【恐れていた事】


 俺達はゲートを通り急いで自軍に戻った。

 ゲートを抜けるとルシファーが待っていた。


「どういう事だ!?」

 俺はルシファーの肩を掴み問い詰めた。

「私の采配ミスです。

 申し訳御座いません。」

 ルシファーは俯き深々と頭を下げる。


 アーサーはいち早く先に行っていた。

「神威様!早く!」


「あぁ…すまないルシファー、君のせいでは無い。

 気が動転しているんだ…。」

 俺はルシファーに顔を上げさせた。

「案内してくれ。」


 俺達はルシファーに案内され医務室に向かった。

 医務室の前では姫達が各々悲しみに暮れていた。



 俺は唾を飲み込み医務室のドアを開ける。

 目の前には白いシーツに包まれた姿で横たわる姫が居た。


「………パトロクロス…。」

 俺は震える手をパトロクロスに添えた。

 体は冷たく、息をしていない。


「うぁぁぁぁぁ!!誰だ!?誰がパトロを殺した!?」

 俺は叫んだ。


 恐らく酷い顔をしていただろう。

 俺の姿を見た姫達は一様に顔を逸らし涙を流した。


 ルシファーは真っ直ぐ俺を見つめると口を開いた。


「先日の捜索命令のあった記憶喪失の女性を捜索中に正体不明のモンスターの群れに襲われ、他の姫達を逃がしながらパトロクロスが殿を務めモンスターの群れと対峙しました。

 逃げている姫達からの救援要請を受け、私とジャンヌが向かいましたがモンスター達の姿はなく、何者かの槍と共にパトロクロスが倒れていました。

 槍は回収しようと触れた所、跡形もなく消えてしまいました。」

 ルシファーは唇を噛み締め血を滲ませた。


「取り乱してすまない…。

 少し1人になりたい、隊長室にいるから何かあったら言ってくれ。」

 俺はルシファーの肩に手を置くと隊長室に向かった。



 *****



 俺は隊長室に入るなり後ろ手でドアを閉めた。

 ドアにもたれかかり、その場に座り込む。


 ルシファーの姿を思い出す。

(ルシファーのせいじゃない…。

 俺のせいだ。

 俺が命令を出さなければ…魔人化したモンスターや魔王の存在、強大な力を持った存在の情報を持っていながら配慮が足りなかった…。

 俺がパトロを殺したんだ…。)

 俺は膝を抱えた。

 頬には涙が伝い膝を濡らす。

(パトロ…。

 俺に力があれば…俺は無力だ…。

 この絶対なる創造主があれば何でもなんとかなると思っていた。

 でも、なんともならなかった…。

 俺の愚考が姫達を危険に晒す…ならば俺が1人で動けば…。)

 俺は泣きながら頭を抱える。


 その時、絶対なる創造主が発動する。


「この感覚は…!」

 俺は得たスキルを確認する。


「生き返らせる事は出来ないのか…。

 やっぱり…死は絶対なのか。

 でも、パトロ…魂は俺と共に行こう。」

 俺は立ち上がり涙を拭くと扉を開け医務室に走った。



 *****



 俺は泣きじゃくる姫達の間を駆け抜けパトロクロスの傍に立った。


 パトロクロスは埋葬の為に正装に着替えさせてあった。

 死した者には"冥府の仮面"と呼ばれる仮面が装着され、トリガーの世界なら姫のステータスを保存し、再召喚の時に引き継ぐことが出来る。


 しかしこの世界ではパトロクロスは再召喚できない。


「パトロクロス…俺の力になれ!魂を俺に刻め!

 "トランサブスタンシエーション エインヘリアル"!」

 俺がスキルを発動するとパトロクロスの体が光に包まれる。


 パトロクロスの肉体は分解を始め、光の粒に変わっていく。

 光の粒は次第に形を作っていく。


 光は集まりパトロクロスの姿を形作る。

 顔には冥府の仮面が装着されているが姿形は光るパトロクロスだ。


「パトロクロス。

 これからは俺の一部として力を貸してくれ。」

 パトロクロスのエインヘリアルは頷くと小さな結晶になった。


「パトロクロスはこの結晶に力を込めてくれた。

 もう話す事も触れる事も出来ないが…俺達を護ってくれる。

 ルシファー、このパトロクロスの結晶を指輪にはめ込んでくれ。」

 俺はパトロクロスの結晶をルシファーに託した。


 ルシファーは跪いて両手で受け取ると結晶を抱き締める。

「"ゾシモスの加護"」

 ルシファーの腕の中で結晶が光り出す。


 次第に光は集束していく。


 ルシファーは手を開き俺に差し出した。

「どうぞお持ち下さい。」

 俺はルシファーから指輪を受け取ると右手の小指にはめた。


「トランサブスタンシエーション エインヘリアル。

 死した対象に光の加護を与え聖変化させ英霊とし、力を結晶化する。

 結晶化した英霊は持ち主に命の危機が迫ると一度だけ実体化し持ち主を護る。」

 俺は指輪を眺めた。


「重いな…。

 姫達…これ以上俺の指を重くしないでくれよ。」

 俺は涙を堪え見守る姫達を見渡した。


 姫達は敬礼し涙ながらに返事をした。



「ルシファー、辛い思いをさせたな。

 すまない。

 だが俺は立ち止まれない…この世界でお前達と生きていく為に。」

 俺は身を屈め跪いているルシファーの肩に触れる。

 ルシファーの肩は小さく震えていた。


 俺は立ち上がると声を張り上げた。

「これより、会議に移る!

