【魔狼と忍び寄る影】

 俺はベットに仰向けに寝転がり、天井を眺めていた。

 Aランクに上がり俺には個室が用意された。

 姫達は相部屋にしたようだが…。隣の部屋から楽しそうな声が聞こえてくる。


(確かに夜は緊張せず寝れるようになったけど、勿体なかったかな…。)

 俺は先日までの事を思い出し悶えた。


 あまりにも悶えすぎてベットに頭をぶつけ、冷静になる。

(ニアからの報告ではギザの森で記憶喪失の女性と遭遇したらしいな。半蔵は気配だけでは特定は出来ないと言っていたけど、さてこれからどうしたものか…。取り敢えずSランクに上がり各国に顔を売り、人脈を作る必要があるな。有効に活用出来そうな人材がいれば、利用価値はある。そういう人物達を丸め込み手札に加えたい。いざ、俺の敵となる様な奴がいた場合に使える手札は多いに越したことは無い。やはり気になるのは、トリガーの世界との共通点と記憶喪失の女性だな。ルシファーに連絡をとり、情報収集に長けた姫を使って、記憶喪失の女性を探らせるか。仮に他のプレイヤーが居て、敵対した場合、対抗できるのは俺かルシファー、アーサーとジャンヌ、後は玉藻前くらいか…。他の姫達にはプレイヤーの相手は荷が重いだろうな…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!…疲れた。)

「元々ただの会社員なのに傭兵部隊をまとめるとか…キツイよなぁ…。」

 俺はため息をつきながら枕に顔を埋めた。



「さて、そろそろ依頼を受けに行くか。気持ちを切り換えないとな…。」

 俺は自分の頬を叩きベットから飛び起きた。


「うし!行くか!」


 俺は姫達に声をかけギルド本部へ向かった。



 ーーーーー



 受付の女性が頭を下げる。

「おはようございます神威様。今、神威様に提供できる御依頼は此方になります。」

 女性は数枚の依頼書を差し出した。


 俺は依頼書を受け取り、一通り確認する。

「これだけですか?」


 すると女性は申し訳なさそうに言った。

「現在、神威様はAランクでも上位に数えられております。ですので、一般のAランクの依頼は掲示板に貼り付けてありますが神威様に直接お渡しできる、高難度Aランクになりますと現在ではそちらの4件になります。神威様を御指名の御依頼も頂いてはいるのですが、神威様に御依頼できる最低条件に満たない依頼ばかりなので、一般のAランクの依頼に回させて頂いております。」


 俺は今一度依頼書を眺めた。

(俺に依頼できる最低条件てなんだよ!?ナポリかニアが根回ししたのか?今度聞いてみよう…。)

「ん…?これは…では、この依頼を受けます。」

 依頼書の中から1枚選び受付に出した。


「こちらの依頼は国の防衛部隊からの依頼ですね。ラクシス帝国が機械国ギアとの国境である魔狼山脈で実施演習をしていた所、正体不明のモンスターに襲われたようです。ですので、現地に赴き、正体不明のモンスターの痕跡の捜索、遭遇時は討伐任務に切り替わります。本来であれば国で調査隊が組まれ調査するのですが現在、反対の倭の国と戦争中にあり、兵を割くことが出来ない為、ギルドに依頼をしてきたようです。Sランクの方々は別の任務にでてしまっているのでAランクでも実力の高い神威様に依頼を回させて頂きました。」


 俺は依頼が受理されたのを確認し魔狼山脈に向かった。




 青の洞窟の脇を抜け、暫く進むと魔狼山脈が近ずいてきた。

(正体不明のモンスターか…トリガーのモンスターの可能性も高いな。)

「トリガーのモンスターで高レベルの対象の可能性もある、半蔵は感知を怠るなよ。もしモンスターと遭遇した場合、アーサーと俺が前衛で対応する。半蔵とフォカロルは魔法支援を頼む。」

 俺は内心、少しワクワクしていた。

(トリガーの世界でも新規モンスターや、新規エリアの実装の時は楽しみでいち早くプレイする為に仮病や有給を使って会社を休んだりしたっけな…。)


