第36話 実はいいヤツだった!トップグルメライター華乃・月代先生と凄惨な過去

今までのあらすじ(※この話は、5月5日に改題しました)

※23歳のグルメライターの沙奈は、楽しいこともある反面、この仕事を続けるべきか迷っていた。

 そんなある日、日英ハーフの紅茶の先生だという「月代先生」に会う。親切なのになぜか周囲から孤立している月代の、自宅兼ティールームの奥のドアには、ナイフで切りつけたような不可解な傷があった。

 説明のつかないとまどいを覚えていると、彼女から「李先生」の中国茶の試験を受けるようにすすめられる。

 「数時間、うちで簡単な試験を受けていただくだけだから、大丈夫よ」と、あとになって月代は言う。

 沙奈は日中ハーフの「りんちゃん」達と三人で、横浜の月代の自宅兼ティーハウスで、李先生の中国茶の試験を受けることになる。試験を受けたのは合計13人だった。

 日中ハーフの「りんちゃん」の母親は「劉さん」といい、日本人男性と離婚したあとも、年上の日本人男性と見合い結婚をし、日本に戻ってきた女性だった。

 「りんちゃん」は来日後、日本人の「仲間意識」が気に入り、幸せな日々を送っていた。

第29話 景徳鎮の茶碗(上)【人が一線を越える時】試験の日

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894423195/episodes/1177354054922171561

 その後、月代は最初に約束した料金の約5倍の金額を、特別レッスン代として払え、と言い、断ると豹変ひょうへんした。「まるで、脅迫されているみたい……」と沙奈。

 散々迷った末にお金は振り込んだものの、こらえきれなくなって泣いていると、思わぬ助けが来た。

第34話 でも「グルメライターほど素敵な仕事はない」!?思わぬ助け舟&陳さんの思い出【冷たい東坡肉】

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 「女独裁者」との噂の、グルメライター仲間、華乃からの通話だった。(以下本文続き)

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「あのね、月代先生の、ティーハウスの奥のドアの傷、きっと見たでしょ。自宅に続くドア」

「……はい」

「月代先生は、あのご自宅兼ティーハウスで、ずっと、定期的に、傷害事件をおこしてきた人なの。ナイフで人を刺すことが多いわ。そのうちの1人は、自分の娘さん。刺すだけで2回やったの。他にも……亡くなった人はいないんだけどね」


「えっ!?自分の娘を、2回も刺した?……確か旦那さんは、『娘はパリにいて、もう帰ってこないと思う』だとか、月代先生も、『悪い子じゃなかったのよね』って、さみしそうに言ってましたよ」


「そこが怖いところなのよ。いつも『自分が被害者だけれど、なんとか許してあげたい』だとか、『相手はこんなに悪い人けれど、決して負けない』だとか言うでしょう……。私も最初、信じてた。そのうち、いろんな話が聞こえてきたけど、こんなに親切で、清潔で、上品な人が、嘘なんかつくはずないって。……でもだんだん、この人、本当はおかしいんじゃないか、って思わざるをえないことが続いて」


「どんな?」


「言い出すときりがないんだけど、……とにかく、ある時から、いつも無茶なことを、急にタダで頼むっていうか、命令したがるようになったの。だってそんなのおかしいじゃない。言い方も凄いし、第一、そんな筋合いもないのに」

「なんとなく、わかります」


「もともと、私と月代先生とは、たまに他の人もまじえて、一緒にお茶か食事するくらいの仲で、お茶一杯おごってもらったこともなければ、二人で食事したこともないんだよ。……それなのに、うっかり電話番号教えたら、突然、夜でもどんどん電話してくるようになって、『無償でこの店の推奨記事すぐ書きなさい!』だとか、『これはいい紅茶だから、お買いなさい!』だとか。変に強気で、しつこいの。思い込み強いし。私は、早いうちに上司や友達に相談してて、できるだけうまく避けるようにしてたの。でも、電話してくるのはやまなかった」


