第29話 檻中の鞠

 晴美はまだ人通りのある通りを壁沿いに歩く。

 晴美の体感的には全裸で外を歩いているのだ。平気なはずはない。

 全身の毛が感覚を和らげているとは言え、風をモロに肌に感じる。

 風通しの良い足を交互に動かし、入口の回転扉の前に立った。

 誰か出入りがあればいいのだが……と様子を窺っていると一人エントランスからこちらに向かってくる者がいた。

 晴美は回転扉が回るのに合わせて体を滑り込ませ、外へ出る人と入れ違いに中に入る。

 エントランスの中は広く、ソファーなど待合に使われるであろう物が並べられている。

 一応周囲を見渡してみるが怪しいと思える所は無い。というかよく分からない。

 晴美は受付を素通りして、カード認証のゲートを強化された脚力で飛び越える。

 ゲートの向こうはエレベーターだ。

 非常階段もあるが重い扉で閉ざされている。

 エレベーターがひとりでに動けば不審に思われるかもしれないが、それは非常階段の扉も同じだろう。

 むしろエレベーターが空で降りてくる事はあるかもしれない。

 晴美はエレベーターを呼ぶボタンを押す。

 本当は普段でも階段を使いたくない人間だからだが。

 エレベーターの扉が開き、中に誰もいない事を確認すると乗り込む。

 一階一階調べるのも面倒だ。ここは最上階から……と五階のボタンを押した。

 階数を示すデジタル表示が、その一部だけを変化させながら上っている事を伝えてくる。

 そして最上階である「5」の表示で止まった。

 晴美は扉の正面を避けるように体をやや端へと寄せる。

 開いた時に誰かが入って来ようとしたら鉢合わせしてしまう。こんな至近距離ですれ違ってしまうと、さすがにバレてしまうのではないかと不安がよぎるが、不審に思われた所で光学迷彩による侵入者の可能性を普通の人は考えない。

 身を低くして通り過ぎれば問題ない……と考えながら扉が開くのを待ったが、一向に開く様子がない。

 晴美は痺れを切らして「開く」ボタンを押す。

 それでも開こうとしない扉に、ガチャガチャと連打した。晴美は元来我慢がない。

 突然、エレベーター内の照明が消え、非常灯のような赤い光に変わる。

 なに!? と思う間もなく体がふわっと浮いた感覚。

 何が起きたのか理解する間もなく地面に叩きつけられたような衝撃に見舞われた。

 床に這いつくばり、くらくらする意識をハッキリさせるように頭を振っていると、自分の手が見える事に気が付いた。

 はずみでステルスが解けてしまったようだ。

 そもそも何が起こったのか? ドアをこじ開けて出た方がいいのか? と考えていると、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。

 目が回るような感覚と共に景色が変わるとそこは子供部屋のような装飾がされた一室。

 荒らされたように散らかっているが、なぜそうなったのかは部屋にいる猫のような生き物を見れば分かる。

 その巨大な猫は全身の毛を逆立たせて暴れていた。

 分けが分からず動揺している晴美に気がつくと、その毛からバリバリと電光をほとばしらせる。

 晴美は危険を感じて身を固めたが、逃げる場所も、防ぐ手段も無かった。

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