第1章 僭王討伐

第5話 赤王、戦陣より逃げること

 義立国境なき女学院。

 私たちの暮らす学校です。


 義によって成り立つ、奇跡の超巨大マンモス校。その敷地は国や大陸すら超越し、中国大陸から日本、果てはアメリカ東海岸までも内包します。


 今や、学校とは国家よりも大きい枠組みなのです。


 当然、その広すぎる敷地の中枢は独立した自治区となってます。自治区は関東平野にあって、アメリカ合衆帝国の一州を構成します。

 大統領選に少なからぬ影響を及ぼすのは自明の理です。


 しかし、学内の統制機関だった職員室は、今や蛮族の侵入により、赤王を僭称する蛮族の長に支配されてしまいました。

 世に言う蛮族僭称校時代の到来です。


 そして現在。これを快く思わないスマホ軍は、生徒会長夏侯惇の号令のもと、一気に北の校門を突破し、ついに職員室へ攻め入ったのです。

 赤王は校内を支配する各地の群雄達に声をかけましたが、今や蛮族の支配は風前の灯でした。


 義は失われ、波乱の時代が幕を開けようとしていました。


「ええい、太賢老師は何をしておる」


 スマホを狩って作った鎧を纏い、武人たちの前で憤慨しているのは、職員軍の重鎮、サミュエル殿です。数々の武功を謳われたその姿も、スマホ軍に校門を突破された今となっては置物に過ぎません。


 動かぬ自らの無能を棚に上げて怒りを撒き散らすのですから、タチの悪さで言えばこれ以上のものはないでしょう。


「おやおや、やっておられますねえ」


 愚将サミュエル殿が三杯目のお茶をおかわりしていたとき、私とダフネとペネロペは職員室参謀本部へ堂々と割って入りました。

 その姿は鯖そのものでした。


「なんだ貴様っ!新手のスマホか!?」


 サミュエル殿は鯖を見慣れてなかったようです。


「私は飯富虎昌子。飯富通の跡取り娘と言ったら分かりますかしら。サミュエル殿」


「えっ……?鯖じゃん……」


 サミュエル殿は目の前の光景が理解出来ないようです。

 無理もありません。私たちは今や鯖アプリの力で鯖になっているのですから。

 私はサミュエル殿に全てを理解させるべく、スマホを翳しました。


 するとどうでしょう。スマホから放たれた青白い光が辺りを包み込みます。


『私が鯖の姿になったことなど、どうでもいい。私はあなた方職員軍に助力すべく馳せ参じた鯖軍にございます』


「なにぃ、鯖の軍勢とな。それは頼もしい。飯富通の力があれば千人力よ」


 どうやらサミュエル殿は催眠アプリの力に掛かってくれたようです。すっかり私たちを味方だと信じ込んでいます。


 この絶大な効果にはダフネとペネロペも大喜びです。


「最高だなこのアプリ。力って最高だぜ」


「しかし驕れる者は久しからずとも言うね。己を過信することなく、この状況を楽しみたいものさ」


 二人が楽しんでくれて何よりですが、私には私の目的があるので、サミュエル殿に足早に質問します。


「時にサミュエル殿。職員軍の大将であり蛮族の長である、赤王殿はどちらに。ついにスマホ軍との決戦が始まりました。迎え討つ赤王がおらねば兵は奮い起ちませぬ」


 催眠アプリと鯖アプリ。

 二つの力を手に入れた、私の今の望みはただ一つ。


 憧れの夏侯惇先輩の勇姿を見たい。


 あの勇猛果敢で残虐非道な姿をもう一度見たい。

 そのために、味方のふりまでして、職員軍に忍び込んだのです。


 しかし、この質問を投げかけるのはあまりにも時期はずれでした。


「馬鹿な、飯富虎の御曹司ともあろう方が決戦をご所望か!?ここに本陣はありませぬ。赤王殿には奥方共々、先だって脱出していただいた!」


「えっ……」


「ここに王はおらぬ!ハハハ!なあに、あの若造、粋がって決起盛んに全軍突撃を命じようとするのでな。この鉄拳サミュエルの一撃で昏倒させてやりましたわ!今頃はうまく逃げおおせられておる!」