 近距離隊守護者アーサー!中距離隊守護者ジャンヌ!遠距離隊守護者玉藻前!そして姫統括ルシファー!隊長室に集合しろ!」



 *****



「集まったか。

 皆、感傷に浸っている所で呼び出してすまない。

 これから俺達はどうするべきか、どう動くべきかを話し合いたい。」

 姫達はソファーに座り俺を見つめている。


「これから先、戦闘には出来る限り俺かルシファーが参加する。

 基本的な配置は今までと変わらない。

 俺が遊撃となり世界を周り空間転移の為のゲートを記憶して回りつつ人間達からの情報を集める。

 ルシファーはこの自軍を拠点に防衛を優先しつつ、モンスター達を狩り意志のあるモンスターから魔王達の情報を集めろ。

 ただし、相手の力が強大で負傷のリスクが高いと感じたら撤退を優先しろ。

 その時は必ず俺に連絡を入れろ。

 これ以上、大切な姫達を傷つけさせられない…。」

 机の上で組んだ手に力がこもる。

 爪が食い込み血を滲ませる。



「神威様…。」

 ルシファーが俺の手に手を重ね制止する。


「すまない。

 まだ冷静にはなれないみたいだ。」

 俺は組んでいた手の力を緩めた。


 ジャンヌが力強い瞳で見つめてきた。

「隊長様…私達は貴方様の為ならば命など惜しくはありません!貴方様に必要とされるだけで身に余る光栄なのですから!

