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 それからも彼女はやってきた。姿を見ると気まずさと罪悪感でいっぱいになる反面、心のどこかでは彼女が来るのを待っていた。僕はそんなぐちゃぐちゃな気持ちを隠して、表立っては何事もないように仕事をこなす。彼女はあいかわらずこっそり万引きをした。ひとことも口をきかないが、態度で僕を意識していることは伝わってきた。店のスタッフにはこのことは絶対隠し通すつもりだった。店に知られたら学校や家族に連絡が行くだろう。警察にも通報されるかもしれない。彼女がそんなことになるのは耐えられなかった。単純に彼女がもうこの店に来られなくなればつらいし、彼女の盗みを見逃している僕の罪もふせておきたいのだ。

 でも、彼女の万引きがしだいにエスカレートしていることに僕は気づいていた。はじめは恐る恐る小さなバラ売り菓子をポケットに隠す程度だったのが、最近ではだんだん大胆に高価なものや大きなものを鞄に入れるようになってきたのだ。僕の小細工ではごまかしきれなくて、他のスタッフは彼女があやしいと感じ始めていた。

 彼女がやって来る。そっとなにかを盗んで鞄に隠す。僕はそれをただ見る。きれいな彼女の手で犯罪が小さく重ねられる。その汚さで彼女の美しさがさらに引き立って、めまいのするような魅力になる。そして僕だけがこの全てを知っている。

 共犯。僕はもうどうしていいかわからなかった。

「小川、ちょっと相談したいことがあるんだけど」

「…なに?」

 電話越しの眠そうな声の安堵感に泣きそうになりながら、小川になにもかも話してしまおうと決めた。




「田中美咲。17歳。第一高校の2年生」

 3日後、家にやってきた小川は僕の顔を見るなりそう言った。鞄からくしゃくしゃのメモの束と、なぜか彼女の大量の写真やプリクラ、成績表の写しをまとめて取り出す。

「なんだよこれ、小川のほうが犯罪者じゃん」

「第一高校にはリカとナナコとミキちゃんがいるからな。情報収集は楽だった」

「その子たちも小川の、なんて言うか、彼女なの」

「ん、まあ、友達。俺の女子高生ネットワークを甘く見るなよ」

 それ以上は聞かないことにする。女子高生ネットワークを駆使した小川によると、彼女は第一高校でも有名な美人で、文化祭のミスコンで1位になったことがあるらしい。東京でモデルにならないかと勧誘されたという噂もある。成績はどの教科も優秀。学校じゅうの男子生徒からしょっちゅう告白され、他校の生徒からも声をかけられ、時には街で大学生に間違えられてナンパされたりもするが、全部つっぱねて誰ともつき合っていない。人気に反して無愛想で無口。女の子どうしで馴れ合うのは嫌いで、高校ではほとんどの時間を1人で過ごしている。男子があまりにちやほやするのもあって、女子生徒からはよく思われていない。

「で、これがLINEのアカウントと住所と電話番号。写真は俺からのサービスだ。部屋の壁にでも貼れ」

 写真は正直ありがたいけど、なんでこんな身辺調査みたいなことになってるんだ。小川にそんなことを頼んだ覚えはない。彼女の万引きを見逃している状況をどうしたらいいのかと相談したはずだ。

「…あの子のことがいろいろわかって少しは気が済んだか」

 小川がぼそっと言う。

「え?」

「あの子が捕まったらもう会えなくなるみたいな気がしてたんだろ。これだけ情報があればいくらでも連絡できる。普通に仲良くなる手段がある。盗みをネタにして脅迫する必要なんかない。共犯関係がなくなっても、彼女には会える」

 ハッとした。僕が万引きを見逃しているのは彼女のためじゃなく、共犯関係で彼女と繋がっていたい自分の気持ちのせいだ。

「村尾、あの子が好きなんだろ。だったら早く店と警察に引き渡してやれ。これ以上盗みはさせるな」

 初めて見る真剣な顔で小川が言った。

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