【世界の傍観者】

 銅鑼が響き渡ると先頭から咆哮があがる。

 先陣は両軍とも一般兵が先陣を切り突撃していく。


「ギルドメンバーの中で偵察が得意なメンバーはいるか?」

 俺はニアに問い掛けた。


「元盗賊が確か…居ました!あの人です!」

 ニアは周りを見渡しそれらしき人物を指さした。


「確か…ラボストラだったか?」

 参加するギルドメンバーのリストには目を通してあった。

(半蔵を忍ばせて置くべきだったな…。

 召喚書を使えばここに呼び出せるが…今その力は周りに見せたくないからな。)


「ラボストラさん。

 一つ調べて欲しい事があるんですけど…。」

 俺はラボストラに敵の補給路の捜索と氷帝の補佐をしている人物の偵察を頼んだ。

(長期戦になる事も考えて、まずは相手の補給路を断つ。

 こちらの補給路の周りには伏兵を忍ばせてあるし、氷帝との戦いになったら補佐の人物が戦場を仕切るはず。

 その時に頭を叩ける様に人物の特定。

 こちらはクシャシーとニアの2人に作戦を伝えて、仮に片方がやられた場合や分断された際の指揮系統の構築は完了している。)


「後は戦線の綻びを見つけ俺が突破する。」

(現状でも単騎で乗り込んでも問題は無さそうだけど、氷帝はアシエルの息がかかっているらしいからな…。

 一応は警戒しておかないと。)

 俺は辺りを見渡した。


 ふと疑問が頭をよぎる。

(待てよ…氷帝がアシエルの手下だとして…他の帝は?

 嵐帝も倭の国の魔王の手下の可能性は?

 となるとシャイネスが危ない!?

 でもその可能性でいけば…シャイネスもバアルの…?

 しかしシャイネスとバアルの猫姿での接触の時は自然だったような…。

 でも…猫が仮面に飛びついただけであのシャイネスの仮面が落ちるか?

 素顔を見せる事で俺を油断させた?

 バアルとシャイネスは芝居をしていた?

 いやいや…そんな突拍子もない推測で…。)

 俺が頭を抱え唸っているとニアが走ってきた。


「ご主人様!!ラボストラさんが補給路の発見と副将の特定が済んだようです。」

 ニアは息を切らしながら俺の近くまで来た。


「なかなかに優秀だな。

 では、補給路は伏兵を忍ばせて物資運搬の部隊が通過したら叩いて遮断しろ。

 副将は情報をクシャシーとニアで共有して俺が氷帝と対峙したら動きに注意しろ。」

 ニアは頷くとクシャシーに連絡をとり戦線に戻って行った。


「さて…俺も動くか…。」

(今は魔王と帝の関係を可能性だけで判断はできない…。

 仮にそうだとしたら氷帝を締め上げて聞き出せばいいんだ。)

 俺は腰のレーヴァテインを確認し前線に歩み出た。



 前線はもはや小競り合いというレベルの戦いではなく何人、何十人と互いに殺し合い血煙立ち込める地獄絵図だ。

(トリガーの世界では所詮VRだったからな…。

 血の温かさ、匂い、死の間際の敵の顔。

 これが本当の戦争か…。

 しかし不思議と恐怖はない。

 俺はこの空気を知っているかの様だ。

 思考や感覚までこの世界の住人になっている様だ。)

 笑いが込み上げてくる。

「…今俺が生きているのはこの世界だ。

 憧れ続けたファンタジーの世界だ。

 現実世界では虐められ育ち、社会にでても大して変わらなかったクソッタレな世界。

 俺が求めていたのはコレだよ!!

 血沸き踊る刺激!頭が痺れる様な血の匂い!

 元の世界では有り得なかった事ばかりだ!!」

 俺の存在に気づいた敵兵が俺の首をとろうと襲いかかってきた。


「あれが炎帝だ!」

「囲め!囲め!」

「俺が炎帝の首を取るんだ!」


「…ただの雑兵なんかにくれてやるほど、俺は優しくないぞ?

 向かってくるなら容赦はしない。」

 俺は取り囲む敵兵達を眺めた。


(まぁ大将首だからな。

 けど俺は負ける訳にはいかない。

 姫達の為に…違うな…。

 俺がこの世界で生き続ける為に!)