「ああ……」


「……私、断るのは上手な方なのに。……あの人って、会話をする相手に、『悪いのは自分だ』と信じ込ませるのが、なぜか上手なんだよね。本当かどうかは分からないんだけど、『私は立派な方々と仲がいいのよ』ってよく言うし。仕方がないから1つ、小さな記事を無償で、義理で書いたんだけど、そうしたら、かえって凄くなって。……私と凄く仲がいいだとか、家にも行ったことある、って、全然事実とことなることを言うようになった。月代先生は、私の行きつけの高級レストランに1人で行って、『華乃さんと私は凄く仲いいのよ』って嘘ついて、1人で、2万円のランチを、タダで食べたこともあるの」


「ええ――!」

 私は驚いた。華乃さんはこう続ける。


「無銭飲食は、10年以下の懲役になることがあるの。詐欺罪が成立する場合があるから。……怖かったけど、不安の方が大きかったし、ほっとくわけにもいかないから、人に協力してもらって、本人にそう言って、やめてくださいって言ったら、激怒してね。まあ、『私が詐欺だなんて、そんなことを』って主張するんだけど。……その時、本当に、ガラーッと態度も口調も変わってね。それを見て、ああ、噂は本当だったんだ、思った。……定期的に、自宅で傷害事件を起こしてるんだ、って噂」


「え……それでずっと、あのおうちに住んでるんですか。それに、その娘さんは……」


「あのご夫婦には子供ができなかった。だから小さな女の子を養子にとったんだけど、月代先生は、その子をずっと虐待していたの。それでいて、近所の人や、ティールームに来る人達には、あの清潔な笑顔で、『悪い子ではないのよ。でも、うちのパパもちょっと困ってて、この前、食事の時間くらい守れ、って言ってやれ、って……。これは言ってはいけないかもしれないんだけど、養子は難しいのかな……。まあ、どこもいろいろある。私、絶対、あの子と仲よくなる。諦めないから!』って、全部その子のせいにしていたのよ」


「……旦那さんはどうしていたんですか。月代先生と一緒に、2人がかりで、抵抗できない立場の、小さな女の子を、密室で虐待し続けた上に、罪をなすりつけていたんですか。それとも、黙認してたんですか。自分の家で、一緒に住んでたんだから、何も知らないはずないでしょう」


「詳しくはわからない。でも、とうとうある日、月代先生が自宅のティーハウスで、その子を、刃物を持って追いまわして、背中を刺した。……その子は逃げ出して、近所の喫茶店のご主人と、奥さんに助けを求めた。……ところが、喫茶店のご夫婦は、被害者の女の子の味方をするふりをして、その子の傷や、被害について話す様子を撮影したの。……でも、月代先生ご夫婦が迎えに来ると、『このことをばらされなかったら、金を払え』と、脅迫した」


「そんな!」

「けれど、他のご近所の人の通報で、警察が来たのよ。でも、『私はこの子を愛してますけど、裏切られて苦しくて、どうしようもないので刺しました。反省しています』って、月代先生の話が始まり、その子が小さかったせいもあり、うまく弁明ができなかった。『お母さんを悲しませた私が悪いです』って、言ったそうよ。喫茶店の人も話をあわせたから、不起訴になったの」


 私は泣いた。胸がつぶれそうだった。

「そんな……抵抗できない子に、皆でよってたかって、ひどすぎます!」


「そして、その子はまた月代先生の家に戻されたんだけど、4年後に、また背中を刺された。家に居場所が見つけられないから、運動系のクラブ活動にうちこみ、将来を嘱望されていたそうよ。……でもその後遺症で、彼女の夢はうちくだかれてしまったの。その時は、自我が形成されていたから、『私は悪くありません。長い間、本当にひどい目に遭ってきました』と主張したの。それがなぜかまた不起訴になった。ひょっとしたら、月代先生の実家の力もあったのかも。特にあの頃は凄かったから」

