7







 リディアは怒っていた。


 ジョエルにはいつものように絶交を言い渡してある。



「リディア嬢。私のせいでジョエル殿と仲違いをしてしまっているようで、本当に申し訳ないと思っています」

「あら、構いませんわ。あんな分からず屋」


 

 リディアは犯罪者集団アリアドネに自分の知り合い―彼女の場合、一言二言話せばすでに知り合いになるらしい―が狙われているのだからと協力を申し出た。この場合の協力とは衣食住の提供もあるが、彼女の愛読書の探偵・スパイもののようにアリアドネの痕跡を辿たどることが一番彼女としては力をいれたいところである。

 もちろん彼女の性格を一から全部知っていると言ってもいいジョエルが反対しないわけがない。結局警備上の問題として衣食住もクレイヤンクール家が持つことになり、リディアとしては肩透かしを食らった気分だ。


 リオネルは困り顔でリディアをなだめるが、もちろん取りつく島もない。


 一方、アルマン達使用人はまた始まったと思えればいいのだが、今回はそうもいかない。

 なにせ、リディアの目の前にはリオネルという若い男がいる。それもクレイヤンクール家の容貌の美しさで見慣れているとはいえ、なかなかの美男子だ。コロッといってもおかしくないとは若い侍女のうちの一人の言葉である。



「それよりもミミ、本当にごめんなさい。貴女がそんなに慌てて泣きじゃくるほど心配してくれるなんて思ってなかったのよ」

「そんなの、心配するに決まってるじゃないですか! もう! お忍びでお出かけになりたいのなら手引きをしますから、こんなことはもうおやめください!」

「分かったわ。反省してます」

「絶対ですよ!」



 居間に用意されたテーブルについたリディアは、ミミが淹れてくれた紅茶のカップを両手で持ちながら素直に謝った。



 リディアが一昨日、ジョエルに連れられて三人でクレイヤンクール邸に戻ってきた時、ミミは玄関ホールで目を真っ赤にしてくちゃくちゃの顔で出迎えてくれた。


 びっくりして横にいたオルガに話を聞くと、リディアがいなくなったと知るや、近隣中にとどろかんばかりの大声で悲鳴を上げ、屋敷中を探し回り、それでもいないと分かると、私のせいだと自分を責めて半狂乱におちいったのだそうだ。


 恨めしい目で見られても何の不満の言葉も出てこない。



「私に悪いとお思いでしたら、早く旦那様と仲直りなさってください」

「それとこれとは話が別よ。私、貴女とは仲良くやりたいと思ってるけど、ジョエルなんかとは金輪際話したくないもの」

「そんなー」



 ドアの影に隠れてそれを聞いているアルマンやオルガは、額を押さえて天を仰いだ。



「ですが、リディア嬢。彼の心配が私には分かります。だって、こんなにお美しい貴女を危険な目に合わせたくないと思うのは、幼馴染の男としては当たり前のことだ」

「まぁ。ダランティーヌ様はお世辞がお上手ですね。でも、彼はそうは思ってないと思います。私が余計なことに首を突っ込まないか、それが心配なだけだわ」

「ふふっ」



 リオネルは口に指を当てて笑った。



「貴女はとてもお転婆なお姫様のようだ。……っと、すみません。今日中に済ませなければいけない仕事がありました。申し訳ないのですが、これで失礼してもよろしいですか?」

「えぇ、もちろん。お仕事頑張ってくださいね」

「ありがとうございます。君も、美味しいお茶をありがとう」

「え、あ、いえ! 滅相もございません!」



 自分にもお礼を言われるとは思っていなかったミミは急なことにしどろもどろになりながら頭を下げた。


 実に物腰柔らかい好青年といった感じで、リディアもミミもすっかり気を許している。先程までジョエルに対して怒っていたリディアもすっかり機嫌を直していた。もっとも、物事をすぐに忘れられるといった彼女生来のものであるかもしれないが。



「あっ、そういえばお嬢様」



 静かにリオネルの分のカップを下げていたミミが、ハッとした顔つきでリディアの方を見た。



「今夜は九時頃から街中で計画停電になるそうです」

「そうなの? 急ね」

「なんでも、今度の王宮での舞踏会の際に使用する電力確保のためだとか」

「それを陛下はご存知なのかしら。国民の不利益になるようなことをなさらない方だと思うけど」

「はい。たぶん、電力会社の独断ではないでしょうか」

「王侯貴族は国民のために、国民は国のために。その大原則を分かっていないのね。むしろその電力会社、批判を受けてしまいそう」

「でも、お嬢様。そのお考えをお持ちでない方々が少なからずいらっしゃるということも事実でございます」

「……そうねぇ。でも安心して。私の家はお父様も私もその考えは持ってるわ」

「えぇ。存じております」

「だから、ここを辞めてうちにいらっしゃいな。私もこの仕事が終わったらさっさと家に帰るから」

「お、お嬢様ぁ」



 ニッコリと笑ってとんでもないことを言うリディアに、ミミは涙腺がここのところ緩みやすくなっているのか、じんわりと涙を目に浮かばせた。


 引き続き隠れて聞いていたアルマンとオルガは再び天を仰いだ。そして二人で示し合わせたかのように同じタイミングでドアをノックし、リディアに中へ入る許可を求めた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る