第21話 攻防

イスルド国王陛下の死後、城の中の空気が重く暗くなったのを感じた。


こんなにもいたのかというほどのネズミや蜘蛛、蠅、蜚蠊などが、部屋や廊下の隙間という隙間から這い出てきて、勇者を含む7人に襲いかかってきた。

陛下の護衛騎士が剣を振るうが、剣でどうにかなるような相手でもない。

陛下の異変を察知し駆けつけた魔法騎士団副団長によって一旦は払われたが、後から後から這い出てきてキリのない状況だった。

それもただのネズミや虫ではなかった。

今し方ネズミに噛まれた給仕係の男は、その傷口からみるみるとネズミの毛が生えてきて、その容貌も巨大なネズミへと変わってきている。

陛下付きであった魔法医療師がそれを食い止めようと尽力していたが、その医療師にも次々と襲いかかってくるため、それもたやすいことではなかった。



「佐田さんの治癒魔法でどうにか出来ないもんすかね」


小出がさも良いアイデアを思いついたように言ったが、後ろから東堂に


「あの魔法医療師でLv. 531。佐田さんはLv. 6」


と呟かれて、それ以上は何も言えなくなってしまった。


「とにかく俺達はここから離れよう。大して力もないのにいても迷惑なだけだ」


騎士達が自分らを守ろうとしている状況を見て、主将がそう皆に告げた。

それに異論を唱える者はなく、とらの


「小鳥さんは大丈夫なんでしょうか……」


という台詞で、全員厩舎へ戻ることにした。


そしてその場から離れようとする7人に、魔法騎士団の副団長が声を掛けた。


「私もお供をしたいところですが、たった今団長より魔法騎士団全員に緊急戦闘配置の指令が入りました。勇者様、皆様、どうかご武運を……!」


おそらくその指令を知らせていると思われる光る腕輪をかざしながらそれだけ言うと、身を翻して部下の魔法騎士達へ


「総員、緊急戦闘配置 “車輪テト” へ! 急げ!!」


と指示を出し、混乱する他の面々の救助に加わることもせずに走り去っていった。



++++++++


とらを先頭に厩舎へと駆けていく道すがらもひどい状況だった。

さらに蛇やトカゲなどの爬虫類も加わり、何も踏まずに進むことは難しく、天井から落ちてくる蜚蠊が首元から服の中まで入ってくる。

あまりの気持ち悪さに、小出が悲鳴を上げながら元の世界から着ていたシャツを脱いだが、却って直に肌を這い回る虫や爬虫類を増やしただけだった。


「そうだ! 昨夜選んだ武器と防具を取りに行かないっすか!?」


今走っている廊下は、昨夜武具を選ばせてもらった兵士達の部屋とも繋がっている。

岸の提案に同意してそちらへ向かおうと角を曲がると、そこには2mほどの大きさの蜘蛛が前脚を掲げて待っていた。


「ファ……、ファ……、ファ、ファイヤーボー」

「小出!! 待て!」


咄嗟に小火球を放とうとした小出を高橋が止めた。


「あの大きさからすると多分あれは元々兵士だったやつだろう。出来るだけ攻撃は避けた方がいい」


他のメンバーも先程の国王の寝室前での出来事を思い出して納得はしたが、そうは言っても相手はこちらを襲う気満々である。


「取り敢えず武晴、岸、俺で防御ディフェンスしつつ、とらを中心に突破。小出、東堂、フォローしてくれ。全部取ってくるのは無理にしても、何かしら持っておいた方がいい」

「俺は?」

「佐田は臨機応変に」

「適当だなあ。……了解」


主将の指示に各自そのポジションに見合う位置に移動する。

武晴が巨大蜘蛛に体当たりして突き飛ばした後、武具のある部屋の前の角を曲がると、そこはさすがに普段から多くの兵士が出入りしている場所なだけあって、元は彼らだったと思われる巨大な害獣が多くいた。

しかし、まだ人間の姿を保っている者も少なくはない。

そのうちの何人かは高橋達に気付き、援護を試みようとしているのが見て取れる。


「傷口から敵の魔力みたいなものを入れられて、それで姿を変えられているみたいですね。噛まれたり引っ掻かれたりしなければ大丈夫そうですが」


巨大な害獣とやりあっている兵士達の様子から解析して、東堂が言った。


「とら。いけそうか?」


高橋の問いに、とらが頷く。


「大丈夫。いけます。風が道を教えてくれています」


その一言に、まだ人間である兵士達が活気付いたのが分かった。

「さすが勇者様」という声が聞こえてくる。


「あ、俺も火が教えてくれて……」

「よし。武晴、岸、行くぞ」


とらを真似して何か言おうとしている小出を無視して、高橋が2人の防御担当に合図した。

こちらへ向かってくる敵は、巨大化したネズミやトカゲ等だ。小さな蜚蠊や蜘蛛よりずっと相手にしやすい。


突破しようと走り出たとらに巨大トカゲが飛びかかってきたのを、武晴がタックルして取り押さえた。

巨大トカゲは押さえられた状態で口を大きく開けて武晴の背をガブガブと噛んで抵抗している。トカゲに歯はないが、顎の力はかなりのものだった。

しかし、それでも防御力の極端に高い武晴の皮膚には通用している様子はなく、そのまま軽く沈めてしまった。


「さすが勇者様だ」と、また兵士の1人が呟いた。


それを見てまた小出がチラチラと周りを意識しながら、近くにいる巨大ネズミに無駄に近付こうとしているのに高橋が気付いて、ネズミをタックルで倒した。


「小出、お前は攻撃オフェンスだろうが。余計なこと考えないでさっさと行け! とらを見てみろ!」


その声で前方を見ると、とらが自分で「いける」と言っていたとおり、敵の隙間を抜けて室内へ迷いなく進んでいた。

東堂もそれに続いている。が、何か様子がおかしい。どこか黒く霞んで見える。


「おい。東堂! お前なんかおかしいぞ!」


ぎょっとした高橋が声を掛けると、当の本人は首を捻っていたが、すぐに気が付いたらしく


「ああ。暗幕張ってるんですよ。虫とかまともに見たくないじゃないですか」


と答えた。

それに続いて佐田が、


「その手があったか! じゃ俺も光で……」


とか言い出したため


「お前は救護もしないといけないだろうが!! 無駄な魔力の使い方すんなあっ!」


と、そばにいた巨大アオジタトカゲを思い切り投げながら叫んだ。


その一連のやり取りを見ながら黙々と自分の仕事をしていた岸は、「主将って大変だなあ」とひとり思っていたのだった。

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