第38話 破邪の掌

 白羽は弥一郎にしてやられた後に小さな変異種に出会った。

 子供とは言え、変異種を差別しない白羽は、そのまま斬ろうとしたが別の変異種に阻まれた。

 硬い鎧に覆われた凶悪な変異種に全く刃が立たず、半ば覚悟を決めた白羽だったが、

 その変異種の「これじゃ壬生の野郎の方がまだ強い」という言葉に手を止めた。

 壬生魁を知っているのか? と互いに驚き、「壬生魁なら倒した」と答えたが「アイツが女と戦ってる所なんぞ想像できねぇな」という言葉に激高した。

 だが感情に任せて攻撃しても、満弦の体には傷が入る程度。

 刀を収め、一思いに殺せと言うもそれも叶わず。

 燐花は満弦に行く所が無いならウチに来てはどうかと誘い、屈辱に打ちひしがれる白羽にも同じ事を持ちかける。

 さすがに白羽も呆れたように断ったが、立ち去る変異種を追う事も出来なかった。

 その後鏑古流道場へ赴き、弥一郎に師を求めたが、屈辱が更に深まる結果となる。

 絶望に打ちひしがれていた白羽の元にマホメドが現れた。

 蕪古流と因縁があると聞きつけ、戦いの場を求めている事を察していたマホメドは悪魔のように囁いたのだ。

「私なら、あなたの望みを叶えられるかもしれませんよ」


 白羽は思い出しながら二刀小太刀を構えて踊り出る。

 魁は反射的にそれらを受けて流した。

 白羽の剣士としての誇りを信じる。確かにそう言ったが、目の前の白羽には剣士の誇りどころか、人としての理性をも持ち合わせていないように見えた。

 赤い瞳からは確実に相手の命を奪おうという意思しか感じられない。

 白羽は時計回りに回転して斬撃を繰り出し、今度は反時計回りに刃を返す、を繰り返す。

 元々長めの手足が更に長くなった遠心力に加え、獣の瞬発力が加わり、魁は受けながらも後退を強いられた。


 白羽は攻撃を加えんと踏み込むが、剣撃は加えずに側宙――横に一回転して飛ぶ。

 フェイントをかけられた魁がバランスを崩した所へ、回し蹴りのように白い足が襲い掛かる。

 それはスウェーでかわしたが、白羽は回転を止めずに足を斬るように斬撃を繰り出した。

 変異種となっても白羽を斬りたくない気持ちに変わりはない。

 しかし反撃する余裕が無いのも事実だった。

 稲葉流にこのような技があるのか、向上した身体能力とバランス感覚によるものなのかは分からないが、変異種となった白羽は並の変異種よりも厄介だ。

 理性は無くしても、その技は紛うことなき稲葉流の剣筋。

 刃で防御し、斬撃を繰り出す。

 今までも前腕が刃のように硬くなった変異種と戦った事もあるが、手首の返しがあるだけでこうも違うものなのかと実感する。

 何よりリーチが長い。

 狂喜したように存分に剣を奮う白羽に戦慄を覚えたが、同時に痛みにも似た辛さが込み上げてきた。

 白羽をここまで追い詰めてしまったのは自分なのだ。

 女性だから。

 人間だから。

 戦う理由がないから。


 白羽も過去幾度となく他流試合に挑んだ事もある。

 だがどの当主も白羽が押し始めると「参った」で切り上げる。

 形上は少女に勝ちを譲ったという体を作る。

 それに激高した事もあるが、食い下がっても警察沙汰になるだけだ。

 相手は本当に本気になるべきではないと判断したのかもしれないが、白羽の心を大きく傷つけた。


 戦うべきではない。

 だから戦う理由を作った。


 白羽が悪魔の囁きを拒絶する理由はなかった。

 白羽には正義の思想などはない。純粋に強いか弱いかでしかない。

 だが剣術は殺人技術、剣は凶器。

 人は素手でも人を殺すし、人の感情はそれだけで凶器になる。

 自分の手の中の刃を何と見るか。

 その違いに過ぎないのだと魁は教わってきた。

 だが白羽には本来それを教えてくれる先代当主は既にいなかった。

 技術だけを追い求め、心の修業をして来なかったのだろう。

 魁は白羽の心の内を思い、その痛みを感じ取る。


 魁は大きく間合いを取り、腰を低く落とす構えを取った。

 蕪古流ではあまり見ない剛術の構え。

