4話 とあるバーと、愉快なコスプレ悪魔おじさん達。

「お前らどこから入ってきた」


「どこからも何も、この裏路地の入り口から普通に入ってきた」


「そそ、そうだそうだ!」



だるま少女が私の背後から声を上げた。少々声がうわずっていたが、突然現れた見知らぬ男に緊張しているのだろうか。



「何を言っている。入り口はふさいでいたはずだ」


「そちらこそ何を言う。私たちは嘘など言っていない」



そもそも裏路地の入り口を塞ぐな。



「そこのお嬢さん、顔を見せい」



 無視するな。



「…………」



 少し間を空けてから、だるま少女は私の腰あたりからピョコっと顔を覗かせた。



「ふむ、成る程な。お前たちが此処に居る理由がわかったぞ」


貴方あなたはマジシャンか何かか?」


「マジカルなのは間違いないな」


「そうか、貴方もおかしなお方と見えた」


「心外だ。俺らからすればあんたがおかしい存在だよ。さ、こっちに登ってきな」


「なぜだ」



 少し怪しいなこの男。



「なんだ、お前は元の所へ帰りたくないのかね」


「今行く」



 この裏路地地獄には辟易へきえきしていたところだ。即答するものだろう。



「ま、まってだいがくせー」


「どうした。戻るぞ。早く警察へ行かねばならない」


「そのおっさんとても怖い」



 初対面のおっさんにそれは無いだろう。見た目も普通だろうに。やつれてるけど。



「お嬢さん、それは酷いぜ」



 おっさんが振り向いて顔をしかめた。



「そうだぞ君。この方は間違いなく今の私たちにとって益となる……」


「でも…………」


「いいから、いいから。さあ来なさい」



 私はだるま少女の手を引いて階段を上っていった。



「んじゃ、付いてきな」



 おっさんがそう言って壁にはめ込まれた裏口であろうドアをガチャっと開けた。



「ほう、広いな」



 中は広々としたバーのようであった。



「飲み屋……バー、ですか」


「そうだ。俺が経営している。どうだ、少し休憩していくか」


「では少し」



 そう言って私は近くの椅子に座った。


 だるま少女は私の真横に座った。少しムスッとしている。



「何にするかい」


「今夜は友人たちと飲む約束をしているので…………ではコーラを」


「お嬢さんは」



  おっさんが少女に顔を向ける。



「………………おれんじじゅーす」



少女は、少し間を空けてから小さく呟いた。



「はいよ」



 そう言っておっさんは店の奥へ引っ込んでいった。


 ふう、やっと息がつけるぞ。


 私が少女に目線を戻すと、未だに少女はムスッとほほふくらませていた。



「君、何が不満なのだ。安心したまえ、私が金を出す」


「そうじゃないもん」


「じゃあ何だ」


「あのおっさん。目がだった」


「それは寝不足だろう」



 なんかやつれていたし。



「ちがう、そうでなくて、だいがくせーみたいな黒と白の目とちがった」


「むむむ、それはどういうことだ」



 私が思案しあんしていると、おっさんがやってきた。



「さ、持ってきたよ」



 コトンコトンと私とだるま少女の前にグラスを置いた。


 私はおっさんの目を注意深く見た。



「ん? なんだお前、俺の顔ジッと見て」


「いや、なんでもない」



 おっさんの目、普通じゃないか。



「そうか……少し休憩したらサッサと帰りな」



 そうだな、約束の時間もあるし。



「すまない」


「なぁに、あと1分ほどで開店だが、いつもは1時間くらいは客が入らない。それまでに出てってくれりゃ…………」



 カランカランと奥から音がした。



「デっさん! 来てやったぞ!! なんか飲ませろ!!」



 客か? ……まあいい。…………ズズズ。


 うまいな、コーラ。



「スィズさん、まだ開店まで1分ありますぞ」


「なに固いこと言うな。入るぞ」


「ちょ、ちょっとまっ」



 どうやら入ってきてしまったらしい。



「おお、珍しい。人間じゃないか……ってこいつ……」



 ん? 何が珍しいと言った。


 私は振り向いて…………固まった。



「……ガハハハ、この人間怯えちまったぞ。デっさん!」



 そこには、いつしかの世界史資料集に載っているような、真っ黒いガーゴイル像のような男が立っていた。



「大丈夫だぞ、人間。今の俺はフリーだ。契約がうんたら言うつもりはない」


「失礼ですが、貴方は」


「俺はスィズ。悪魔だ」



 悪魔だ。なんて言われても。イマドキ流行りのコスプレというものだろうか……?



「スィズさん。この人間、どうやら迷ってしまったようなのでちょうど帰すところでした」


「そうか。じゃあそこの嬢ちゃんが」


「ええ」



 さっきからなんのやり取りをやっているのだろうか。全く理解できない。



「いいか、人間。俺が酔って忘れる前に言っておくが……しっかり嬢ちゃんを



「言わずとも会った時から保護者代わりに付いて回っている」



 どうせ時間は潰さねばならなかったのだ。保護者の真似事まねごとくらいどうってことない…………迷っていなければだが。



「まあ、今はそれでいいがよ。しかし人間、お前はあまり驚いていないな。俺を見ておびえない人間は今までいないぞ」


「はぁ。まあなんか」



 コスプレに気合い入り過ぎだとは思うが。



「気の抜けた人間だな。まあいい。ちなみにこのデっさんも悪魔だ」



 そう言って隣にいたおっさんを指差した。



「……はい?」



 おっさんもコスプレするのか?



