【姿無き不可視の傭兵隊】


 ふと周りを見渡すと見覚えのある場所にいた。

(ここは…?過去の夢か…?俺は知っている。

 この後に起きる出来事を。

 悪夢を…。)


 トリガーの世界ではプレイヤーの数だけ同じ姫が存在する。

 プレイヤー同士が争うPvPを行う場所(エリア)もある。


 自軍の姫以外の同じ姫は"模倣(イミテーション)"と呼ばれている。

 模倣同士で戦った場合、負けた方は消滅し勝った姫のステータスアップのアイテムになる。


 そして、100人の模倣を倒せば"独創者(オリジナル)"と呼ばれる。

 今でこそ自軍のアーサーはオリジナルと呼ばれる個体になっているが、トリガーの配信当初はシステムもよく分からずPvPに明け暮れた事もあった。


 あの頃の俺に会えるなら伝えたい。

 1人目のアーサーを失う前に。


 そう。

 俺は昔、PvPで1度だけ負けた。

 まだ自軍の姫達もあまり育ってない頃に。


 アーサーとクエスト中にPvPエリアに入り込んでしまった。

 そこでアーサーは斬られた。

 相手はその当時の俺では歯が立たなかった。

 俺の方を見て、優しく微笑みながらアーサーは消滅していった。

 もう俺はアーサーも他の姫達も失いたくない。

 だから俺は必死に強くなった。


 忘れちゃダメだ。

 この世界では再召喚する為のガチャはない。

 つまり姫が死んでしまったら…。



「…い…う。

 隊長!起きてください!」

 目を開けるとアーサーが呼び掛けている。

「アーサー。

 もう君を失うのは嫌だ…。」

 俺は呼び掛けるアーサーの頬に手を伸ばす。


 アーサーは触れた指に優しく触れた。

「大丈夫ですよ。

 私はここに居ます。」

 アーサーは優しく微笑んでいる。



 俺は感触のリアルさに飛び起きた。

(夢じゃない!うわっ…!はずっ!?マジか…マジか…!)

 俺はすまないと手を離すと俯いた。

 自分の顔が赤くなっているのが分かる。

 

 顔が熱い。


 アーサーは口元を隠しクスクスと笑っている。

「村長さんの目が覚めた様ですよ。

 準備が出来次第、村長の家に行きましょう!」


「あぁ。

 分かった。」

 俺は顔を隠しながら、そそくさとベットから起き上がると準備を始めた。




 俺達が村長の家に行くと、顔色も良くなった村長が待っていた。



 俺達は村長と対面するテーブルについた。

「改めて自己紹介を。俺の名前は神威。

 訳あって旅をしている傭兵隊の隊長を務めています。

 この3人は傭兵隊のメンバーです。

 我々はまだこの地に来たばかりなので地理も情報もないのです。

 ですので、色々とお話を聞ければと思っています。」


 姫達は軽く頭を下げる。


「傭兵の方々ですか。

 私共が分かる範囲のお話なら喜んでお話をさせていただきます。

 それに、改めてお礼を申し上げたい。

 ありがとうございました。」

 村長は深々と頭を下げた。


 村長から色々な情報を得る事ができた。


 この大陸には4つの国があり、丁度アローニャ村の南にあるギザの森が大陸の中心に近いのだと言う。

(自軍はまさに大陸のド真ん中辺りか…。)


 大陸の北側が"ラクシス帝国"。

 ギザの森の先の谷の南側が"魔法国家レイブン"。

 ラクシス帝国の西側の山脈の向こうに"機械国ギア"。

 魔法国家レイブンの東側の泉の向こうに"倭の国"。

 それぞれ4つの国は軍事力も拮抗していて、小競り合いが多発しているらしい。


 このアローニャ村はラクシス帝国の領地と言う事だが国の国境が近く、物資を送る際は危険が伴う為、月に一度程の援助しか国からはされないらしい。


 そこで提案してみた。

「我々を雇いませんか?我々の仲間の数人にこの村の警備や物資運搬の際の護衛等をやらしてはくれませんか?我々もこの村に仲間が居てくれれば新たな情報も得られ、貴方方も村の安全を得られる。いかがでしょうか?」

 俺の提案に村長は支払える物がないと嘆く。


 俺達の自軍には備蓄や菜園も小さいがある。

(いざとなれば、俺の"絶対なる創造主"がある。)

 雇うのならば、駐屯する仲間の分の衣食をお願いしたいとだけ話した。


「それくらいならばなんとか成りそうです。

 ありがとうございます!」

 村長は話が纏まると、村人達を集め事情を話した。

 村人達はカイルを助け、村長を救った恩人だと歓声があがり、俺達を受け入れた。


「では一度自軍に戻り後日、駐屯させる仲間を選抜して向かわせますので。」

 俺はルシファーと情報の擦り合わせをする為に自軍に戻った。


(村長の話ではラクシス帝国には国営のギルドがあるらしい。

 そこに傭兵隊として所属すれば、仕事に困る事は無いだろうと。

 所属するとなると名前が欲しくなるよな…。

 傭兵隊としての。)




