【トラウマの塔】

 アーサーは血を吐きその場に倒れる。

「私は…ここで死ぬの…?

 NPCである私が"死ぬ"って言うのも変な感じ…。」


 神威は血が滴る剣を右手に下げてアーサーを見下した。

「アーサー?なぜ寝ているんだい?起きておくれよ。

 なぜ泣いているんだい?笑っておくれよ。」


 アーサーは目を閉じ涙を流した。

「神威様…ごめんなさい…ずっとそばに居ると約束したのに…。」

 アーサーの視界が赤くなる。



 アーサーを呼ぶ声が聞こえる。

「アーサー!」


 アーサーは聞き覚えのある声にゆっくりと目を開けた。

「アーサー!良かった…間に合いました。」


 アーサーはボヤける視界で誰かが体を支え、顔を覗き込んで居るのに気づく。


「アーサー遅くなってすまない!!

 よくも…アーサーを!!

 ヴァーミリオン フレイム!」

 誰かが戦っている。


 自分の記憶が定まらない。

 他の意識が流れ込んでくるような…。


「神威様!アーサーの傷が深い…!

 回復を!!」

 誰かが叫んでいる。


「パーフェクト ヒール!」

 回復魔法を掛けられて出血は止まり、傷はみるみる塞がった。


 しかし意識がぼやける。

(走馬燈?違う…私の知らない神威様との記憶。)


 アーサーが神威と冒険をしている記憶。

 自分が行っていないのに、知っている感覚。


 神威が泣いている。

 何かを叫んでいる。


 私は斬られた?誰に…?


(あぁ…これは1人目の私、最初のアーサーの記憶。)


 微笑みながら消えるアーサー。

 最後の言葉。

「また会いましょう…。」

 そう言って最初のアーサーは神威の前から消えた。


(私は…アーサー。

 2人目のアーサー…。)




