第3話 世界の事情

「終末?」


「はい。今この世界の各地で、異常気象や地殻変動など、大きな異変が起こっているのです」


ある国は人が住めないほどの灼熱となり、またある国は水位の急上昇により土地のほとんどを失ってしまった。

死火山の噴火や水不足、それらに起因する食料難、疫病…。

そうしてこの僅か数年の間に生態系は破壊され、全人口の約1/3を失ってしまったのだという。


「もう我々の力の及ぶところではありませぬ。自らの世界の救済を、この世界とは関係のない御方に求める恥を承知でお願いいたします。どうか、どうか我らをお救いくださいませ」


ここまで話し終えると、グレオが眉間に皺を寄せ真剣な眼差しで訴えかけてきた。


話を聞いていた高橋は、困ったように隣の佐田を見た。

そんな高橋の困惑がよく分かる佐田が、代わりにそれを口にした。


「要するに天変地異ですよね。それは人間にどうこう出来ることではないと思いますが…」


「普通の人間には敵わぬことですが、勇者様のお力を持ってすれば可能でしょう。我々はこの世界を救う力を持つ方を求めて召喚の儀を行いました。ですから、この世界へいらしたということは、そのお力があるということです」


「8人とも?」


「そこが…、よく分からないのです。勇者様はお1人のはずです。このような事例は聞いたことがございません」

グレオは首を横に振りつつそう言った。



「それで、それを断ったら俺達どうなるんですか?」


あまり進展しない会話に焦れて、東堂が口を挟んだ。


「やらないって言ったら元の世界に帰してもらえるんでしょうか?」


「……誠に申し訳ないことですが、それは出来ぬのです」


「はあ?!」


普段はクールな東堂のらしからぬ声に、部員一同珍しいものを聞いたと思ったが、口には出さなかった。


「勇者様はこの世界を救うために召喚された存在でありますから、そのお役目を終えられた時、元の世界へとお戻りになります。それ故に、それが果たされぬ間はこの世界に留まり続けることとなるでしょう」


申し訳なさそうにそう語るグレオに、頭を抱える者、固まったまま思考を停止している者、また、腕を組んで考え込んだり隣の者の様子を窺ったりしている者がいた。


3年の佐田と高橋も頭を抱えている。


「ああ、俺受験生なのに」

「受験より先に試合だろ。俺ら今年で最後だぞ。せっかく創立祭で部員増やせると思ったのに…」



「あ、あの…」


おずおずと手を挙げて発言権を求める小鳥に、グレオは背筋を伸ばした。


「はい。小鳥様。何でございましょうか」


「こちらとあたし達の世界の時間の進み具合は同じなんでしょうか?例えば世界を救うのに10年掛かったら、10年後の元の世界に戻ることになるんですか?」


「――それについては分かりかねます。世界をお救いくださった勇者様が元の世界へお戻りになったという記録はございますが…、戻られた先のことは、我々に知る術がないからです」


グレオの言葉の後に小鳥が何か言うよりも先に、隣から舌打ちが聞こえた。


「最悪だな」


身長184cmの東堂の、座っていても自分より高い位置にある顔を不安げに見上げると、いつになく苛立っていた東堂は、小鳥に要らぬ心配を掛けている気まずさから、少し息を吐いて気持ちを鎮めた。



「それで?チート能力は!?俺達何かチート能力は手に入れているんですか!?」


小鳥の隣に座る毒見役の少年が、勢いよく手を挙げて訊いてきた。


「チート…?チートですか??チートとは…」


「よく異世界に行くと何か特別な力を手に入れているじゃないですか。そういうのはないですか?」

小出の隣で岸が補足した。


それでやっと理解できたグレオは説明を始めた。


「儀式の際に使用いたしました召喚円、それには、召喚された方の潜在能力を最大限に高める作用があります。普段から秀でていたものが更に大きく伸ばされ、元の世界では使われることのなかった秘められた力がお目覚めになっていることでしょう。異世界の我々と言葉が通じておいでなのも、それによるものです」


「――おお!」


「ということは、ここにいる全員、勇者じゃなくても召喚円で呼び出されているから、何か能力が増加しているってことですか?」


「はい。そういうことになりますな」



小出は立ち上がり、末席に座っている1年生を指差した。


「よし、とら!ちょっと走ってこい!!」


「はい。ええーっ?」


それまで現実味のない状況にぼんやりとしていたとら、こと本多虎蔵ほんだとらぞうは、突然の上級生からの命令に思考が追いつかなかった。


「この窓の外の下の所まででいいからさ。全力で走っていってまた戻ってきてよ」


「え。ちょっと待ってくだ」

「ほら、全力疾走ーっ!!」

「ええーっ!?」


よく分からないながらも逆えず、取り敢えず先輩の言うとおり走り出した。


彼はまだ身長161cmでラグビーはこの春始めたばかりだが、すぐにスピード重視のウイングに決定するほどの俊足だった。



「おいおい、外ってどうやって行くか分からないだろうが」

「小出、あんまり1年生をいじめるなよ」

「あたし迎えに行ってきます」


小出の無茶振りに、まだ幼さの残るとらを心配をしていた面々だったが、岸の声に振り返った。


「とらだ!」


「え?」


この部屋は2階に位置しており、その窓の下をとらが駆け抜けていく。


「早ぇー」


命じた小出本人も、開けた口をそのままに驚いていた。

とても人の走る速さではない。

まるで風のように駆けていったのだった。



「戻りました」


はあはあと荒い息とともに聞こえた声の方を見ると、そこにはすでに戻ってきたとらがいた。


「すげえ!」

「よく道順が分かったな」


「それは…、」


高橋の言うとおり、自分でもよく分かったものだと思う。

走り始めてすぐに、自分が通常のスピードでいないことに気が付いた。

廊下の角をうまく曲がり切れず、ぶつかりこそしなかったが、バランスを崩して転びそうになった。

しかしそれからそう時間も経たないうちに馴染んできて、まるで…


「貴方様には風の加護が付いておいでのようですね」


そう、風に包まれたような、風と一体になったような感覚になったのだ。

本来風の吹くはずのない廊下で、自らを包む風に導かれるように迷いもなく外へと走り出た。

何処へどう走るかを考えることなど、思いつきもしなかったほどに。



「それじゃあ魔法は?この世界、魔法もあるんですよね!俺達も使えるんですか!?」


テンション高く小出がグレオに尋ねた。


「魔法を使える者が存在することは確かです。使えるかどうかは、その方自身の素質によりますが」


「おおおーっっ!」

「よーし岸たん、俺達も魔法を覚えるぞー!!」



「…いいな、能天気で」

「ああーっ。俺も頭空っぽにして夢詰め込みてぇ」

盛り上がる2人を眺めながら、高橋と佐田がぼやいた。



「だって、どうにもならない状況なんだから、楽しむしかないじゃないですか」


あっけらかんと言ってのける小出に、高橋がため息を吐いた。


「まあ確かに、悲観するだけで時間を無駄にしたってしょうがないわな」




とにかくこの世界を救うしか元の世界に戻る方法がないというのならば、そうするしかない。

未だ釈然としないし腑に落ちないが、しようのないことなのだ。



少しずつ気持ちを切り替えていくチームメイト達の姿を、東堂だけが何かを考えるようにじっと見ていた。

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