 サミュエル殿が笑うと、周りの武人たちも豪快に笑いました。

 つまり彼らは自ら囮となり、御大将の命を救う策に出ていたのです。


 彼らは蛮族支配以前よりの武人の家系です。生まれから忠義の人々だったのです。

 彼らは一度主君と見定めた者のために命を捧げることを是とした集団でした。例え蛮族の王であろうとも。


「そんな…じゃあ、決戦はどうなるの?」


「ハハハ!これは飯富虎の若き姫君も血に飢えたことですな!よもや蛮族のために本当に命を投げ出す者がおるとは思わなんだ。これは失敬!」


「つまり決戦は避け、あなた方も早々にここを退散するのですか?」


「あいや、我らは先に退散しておる殿がおるのでな。死ぬのは怖いが、ここを去るわけにもいかぬ!ワハハ!」


 茶を飲みながら笑うサミュエル殿の手は震えていました。


「殿の為に命を投げ出すなど、あの世で父祖の霊に自慢する良い土産話になりますな!」


 サミュエル殿の隣にいた武人も粋な冗談を飛ばしました。

 彼らはあえて敵を本陣まで導き、命がけで足止めをする心算のようです。


「しかし腹がたつのは太賢老人殿!北の校門の守りを担う男が、何故留守にしておられるのか!?」


「そうですか…美しくありませんね。死を怖れ、ただ漫然と受け入れるなど。ならば私がもっと美しくしてあげましょう」


 即座に、私の意図を汲み取ったペネロペの顔面が不気味に青白く輝きます。それはあらゆる人間やスマホを鯖の姿に変えてしまう鯖アプリの力でした。


 鯖の光はサミュエル殿の横にいた武人の集団に浴びせかけられます。


「えっ…?グァァァァァァ体が鯖になって行くうううううん」


「お、おい。お前の顔面、鯖になってないか?」


 サミュエル殿や武人たちは機敏に空気の変化を察したようです。


 これは傑作です。

 光を浴びた武人達は苦しみながら暴れ出しました。様子がおかしくなったことに、周囲も気がつきはじめました。


「ひぃぃぃ、こいつら鯖になってやがる」


「うわぁぁぁぁぁ嫌だ、鯖になるのは嫌だぁぁぁぁぁ」


 ペネロペの青白い光を浴びた武人たちが、青白い鯖の姿に変身してゆきます。

 先ほどまで父祖の霊への自慢話が出来ると語っていた男たちです。


「ああああああ、飯富虎殿。これは一体何をなさるのか」


 サミュエル殿が泣きながら私の両肩にしがみつきます。


「私はですね、もっと血みどろの戦がみたいんですよ。そう、憧れの夏侯惇先輩すら手こずるような戦をね」


 そう、自己犠牲の足止めも、もっと楽しくしなきゃ。


「ひいっ」


 鯖となった武人がサミュエル殿に噛み付くと、サミュエル殿もまた鯖になってゆきます。


「鯖ぁぁぁぁぁぁ鯖ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「素晴らしいですよサミュエル殿…ついでにあなた方の恐怖心も消し去ってあげましょう」


