【真実を知る者】

 俺達は暫くギルドの依頼をこなしながら変異種オーガの目撃情報を集めたり、記憶喪失の女性の情報を集めていた。



 俺は1人でギルド本部に来ていた。

 いつも通り受付で依頼書の確認をしていた。


 掲示板の依頼も目を通したが目新しい依頼は見つからなかった。


 俺は姫達と合流して鍛錬でもしようかと思い、ギルド本部を出ようとした時、受付の女性に呼び止められた。


「呼び止めてしまって申し訳ありません。

 たった今、緊急の討伐依頼がギルド本部から発行されましたので是非、神威様にお願いしたくお声掛けしました。

 現在Sランクの方々は出払っていて、Sランク並の実力がある方はニア様と神威様しかおりませんので。」

 女性は深々と頭を下げ、依頼書を差し出した。


 俺は依頼書を受け取り目を落とした。

(緊急の討伐依頼か…。

 討伐対象は…っ!?

 闇憑のワイバーン!!ワイバーンは群れを作って生息しているから、闇憑単体だけじゃ済まないな…。

 場所は…バーンの谷…バーンの谷って自軍のすぐ近くじゃないか!?)

「分かりました。

 直ぐに準備を整えて討伐に向かいます。

 ギルド本部にもそう伝えて下さい。」

 俺は足早に宿に戻り姫達に事情を説明した。


「私達はいつでも出れます!」

 アーサー達は直ぐに準備を整え終わり、街の外に向かった。


「一応、街の外に向かった姿を目撃させておかないと面倒だからな…。」

 俺は街から離れるとゲートを開いた。

「まずは自軍に転移して、ルシファーも連れて行くぞ。

 ワイバーンとの戦闘ならば、飛行能力のある姫の力が欲しい。

 フォカロルも戦闘の際はミミクリーを解除してくれ。

 上空のモンスターは、ルシファーとフォカロル。

 落下したモンスターや地上のモンスターはアーサーと半蔵。

 俺は状況に応じて両方に当たる。」

 俺達は自軍に転移し、ルシファーを呼び出した。


「…と言うわけだから、今からバーンの谷へ行きワイバーンの討伐だ。

 ドラゴンの様に強力な個体ではないが、群れをなし素早い。

 上手く連携をとり叩くぞ!」

 俺はルシファーと合流して、バーンの谷へ向かった。


 *****



 俺達がバーンの谷へ着くと、谷の上空は静まり返っていた。

「おかしい…。

 群れの見張りが巡回していない。」

 俺達は降りられる場所を探し、谷へ降りて行く事にした。



 足場は悪く、所々崩れたりしていた。


 しかし何者かが最近通ったような跡がある。

「隊長殿…何者かが下にいるようです。

 微かですが戦闘音が聞こえます。」

 半蔵は耳を澄まし谷の奥を見た。


「何者だ?他のギルドの者か?もしくは、魔王の手の者か…。

 まぁ降りてみればわかるか。

 対象に見つからないように慎重に行くぞ。」

 俺達は物音を立てぬよう気をつけながら降りていった。



 谷の底が見えてきた。

 しかし辺りは暗く見通しが悪い。


 半蔵が"反転"のスキルを俺と姫達にかけた。


 視界が変わる。

 暗く先の見えなかった谷底が明るく見えた。


 俺は辺りを見渡した。

「ワイバーンの死骸が至る所に転がっているな。

 何者かがワイバーンと戦っているみたいだな。」

 俺達は身を隠しながら音のする方へ近寄って行った。




 人影が見えた。

 人影は闇憑のワイバーンと戦っているようだ。



 人影は槍を構えワイバーンに突進した。

 ワイバーンは既に羽を傷付けられ上手く飛べないようだ。


 俺はアーサーに小声で話し掛けた。

「槍使いか…アーサー、君からみてどう思う?」


 アーサーは人影を見つめた。

「そうですね…槍ならジャンヌが専門なので私はあくまで剣士としてですが。

 かなりの手練のようですね。

 立ち回りもほぼ無駄がない洗練された動きです。

 ですが、何か違和感がありますね…動き方がまるで剣士の様な動きをする時があるのです。」


 俺はアーサーの意見に頷き人影を見た。

「なるほど。

 元々は剣士で何か理由があって槍使いに転向したのか…?

 とにかく、かなり出来るのは確かだ。

 しばらく様子を見よう。」


 俺達は岩陰に隠れ人影とワイバーンの戦いを見つめた。


 戦いは人影が優位に進めていた。

 ワイバーンが尻尾を振り回しても人影には当たらず、逆に人影が槍を突き出すとワイバーンに刺さる。



 ワイバーンがよろめき、人影がトドメを刺そうとしている。

(これで終わりか…。

 ただ、あの人影が扱う槍に違和感を感じる。

 闇憑の魔力をかき消しているような…。)


 闇憑の胴体に人影が放つ鋭い突きが刺さる。


 するとワイバーンを包んでいた闇憑の瘴気が槍に吸収されていく。

(闇憑の魔力を吸収してる!?