「……」


「沙奈ちゃん、でも、その女の子は、嫌な思いをしながら、児童保護の団体に、助けてください、って自力で言ってまわってね。最後にいい相談員とめぐりあえて、その後、一人暮らしして、成人してから、相談員だった人と結婚して、今、とても幸せに暮らしているんだって」


「よかった……そんなに長い間、悲惨な思いをしたのに、頑張って、偉かったですね」

 でも私の涙は止まらなかった。


「2人目に刺されたのは、とある国の留学生の女の子。最初は仲良しだったはずなのに、背中を刺されて、でも、これもなぜか不起訴になったの。……ただ、それから10年以上、私の知っている限りでは、刺された人はいない。月代先生のお父さんが亡くなったのも、関係があるのかもしれない」


「じゃあ、それまでは、もみ消してたってことですか?」

「わからない」


「……ちょっと待ってください、私を月代先生に紹介したのは華乃さんですよ。パーティーの日、月代先生が、先に一人で帰るって言ったから、ご自宅までタクシーで送らせたのは。しかもあの時、深夜だったじゃないですか」


「あー、今、考えると、悪かったなー、って。月代先生は沙奈ちゃんみたいな、素直な子に目をつけやすいからねえ。……ただ私、また、泥酔してたのよ。あの日のこと、途中からほとんど憶えてないんだよね」


「はあーあ!?」


「……でも、月代先生は、きっとお茶すすめるだろうけど断って、って私、言ったはずよ。一応言ったんだけど、あの人の、目の前の人を引っ張る力は凄いから、配慮が足りなかったか。本当、ごめん。……これでも、途中から沙奈ちゃんから連絡が途絶えたから、随分心配してさ。『沙奈ちゃん、最近どう?月代先生につかまってない?』ってずっと訊いてまわってたんだよ」


「えっ……そうなんですか!?華乃さんって、本当はいいヤツだったんですね!どっちなのかな、って時々思ってたんですけど」


 華乃さんは、一瞬の間のあと、爆笑した。普段は話し方、笑い方も女らしいのに、今は大分乱れている。そして、

「あったりめーよーぉー」

 と言った。


「『当たり前よ』って言ったんですよね」


「今のは、私が適当にノリで言っただけなんだけどね。……とにかく昨日、魚河岸の人インタビューしたの。その人の言葉、とってもきれいだった。あれが江戸弁、江戸言葉、っていうのかな?とにかく私、生まれも育ちも東京なんだけど、私もああいう言葉、ほとんど聞いたことない」

「グルメライター生活満喫ですねー」

「うんうん……沙奈ちゃんって面白いね。また本当に飲みにいこうよね」


「はい!……って、でもこの私の事件は、どうなるんですか。中国茶のことは……」


「あー、お金、返してもらったら?沙奈ちゃんにとっては大金でしょ?かけだしだし……。それに、金額の問題じゃないよね」


「はい、ずっと、本当に苦しいです」


「それこそ、私がお世話になってる弁護士、紹介しようか?けっこうな大物よ。……ただ、私でも気を遣う人で、気安い感じじゃないの。すぐ連絡つくかなあ……」


「……とりあえず、この問題に関する一連の話を、できるだけわかりやすく、短くまとめてみます。お会いできても、短い時間で済むように。……弁護士さんもいろいろな方がいるでしょうから、できれば紹介の方が助かるんですが……。一生懸命考えたけど、どうしてもわけのわからないこともあるし、とにかく、ずっと苦しいです。なんでもいいから早くこの問題を終わらせて、早く月代先生との関係を断ちたいって、ずっと思ってます。とにかく耐えられません。お願いです」


「わかった。じゃあ、書くの頑張ってね。……また連絡する」


「ありがとうございます」(続く)

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グルメライターの事件簿「中国茶をめぐる謎」 TOSHI @toshi-007

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