第28話 色彩の櫛

 次の日。

 学校が終わり、学生が帰路に着く時間。

 大人達が務める会社はまだまだこれからだ。

 定時で業務を終えると言う風習が広がりつつも、多くのサラリーマンはどこ吹く風ぞ。

 外が明るい時間に帰路に着くお父さんはいないというのが実際だ。

 中には業務の延長上である「付き合い」を本格的に業務と捉えている者もいるだろうが。

 このオフィス街も例に漏れず、日が傾きかけて少し風が涼しくなる頃が、もっとも活気付く時間帯と言えた。

 いそいそと営業から戻る者。

 定時までに業務を終えようと急ぎ足になる者。

 既に業務を終えた気になって勇み足になる者。

 まだまだこれからだと言わんばかりに気合を入れる者。

 ようやっと目が覚めたかのように本格的に動き始める者。

 思惑は各々違うものの、建物の内と外で動きが加速する。

 その中で比較的動きが大人し目な、その割には警備が厳重なビルの横の路地に、場違いな一団が身を隠すように潜んでいた。

 見ようによっては会社から出てくるお父さんを待つ子供にも見えるが、それにしては大きい兄弟が混ざっている。

「思ったより人通りが多いですね。大丈夫でしょうか」

「こういうのは多い方が返って怪しまれないものですよ。動いている人が多い方が、音や影がカムフラージュされるんです」

 父を待つ兄弟にも見える魁と真一がひそひそと話す。

「ホントにやるわけ? なんか思ってたのと違うんだけど」

「ビルに潜入して、変異種か、ヤギの頭を見つけてくりゃいいだけだろ?」

 ついてきた上の兄妹に見える蟇目と晴美が言う。

「では、始めてください」

 魁が開始の号令をかけ、皆表の様子を窺う。

 表では行きかう人がいそいそと先を急いでいた。

 通りから僅かに顔を出す魁達は怪しいとも言えるが、人はそれほどに気にしていないように通り過ぎていく。

 人通りが少しなくなってきた……かと思うとまた増え、を繰り返す。

 そのまま数秒が経過した。

「どうした? 早く行けよ」

 蟇目が痺れを切らしたように言う。

「行けって……。ここで?」

 何か問題でもあるのか? というように振り返る一堂に晴美は顔を赤くする。

「公園のトイレとか。着替える場所が……」

 着替え? なんで? と要領を得ない男どもに晴美は言葉を噛み殺すように言う。

「服が破れるでしょうが」

 蟇目がやれやれという様子で、

「呆れた奴だな。変異種ならサイズフリーの服を着てるもんだ」

「私は普通の人間よ。少なくとも普段はね」

「仕方がない。見ないようにしてるから、早くしてくれ」

 な!? と納得いかない顔の晴美に構わず蟇目は魁と真一の頭を掴んで通りの方に向ける。

 しばらく渋い顔で男共を睨み付けたが、やがて観念したように通りから出来るだけ離れて服を脱ぎ始める。

 全裸になる前には変異を始め、全身は毛に覆われた。

 体毛がある為やや大きく見えるが、晴美は変異種の中では細身の部類だ。

 晴美は最後の下着を脱いで服と共にバッグにしまう。

 晴美は通りに顔を向けて動かない三人にバッグを投げつけた。

「ちゃんと持っててよ。開けたらコロすからね」

 晴美は全身をキラキラと光を反射させる毛に覆われていたが、それほど長くないために体のラインを割と残している。

 目は円らで細い。獣には違いないが、どこか人間的なフォルムを残した、美しい姿だった。

 毛が虹色に光を反射して眩しい。

 ほえー、と真一は見惚れるように目を瞬かせていたが、晴美はその顔に爪を振り下ろす。

 顔に三本の線を引いた真一は顔を押さえて地面をのたうった。

 晴美は鼻を鳴らすと全身の毛をうごめかせ、ギラリと光らせると次第にその色を変える。

 背景の色と同化し、その姿はほとんど見えなくなった。

 真一は落ちた眼鏡をかけ直して凝視する。

 始めからそこにいる事を知っていれば分かるが、知らなければまず気付く事はない。

 晴美の能力を知らない者なら、間近でも何があるのか分からないだろう。

 晴美はさっさと通りに出て行く。

「すごい。カメレオンのようにただ色を変えるだけかと思ったら。見る方向によっても変わるんですね」

 ん? と疑問の顔を向ける二人に真一は続ける。

「ほら、見る角度によって見た目が変わる絵とかあるじゃないですか。3Dに見える写真とかも。あれと同じで角度によって色が変わってたんです。どの方向から見ても、その後ろにある景色の色に見えました」

 周囲の色を感じ取る器官と、プリズムのように指向性に色が変わる体毛。それらを無意識に制御する本能。

 真一はぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。

 無論限界はあるようだったが、単に体にペイントしているのとはわけが違う。

 暗い夜道なら全く見えなかっただろう。

 だがまだ今は日のある時間帯。屋内にも照明はある。それに地面に落ちる影までは消せない。

 大丈夫だろうか、と心配の色を見せる真一の頭を蟇目が叩く。

「心配すんな。その為にオレ達がいるんだろうが」

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