 まさか、トリガーの世界のアイテムと同じ効果があるのか?

 "神の慈愛"と同じ効果があの槍に?

 だとしたらまずい…。

 他にもトリガーの世界のアイテムと同じ、もしくは同等の効果をもつ武器が存在したら?

 確実に姫達を傷つける事が出来る。)

 俺が思考を巡らせていると人影がこちらを向いた。



「君達は何者だ?」

 冷たい声が響く。


 俺は姫達に待機の指示を出し1人で身を乗り出した。

「…ギルドから派遣された傭兵部隊です。

 闇憑と戦われていたので、我々も手を出せず見ていました。」

 俺は人影に気取られないように姫達に障壁を張る。


「ギルドの…?

 君から感じる魔力は魔王に匹敵する。

 一介の傭兵というにはあまりにも強大すぎる。

 君の名は?」

 人影は少しづつ歩み寄ってきた。


「神威です。

 傭兵部隊インビジブルの隊長をしています。

 貴女は…。」

 神威の目に人影がハッキリ映った。


「神威…。

 そうか…君が…。」

 その女性には見覚えがあった。


 この世界ではなくトリガーの世界で。


 しかしプレイヤーではなくNPCだ。

 イベント専用の共闘NPC"オーディン"。


「貴女はオーディンでは?

 もしそうなら、何故この世界に…。」

 俺は頭が混乱していた。

(確かに、姫達が自我を持ち生きている。

 ならばNPCも自我を持っていてもおかしくは無い…。

 でも…。)


「確かに私はオーディンだ。

 だが、私がこの世界にいる理由を君に話す訳には行かない。

 それを話せば、君は壊れてしまうから。」

 オーディンは片目が髪で隠れているため上手く表情が見えない。

「今回は君達の仕事の邪魔をしたみたいだな。

 しかし、すまないがギルドへの報告には私の存在は伏せて欲しい。

 君に何も話せないのに図々しいお願いをしているのは承知している。

 だが、私の存在が公になれば必ず争いが起きる。

 それも、魔王クラスの者達が動く。

 頼む。」

 オーディンは頭を下げる。


 俺はしばらく考え込んで答えた。

「分かりました。

 今回のワイバーンは我々が討伐した事にして、貴女の事は伏せておきます。

 ですが一つだけ教えて欲しい。

 貴女は…我々の…いや。

 俺の敵なのですか?」

 俺はレーヴァテインの柄に手をかけ唾を飲む。


 オーディンは首を横に振った。

「私は君の敵にはなり得ない。

 私の力では君には勝てないだろう。

 それに今は敵対する理由もない。

 これからの君の選択によっては敵にもなり得るし味方にもなる。」


(気付いているのか…指輪に…。)

「分かりました。

 では、我々はギルドへの報告があるので戻ります。

 オーディン、また会えますか?」

 俺は柄から手を離した。


「またすぐに会えるさ。」

 そう言い残しオーディンは闇へ消えた。



「他のNPCも来ているのか?

 だとすると…。」

 俺は隠れる姫達を見た。

(アーサーやルシファーには会わせたくない奴も…。)


 俺は姫達の周りの障壁を解除して、事情を話した。

 姫達にもオーディンの名前は伏せた。

 ルシファーは何か感ずいている様だが、話を合わせてくれた。



 俺達は自軍に戻りルシファーと別れ、レインに戻った。



 *****



 ギルド本部へ討伐完了と報告して足早に宿に戻った。

 俺は姫達と別れ自室へ向かった。


 すると自室の中に不思議な気配を感じた。

(誰かいる…。

 しかし、殺気はない。)

 俺は恐る恐るドアを開けた。



 部屋の中は暗く、ベッドの上に座りこちらを見ている青い瞳が見えた。



「待ちわびたぞ小僧。」

 暗闇に声が響く。


(あれ?この声ってどこかで…。)

 俺は目を細め声の主を探した。


「ここだ。

 ここだ。」

 部屋に明かりがつきベッドの上には猫が座っていた。


「猫!?」

(やっぱり聞き覚えのある声だ…!)


「これは仮の姿だ。

 本来の姿ならもっと美少女だぞ。」

 猫は伸びをしながら話を続ける。

「小僧が私の主を倒し、使役する召喚士だな?」


(間違いない!この声は俺が敬愛する声優さんの声だ!?