 俺は自軍に戻り、ルシファーを交え今回の探索を共にした姫達と隊長室で話していた。

「今回、アローニャ村に駐屯してもらう姫達はアーサーの推薦により、"円卓の騎士"より"隻腕のベディヴィア"と"薬師トリスタン"の2名に決まった。

 両名には準備が出来次第、出立して貰う旨を伝えた。

 ルシファーが両名と連絡を取り合い、情報の共有を頼む。」

 ルシファーは頷くと次の話を切り出した。

「ラクシス帝国のギルドに傭兵隊として登録し、名前を売って情報を集めるにあたり、メンバーの編成と傭兵隊の名前をどうするか決めましょう。」

 ルシファーは何処からともなくホワイトボードを用意した。

(そんな物何処から!?それに何でメガネ!?)

 俺は混乱を悟られないように話を進める。

「まぁ名前は適当でも…」

 俺の言葉を遮るようにルシファーが声を荒らげた。

「失礼しました。

 ですが名前は大事なモノですよ?名前によって集団の士気や団結力に結びつきます。

 なので隊長が適当な名前を用いるなどあってはなりません。

 アーサーの円卓の騎士もしかり。

 名前は大切なのです。」

 ルシファーは俺に詰め寄り顔を近ずけ力説した。

(まつ毛なげぇ…ルシファーはアーサーみたく可愛い系じゃなくて美人だよなぁ…それにいい匂い…じゃなくて!!)

「そっ…そうか。

 すまなかった。

 皆、案はあるか?」

 俺は冷静を装い姫達を見渡した。



 姫達は互いに顔を見合わせ首を傾げた。

 俺が腕を組み天井を見上げると暫く沈黙が続いた。

(名前ねぇ…本来この世界に存在しない俺達に名前か…。

 存在しない不可視の存在…。)

「Not exist invisible presence.か…。」

 俺が口を開くと姫達が一同に顔を向けた。


「隊長が言った言葉のインビジブルって何か良いですね!」

 アーサーは目を輝かせている。

「傭兵部隊"インビジブル"!いいじゃないですか♪︎」

 メフィストは手を叩き喜んでいた。


 ルシファーが俺の顔を覗き込む。

「いかがでしょうか?傭兵部隊として名乗る名は"インビジブル"としては?」


(不可視(インビジブル)か…俺達にはピッタリだな。)

「分かった。

 これから我々は【傭兵部隊インビジブル】と名乗る!何かしらの行動にて君達が名乗る時はインビジブルの一員として名乗れ!」

 姫達は拍手をし、立ち上がり俺に向かって敬礼をする。


 アーサーが姫達の1歩前へでた。

「インビジブルの名に恥じぬ働きを隊員一同の代表としてお約束いたします!!」

 アーサーは再敬礼し姫達も敬礼した。


 話はまとまり解散となり姫達は部屋をでていった。


 俺は部屋のソファーに座り直した。

「インビジブルか…。

 アローニャ村では謝礼を要求して営利目的と思わせた方が良かったかな。

 まぁそこは2人とルシファーが上手くやってくれるだろう。

 それにしても、モンスターは今の所、弱いな…人前では加減して戦わないと。

 それよりラクシス帝国の兵士やギルドの冒険者、傭兵達の強さの方が気になるな。

 "絶対なる創造主"があれば負けることは無いだろうけど、実際どの程度の強さなのか把握して置かないと。

 仮に俺のスキルや魔法が通用しない相手がいるなら姫達を危険にさらす事になりかねないからなぁ…。

 情報不足は死に繋がる。

 トリガーで経験してきた事だな。

 やる事が山積みだ。」

 俺はそのままソファーに横になった。




 部屋のドアをノックする音ではっとした。

 いつの間にか寝ていたみたいだ。

「入っていいぞ。」

 俺はソファーに座り頭をかきながら返事をした。


「失礼しますぅ♪︎」

 ドアが開きメフィストが顔を出した。

 俺がどうしたと聞くとメフィストは急に真顔になった。

「隊長さん。アローニャ村での件すいませんでした。」

 メフィストは改まり頭を下げた。

「何かしたのか?むしろ、村長の治療をして事を上手く運べる様にしてくれたのだから感謝しかないが。」

 メフィスト曰く、少年と言えど俺以外の男に触れられるのは嫌らしく、あの時は俺の手前我慢したみたいだが次は我慢出来る自信がないらしい。

 恐らく、あの村程度の規模ならメフィストの力で簡単に皆殺しにも出来るだろう。

 だから、今後表には出ず自軍でこの世界の研究に従事したいとの事らしい。

「分かった。

 今回は無理な仕事を頼んで悪かった。

 今後は自軍でのバックアップを頼む。」

 メフィストは深々と頭を下げ部屋をでていった。


(姫達、一人一人の性格をちゃんと理解して編成してやらないとな…。

 それに俺自身この世界に来てからの感覚がおかしいな。

 トリガーの世界での俺の要素が強いようだな。

 確かにリアルでも知人の死は悲しいが、ニュースなんかで流れる他人の死に関しては、無関心だった。

 今は目の前でも他人の死に興味が無い感覚だ。

 俺自身と姫達さえ無事なら世界を敵に回してもいいとさえ思える。

 現にそれだけの力を俺は手に入れている…。)

