【女難の相】

 俺は今窮地に立たされている。

 目の前には1人の美女。

 豪華とは言えないが見事な造りの白い鎧を纏い、手には槍を携えている。


 槍を構え今にも飛びかかって来そうだ。


「まっ…待て!話せば分かる!」

 俺は美女に対話を求める。


 しかし美女は首を横に振り話しを聞こうとはしない。



 そう。

 その美女はジャンヌ・ダルクである。

 インビジブルに所属する姫である。


 そしてメンヘラである。


 ルシファーと情報の擦り合わせをしていた時に部屋を訪ねてきたジャンヌに空気を読まれ拉致られた。


 ここは訓練所。


 何故か分からないがいきなり手合わせの流れになった。

 いや、理由は分かる。


(嫉妬だ!?俺がルシファーと2人きりでいたからだ!?

 頭に登った血を発散させる為に、体を動かすのは分かる!

 だけど、何で俺が相手?

 完全に殺す気満々じゃん!目が血走ってるよ!?)

 俺は深呼吸をした。

「…わかった。

 とりあえず…落ち着くまで相手をすればいいんだな?」


 ジャンヌは黙って頷く。


(俺からは攻撃せずに空振りさせるか…。

 当たらない攻撃は疲れるしな。)

 俺は手を広げ深く息をした。


「こいっ!」


 俺の声と同時にジャンヌが槍を振りかぶり襲いかかってきた。




 しばらく俺はジャンヌの攻撃をかわし続けた。


 次第にジャンヌの息が上がり手数が減ってきた。

(長物の避け方の勉強になったな。

 結構危ない攻撃もあったけどなんとか避けられた…。)



 ジャンヌはため息をつき笑顔を俺に向けた。

「流石は隊長様。

 ありがとうございました。

 心のモヤは晴れましたわ。

 ですが、また私が嫉妬に駆られたら次は相手を殺してしまうかもしれません…。」


 俺はジャンヌの言葉にぎょっとする。


「冗談です♪︎」

 ジャンヌは笑顔を俺に向け訓練所を出ていった。


 俺はジャンヌの後ろ姿を眺めていた。

(………目が笑ってないって!!

 冗談じゃないだろ!?あれは本気だ…。

 俺も軽率な行動は控えないと…。)

 俺はため息をつき隊長室に戻った。



 俺が隊長室に戻ると丁度慌てた様子のルシファーが駆けてきた。


「どうした?何かあったのか?」

 ルシファーは俺を見つけると息を整え顔を上げた。

「以前、バーンの谷で見かけた女性がギアの森で闇憑化したモンスター達に囲まれているとの情報を確認致しました!

 モンスターの中には神威様が倒したはずの魔人化フェンリルの姿もあり、恐らくは魔王アシエルの配下のモンスター達かと思われます。」


(オーディンが?それにフェンリルが生きてた!?)

「直ぐに向かうぞ!ルシファー俺と来い!」


 俺達はギアの森に急ぎ向かった。



 *****



 向かう途中にはモンスターの死骸が無数に転がっていた。

(オーディンがやったのか?)