 思考が止まりそう。


 誰かが呼んでいる。

 叫んでいる。




 瞼に射し込む光が眩しくて…。

 誰かが私の頬を叩く。

「アーサー!勝手に死ぬのは許しません!」

 何度も何度も叩かれる。


 顔が熱くなる。



 ヒリヒリする。


「痛いじゃない!ルシファー!!」

 アーサーが飛び起きる。


「あ…あれ?ルシファー?なんで?」

 目を覚ましたアーサーはルシファーに抱き締められている事に驚く。


「アーサー…よかった…。」

 ルシファーはアーサーを抱き締め鼻をすする。



「アーサー…目が覚めたか?すまない。

 助けに来るのが遅れて。

 この地下ダンジョンは"幻惑の塔"。

 …俺が初心者の頃に攻略しようとして途中で断念したダンジョンだ。

 ジャンヌが仲間に加わった時に再攻略は済ませたけど…。」

 神威がアーサーを見つめる。

「…取り敢えず、このダンジョンは鏡に気を付けてくれ。

 鏡に取り込まれると自分の大切にする相手に裏切られる。

 大切にする相手の幻影が自分に襲いかかってくる。

 強さはそれ程でもないが、自分の苦手意識に反応して自分の無意識の隙をついてくるから強く感じる。

 様々なプレイヤーがこのダンジョンで心折られた。

 PvP対象ダンジョンだったから幻影だと思い斬りかかるとプレイヤーだったり、模倣だったり。

 初心者にはキツ過ぎるダンジョンだった。

 プレイヤー達の間では別名で呼ばれていたよ。

 "トラウマの塔"って。」


 ルシファーは立ち上がりアーサーに手を差し伸べる。

「立てますか?」


 アーサーはルシファーの手に捕まりゆっくりと立ち上がる。

「なんでルシファーがここに?」

 アーサーは首を傾げる。


「神威様が召喚書で私を呼び出し、フォカロルと入れ替えたのです。

 このダンジョンは最下層に悪魔が居ます。

 ですのでフォカロルでは暴走の可能性を考慮されたのですよ。」

 ルシファーはアーサーを立ち上がらせると神威の前に連れていく。


 アーサーは神威を見つめ虚ろな目をしながら微笑んだ。

「神威様…またお会い出来ましたね…。」

 自分の言葉に違和感を覚えアーサーはハッとする。


「あぁ…大丈夫かアーサー?」

 神威がアーサーの顔を覗き込むとアーサーは顔を赤くして顔を背けた。


 神威はルシファーとアーサーを交互に見た。

「取り敢えず、このダンジョンには出口がない。

 最下層の悪魔を倒すか、此方が倒れるかだ。

 此方がやられた場合、コンテニューは効かない。

 だから最下層の悪魔を倒すしかないな…。

 まずはこの鏡の世界から出ないとな。

 斬神剣-鏡-!」


 神威が剣を振ると何も無いはずの空間が斬れ元のフロアが見えた。



 神威を先頭に空間の切れ目から3人が出てくると切れた空間が閉じると同時に周りの鏡にヒビがはいり、次々と音を立て割れ出す。


「さて…前にクリアした時と同じ構造ならマッピングはほぼ終わっている。

 最短ルートで進むぞ!」

 神威は剣を仕舞いながら先を見据えた。


 ルシファーとアーサーは頷き後に続いた。

 しかしアーサーの表情は曇っていた。



 ーーーーー



 俺達は虚ろう者を倒しながら先に進んだ。

 鏡から出てくる幻影に触れないようにしながら。



「次のフロアが最下層のはずだ…。

 このダンジョンのボスはサタナエル…かつてのルシフェル配下の魔神の1人だ。

 タルタロスと呼ばれる幾つものダンジョンを支配する魔神だ。

 トリガーでは、このダンジョンの最下層ではサタナエルの分身体がボスだったが、今は分からない。

 気をつけろよ。」

 俺はアーサーとルシファーを見つめた。


「もしサタナエルが居たのならば私が止めます。」

 ルシファーは力強く俺を見つめた。

「1人で戦わせはしない。

 アーサーもいる。

 それに俺もいる。」


 アーサーは俺とルシファーを見つめ俯き何かを呟いている。


「アーサー?大丈夫か?調子が悪いのか?」

 俺は心配になり歩み寄る。


 しかしアーサーは首を横に振る。

「なんでも…ありません…大丈夫です。」

 俯いたままアーサーは答えた。


 俺は違和感を感じながらも先を見た。

「…そうか。では行くぞ!」



 ………。

 …………。

 ……………。


(…なんでこうなった?)

 俺の両隣でアーサーとルシファーが言い合いをしている。


「ルシファーばっかりずるいじゃない!」

「そう言うアーサーこそ!!」


 俺の両隣を2人が固めながら言い合いをしている。

 俺を挟んで。

(ゲームとか漫画ならハーレム的展開なんだろうけど…実際に板挟みにされると居た堪れない…。)


 2人の間に挟まれ、息を殺す。

(俺は空気…空気なんだ…口を出すな…飛び火するぞ!!)

 目の前に魔法陣が見えた。

「先に進む魔法じ…」

 口を開いたら2人に睨まれる。

(収まるまで先には進めなさそうだな。)



 暫く口論は続いた。



 ………。

 …………。

 ……………。


 何故俺が怒られているのだろう。

 何故俺は正座して怒られているのだろう。


「元はと言えば神威様がニアやクシャシーに懐かれたのが原因ですよ!シャイネスまで!」

「私達の事を放置してギルドで愛想を振り撒くから!」

「アーサーは少しでもお傍に居れるのに…私なんてずっと自軍で留守番ばかり…!

 変われるならば私だって!」



(うん…ごめん…何かごめん…。

 早く収まってぇぇぇぇぇぇ!!!!)



 ーーーーー



 2人は不満(俺の)を吐き出しスッキリしたようだ。

「取り乱して申し訳ございませんでした。」

 ルシファーが深々と頭を下げる。

 アーサーもバツが悪そうにしている。


「あぁ…うん…。

 俺も気をつけるよ…。」

(疲れた…戦闘より疲れる…。)