 俺は口元が歪んでいくのが自分でも分かった。

 笑いが込み上げてくる。

(きっと悪い顔してるんだろうな…。)


 俺は向かってくる敵兵を一刀のもとに斬り捨てた。

 次々と兵達が集まってくる。

 俺は斬り捨て続けた。


 足元には負傷し蹲る兵が転がる。

 俺は邪魔な兵を蹴飛ばし道を作る。


「さて…まだ向かってくるか?

 命までは取るつもりはないが、邪魔をするなら…。」

 俺は敵兵を威圧する。


 するとたじろく敵兵の集団の中から兵とは違う装備の男が歩み出た。


「アンタが炎帝か…。

 なるほど、確かに噂に違わぬ実力者の様だな。」

 男は双剣を構えた。

「俺はノエルさんに前線部隊の指揮を任されたギルドSランク、奏人(そうと)!

 炎帝神威!アンタの首を貰い受ける!」

 奏人は素早さに自信があるようで俺の死角に回り込む。


「貰った!」

 奏人は俺の首筋に剣を振るう。


 俺は黙って剣を引き抜くと奏人より速く剣を振り向いた。


「がはっ!俺より後に剣を抜いたのに…!」

 奏人は斬られた傷口を押さえ後ずさる。


「氷帝ノエル…こんな雑魚に前線を任せたのか…。」

(雑魚?俺、何言ってんだ?なんだ?思考が鈍い…。

 いつもの頭にモヤがかかった様な…。)

「俺は選ばれたんだ。

 世界に…女神に!」

(おいおい…!ちょっと待てよ!)

 自分の体が自分の物ではない感覚。


 神威の体は剣を構える。

(マジかよ…!)


「氷帝ノエル!!俺はここに居るぞ!!

 お前が来ないなら全ての兵を皆殺しにする!」

 そう叫ぶと俺は剣を奏人に振り下ろす。



 しかし何者かにより剣は受け止められた。

「だめだよ神威くん、その感情に支配されちゃ。

 君はまだ無垢すぎるんだ。

 現実に絶望してこの世界に染まろうとしているみたいだけど、君はこの世界に染まってはだめだよ。」

 昨日見た占い師だ。


 頭に激痛が走り頭を押さえる。

「昨日の占い師?」

 俺はよろめき後ずさる。


「うん。

 今はそれでいいよ。

 確かに自分の命が大事だし、姫達の為ならなんでもするだろうね君は。

 だからこそ君が選ばれたんだ。

 "アヴァロン"は君を選んだ。

 でも君がどうなるかはアヴァロンもわかっていない。

 勿論、私もわからない。

 でもこの世界に飲まれちゃだめだよ。」

 そう言うと占い師はフードを外した。


 俺はその人を知っている。

 トリガーの世界で唯一尊敬していた人だ。

 突然姿を消したギルドマスター。

「クリス…さん?クリスティーナさん!?」

 俺の思考がハッキリしてきた。


「うん、久しぶり!神威くん。」

 クリスは万遍の笑みを浮かべると俺に歩み寄ってきた。

「オーディンの力は受け取ったみたいだね!

 まだ解放は出来ていないのかー…。」


 俺は色々な事が頭に浮かび身構える。

「クリスさんが…この世界に何故?」

 背中に冷たい汗が伝う。


 クリスはキョトンとした顔で首を傾げる。

「ん?ああ。

 大丈夫!私は敵じゃないよ!私はアヴァロンの保護者みたいな者だから。

 この世界に干渉するつもりは無いんだけどね!

 つい君を助けたくなっちゃってさ!」


 俺は構えを崩さず問い掛けた。

「アヴァロン?クリスさんはこの世界を知っているのですか?

 俺は何故この世界に居るのですか?」


 クリスは何かを考え込み口を開いた。

「んー…私の口からはまだ何も教えられないなぁ…ごめんね!