 中には闇憑だったと思われる死骸も混じっている。





 しばらく森を進むとモンスターの鳴き声に混じり、オーディンの声も聞こえてきた。

「やぁー!!」

 オーディンは槍を振るい闇憑達を相手にしていた。



 オーディンの後ろから闇憑のヘルハウンドが襲いかかる。

 しかしオーディンはフェンリルの攻撃を受け止めていて反応ができない。

「くっ…!ここまでか…!」

 オーディンは目を閉じ死を受け入れようとした。


 するとオーディンの後ろから襲いかかってきたヘルハウンドの断末魔が聞こえ、フェンリルの攻撃が止んだ。


 オーディンは恐る恐る目を開けると、目の前にははためくハーフマントを装備した剣士がいた。


 オーディンの後ろには白く長い髪をなびかせた女性も立っていた。


「大丈夫ですか?」

 俺とルシファーはオーディンを護るようにモンスター達の前に立ち塞がった。


「またお前かよ。

 まぁお前には仮があるからなぁ。

 丁度いい、その軍神諸共喰ってやるよ。」

 フェンリルは俺を見て舌打ちをしたが、以前より余裕があるように見えた。


「よお犬畜生、生きていたのか。

 あのまま死んでいれば楽だったのにな。」

 周りのモンスター達は俺達を取り囲むように集まってきた。


「君は…神威だったな。

 助かったよ。

 私の今の力では魔人化したモンスターは倒せない様だ…。」

 オーディンはボロボロになりながら槍を杖にして立ち上がる。


「相手は魔王アシエルの配下達ですね。

 何故、貴女が襲われているのですか?」

 俺は向かってくるモンスターを切り伏せながらオーディンに声を掛ける。


「神威様。

 話しをされるよりも先にモンスター達の数を減らした方が得策かと。」

 ルシファーは離れたモンスター達を魔法で倒しながら、距離を詰めてくる敵を切り伏せる。


「そうだな…。

 オーディン、ルシファー、耳を塞げ!」

 俺は2人が耳を塞いだのを確認すると魔法を唱えた。

「"フレア バンシー"!」

 炎がドレスを着た女性を型取り周りのモンスター達の間を悲鳴を上げながら通り過ぎる。


 するとモンスター達の体に火の手が上がり次々と燃えだした。


 闇憑や魔人化したフェンリルは炎を振り払った。

「雑魚の数は減らせたな。」

 俺は剣を構え直した。


「あーあ…アシエル様に怒られちまうな。

 ただでさえ最近はそこの女のせいで配下のモンスター達が狩られて減ってきてるのに。

 それに…お前の相手をするにはまだ早い。

 もっと消耗してからだ!」

 フェンリルが手をかざすとどこからともかくモンスターが集まりだした。


「キリがないですね。

 神威様どうなさいますか?」

 ルシファーは迫るモンスターを切り捨てた。


「フェンリルを叩ければ早いんだが…以前より冷静だな。

 一歩引いた所から全体を見ている。」

 俺もオーディンを護りながら迫るモンスターを切り捨てる。


「すまない。

 私のせいで…私の事はいい!

 君達は逃げるんだ!」

 オーディンはフラフラになりながらフェンリルに向かって行った。


 フェンリルはフラフラのオーディンを嘲笑うと突き出した槍を掴みオーディンを地面に叩きつける。

「おいおい…こんな弱っちい奴がアシエル様に楯突いてたのかよ?」

 フェンリルは倒れたオーディンを踏みつける。


「ルシファー!」

 俺はルシファーに呼び掛けるとルシファーは返事をしてフェンリルに飛び掛る。


「おっと!」

 フェンリルは飛び退いて距離をとった。


「へぇ…お前もそうとう強いな。

 だけど変だな?お前からは俺達と同じ闇の匂いがするぜ。」

 フェンリルはルシファーを眺めた。


 ルシファーは俯いた。

「ダークサイドの魔人如きが…舐めた口をきくなよ?」

 ルシファーの背中から6対の白い羽が生える。

 12枚の羽をはためかせルシファーは宙に浮かぶ。


 フェンリルはルシファーからの威圧感に一瞬たじろいたがルシファーを見上げた。

「なるほどお前が…。」

 フェンリルは何かを考えている。

「まだ白か…。」

 フェンリルはルシファーの羽を見つめながら手をかざした。

 すると遠くから巨大なモンスターがルシファー目掛けて飛んできた。


「あれは…ドラゴン種か!?」

 俺は周りのモンスター達をなぎ払いながらオーディンに駆け寄る。

「ルシファー!そのドラゴンは成体では無いようだが行けるか!?」

 俺はフェンリルに剣を向けながらルシファーに呼びかけた。


 ルシファーは頷くとドラゴンと対峙した。


 フェンリルはニヤリと笑うと呟いた。

「そうか…お前の下に居たのか…。

 アシエル様に報告しないとな…。」

 フェンリルは炎を吐き俺の視界を遮るとそのまま姿を消した。

「逃がしたか…。」

 俺は剣を鞘に仕舞うとオーディンを座らせて支えた。

「すまない…私にはもう時間がないようだ…。

 せっかく助けに来てくれたのに君達には迷惑をかけた。」

 オーディンの息が浅くなる。


「時間がない?オーディン…貴女にはまだ聞きたいことが…。」

 俺の言葉を遮りオーディンは俺に口付けをした。

「私の力を託す…。

 この世界を解放してくれ…。」

 そう言うとオーディンの体は光になり霧散した。


 俺は唇に触れた。

「…。」

(力を託す?解放?意味が分からない…。

 ってか俺のファーストキスが!?

 確かにオーディンも美人だけど…!

 望んでいた展開じゃない!!)

 俺はその場に項垂れた。

 ハッとしてドラゴンと対峙するルシファーを見上げると、もの凄い形相で俺を見ていた。

(あぁぁぁぁぁぁ!!めちゃくちゃ見られてる!見てるよ!怒ってる!)


「神威様…後で少し時間を頂けますか?」

 ルシファーの声がワントーン下がって聞こえた。


「あー…うん。分かった。」

(なんだか今日は女難の相でも出てるのか?

 ジャンヌといいルシファーといい…。)

 俺は目を逸らした。


「ありがとうございます…。

 ではこのドラゴンを片付けますので少々お待ち下さい。」

 ルシファーはドラゴンに向けて飛びかかって行った。




 瞬殺。


 まさに瞬殺。

 ルシファーはドラゴンに八つ当たりするかの様に強烈な一撃を叩き込んだと思ったらドラゴンの体内に流し込んだ膨大な魔力を爆発させて跡形もなく吹き飛ばした。



(…ルシファーは怒らせちゃいけないな。)

 ルシファーは俺と腕を組み嬉しそうにしている。


「我儘を聞いてくださってありがとうございます♪︎

 安心して下さい。

 先程の事は誰にも言いませんから。」

 腕に力がこもる。


(怒ってる!怒ってるって!)

