第37話 母と子

 燐花は怒りに目が眩んだように雄叫びを上げ、手近な相手に襲い掛かる。

 目の前にいたのは色艶やかな毛色をした狐のような変異種。

 狐――晴美はそれを冷静に見据え、攻撃が届く前にその姿を周囲に溶け込ませる。

 燐花は今しがたまで晴美が立っていた場所に爪を閃かせるが、それは空を切っただけだった。

「?」

 燐花が後ろを振り返ると晴美は同じ場所に姿を現す。

「キィッ」

 奇声を上げて同じ事を繰り返すが、結果は同じだった。

「?」

 燐花は自分の爪と晴美を交互に見比べる。

 理性は失っても知能まで下がるわけではない。

 燐花も晴美の能力、特性は理解しているつもりだった。

 光の屈折がどうのこうのというのは分からないが、つまり見えなくなるだけで攻撃は当たるはずだ。

「どうして当たらないのか、分からないのかい? お嬢ちゃん」

「キッ!」

 と再度爪を閃かせるが、やはり手応えはない。

「???」

 燐花は反撃を警戒する事も忘れて、晴美がいるはずの場所にブンブンと手を振り回す。

「やっぱり子供だねぇ」

 燐花は地面に伏していた晴美に足を掴まれて転倒した。

「キィッ!」

 そのまま母親が小さな子を叱る時の体勢になり、お尻を掌で打つ。

 燐花は悲鳴を上げて抵抗したが、次第に姿が人間に戻り、年相応の鳴き声になる。

 晴美は変異したままその見た目を人間のものに変える。

 公園にはしばらくの間、子供の泣き声と尻を叩く音が響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る