「目的地の魔狼山脈についた。各自警戒を怠るなよ!」

 俺達は魔狼山脈に足を踏み入れた。


 山間は森が続き、けもの道を進んでいく。

「今の所、対象らしき気配はありませぬ。」

 半蔵が木に触れ辺りの気配を探る。


「対象が現れた場所はもう少し先だな。半蔵、先行して探ってくれ。フォカロルは"ウィンド エリア"で風の範囲結界を。アーサーは後方の警戒を。」

 俺は姫達に指示を出し歩き出した。


 …。

 ………。

 ……………。



「これは…。」

 防衛部隊が襲われた場所には血の着いた旗や防具が転がっていた。

 遠くの方で狼らしき鳴き声が聞こえた。

(魔狼山脈か…トリガーの魔狼ならフェンリルかガルム。もしそのモンスターなら問題は無いけど…。)

 俺は倒れた木に近寄り断面に目をやる。

「刃物で斬ったような断面だな。抵抗した防衛部隊がやったのか?でも…。」

 俺は辺りを見渡し、落ちている防衛部隊の物と思われる武器を拾う。

「アイアンソードか。

 このレベルの武器であの木を切るとなると、かなりの手練だな。仮に手練の兵が防衛部隊に居たのなら、それなりに戦えていたはず。もしくは、対象モンスターが強かったのか…?」

 俺達は落ちている装備品を1箇所に集めた。


「確か…アイテムの中に…。」

 俺は空間共有でゲートを開きアイテムを探していた。

「これだ。"遺恨の導(いこんのしるべ)"ドロップアイテムに残留する持ち主の遺恨のある相手を追跡する香だ。」

(まぁ、調べたいアイテムをドロップするモンスターの生息地を教えてくれる課金アイテムだけどな。ガチャのハズレアイテムで大量にあるんだよな。結局まとめサイト見れば欲しい情報は載ってるから、使わずに倉庫の肥やしだったけど…。)


 俺は集めたアイテムの中から1つ拾い上げると、焚いた遺恨の導の上に乗せた。


 舞い上がる煙が木の間を縫って道を示している。

「半蔵!煙を追ってくれ!」

 俺は木の上にいる半蔵に声を掛けた。


「御意!」

 半蔵は煙が進んだ方へ消えた。


 俺は辺りを今一度見渡し、何も無い事を確認した。

「では、俺達も行こう。」

 アーサーとフォカロルは頷き俺の後をついてきた。



 何かが通った様に枝が折れた木の間を進み煙を辿って行ったら、半蔵が立ち止まっていた。


「隊長殿、あの穴の奥から気配がします。ですが…。」

 半蔵は何かを躊躇った。

「気配はモンスターと言うより、悪魔に近いのです。トリガーの世界にいた悪魔の気配に類似しています。」

 半蔵はフォカロルを見た。


「ん?僕と同種?」

 フォカロルは半蔵の視線に気づき首を傾げる。



「なるほど、悪魔か…。となると、半蔵では戦闘は荷が重いだろう。フォカロルは共鳴を起こし暴走の可能性があるな…。」

(もし、悪魔だとしたら倒す間際に放出する魔素の影響で仲間の悪魔種が一時的に暴走する可能性がある。なら今回の討伐は俺とアーサーで行くしかないか。)

「半蔵とフォカロルはこの場で待機。周囲を警戒し、何かあれば直通で連絡をくれ。アーサーは俺と行くぞ。闇耐性強化をかけておけ。」

 姫達に指示を出し俺とアーサーは穴に入って行った。




「確かに…この奥から何か異様な気配を感じるな…。」

(でも、これが巣だとすると奥に居るのはフェンリルだろう。ガルムなら灼熱の洞窟に居るはずだ。フェンリルにしては異様なんだよな…。)

