四年に一度、逢える人

うめもも さくら

四年に一度、逢える人

「すぐるせんぱーい!今日この後、飲みに行きません?」

もちろんすぐる先輩のおごりでっ!と付け加えながら髪の色も性格も明るい後輩の男に向かってすぐるはその誘いを申し訳なさそうに断った。

「悪い、今日は大事な用事があるんだ」

「マジかー!すぐる先輩にめっちゃ話したいことあったのになー。合コンじゃない時はいつも付き合ってくれるじゃないっすかー」

あからさまに落胆してみせる後輩に再度申し訳ないと謝りながらすぐるは困り顔で言った。

「今日久しぶりに彼女のとこ行くんだ」

すぐるがそう言うと後輩は今度はわざとらしいほどおおげさに驚いた顔をした。

「えぇー!すぐる先輩って彼女いたんすか!?っていうか彼女っすか?結婚してないんですか?アラサーなのに!?不倫……じゃないっすよね?」

イタズラをする子供のような表情で見てくる後輩をすぐるは呆れ混じりの笑いを浮かべて軽く頭を小突いた。

「不倫なんかするか!」

「あはは、冗談っすよ!じゃあすぐる先輩急いで彼女さんとこ行かないとですね!次こそは絶対、おごってくださいね!お幸せにー!彼女さんによろしくでーす!」

急いで帰り支度をするすぐるをスマホを片手に手を振る後輩は冷やかし混じりに見送った。

スマホを見ながらマイペースに帰り支度をしている後輩のところにすぐるの同期の男がやって来た。

「あれ?おまえ今日すぐると飲みに行くって言ってなかったっけ?」

「あ、先輩!いやーダメでした。今日すぐる先輩大事な用事あるらしくって。そういえば先輩ってすぐる先輩と昔から仲良かったんですよね!知ってました?すぐる先輩って彼女いたんすね!」

興味津々に聞いてくる後輩に先輩と呼ばれている男はきょとんとした顔をする。

「大事な用事?あいつに彼女?」

先輩は思案しあんげな表情を浮かべた後に何気なくカレンダーを見てハッとする。

「そうか、今日だったか」


すぐるは楽しそうに彼女の好きなケーキを買った後に、花屋の中で一等綺麗いっとうきれいな花束を選んで買った。

クリスマスに贈れなかった小さなプレゼントを持って、男だけれどバレンタインデーに買った彼女の好きなチョコレートを持って久しぶりの道も迷うことなく進んでいく。

クリスマスに逢うこともできない、バレンタインデーに逢うこともできない、夏に花火を一緒に見ることもできない、恋人らしいこと何もできないけれど今日はやっと逢える。

久しぶりに彼女に逢える。

彼女のための花やプレゼントと一緒に伝えたいことを山ほど抱えて彼女に逢いにいく。

やっと君に逢える。

すぐるは少し汗をにじませて心地ここちよい風に髪を遊ばせて彼女の前に立った。

とても幸せそうな表情で。


「え?すぐる先輩の彼女さん……亡くなってるんですか?」

カシャンッと静かすぎた室内に後輩が落としたスマホの音が大きく響いた。

「あぁ、あいつが17歳の時に。閏年うるうどしの2月29日。あれからあいつ、四年に一度しか命日ないからって。命日の日には欠かさず墓参り行ってる」

「もう……10年以上前じゃないですか。すぐる先輩が高校生の頃に亡くなった彼女のためにまだ墓参りしてるんですか。すぐる先輩らしいけど」

あまりにも突然知った衝撃の事実に頭は上手く回らない。

可哀想かわいそうなのかいきどおりなのか悲しいのか寂しいのか、後輩は名付ける事が難しい感情をもて余していた。

そこには彼のいつもの明るさや少し子供じみた軽薄さは微塵も感じない。

「俺、じいちゃんの命日なんて毎年ありますけど考えもしない年だって多いっすよ。墓参りだって毎年行かないし」

「そうだな、俺もだよ」

「すぐる先輩、それで合コンとか行かないんすね。まだその人が彼女さんなんですね。すぐる先輩……一生、結婚とかしないんすかね」

「どうだろうな」

落ちたスマホを拾わない後輩のかわりに先輩は困ったような微笑みを浮かべてスマホを拾う。

そしてこの哀しみといたむ気持ちが充満した空気を変えるためいつも以上に明るく後輩に声をかけた。

「よし!今日は俺がおごってやる!だからさっさと帰り支度終わらせろ!」

その声に背中を押されたように後輩も空気を破るように明るく返事をした。

「はーい!!ゴチになりまーす!!」

そして帰り支度を終えた2人は仕事場のあるビルを出て夜の道を歩いていく。

後輩は空にぽっかりと空いた穴のような月とちらちら煌めく星を見上げながら今彼女と出逢っているだろう先輩を思い浮かべた。

その先輩の顔はとても幸せそうできっと自分たちにはわからない幸せが彼にあるんだろうと思う。

どれも自分の想像でしかないのだが。

「先輩!秋川あきかわさんって人が歌っためっちゃ流行はやった歌ありましたよね」

「……あぁ、あったな」

「きっとそこにはいなくって眠ってなんかいなくって……でもやっぱりそこにもいるんでしょうね」

「……あぁ」

「だって風はいつだってどこにだって吹いてますもんね」

少し昔に流行はやった歌はおぼろ気にしか歌詞は思い出せない。

曲を鼻歌混じりで歌いながら二人の男は目的地の居酒屋にたどり着く。

人で賑わう居酒屋の店内の声に二人の鼻歌は自分でも気づかないうちに掻き消されていた。


四年に一度の今日は当たり前のように誰にでも訪れる。

その当たり前の今日は誰かにとっては誰にも知らない大切な日なのかもしれない。

四年に一度というだけで特別な一日。

人生で一番少なく少し特別な一日。

大切な人と過ごしてみるのもいいのかもしれない。








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四年に一度、逢える人 うめもも さくら @716sakura87

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