9:「一人ぼっちだったのは、ハゲたムキムキのおっさんでした」

「本当にここであってるよね?【暴牛の炎鎚えんてい】のギルドハウスって」



 確認のために視線をそこらに泳がせると、大きく【暴牛の炎鎚】と書かれた看板が地面に刺さっている。

 そしてそれは、目の前の建物を指していた。



「ようやっとついた……」



 しばらく人に聞きながら歩いて、ようやく見つけた。


 場所は、エアリスの街の北東部。

 舗装された道こそ変わらないけど、石造りの建物の数々は視界を圧迫する。

 あと、似たような景色ばかりなうえに、熱気も凄い。

 そのせいで、俺は何度道を間違えそうになった事か。



「あ、普通に間違えてるわ!二、三回は変な路地裏に迷い込んじゃったし」



 恥ずかしいから秘密だけどね!


 思ったのと同時、これを口に出そうとした俺がいた。

 だけど、冷静になると、なに考えてるんだろうって思う。

 まるで、存在もしない誰かに話しかけてるみたいで、完全にイタイ奴じゃないか。

 


「どうしたんだ、俺……」



 とまあこんな茶番も、周りに人がいないのでできる事であって、いきなり人通りの多い道の真ん中で立ち止まって勝手に落ち込み始めたら、いよいよだろう。


 そんな感じで、俺が今いる場所は戦闘系ギルドのギルドハウスが立ち並ぶ北西部とは違い、かなり閑散かんさんとしていた。


 ――ある場所を除いては。



「でも、人気なんだなーここ」



 目の前の一点にだけ、多くの人がわらわらと集まっている。


 その中心は、女性。

 ほとんどが女性といっても過言ではない人ごみの中、数人の男性の姿も見えるけど、嫌々という顔をしている。

 何がとはわからないけど。



「うわー、中に入るのは難しそうだな」



 ぱっと見は、そんな感じ。

 しかし、もうすこし観察していると、なんとギルドハウスの一角だけ人がまったくいない場所を発見した。



「おっ、あそこならいいかも」



 人がいないのには理由がある。

 それを知ってはいるけど、いきたくなってしまう。

 怖いもの見たさというやつだ。

 それにこれで一応、エレンノーラさんにも中に入りましたといえるし。

 一石二鳥でもある。


 なので、俺は押し合う人の波に身体をちぢ混ませながら入り、建物の中に入ることにした。


 あ、ふんわりと幸せな感触がしたような……。

 いや、気のせい気のせい。

 俺は何もしてません。



「あーあ、どうせまた他のやつらのとこにいっちまう」



 初めに聞こえてきたのは、ハゲたムキムキのおっさんのため息とそんなぼやきだった。


 内装は、外から見たのと変わらない石造りの建物。

 何人かの職人がいて、その人毎にスペースを持ってる感じだ。


 俺が向かうのは、建物の中の隅にいるハゲのでかいおっさんのスペース。

 周囲には、ぽっかり穴が開いたようにそこにだけ人がいない。

 周りには多くの人がいるだけに、余計かわいそうになってくる。


 そんな空気のなかで話しかけるのには中々勇気を持たされるけど、俺は無視して突っ込む。



「こんにちはー。武器などを見に来たんですけど、良いですか?」



「なんだ珍しい。俺に客が来るなんて」



 つれないなぁ。

 でも、一応見向きはしてくれたので良しとする。



「で、見たいのはどんな武器だ?防具でもいいぞ」



 なんだ、武器を売るのにあんまり乗り気じゃないのかと思ったけど、以外にうれしそうだ。

 おっさんの口の端が緩んでる。

 間違っても本人に伝えることはないけど。



「長剣をおねがいします!」



 そして俺が選んだのは、長剣。

 今使ってるのは父さんのお下がりで、初心者用のものらしい。

 冒険者になりたての頃に使ってたんだとか。


 しかし、手入れはきちんとされている。

 そのおかげで全然使える状態なんだけど、やっぱりちょっとでも良い剣を使ってみたいという気持ちがある。

 なので、今回は購入を前提とした下見のつもりで来ていた。


 ただ、気にいるものがあれば、即買いは間違いない。

 持ってきているのはそんな額ではないので、問題は値段だけど――、



「こんなのはどうだ?」



 おっさんが店の奥から持ってきたのは、三振りの剣だった。



「左から、銅、鋼、ミスリル。ミスリルに関しちゃあ、値段は張るが切れ味が落ちにくいので使う奴は多いぞ」



「手にとって見ても良いですか?」



「おうよ。気にいったのを俺にいってくれ」



「わかりました」



 まず手に取ったのは、銅の剣。

 ずっしりと重く、今使ってる鉄の剣より扱いにくそうだ。



「これはない」



 次に鋼の剣。

 これはそこまで重くはないけど、逆に軽過ぎて変な感じがする。



「これもない」



 残ったミスリルの剣は、手になじみ重さもちょうどいい。

 違和感をまったく感じさせない、素晴らしい剣だった。



「これがいいです!」



「それじゃあ、十万ゴールドだな」



 俺はお金の入った小袋を懐から取り出し、中にいくらあるのか数えようと――。



「あれっ?もう一回おねがいします」



「十万ゴールドだ。まさか、金がないだなんていわないよな?」



 十万ゴールドといえば、宿屋の一泊当たりの料金の相場でいうと千日は寝泊まりできる金額だ。

 さすがに武器の値段がそこまで高いとは知らず、俺は手持ちのお金に目を落とす。


 ……五百ゴールドと少し。



「すみません、やっぱりこの話はなしで……」



 はずかしすぎる。

 でも、最初におっさんはミスリルの武器は値が張るっていっていた。

 よく考えれば、防げたことに違いない。



「ま、俺の所に来る時点でそんなことだろうとは思ったけどな」



 おっさんも落ち込んだ。

 これはかなり悪い事をしてしまった。


 でも、ほかの武器なら買えるかもしれない。

 値段を聞いてみる事にする。



「ちなみに、ほかの武器の値段は?」



「無理して買おうとするな。命を預けるものに、妥協なんてするもんじゃない」



 こちらの魂胆こんたんがばれたようで、叱られてしまった。

 また、きまずい空気が流れる。


 しかしそれは長くは続かなかった。



「おっ、そうだ! 一つだけ聞いてほしい事があるんだ。それさえ聞いてくれれば、今回の話はチャラにしてやる。どうだ?」



「どんな話ですか?」



 これを聞かないとなると、今後この場所で武器を売ってもらえなくなるかもしれない。

 俺はすぐに食いつく。



「そんな難しいことじゃない。この地図の場所にいってさえくれればいい」



 いつのまにか手に持っている紙を、ひらひらとなびかせるおっさん。

 紙だけでなく、俺も軽くあおられてないか?

 そんな気がする。

 しかし気にしてられないのでスルー。 



「そんなことでいいんですか?」



「男に二言はない!」



 おっさんは、約束を絶対守ってくれるという。

 なら、さっさと済ませてしまおうか。



「ありがとうございました。それではいってみます!」



 俺は渡されたその地図を頼りに、その場所にいってみる事にした。

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