 俺はふと魔人化したコカトリスを思い出す。

「ダークサイド…闇憑のフェンリル…。」

(だとしたらかなり強いぞ…。でも…俺には聖魔極し騎士の証がある!はめ込んだチートなスキルさえあれば負けることはない!…はず。)

 自分の考えに不安をおぼえながら奥に進んだ。




 だいぶ奥まで進むと大きく削られた空間が広がっていた。

「ここが最奥か…。アーサー、武器を構えろ!殺気がくる。やはり闇憑か…。」

 空間の隅に黒くモヤのかかった様な影が蠢く。


「神威様!あれはダークサイドのフェンリル!まだ魔人化はしていませんが、あの様子だと…。」

 アーサーは漂う瘴気を打ち払いながらフェンリルを見た。

「だろうな。もう時間がない!今の内に叩けるだけ叩くぞ!!」

 俺はレーヴァテインを引き抜きアーサーと共にフェンリルに向かって走り出した。



 アーサーはエクスカリバーを構えると地面を蹴りフェンリルに突進していく。

 フェンリルが前足でアーサーを踏み潰そうとするが、かわし後足に斬りかかる。


 しかしフェンリルが高く飛び上がり咆哮を響かせると、天井の岩が崩れアーサーに降り注ぐ。


 アーサーはエクスカリバーを天井に向けて突き出した。

「"妖精の導き"!」

 エクスカリバーの剣先から光が飛び散り落ちてくる岩の軌道をずらし、岩はアーサーに当たらず周りに落ちた。


 俺は落ちてくる岩を飛び移りフェンリルの頭上まで飛び剣を構えた。

「"フォールン スラッシュ"!」

 咆哮するフェンリルの頭に鞘を叩きつけると、衝撃で口が閉じ咆哮が止まる。

 そのまま回転し第2撃の剣擊を叩き込んだ。


 フェンリルはそのまま地面に落下し叩き付けられた。


 俺とアーサーは背中合わせに立つと武器を構えた。

 

 フェンリルはよろよろと起き上がりこちらを睨み付けた。


 アーサーはフェンリルの姿を確認した。

「まだ動ける様ですね。では…エクスカリバァァァァ!」

 エクスカリバーが白い光を放つ。


 俺はレーヴァテインに魔力を送った。

「レーヴァテイン解放!」

 レーヴァテインの剣身が赤く光り出す。


「「はぁぁぁぁぁぁ!!」」

 俺とアーサーは同時にフェンリルに向かって走り出す。


 フェンリルは口から炎を吐き出す。

「炎耐性をかける!"フレイム ガード"!」

 俺とアーサーの体に赤い膜が張り、俺が炎を切り裂くと切れ目をアーサーが駆け抜けていく。



 そしてアーサーはフェンリルの目の前で大きく踏み切り、頭上高く飛び上がる。


「これでどうだ!!」

 エクスカリバーが放つ光が強くなる。


 アーサーはフェンリルに向かってエクスカリバーを振り下ろした。



 フェンリルは動きを止めた。



 アーサーはフェンリルの後ろに着地して振り返る。

「…遅かったみたいですね。」


 フェンリルの放つ瘴気が濃くなり、体から噴き出す。

 霧散した瘴気がフェンリルに集まり凝縮されていく。


 人型に凝縮された瘴気が弾ける。


「ふぅ…危なかったよ。危うく死んでしまうところだった。魔人化もせずに死んでしまったらあの御方に合わせる顔もないからね。」

 魔人化したフェンリルがニヤリと笑う。

「君達がミノタウロスを倒した人間かい?俺をあそこまで追い込んだんだ、ミノタウロス位なら簡単に倒せるだろうね。」


 アーサーはフェンリルを飛び越え俺の隣にきた。

「まずいですね。魔人化したフェンリルは私とジャンヌの2人がかりでも倒せるか…。」


 アーサーの額から汗が流れる。


「そうだな、姫達だけならきついだろうな。いざとなれば、ルシファーとジャンヌを呼び出せばいけるはずだ。それに…今は前とは違う。後ろで見てるしか出来なかったあの頃とは!」