 私は手に持ったスマホを掲げ、催眠アプリを起動します。


『さあ、あなた方は恐怖心を無くした兵団となり、死ぬまで戦うのです』


「あああああああっ!赤王様万歳ーー!」


 鯖達は次々に槍を持ち、職員室参謀本部から出て行ってしまいました。他の者達も鯖にして仲間にする為です。


 死の恐怖を克服した彼らは、逃げ遅れた女子供や老人、病人など、都市の住民達に噛みつき、鯖の仲間にしてゆきます。


「楽しいぜ」


 ダフネは逃げ惑う人間たちを見て笑います。鯖になった非戦闘員たちは運河に身を投げ、遠くへ泳いで行ってしまいました。


「しかし、ついに敵軍が来たようだぜ」


 ダフネが窓から見える景色をヒレで示します。地平線の彼方から、ついに夏侯惇会長率いるスマホ軍が姿を現したのです。


「あの中に夏侯惇先輩が……」


 私が呟くと、ペネロペが肩を叩きます。


「さあ、先輩に挨拶をするチャンスだよ」


 ペネロペは悪戯っぽく笑いかけます。


「どうしよう、緊張してきちゃった。またあの戦いぶりを見られるかと思うと」


「その愛を伝えるのさ。それが青春というものだよ」


「やだ、愛だなんて……そんな……」


 夏侯惇会長の果敢な姿を見たい。


 私が二の足を踏んでいると、ダフネが名馬を引いてきました。


「ほら、近くの馬術部から徴収してきたぜ。これに乗って行ってこいよ!」


 ダフネは私を馬に乗せます。


「飯富虎、お前は引っ込み思案な奴だが、最近は変わってきてるぜ。とにかくその思いの丈をぶちまけて来るんだ!ただの挨拶になっても良い!とにかく行け!」


 ダフネの激励に勇気を貰い、私は無言で頷きます。ダフネとペネロペもまた無言で頷き返します。もはや言葉は不要です。


 私は右手で高々と催眠アプリを起動しながらスマホ軍に突撃しました。その後ろには数千の鯖軍が続きます。


「鯖ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「鯖あああああああっ」


「鯖ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 押し寄せる鯖の大軍の前に、スマホ軍は度肝を抜かれたようでした。


「大将!鯖が!鯖の軍勢がこちらに突撃します!」


「うぬぬぬぬ、この夏侯惇に通じると思ったか!全軍突撃!」


 夏侯惇会長率いるスマホ軍は両腕からブルーライトを照射し、それらは光の矢となって私たち鯖軍に降り注ぎます。


「天弓陣!天弓陣でござる!」


 降り注ぐ無数のブルーライトの矢に貫かれた鯖軍は総崩れになります。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 血みどろになった鯖の一体が猛将夏侯惇会長に噛み付こうとします。それを防いだのが、夏侯高弟七機衆の一人です。


「七機衆が一体、この青天聖君。断じて我が主人に鯖など近づかせぬわ!」


 青天聖君は顔面が青色のスマホでした。彼は鯖たちを槍で貫くと、地面に放り投げてしまいます。


「このスマホガァァァ」


「かまわん!殺せ」


 鯖の大軍が馬から跳躍し、青天聖君に飛びかかります。その横を私は見事な馬さばきですり抜け、夏侯惇会長のもとへ一気に走り抜けます。


「ちょっと横から失礼」


「しまった!この鯖ががががが!」


 青天聖君は両手がガトリング砲に変形し、実弾とブルーライトの矢が入り混じった混成弾をぶちまけます。一瞬で周囲の鯖達は哀れな肉塊へと変じました。


「その馬さばき見事。良家の出と見た。ならばこちらも」


 青天聖君は主君に鯖を近づかせぬという強い意志のもと、乗馬していた馬と合体変形してケンタウロスの姿に変じます。スマホが人類に対して圧倒的な優位を保つ理由がこのケンタウロスフォームの機動力にあるのです。


 私は焦ることなく、高く掲げた催眠アプリで周辺の全員に命令をします。


『全員平伏せ』


 その瞬間、大混戦を演じていた全鯖、全スマホ達が一斉に地面に平伏しました。中には落馬して即死したもの達も出ました。


 夏侯惇会長ですら乗馬の姿勢から無理に平伏したせいで頭部を打ち付け、顔面が血まみれになってしまいました。素晴らしい。


「これは、これは体が動かんッ!どうなっておる!」


 平伏したまま体が動かない会長へ、私は笑いながら近づきます。


『おはようございます。夏侯惇会長。さあ、今日も一緒に虐殺ライフを楽しみましょう』


「えっ…?あっああ、おう……えっ?えっ?……」


 これで私は違和感なく夏侯惇会長の知り合いになることが出来ました。これからは何気なく夏侯惇会長の勇猛果敢な姿を間近で見られるということです。


 催眠アプリで私は夏侯惇会長の知り合いになれたのです。


 背後では後続するダフネとペネロペが鯖アプリの力で、スマホ達を次々と鯖へ変えてゆきます。


「なんだ貴様ぁ!夏侯惇様に近づくな!近…近づくナァァァァ」


 ペネロペが無言で青天聖君に鯖アプリの光を浴びせます。


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ鯖ぁぁぁぁぁ」


「フフッ」


 ペネロペが悪戯っぽく笑います。


「鯖ぁぁぁぁぁ鯖ぁぁぁぁぁ」


 青天聖君はあまりの恐怖に発狂しながら鯖になってしまいました。

 元々プライドが高かったのでしょう。


「さあ、会長。学校にはサミュエル殿がおりますよ。征くのです」


「あっ……ああ。全軍突撃ーーーー!」


 会長の号令のもと、全ての鯖達は職員室へなだれ込みました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

催眠アプリで気になるあの大統領を思い通りに❤︎〜闇のサイボーグ大統領と強制ラブラブ生活〜 東山ききん☆ @higashi_yama_kikin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