 白羽は一瞬、意表を突かれたように動きを止めたが、直ぐに攻撃に移る。

 魁は一瞬ぐっと目を閉じ、そして覚悟を決めたように見開いた。



 魁は白羽の剣を踏み込んで受け止め、体を回転させる。

 もう一方の攻撃をいなすと同時に相手の懐に飛び込んで体当たり。

 かなり強引な為、相手の刃が鎧に覆われていない部分に触れて痛みが走ったが気にしなかった。

 白羽は再び攻撃の姿勢を取るがこれも剛の型で受ける。

 魁は真一を助けに行く事ばかり考えていた。

 こんな事をしている場合ではないと。

 ここで無駄な力を使ってはいけないと。

 しかし自らを変異させてまで魁の前に立つ白羽を蔑ろにする事は、彼女の覚悟をも踏みにじる事になる。

 このまま本当に人の道を踏み外してしまうかもしれない。

 それは今ここで止めなくてはならない。

 彼女の想いに、応えなくてはならない。

 真一を助ける為に、白羽を見捨ててはいけない。

 魁は雑念を振り払う。

 今の目の前にある危機に集中せねば、自分がやられてしまえばその先は無いのだ。

 魁は白羽の剣を受けた部分を支点に刀を返し、柄を白羽の鎖骨の辺りに叩き込む。

 苦痛の呻きを上げて後退する白羽にピッタリつくように踏み込んで鞘で追撃する。

 完全に懐に入った魁を抱きすくめるように刺そうとしたが、その腕を押さえてガードした。

 ぐぐ……と力比べになるが、リーチの長い白羽の刃が魁の体に触れる。

 白羽は瞬発性に特化しているようで変異種と化しても力はそれほどではない。男子である魁と同等か少し強い程度のようだった。

 鎧の表面を擦り、生身の部分に僅かに刺さる、が魁も刺されまいと力を入れ、それ以上は動かない。

 白羽は鼻に皺を寄せ、より一層力を入れるように前のめりになるが、それはフェイントだった。

 突然力を抜いて腕を回し、持ち前の瞬発力で、勢い余った魁の腕を上へと跳ね上げた。

 魁は刀と鞘を放し、バンザイする格好になる。

 白羽は勝った! とばかりに狂喜の声を上げる。

 鎧を着ていても素手と変異種の力が加わった小太刀。

 比べるべくもなく勝負ありだが、白羽の目は狂喜の色に染まり、そのまま魁を切り刻みたい衝動で埋め尽くされた。

 だが魁は、腕を上げたままの姿勢で一歩前に進む。

 腕を跳ね上げられたその力を殺さず、曲線を描くように前へと降ろし、両掌を、白羽の毛に覆われた両胸に叩き付けた。

「蕪古流徒手としゅ仙人双掌せんにんそうしょう

 白羽は息を詰まらせるような音を発して後ずさる。

「かはっ!」

 呼吸しようと牙の並んだ口を開閉させたが、空気の通る音はしなかった。

 白羽は小太刀を落とし膝を着く。

 喉を押さえ、苦しむ白羽の体は徐々に小さくなり、白い毛は白い肌に吸い込まれていった。

 完全に人間の姿に戻った白羽は、気を失って地面に倒れる。

 魁は白羽の肌から目を逸らし、脱ぎ捨てていた上着を拾ってかけてやる。

 真一を追わねば、と煙が立ち込める方に向かうが、そこからは二体の変異種が現れた。

 くしゅんくしゅんと咽びながらも、魁の姿を認める。視界は戻っているようだ。

 刀と鞘が飛ばされたのはこの先だ。

 魁は息を呑んで鎧に仕込まれている手裏剣に手をやる。白羽の小太刀を借りてくればよかったかと思うも既に遅い。

 手裏剣で凌ぎながら刀を探すしかないか……と覚悟を決めると、魁を見ていた変異種はもう一体に声をかけた。

「おい、見ろよ。蕪古流の剣士が刀持ってないぜ」

 もう一体も目を擦って凝視する。

「本当だ。こりゃチャンスだな。オレ達でも勝てるかもしれねぇぜ」

「そうだな。一人でも勝てるぜ。よし、行け!」

「……ってなんでオレだよ。ならお前行けよ」

「お前に手柄やるよ」

「いや、お前にやるよ」

 いやお前、というやり取りをひとしきり続け、

「じゃあ、一緒に逃げるか」

「うん、そうしよう」

 失礼しやしたー、と揃っておどけたように立ち去って行く変異種を、魁はやや茫然と見送った。

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