 トリガーの世界ではイベントで何回も登場して、いつ限定ガチャに追加されるのかと待ちわびた…。

 実装されたら課金する為の貯金箱も用意したのに…結局は実装されぬままサービス終了となったのに、またお声が聞けるなんて!!

 しかも会話まで出来るなんて!)

「猫の主?覚えがないな。

 貴女の名前を教えて欲しい。」

 俺は声が裏返りそうなほど緊張していた。



 猫は笑った。

「おっと!名乗っていなかったな!

 私は"バアル=ゼブル"。

 小僧達の世界ではベルゼブブと行った方が分かりやすいか?

 だが私は蝿の王ではない。

 私は気高き王だ。

 私を嫌った民族が私を邪神として名を変えおった…おっと話が反れたな。」

 猫は座り直し俺を見上げた。


(やっぱりそうだ!!

 ルシファーもとい、堕天の魔王ルシフェルの配下で最強とうたわれた魔神。

 イベントで何回倒されかけたか…。

 でも声優さんが〇〇さんだから許せた!)


「バアル=ゼブルか…ルシフェルの配下だな。

 俺に何かようなのか?」

 俺は冷静を装い剣の柄に手を置く。


「待て待て待て!気が早い!

 私は小僧と争うつもりは無い!」

 バアルは慌てた様子でベッドの上を跳ねている。

「私はルシフェル様が元気か聞きにきただけだ。

 それに、私を倒すとこの世界のバランスが崩れるぞ?」



「…どういう事だ?」

 俺はバアルの話を聞くことにした。

(てか、この声をもっと聞いていたい!)


「やれやれ。

 私はこの世界では魔王と呼ばれている。

 この世界には4人の魔王が居るのは知っているな?その内の1人が私だ。」

 バアルはドヤ顔をしている。


 俺は一瞬後退る。

「魔王…だと?

 魔王アシエルと魔王バアル=ゼブル。

 後、2人か…。」


「アシエルは知っているのか。

 なら少しは分かるかも知れぬが、この世界の地上には4つの大国が存在する。

 それと同時に各国の裏では魔王もそれぞれ存在する。

 このラクシス帝国の支配域に座する魔王が私で、アシエルは本来魔法国家レイブンの支配域の魔王だ。

 しかし奴は魔狼山脈から溢れる瘴気に目をつけあの場で配下の強化を行っていた。

 本来であれば私達には不可侵協定が存在する。

 しかし、小僧お前の存在が魔王達を動かして居るのだ。」

 バアルは俺を見つめながら毛ずくろいをしている。


(猫だ。

 うん、猫だ。)

「俺の存在が?

 確か魔王アシエルは俺の事を解放の異端者と呼んでいたが…。」

 俺は腕を組みドアによさりかかる。


「私の他にもトリガーの世界からきて魔王になった者も、もう1人いる。

 アシエルともう1人の魔王はこの世界で生まれた魔王だ。

 アシエルには気をつけろよ。

 奴は私や小僧、トリガーの世界から来た者を快く思ってはおらなんだ。

 姫達が大切なら、今後お前は選択を迫られる。

 その答え次第では魔王全員を敵に回す可能性もあると知れ。

 現段階では私やもう1人は小僧を見てるだけだ。

 まぁ私は小僧が気に入った。

 だからこうして遊びに来てる訳だが。

 ルシフェル様の事もあるしな。」

 バアルはベッドから飛び降り俺の足に擦り寄り尻尾を巻き付けてくる。


(俺の選択…オーディンも同じ事を言ってたな。)

 俺は恐る恐るバアルを抱き上げる。


「私が愛くるしいからと襲うなよ?」

 バアルは喉を鳴らし撫でられている。


「獣姦には興味が無いから安心しろよ。

 それと、ルシファーは元気だよ。

 会いに行かないのか?」

 俺は抱えたバアルを撫でながら話した。


「今は…会いには行けぬ、会ってはならぬのだ。」

 バアルは寂しそうだ。


「そうか…。」

 俺は深くは聞かないようにした。



「さて!では私はそろそろ帰るとするよ。

 部下達も心配するだろうしな。

 また遊びに来てもよいか?」

 バアルは俺の腕の中からすり抜け窓際に立った。


「敵対するつもりがないならいつでも来いよ。」

 俺はバアルに笑いかける。



 バアルは嬉しそうにニャアと鳴くと窓の外に飛び出して行った。




 俺はバアルが居なくなったのを確認してその場にへたり込む。


(うわぁ…!!!!

 まじか!!バアルが!バアルが!!

 改めてこの世界最高!!

 アーサーと過ごせて、あの声優さんの声のするバアルと会話が出来るなんて!!)

 俺は顔を抑え悶えた。



 その日はバアルの声が耳から離れず、中々寝付けなかった。



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