第25節 -蘇る記憶-

 大広間や書斎以外に存在する一階の部屋やその様子も一通り見て回ったあと、玲那斗は最初に城内に入った大扉まで戻ってきていた。そして次に曲線を描く大階段から二階へと上がることにした。どこへ行けば良いのかは相変わらず分からないままだが、とにかく進むしかなく、探すしかない。


 二階へと上がり廊下を歩き始めようとしたそのとき、花の香りが一瞬漂った。この香りがするときは必ず彼女が現れる。近くに彼女がいるのだろうか。ふと辺りを見回すと廊下の先を少女が歩いている姿があった。「待って!」呼びかけても彼女は止まらない。玲那斗は急いでその後を追った。廊下の角を曲がり、さらにその先で少女は次の角を曲がっている最中だった。走って後を追う。次の角を曲がった先に少女の姿は無かったが、燭台に照らされた三階へと上がる階段が浮かび上がっていた。玲那斗は再び歩き出し、その階段を上り三階へと向かう。


 三階へ上がり周囲を見回すと通路の先にはいくつか部屋があるようだったが、行き先はすぐに決まった。一つだけ灯りが漏れ出る扉の部屋があり、そこへ行くように促されている気がしたからだ。扉の前に立った時、今までの部屋からは感じられない暖かさのような心地よい空気が感じられた。木製の扉に手をかけゆっくりと開く。そして足を踏み入れた瞬間、あの花のような甘い香りが辺りに漂っているのを感じた。

「ここがあの子の部屋なのか。」一人の部屋としてはかなり広い。綺麗な装飾が施された寝台と机に椅子、そして床には細やかな刺繍が施された絨毯が敷いてある。壁面には当時では珍しいであろうガラス細工の装飾も多数施されており、部屋を灯す多くの燭台の火に照らされて見事な輝きを放っている。壁の燭台に備えられたキャンドルの後ろには鏡が設置してあり、この鏡に反射する光で部屋はさらに明るさを増しているようだ。これまで立ち入ったどの部屋よりも明るい。頭上にはシャンデリアが備え付けられており、天井に施された鮮やかなガラスへ灯りが反射して幻想的な空間を作り出している。机の上には砂糖菓子のような小さい花弁をたくさんつけた花が何輪か飾られていた。部屋の中にあるどの装飾よりもひと際目を惹くその花に吸い寄せられるように玲那斗は机の方へ向かう。

「あの甘い香りはこの花の匂いだったのか。」そして視線を少し下に向けたとき、一通の手紙が置かれているのが目に留まった。一階で見た手紙と同じくその言語に見覚えは無かったが、やはり文字を読むことが出来、内容は全て理解できた。



“ 親愛なるレナト


 今日という日がとても素晴らしい日になったことを嬉しく思います。幼い頃から貴方とは一緒に育ち、いつかこうして一緒になる事を夢に見たけれど、こんなに早く叶うだなんて思って無かった。

 お父様達はきっと貴方と私が一緒になることで両家が隔たりなく、より緊密になる事を願っているのでしょうけれど、私にとってはそんな両家の意地や張り合い、様々な思惑などよりただ貴方の傍にいられるという事が今は嬉しくて仕方ないの。

 いつかあの丘で一緒に見た星空はとても美しかった。夜風に吹かれながら帰る時、貴方が握ってくださったその手の温かさは今でも忘れられません。今度は丘からではなく、二人で星の塔から夜空を眺めるという約束を楽しみにしています。私の生まれた日に特別にお父様が塔を私達だけに解放してくださると約束してくれました。

 あの塔はとても高いから、丘で見るよりも星が近くに見えるのかしら。それでは、約束の日にまた。願わくば、貴方とのこの美しい日々と輝かしい思い出が永遠に続きますように。

 そして私たちの門出とこの国の未来に多くの幸福が訪れん事を願って。


 イベリスより



“イベリス” それがあの少女の名前。


 そして、その名前を見た瞬間、玲那斗は全身に衝撃が走るかのように身動きが出来なくなった。自身の記憶ではない、見たことのない記憶が一気に頭の中に流れ込んでくる。”自分ではない誰か” の幼い頃からの記憶が走馬灯のように連続して駆け巡る。幼い頃に少女と笑ったり泣いたりしながら遊び過ごした日々、成長して共に丘から夜空を眺め話した記憶やあの婚約の当日の記憶、自分の両親と過ごした時間など経験してきた事の全て…

 そして何よりその記憶の濁流の中で垣間見たのは、記憶の持ち主が “この島の貴族の息子として生まれた” という事実と、その名前が【レナト】である事。次期国王に決まっていた事。さらに国が滅びる時に自身は国外へ脱出させられ生き続けたという事だった。


 この時に玲那斗は初めて全てを悟った。この記憶は自分自身のものではないが、自分の中にある受け継がれてきた記憶なのだと。それは血の繋がり。代々受け継がれてきた石と同じように千年の時を越えてきたもの。次期国王となるはずだった少年の生まれ変わりとも言える奇跡こそが自分自身であることを。

 この地に降り立った時に感じた心地よさや、彼女の姿を見た時に感じた温かさの理由が今なら理解できる。この地は自分が生まれ育った地も同然だからだ。

 彼女は国の滅びと共にその短い生涯を閉じた。しかし次期国王であった少年は “決められた定め” により国に残る事は出来ず国外へ脱出させられた。国が滅び、例え世界から無くなっても意思を継ぐ者さえあればいつか再興出来ると信じた人々の思いこそが自分を生かしたのだ。


 記憶の濁流を受け止め、玲那斗は呼吸を整える。この手紙の内容を見る限り彼女の言う約束の場所とは星の塔と呼ばれるところ。この島の中で高い塔といえば調査の時に訪れたあの尖塔だ。そして初めて彼女と出会ったのもあの場所である。

 今からもう一度あの尖塔へ向かう必要がある。そこに行けば必ず彼女と話が出来るだろう。玲那斗は足早に部屋を後にした。

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