 でもひとつだけ。

 この世界は現実ではないよ。

 現実の君は私が経営する病院のベッドの上だ。

 君はこの世界でやらないといけない事が幾つもあるんだ。

 前にギルドで君に説明したら君は快諾してくれたんだけどね。

 だから私はギルドを解散して準備の為にゲームから離れたんだけど…転移のミスで記憶の消失が起きてるみたいだね。」

 クリスは淡々と話す。


「なにを…?」

 俺は動揺を隠せなかった。


 騒ぎをききつけ遠くからクシャシーが走ってくる。

「神威殿!」



 クリスはため息を着く。

「まだ話したい事もあったんだけどな…。

 この世界で私は傍観者だから帰るとするよ。

 だけど一つだけ忠告。

 光と闇のどちらにも飲まれちゃだめだよ。

 じゃないと君が死神になってしまうから。

 感情に支配されちゃだめだよ。」


 クリスはバイバイと手を振ると姿を消した。


 その後俺は混乱していたがクシャシーに連れられ一時本陣に戻った。


 俺が暴れた事により敵の前線は動揺し崩壊。

 今はラクシス軍が優位な様だ。


 本陣の椅子に座り込み俺は呆然としていた。

(そうだ…ここは現実じゃないにしても、この世界で生きている人々が居るんだ…。

 奪っていい命なんてないんだ…。

 命の重さは皆同じなんだ。

 悪人だろうと善人だろうと。

 敵だろうと味方だろうと。

 命を奪うからには罪を背負わなければならない。

 その命を忘れてはいけない。

 軽々しく扱ってはいけない…。)

 俺は頭を振ると立ち上がった。


「クシャシーさん、すいませんでした。

 お手数をお掛けしました。

 もう大丈夫ですので自分の持ち場に戻って下さい。」

 俺はクシャシーに笑いかける。


 クシャシーは心配そうな顔をしていたが、頷くと持ち場に戻って行った。


「今この世界はわからない事だらけだ。

 なんだか流されている気もするけど目の前の事から1つずつ片付けて行こう…。

 その為には…。」

 俺は本陣の守備隊に指示を出した。



 *****


 レイヴンの本陣に怪我を指した奏人が運ばれてきた。

「ノエルさんすいません。

 炎帝神威が前線に突撃してきたので功を焦りました…。」

 奏人は肩の傷を押さえながらノエルの前に跪く。


「で?やられてノコノコ帰ってきたの?」

 ノエルは冷たく言い放つ。

「ここは戦場だよ?敗北は死だ。

 何故お前は生きているの?」

 そういうとノエルは剣を抜き奏人の首元に突き付ける。


「も…もう一度だけ!もう一度だけチャンスを下さい!

 次は次こそは功を上げてみせます!」

 奏人は怯え震えながら懇願した。


「まぁ僕も鬼じゃないからね。

 鬼と言ってもお前達には分からないか…。

 僕もあの方に見せて貰った文献でしか知らないけど…。

 あの方が神威を警戒している。

 あの方の思考に神威が存在している…。

 許せない…あの方こそ絶対なんだ…。

 あの方を惑わす者は僕が排除する。

 奏人…次は無いよ?」

 ノエルは剣を収め椅子に座り足を組んだ。


 奏人は立ち上がり医療部隊に回復を要請した。


 ノエルは頬杖をつき戦線を眺めた。

(アシエル様が警戒するような人物なら今頃乗り込んできてもおかしくないと思ったんだけどな。

 予想より慎重なのかな…?

 でも…僕がいる限りレイヴンに負けは無い。

 アシエル様に貰ったこの力があれば…。)

 ノエルはニヤリと笑った。


 本陣に偵察部隊が戻ってきた。

「報告します!ラクシス軍は一時前線を押し上げていましたが、炎帝が本陣に撤退後何かが起きたようで本陣の守りを硬め、炎帝は籠城している様です!」


「籠城?奏人との戦闘の時は様子がおかしかったと間諜から報告があったけど…トラブルでもあったのかな?

 けどチャンスだね。

 全軍進軍せよ!炎帝が動かぬ今が好機!

 一気に戦線を掌握するのだ!!」

 ノエルは立ち上がると兵に指示をだした。


(なにを企んでいるか知らないけど、勝つのは僕だ!

 アシエル様に褒めてもらうんだ!!)

 ノエルは剣を掲げ進軍の合図をだした。



 *****



 ラクシス軍ではニアが前線で戦っていた。

「ここが踏ん張りどころだ!我々で戦線を死守するのだ!」

 ニアは仲間に激を飛ばし、戦線を押し返そうとしていた。

(ご主人様…。)

 ニアは仮面の下で微笑む。


 クシャシーも別の場所で仲間に激を飛ばす。

「炎帝神威殿がいれば我々が負ける事はない!

 神威殿を信じ突き進め!」

 周りが雄叫びを上げて突撃していく。

(神威殿…頼みましたよ!)

 クシャシーも剣を構え敵を打ち倒していく。



(皆うまくやってくれているみたいだな。)

 俺は戦線を離れ皆の動きを見ていた。


 本陣には俺が居るように見せかけてある。


「さあ…氷帝ノエル。

 勝負だ!」

 俺はレイヴン軍の本陣に向かった。


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