って……な、なんて逞しいぃぃ……!」


 その反応。

 その嬌声。



 ――おわかりいただけただろうか。



「ユリーヌは追体験しているんだ。昨晩読んだ官能小説『副生徒会長ハンナの放課後調教日誌』に登場したワンシーンをな。今の彼女は、魔導バナナのような棒状の物を、すべて雄々しき肉のロングソードであると錯覚している……!」


 俺が高らかに説明すると、アイリスが怯えたように身を震わせた。


「ということは、私も……?」


「その通りだ。事前にファブル・リライヴをかけた官能小説を読んでいれば、ユリーヌのような反応がすぐに現れるだろう」


 相手にあらかじめ官能小説を読ませる必要があるため、発動条件は厳しめだ。

 しかし、ひとたび成功すれば、小説内のシーンを何度でも追体験させられる。

 いくらでも性的快感を与えられるので、相手の無力化にはもってこいだ。


 なお、この魔法のポイントは、相手が感情移入しやすい官能小説をセレクトすることである。


「ひぅっ!? うぅ、んっ……!」


 そうこうするうちに、アイリスにも反応が出始める。

 彼女は控えめな嬌声を洩らしながら、近くに落ちていた流木にまたがった。


「んっ、んっ、んっ……。ああぁ、なんて罪深い……。私は風紀委員長……。なのに深夜の教室で、んんっ、んあぁぁ……。愛するお姉様のお机を使って、自らの花園を……はぁぁっ、んぁっ、あぁあ……」


 アイリスがヘコヘコと腰を振る。

 流木の突起をお姉様の机の角だと錯覚し、虚ろな瞳で何度も何度も……。


「んぶぅっ、ひぐぅっ……! わ、わたくしは屈しませんわ! どれだけ大勢に辱められても、決してんほぉぉぉっ!? あぁぁそんなっ……そこは……!」


「どうか、はしたない風紀委員長をお許しください……んんっ、んんっ。あぁぁ、お姉様、お姉様……あぁぁっ!」


 ユリーヌとアイリスは嬌声を乱舞させ、バナナの房と流木を“お相手”に、たっぷりと官能小説を追体験したのだった――。


 そして、日が暮れる頃。


「ドMな副生徒会長に、ムッツリ風紀委員長か。王立ファナティコ魔法学院の未来は明るいな」


「ド、ドMなんかじゃありませんわ! ……はぁ、んはぁんっ」


「ムッツリじゃ、ない……。はぁ、はぁぁ……」


 すっかり戦意喪失したユリーヌとアイリスが、何ら説得力のない反論をぶつけてくる。

 何度も発散した後なので、二人ともお肌がツヤツヤだ。


 そろそろ頃合いだろう。


「快楽の余韻が残っている今がチャンスだ。さあ、魔法を使ってみるといい」


 二人の肩に手を添えると、


「あっ……そ、そうでしたわね。……忘れていましたわ」


「そ、そっか……。魔法を習ってるんだった……」


 彼女たちはヨロヨロと立ち上がり、腰をヒクつかせながら杖を探し始めた。


「杖も詠唱も不要だ。俺が記した『魔導全書』の初版には、そんなものを使うことなど書いていないのだからな」


「えぇっ!? そ、そうなんですの!?」


「……私たちが今まで習ってきたことって、一体……」


 大きく目を見開くユリーヌとアイリス。

 俺の隣にいるリベルとレヴィは、


「あはは……。まあ、最初はびっくりしますよねぇ」


「勇者の世界樹から見てたけど、二〇〇〇年の間に色々と変わったものねー」


 冷静を装っているが、二人とも下半身をモジモジさせている。

 ユリーヌたちの痴態を目の当たりにしたせいで、切ない気持ちが募っているのだろう。


 俺の監督の下、ユリーヌたちが海に向かって右手を掲げる。


「今は射形も気にしなくていい。とにかく集中し、心の中で魔法の完成形をイメージするんだ。また、快感が頂点に達したことで、今は心が昂ぶっている。その昂ぶりを存分に感じながらも、集中力を乱さないように気をつけるんだ」


 俺の言葉にうなずく二人。


「心の中で、完成形……イメージですの……」


「えっちな気持ちになりながら、それでも、集中して……」


 体内の魔力と大気中の魔粒子が反応する。

 そして――。


 ぶしゅううううぅぅぅぅぅ……!!


 二人が発射した攻撃魔法が、海面を切り裂きながら海の果てへと消えていった。


「だ、出せましたわ……!」


「無詠唱で、第二階梯魔法……使えた」


「ユリーヌが発射したのはフレイム・ボム。アイリスが発射したのはフローズン・ロックか。どちらも第二階梯魔法だが、やはり伸び代は充分だな」


 二人がこちらを振り返る。

 彼女たちの表情は、きらめくほどに晴れやかだ。


「ひ、久しぶりに成長を実感できましたわ! あぁ……なんとお礼をすれば!」


「私、まだまだ強くなれるんだね……。ありがとう……ゼクス・エテルニータ」


 燃えるような夕陽は、まだまだ沈みそうもない。

 それから俺はレヴィとリベルを連れて、転移魔法で王都へ飛んだ。


 勇者の世界樹を、復活させるために――。

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色欲魔法の大賢者 ~淫魔力9999の最強賢者は、3度目の人生で(性的に)無双する~ 是鐘リュウジ @ryuji_koregane

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