 腕がミシミシ音を立てるが我慢をした。


 自軍が近づくとルシファーは腕を離し何事も無かったかのように振舞った。

 ルシファーの髪がドラゴンと戦っている時、少し黒くなった気がしたが元の白さに戻っていた。



(なんだか疲れた…。

 早く宿に戻って寝たい…。)

 ルシファーと分かれゲートを通り宿に戻った。



 俺は宿に戻るとそのままベッドに倒れ込んだ。

(今日は散々だったな…。

 もうこれ以上は何もないだろう。)

 俺は枕に顔をうずめてうなだれた。


 しばらく惚けていると次第に睡魔が襲ってきた。

 俺は睡魔に身を任せ眠りについた。



 *****



(眩しい…。)

 俺が目を開けると見知らぬ白い空間にいた。


(ここは…?)

 周りを見渡しても果ての無い空間だけが続く。

 声を出そうとしても声が出ない。


 歩こうとしても足が動かない。

 感覚がない。

 まるで魂だけになったような感覚だ。


 ふと後ろに気配を感じて振り返る。

 そこには…




 俺が立っていた。

 俺の視界に映る俺は口元を歪ませ笑っている。


(俺?じゃぁ俺は誰だ?俺はなんだ?)

 意識が朦朧として思考が統一しない。



 俺の視界の先にアーサーとルシファーが現れる。

 アーサーは泣いている。

(誰だ?君を泣かせた奴は…。)


 ルシファーも泣いている。

(どうしたんだ?何故泣いているんだよ。)



 アーサーとルシファーは俺を指さす。


 違う…。


 指さしたのは俺の姿をした何者か。


 俺の姿をした何者かは腰に吊るしたレーヴァテインを引き抜く。



 アーサーはエクスカリバーを構える。


 ルシファーは黒い大剣を構える。


 アーサーとルシファーが争い出す。

 俺の姿はただ2人を見ている。


(やめろ!争わないでくれ!やめろ!

 やめてくれ!!)


 白い空間はやがて紅く染まる。


 まるで血に沈むように視界が紅く染まる。



 俺は倒れる2人を眺めていた。

 気が狂いそうだ。

 何故あの2人が争わないといけないのか。

 何故俺は笑っている。

(やめてくれ…やめてくれぇぇぇぇ!!)





 何処からとも無く声が聞こえる。

「…い…かむ…い…………神威!」




 俺は我に返る。

 しかしまだ白い空間にいた。


 足も動く。

「声も出る…。」

 俺は何故か泣いていた。



 声の主はオーディンだった。

「オーディン…ここは?

 それに…さっきのは……。」


 オーディンは俺を見つめた。

「ここは君の意識の狭間だ。

 夢と現実の意識の狭間。

 さっきの君が見ていたのは君の意識の奥に刻まれた記憶、あるいは起こりうる未来。

 今はそれしか言えない…。

 君に渡したい物があるんだ。」


 そう言うとオーディンの手には槍が出現する。

「この槍は"グングニル"。

 投げれば必ず相手を射抜き、持ち主の手に戻る。

 闇を退け魔を祓う。

 今はこの力を解放する事は出来ないけど、いつか君の力になるはずだ。

 またその時に君に会える事を楽しみにしているよ。」



 俺がオーディンからグングニルを受け取るとオーディンは優しく微笑み白い空間に溶けていった。



 *****




 周りの喧騒に俺は目覚めた。


 ベッドの周りを何かが走り回る。

 俺が頭を上げるとアーサーが何かを追いかけ回している。



 その何かが俺の顔に飛んできた。

 猫だ。


「アーサー…それにバアルも…何してるんだ?」

 俺は顔にしがみつくバアルを引き剥がすと膝に乗せた。

 バアルは膝の上で落ち着き体を丸める。


 アーサーは慌てた様子で頭を下げる。

「神威様!騒がしくして起こしてしまってごめんなさい!

 神威様の部屋から物音が聞こえたので見に来たら神威様は寝ているのに、その猫が居たので捕まえようとしたら逃げたので追いかけ回していたら楽しくなっちゃって…。」

 アーサーは申し訳なさそうにしている。


 俺はバアルを撫でながらアーサーに笑いかけた。

「大丈夫だ。

 そろそろ起きないとだからな。」

 バアルは喉を鳴らしている。


「所で神威様…その猫は?」

 アーサーが首を傾げる。


「この猫はバアル=ゼブル。

 4人の魔王の中の1人だよ。」

 俺が答えるとアーサーの顔色が変わる。

「ま…魔王!!神威様離れて下さい!」

 アーサーはエクスカリバーを抜き放つ。


「ちょ…!アーサー?」

 俺が止めるのを聞かずアーサーは剣を振り下ろす。

「エクスカリバァァァァァ!!」


 バアルは身軽にかわし、颯爽と部屋を出て行った。



 壊れた壁から。


 俺はこの後1晩中、宿屋の主人にひたすら謝った。



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