 聖魔極し騎士の証がはためく。

「神威様…!」

 アーサーは頷くと武器を構え直した。


「"グラヴィティ フォース"!」

 俺がフェンリルに魔法を放つと、魔人フェンリルの周りに重力場が発生する。

「ぐっ…!」

 フェンリルはその場に膝をつき動けずにいた。


「アーサー!」

 俺が声をかけるよりも早くアーサーはフェンリルに走り出していた。



 そして、アーサーの剣先がフェンリルに向かって振り降ろされる。



 しかし何者かがアーサーの前に立ち塞がる。

『ようやく魔人化した部下を殺させる訳にはいかないな。"アンチ グラヴィティ"』

 人影が手をかざすと、フェンリルの周りの重力場は消えアーサーは弾かれ飛ばされた。


 俺は気を失っているアーサーを受け止めると影を睨んだ。


『いい目だ…その力…そうか、貴様が奴の…フェンリル、帰るぞ。』


「待て!お前は何者だ!?」

 俺は武器を構えながら影を見据える。



『私か?私は魔王。魔王アシエルだ。解放の異端者よ、また逢おう。』

 そう言うと魔王アシエルと名乗る影は項垂れるフェンリルと共に消えた。


「あれが4人の魔王の中の1人か…。」

 俺はアーサーを支えながら魔王アシエルの消えた場所を見つめた。


(魔王アシエル。分身である影でアーサーを簡単にあしらうなんて…。それに、グラヴィティ フォースをかき消した。やばいな…あんなのが4人も居るのか。それに、魔王アシエルが言ってた"奴"ってのは他の魔王の事なのか?それとも別の存在か…。解放の異端者…分からない事だらけだな。ルシファーの方も何か掴んでいるかな?

 1回情報の擦り合わせをした方が良さそうだ…。)


 俺はアーサーを抱きかかえ、穴を出た。

 穴の外では心配そうな半蔵と恨めしそうな顔をしたフォカロルが待っていた。



 俺達は魔狼山脈を後にし宿に戻った。


 アーサーを半蔵とフォカロルに任せ俺はギルドへ報告に来ていた。


「なるほど、正体不明のモンスターは闇憑のフェンリル。そのフェンリルは魔王アシエルの配下で魔人化させる為の力を確保する為に魔狼山脈に居たのですね。現在は魔狼山脈から姿を消し、消息不明。分かりました。報告有難う御座いました。ではこちらが今回の報酬になります。」


 俺は受付に報告をすまし、報酬を受け取ると宿に戻ろうとしていた。

(相手は闇憑。これから、フェンリルに関する依頼はSランクに回されるだろう。それと俺が魔王と対峙する時はこの指輪も外さないとな…。)

 俺は左の親指とは別の指にはめた指輪を眺めた。


 ふと街中のお菓子屋が目に入る。

(お菓子屋か…姫達はお菓子好きかな?)


 俺はお菓子屋で色々な種類のお菓子を買うと宿に戻った。

 部屋に入ると布団を頭から被り膝を抱えるアーサーの姿があった。


「あ…アーサー?どうした?体は大丈夫か?」


 俺の声にはっとしたアーサーが駆け寄ってきた。

「神威様!申し訳御座いません!私とした事が、敵の出現に気づけず、しかも気を失ってしまうなど…!」


 俺はアーサーをなだめテーブルに着くように促した。

 フォカロルと半蔵も呼んだ。


「まぁ相手が悪かった。例え負けたとしても、命があればいい。これは姫達全員に言える事だが、勝てないと思ったら逃げろ。勝ち負けよりも、姫達の命の方が大事だ。」

 姫達は頷き返事をした。


 労いを兼ねて買ってきたお菓子をテーブルに広げると姫達は目を輝かせた。

(よかった。やっぱ女の子だよな。)


 フォカロルは両手に抱えお菓子を頬張る。

 半蔵はそれを注意する。


 俺とアーサーはそのやり取りをみて笑う。

 今はこの時間が続けばと思った。



 ルシファーからの報告が来るまでは。



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