 俺は自分の考えが歪んできている事にはっとすると顔を叩いた。

「何を考えてるんだ俺は…。

 よく漫画やゲームで言ってた力に溺れるってこういう事か…。

 気をつけないとな。出来るだけ無闇な殺生は控えないと…。」

 俺が隊長室で頭を抱えている間にルシファーはギルドに登録しに向かう際のメンバーを選抜していた。



 ーーーーー



「ゴエティア序列41番 "フォカロル"貴女がメフィストの代わりに遠距離メンバーとして隊長について行ってね。」

 ルシファーはフォカロルに新たな選抜メンバーだと伝えに来ていた。

 フォカロルは眠そうな目をしながらルシファーを見た。

「ボクが隊長様の直属部隊?本当に?やったね!隊長様に挨拶にいってくるよ!」

 フォカロルは部屋から飛び出し、隊長室へと走っていった。

「本当なら私が着いていきたいけど…私にはまだ、他の姫達の様な絆が無い。

 だから、この地で隊長に…神威様に与えられた姫統括としての役目を果たさないと。」

 ルシファーはフォカロルを目で追いながら寂しそうな顔をした。


 ルシファーの白く長い髪が揺れていた。

 通りかかったアーサーはルシファーに声をかけようとして躊躇った。

 ルシファーの足元から黒いモヤの様なモノが一瞬だけ見えた気がした。

 気のせいかなと頭を振り、アーサーはルシファーに話しかけた。



 ーーーーー



 俺が隊長室で唸っていると扉をノックする音がした。

 俺が返事をするより早く扉は開いた。


 扉が開くと同時にソファーに座る俺にフォカロルが飛びついてきた。

「隊長様!ボクが隊長様の直属部隊の遠距離隊員として配属されたんですよ!宜しくです!」

 フォカロルはまるで散歩に出掛ける犬のようだ。

 尻尾があれば激しく振っていただろう。

 一応、尻尾はあるが悪魔の尻尾。

 フォカロルは俺の腹の上に抱きつき尻尾をくねらせていた。


「フォカロルがメフィストの代わりに入ってくれたんだな。

 これから行動を共にする事が多くなるだろう。宜しく頼むぞ。」

 俺はフォカロルの頭を撫でた。

 フォカロルは目を細め万遍の笑みを浮かべていた。

(うわあ!俺、キザったらしいなぁ!恥ずいわ!?でも、隊長として毅然とした態度で接しないと…。)


「外に出る時は羽と尻尾は"擬態(ミミクリー)"のスキルでしまっておけよ。

 この世界の人々が悪魔をどのように認識してるか分からないからな。」

 俺はフォカロルのパタパタと動く羽を指さした。


「分かってますよ。

 ちゃんと人間のフリをします!」

 フォカロルは元気に手を挙げて返事をした。


 その後、ルシファーが来て引き剥がされるまでフォカロルは離れてくれなかった。


(リアルの世界やトリガーの世界ではあの柔らかさは体験出来なかったなぁ…。

 やっぱり異世界最高!色々頭を使うし疲れるけど、姫達に囲まれて生活出来るっていいなぁ。)

 俺は1人になった隊長室でニヤついていた。

 現実世界では有り得ない事が起きているこの世界。


 今は俺にとってこの世界が現実だ。

 絶対に失いたくない世界だ。


(姫達の笑顔を守る為なら、魔王にだってなってやるさ!なんてな。)

 俺は自分の言動を思い出して身悶えていた。


 視界の隅でスキル"絶対なる創造主"が発動しているのも気づかずに。



「さて。傭兵部隊として動くなら、体を動かしておくか…。」

 俺は隊長室を後にして訓練所へ向かった。


 まさかあんなスキルを獲得していたなんて。

 ますます俺の力がチート化していく。

 既にチートなんだけどなぁ。


 獲得スキル

【魔王化(ザ プリンス オブ ダークネス)】

 魔力量を限界値以上に引き上げ、肉体能力も向上させる。

 自然回復を常時発動し飛行する羽が生える。

 だだし魔王化していられる時間は1時間。

 時間経過で元の姿へ戻る。


 "聖魔極めし騎士の証"を装備してなくても1時間はルシファーと互角か…使い所を考えないと…。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る