 エインヘリアルになろうとも隊長様のお側に居られるのなら本望です!」

 ジャンヌの言葉に姫達が頷く。


「ありがとうジャンヌ。

 でも俺は姫達に1人でも欠けて欲しくない。

 ジャンヌ、お願いだ…必要だからこそ生きてくれ…。」

 俺の言葉にジャンヌは涙を流した。

「隊長様の御心だけで私は…。」


 ルシファーがジャンヌを制止しながら首を横に振る。

「ジャンヌ。

 神威様の御心を察してあげて。

 聖女と云われる貴女ならわかるはずです。」


 ルシファーの言葉にジャンヌは黙り込んだ。


 その後、暫く沈黙が続いたがルシファーが場を仕切り今後の部隊編成、空間転移のスクロール作成、姫達の戦力の底上げ等の細かな指示を出してくれた。



 姫達は解散し、アーサーと半蔵、フォカロルは先に宿に戻った。


 玉藻前はメフィストと協力し自軍に幻影結界を張り外部からは視覚や感知に引っ掛からないようにする役目だ。

 ジャンヌはルシファーが行っていた、低レベルの姫達の強化、指導を引き継ぎ自軍警備にあたった。

 ルシファーはスクロールを作成し、不慮の事態に備えいつでも動ける様に仕事量を減らした。


「ルシファー、すまないな。

 君にはキツく当たってしまった。

 それにこれからも色々な負担がかかってしまうが…。」

 ルシファーは首を横に振り俺の横にきた。

「私は神威様の剣です。

 神威様がアーサーを特別に見ている事は存じています。

 でも…だからこそ私が神威様の剣となり、いの一番に神威様の敵を排除しなくてはなりません。

 私は神威様の下僕となり一番日が浅い…神威様の信頼を得る為ならば私は何でも致します。」

 ルシファーは跪いた。


「ルシファー。

 俺にとって君も既に大切な存在だ。

 ルシファーが居なければこの世界にきて途方に暮れていたよ。

 今以上に姫達を傷つけていただろう。

 ルシファー、君の存在が俺には必要なんだ。

 ありがとう。」

 俺はルシファーの白く長い髪を撫でる。


 するとルシファーは涙を零した。

「申し訳御座いません…。

 私は…ルシフェルとして今まで何人もの姫達を殺めてきました…。

 それなのに、神威様の下で姫達の統括として働かせて頂けてるだけで身に余る光栄なのに…。

 神威様にその様な御心を頂けて…。」


 俺は椅子から降りるとルシファーを抱き締めていた。

「か…神威様。」

 ルシファーは驚いた声を出したが抵抗はしなかった。


「ルシファー、辛い思いをさせてすまない。

 君が堕天の魔王ルシフェルとして君臨していたのはトリガーのプログラムされた世界での話だ。

 今は傭兵部隊インビジブルの姫達の統括ルシファーだ。

 過去を忘れろとは言えないが、今を忘れないで欲しい。

 今、この時…ルシファーは俺にとっても姫達にとっても大切な存在なんだ。」

 俺はルシファーの頭を抱き締め髪を撫でた。


 ルシファーは俺の胸に顔をうずめ声にならない声で泣いた。




 *****



 俺は朝方になり宿に戻った。

 あの後暫くルシファーは泣き続け、泣き疲れて眠った。

 ルシファーを抱え部屋まで運び、俺は訓練所で剣を振っていた。


 頭の中を空にするように。




 宿に戻りシャワーを浴びた。

 そしてベットに横になると泥の様に眠った。


 目が覚めると外は薄暗く夜が来ていた。


 部屋にドアをノックする音が響いた。


 ドアをあけると目を腫らしたアーサーが立っていた。

「お疲れのところ申し訳ありません。

 少しお時間を頂けませんか?」


 俺は急いで着替えるとアーサーと一緒に街の外にある丘までやってきた。


 俺とアーサーは丘の頂上付近で腰を下ろした。

「この世界にきてまともに空を見るのは初めてだな…。」

 俺は寝転がり空を眺めた。


 アーサーは座りながら膝を抱え空を見た。

「星々の輝きはいつの時代も変わらないのですか?

 違う世界でも見えている空は同じなのでしょうか…。」


(なんだか哲学的な話になってきたな…。)

「どうなんだろうな。

 星々の輝きはいつの時代も同じだと思うが、時代が変われば景色も変わる。

 その日、その時で見え方や感じ方も変わるだろう。

 天体の詳しいことは分からないが、世界が変わっても輝きは変わらないのだろうな。」


 アーサーは大の字に寝転がり空を見上げた。

「神威様。

 私はパトロクロスが少し羨ましいです。

 確かに神威様に触れて貰えないし、言葉を交わすことも出来ない。

 けれど、神威様の一部として神威様をお護り出来るのですから…。」


 俺は起き上がりアーサーを見つめた。

「アーサー…。」

 すると遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。



「ご主人様ー!!」

 俺はため息をついた。

(ニアめ…空気を読めよ!!後で説教な。)


 アーサーはそんな俺を見て微笑んだ。

「もし私達が違う世界を生きても、同じ空を眺める事は出来るのですね。

 空の存在は繋がっているのだから…。」

 アーサーの瞳は潤んでいた。

 でも優しく微笑んでいた。


 俺は後ろからの気配を感じ立ち上がり避けた。

 すると飛びついてきたニアがすり抜けて地面に落ちた。

「酷いですよ!ご主人様!

 やっとナポリからの依頼が終わって帰ってこられたんですから。

 少しは私を労わって下さいよー!」

 ニアは仮面をずらし頬を膨らませている。


(黙っていれば姫達にも引けを取らない位の美少女なのにな…。)

 俺はニアの頭を軽く撫でるとお疲れ様と声を掛け追い払おうとした。


「あっ!そうだ!今日の任務で気になる情報を得たのですが…。」

 ニアは仮面をはめ直し俺を見上げた。


「気になる情報?」

 俺はアーサーと顔を見合せニアに詳しく聞く事にした。


「今日、私はナポリの依頼で魔道具の輸出の護衛をしていた時に旅の商人に聞いたのですが、機械国ギアに変異種のオーガが現れたらしいのです。

 そのオーガは知能を持ち、人を探しているようだったみたいです。

 基本的にオーガは知能に欠ける戦闘種族。

 探し人などを器用に行えるはずがありません。

 しかし件のオーガはカタコトではありますが人の言葉をしゃべり、旅人だけを襲い情報を探していたらしいのです。

 そして情報を集め、今はこのラクシス帝国に入り込んでいるようです。

 前回ギザの森に現れたミノタウロスと何か関係があるかもしれません。」


 俺はニアの話を聞きながら考えていた。

「魔王アシエルの配下の可能性が高いか…。

 もしくは、魔王アシエルと同じ様に他の魔王達も動いているのか…。

 とりあえず、そのオーガに接触してみる価値はありそうだな。

 パトロクロスを殺った奴の情報も持っているかも知れないからな…。」

 俺は拳を握り締める。

「ニアありがとう。

 また何かあれば教えてくれ。

 それと…。」

 俺は身を屈めニアに耳打ちをする。

「空気読めよ…。」


 するとニアは仁王立ちしてアーサーを指さした。

「アーサー!負けないからね!

 どちらがご主人様の奴隷として相応しいか勝負よ!」


(奴隷!?前より拗らせてるじゃないかよ!

 絶対アーサー引いてるよ…。)

 俺は項垂れながらアーサーを見た。


 アーサーはニアを見つめ返すと微笑んで手を腰に当てて口を開く。

「ニア…望む所よ!!」



「望むなよ!!!!」

 俺は思わず声に出してしまった。





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