 俺は咳払いをして気をそらした。

「それより、あそこに最下層に繋がる魔法陣がある。

 行けるか?」

 俺は2人を見た。


 2人は頷き後に続いた。

「行くぞ!」

 俺が進み出したその時ーーー



 突如としてアーサーが斬りかかってきた。



「アーサー!?まだ怒っているのか!?」

 俺は剣をかわすと、アーサーに手を伸ばす。


 ルシファーは何かに気づき俺を引き止めた。

「お待ち下さい!アーサーの様子が…!」



 アーサーは虚ろな目をしながら俺を見ていた。



 俺はルシファーの後ろで召喚書を確認する。

「幻影…ではない…本物のアーサーだ…。

 どうしたんだ?」


 ルシファーは俺を守りながらアーサーを睨む。

「アーサーに乗り移っている者よ!何者ですか!」


「乗り移っている?」

 俺は驚きアーサーを見た。


 アーサーは口元を三日月型に引き上げ笑う。

「何を言っているのルシフェル。

 私はアーサーよ?ただ…この体のアーサーではないけどね。」

 アーサーは笑みを浮かべたままルシファーに斬り掛かる。


 ルシファーはかわしながら俺を見た。

「神威様!剣を貸して下さい!アーサーを抑えます!」

 俺はゲートを開き剣を取り出し、ルシファーに投げた。


「ありがとうございます!

 この剣は…!!」

 受け取ったルシファーは目を丸くして驚いていた。


 俺自身咄嗟に取り出したから何の剣を投げたか解っていなかった。

(形的に刀か?)



 ルシファーが構える刀を見ると…。


「村正!?」

(闇属性の武器ではストームブリンガーの次に強い刀だ…。

 属性ガチャ限で手に入る中では最強武器だけど…。)

「アーサー相手に村正は…いや…でも村正の能力なら…。

刀は扱いが難しい…他の武器を…。」

 俺は焦り他の武器を探そうと再びゲートを開く。


「大丈夫です神威様!武器さえあれば、アーサーを抑えられます!

それに村正の能力なら…!」

 ルシファーは刀を抜き放つとアーサーに振り抜いた。


「はぁぁぁぁ!」

 アーサーも剣を振り下ろす。


 鉄と鉄のぶつかり合う音が響き渡り、火花が散る。


 ルシファーは刀を巧みに使いこなす。


(凄いな…刀は技巧ステを上げないと使いこなせないのに。

 俺も一応装備は出来るけど村正の能力を引き出すには刀の熟練度が足りない。

 なのにルシファーは使いこなしている。

 流石は元ラスボスだな。)

 俺は呆気に取られルシファーの動きに見とれていた。


「邪魔をしないでルシフェル。

 私は神威様とひとつになるの。

 貴女の様に駒に過ぎないプログラムが邪魔をしていい問題じゃないのよ。」

 アーサーが手をかざすとルシファーの動きが止まる。


「な…!?動けない…!急に体が鉛のように重く…!」

 ルシファーは体に力を込めるが動けずにいた。


「ルシファー!アーサー…いったいどうしたんだよ!?」

 俺がアーサーに呼びかけると俺を見つめ微笑んだ。


「神威様…大丈夫ですよ。

 私がいれば、貴方はこの世界で永遠に生きられますから。

 貴方さえ居れば…。」

 アーサーがルシファーに剣を向ける。

「ルシフェル。

 貴女の役目はもう終わっているのですよ?

 何故この世界に居るのです?

 私が神威様を女神のもとまで導いて差し上げますから。

 そして私と神威様は永劫にこの世界で生き続けるの。」


(アーサー…!)

 俺は気がつくと剣を抜き走り出していた。


「アーサーはこんな事は望まない!!

 仲間を傷つける様な事をアーサーは望まない!」

 俺はアーサーの剣を跳ね上げる。



「これ以上耐えられない!

 姫同士が傷つけあうのは耐えられない!

 ならばいっその事、俺が背負ってやる!

 アーサーを斬り…俺が全て背負ってやる!!」

 ルシファーを護るように立つと剣を構えた。


「神威様…。」

 ルシファーは動けない体で涙を流す。



「神威様…おいたわしや…。

 私以外の姫などに情を注ぐから…。

 私が居なくなって大変だったのでしょう…。

 ならば私が貴方の憂いを払ってあげますわ!」

 アーサーはニヤリと笑うと剣を振りかぶり飛び掛ってきた。



 俺はアーサーの攻撃を受けながらふと頭に疑問が浮かぶ。

(俺を知っている…むしろ面識がある。

 そして俺の前から居なくなった?

 アーサーを名乗る…まさか…まさか!まさか!!)

「アーサー…君はアーサーなんだな?」


 アーサーは口元を歪ませる。

「最初からそう言っているではありませんか。

 私はアーサーですよ。

 この塔で斬られ消えるはずだったアーサーですよ。」



 俺は冷静を装いながらも手に汗を握っていた。

(やっぱり君なんだな…。)




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