「あぁー、まあお前が怯えるかもしれないから言わないでおいたが、そうだ。もっとも、そこのお嬢さんは気づいていたようだが」


「誠か」


「誠だ」



 まあ、私にコスプレ好きな人間を見抜く能力なんぞ必要ないがな。そこについては、同じコスプレを愛する同士として、だるま少女は見抜けたということか。


 つまり……そうか、ここは大人になっても中二病が治らなかったおっさん達が集うバーなのか……。



「おい。お前今失礼なこと考えてたろ」



 おっさんが私を見て言った。



「そんなことはない」


「さてはお前、信じてないな?」


「ガッハッハッハッハ!! デッさん、この人間、俺らのことコスプレしたイタいおっさんだと思っていやがる!!」



  …………!?



「な、なぜそれを……!?」



 読心術か?



「いや、術っちゅうか、見えるだけだな。人間よ」


「!?」



 ーーこのおっさん、イタすぎるっ!?



「ガハハハ!! 面白い奴だな、貴様。いいか人間……驚いて死ぬなよ?」



 何を言っているのだ。イタくてとてもじゃないが見てられん。


 私は卓上のコーラをズズッと飲み、改めてコスプレおじさんを見ーー


 ーー次の瞬間、スィズと名乗った男が大きく膨らんだ。


 ムクムクモキモキッ!!!


 お、おおおいなんだこいつッ!?


 バッキャァッ!!


 側にあった机が粉々になった。



「おおおおい!! スィズさん!! その机新調したばっか!!」



 おっさんが慌てて止めようとするが、なおもコスプレ……いな、人間ではない何かは膨張を続ける。



「スィズさん!! とま、止まって頼む! このままじゃ店が文字通り潰れっちまうよ!!」



 モリモリッ……ピタッ。



 止まった。



 モリモリモリッ。



 また膨らみはじめた。



「おっちょっちょ、スススィズさん!?」



 再び膨れ上がるソレに、おっさんが抑えにかかる。まるで楠木くすのきみきにしがみついているかのような抑え方である。



「……グ」



 ソレがうめいた。



「ぬ」



 私は顔をしかめる。瞬間。




 ーーぱしゅんっ。




「「…………」」


「…………はぁ」



 私と少女は絶句した。おっさんは額に手を当て、ため息をついた。


 ーー絶句するのも無理はない。なんせ、スィズと名乗るコスプレおじさんが急激に膨らんだと思ったら、ぱしゅんと破裂はれつしてしまったのだから。


 まるで、風船が割れたかのように、服の残骸だけを残して。



「……わけがわからん」



 ポツリとこぼした一言である。なかなか的を射ているであろう。



「わけがわからん、じゃねぇ、見たまんまだ、まだ信じねぇんか?」



 そしてスィズコスプレおじさんの声が後ろから聞こえてきーー。



「ーー!?」



 私は慌てて振り向いた。少女は尻もちをついて目をくるくるさせていた。



「な、なな、な……」


「ガッハッハッハ! やはり貴様、所詮しょせんは人間だな」


「貴方はマジシャンでもあるのか?」


「潰すぞ人間。あまり調子に乗るんじゃねぇ」


「しかし、そんなトリック、映画の中でくらいしか見たことがないのだが」



 私がそう言うと、とうとう彼はキレた。



「いいか人間ッ!! とっととや《・》ってんだよ! テメェはなーー」



 彼が何かを言いそうになった時、おっさんが口をすべり込ませてきた。



「ちょ、スィズさん! それ以上はダメですって! バレたらクビですよ!」


「…………」


「…………」



 少々の沈黙が訪れた。


 コスプレおじさんとおっさんは、しばらく見つめ合う。


 なるほど、なかなかに汚い光景だ。



「…………チッ。わぁったよ、俺も消えてぇわけじゃねーからな。ちったあ冷静になってやる」


「そうですよ、スィズさん。ちょっと前に謹慎処分きんしんしょぶんくらったばかりなんですかグエぺっ!?」



 そして、素晴らしい腹パンがばちこりと決まった。



「おいテメェそれ以上何も言うんじゃねぇ」


「うぐ、ずびまぜん……」


「あー、ったくよ、もういいわ、興醒きょうざめだ、俺はもう帰る」



 そう言って、コスプレおじさんは店のドアへ歩いて行った。


 そして、店のドアノブへ手を置き、チラとこちらを振り返って一言。



「おい、人間。お前の義務を果たせ。嬢ちゃん守ってやれ。俺にはそれしか言えん。」



 ガチャとドアを開け、彼は帰って行った。



「あ、ありがとうございました〜、ゴホッ」



 ひらひらと手を振った床に撃沈げきちんおじさんは、ゆっくりと立ち上がり、私たちのところへやって来た。



「ああ、とんだ災難だ。お前ら、もう帰れ、いいな。金はいらねぇから。元々お前らが来ては行けねぇとこなんだよここは」


「わかった。私たちは帰ることにする」


「わかったならとっとと行け、スィズさんが言った通り、お嬢さんを守ってやるんだぞ、いいな」


「それは一体どう言う意味なんだ」


「ごちゃごちゃ言うな。それしか言ねぇんだよ阿呆」


「ごちゃごちゃと言っても、私は既にこの子を保護している立場だ。そこら辺は弁えているが……」


「だったらその責任を果たすだけでいい。さっさと帰れ」



 私が続けて何か言おうとしたら、さえぎられた。



「わかった、飲み物ありがとう」


「はいよ」



 私は立ち上がり、だるま少女に声をかける。



「ほら、行くぞ」


「うん」



 何やら、少女の表情が強張こわばっているようだ。


 それはそうか、かなり頭のおかしい大人に囲まれていればそうなるのも納得だ。



「失礼なこと考えてんじゃねぇよ!!」


「ああ、これは失敬」


「うるせぇわ」


「あとひとつお願いがあるんだが」


「んだよ、さっさと帰れってんだろ」




「そうだが……私たちは、実は……迷子なんだ」


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