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「すみません。一緒に来てもらえますか」

 棚から携帯電話の小型充電器を鞄にすべり落とした彼女の動きが止まる。振り向いて目をいっぱいに見開いて僕を見るが、促すとなにも言わずについてきた。バックヤードで店長に引き合わせると、素直にこれまでの盗みについて話し出す。僕が彼女の盗みを見逃し続けていたことにはいっさい触れなかった。学校と家庭、そして警察に連絡することを知らされても動揺する様子はなく、ただしおれた花みたいにうなだれて聞いている。謝罪の言葉もか細くて、これがあの不思議な魅力を放っていた子なのかと僕は驚いた。

 店長がもう帰っていいと席を立った後も、彼女はパイプ椅子にしょんぼり座って動かなかった。狭い休憩室に僕たち2人が残っている。ふいに彼女が口を開く。

「ごめんなさい」

 続けてなにか言おうとするのを遮って、僕は急いで言った。

「いや、僕のほうこそ、ごめんなさい。最初に気づいたときに止めていればよかったんだ」

 そこで彼女はハッとして、

「そういえば、話すのは初めて…名前も知らない」

 と言って少し笑った。




 彼女はもう店には来ない。かわりに、最近はときどき彼女からのLINEのメッセージが僕に送られてくる。小川の情報のおかげでなんとか友達になるところまでこぎつけたけれど、そこからどうしていいのかわからない。メッセージが来るだけでもおろおろしている。女の子とLINEなんてしたことがないから、なにもかもが未知だ。

「どうしよう、田中さんからなんかLINE来たよ」

「向こうから無駄話してくるようになったのか。村尾も成長したな」

「なんだよそれ…でもなんて返せばいいんだろう、えっと、ねえ、このスタンプってどういう意味?!」

 そんな僕をニヤニヤ眺めながら、小川はギターを適当に鳴らす。2人で新しい曲を作っている最中なのだ。

「村尾、歌詞はできたか」

「もう少しで完成。今回はけっこう、自信作」

 僕は今、田中さんのことを歌詞に書いている。話すのもメッセージも苦手だけれど、歌詞なら彼女への気持ちを素直に出せた。初めて作る、1人の女の子に向けた本物のラブソングだ。

「お前にはLINEよりこういうやりかたのほうが合ってるな」

 小川がキュッと目を細める。僕もつられて笑顔になった。



(終)

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ラブソング 室生犀星・性に目覚める頃remix 森山流 @baiyou

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