第4話 服の中の蠢く何か

明日みょうにち、この白き国の国王陛下にお会いくださいませ。陛下より直々にお話がありましょう」



その後、豪華とはいえないが、それでも腹が膨れるほどの食事を終え、そのまま今夜は召喚されたこの神殿に泊まることとなった。


神殿というと荘厳な建物を想像するが、この国の神はあまり華美なものを好まないらしい。神殿の最上部に神を象徴する御神体と言われているものが祀られているだけで、全体的に不必要なものを削ぎ落とした質素な造りだった。

神官達もこの中で暮している。



「皆様全員分の部屋数をご用意できず、大変申し訳ありません」


と若い神官に謝られつつ、小鳥に1部屋、他の男子達に3部屋を案内されたため、学年別に分かれて使うことにした。



「小鳥様をこのような粗末な部屋で寝かせるなど、失礼極まりないことと存じておりますが…」


部屋へ案内してくれた神官は、よほど小鳥を高貴な人間と思っているのか、床に頭が付きそうなほど平謝りしてくる。

顔を真っ赤にして一杯一杯な様子の彼をなんとか宥めすかし、小鳥は室内へと入った。


そこにはベッドが2つあり、その間に女の子が1人立っていた。

日本であれば、小学校中学年といったところだろうか。

少女は小鳥を見るなりキラキラと目を輝かせたかと思うと、その後すぐにはっとしたように、緊張した面持ちで話し始めた。


「姫さまですね。このたびはわたし達を助けるために遠い異世界からお越しいただき、本当にありがとうございます」


姫さま?


もしかして自分のことだろうかと戸惑っていると、少女は続けて言った。


「お、お掃除はきちんとしましたので、安心してお使いください!寝間着は…。姫さまに、こんな可愛くない服でごめんなさぃ」


そう恥ずかしそうに差し出された服は、飾り気のない半袖のワンピースだった。

胴回りや袖口は大きめに作られているため小鳥でも問題なく着られそうだったが、丈は短かった。

おそらくこの少女の私物なのだろう。

この部屋も片付けてはあるようだが、よく見ると普段誰かが使っているような形跡がある。

さっきの神官からは説明がなかったが、この女の子の部屋を一緒に使うということでいいのだろうか。


「ね、ここあなたの部屋なんでしょ?あたしも今日はここで一緒に寝ていいの?」

「一緒じゃないです一緒じゃないです。ちゃんと出て行きます。ごめんなさい!姫さまをわたしの部屋なんかに…。ちょうどわたしが1人部屋になったからって。ほんとにごめんなさい」


緊張と焦りのせいか、狼狽えて「ごめなさい」と涙目で謝罪を繰り返す少女に、そうではないという気持ちを伝えるため、小鳥は手を取って瞳を覗き込んだ。


「ひ、姫さま?」


戸惑って涙の引っ込んだ彼女に、出来る限りの優しい声で語りかける。


「そうじゃないの。あたしがお部屋を使わせてもらって、あなたの邪魔にならないかなって、心配しているのよ」


姫さまに手を取られた少女は、頬を染めて首を横に振った。


「邪魔だなんてそんなこと…。姫さまがわたしの部屋をお使いになるって聞いて、嬉しくって舞い上がっちゃったくらいです」


「……あなたはここに住んでいるのよね」


小鳥が優しく柔らかい声で語りかける。


「はい。飢饉で両親を亡くしてしまって、今はこちらでお世話になっています」


「飢饉?」


「この国では、もう何年もまともに植物が育たなくって、それで動物達も死んでしまって、それで多くの人達が亡くなっているんです」


悲しげな少女の目は、嘘を吐いているようには見えなかった。

少女の纏った服から覗く手首や足首が、折れてしまいそうなほど細いことに、ここで初めて気が付いた。


先ほど自分達は腹一杯に食事をした。

最高級だというお茶もいただいた。

自分達にとっては大したことのないその1食1杯は、この国の人達にとってはどれほどのものだったのだろう。



小鳥は少女をギュッと抱きしめた。


「ありがとう。…あたし達、自分に出来ることを精一杯やるからね」


まだ、自分に何が出来るのかということすらも分からないでいるのだけれど。


「姫さま…」

「姫さまじゃないわ。小鳥よ」

「はい。小鳥さま!ありがとうございます」


涙目の少女が、やっと笑顔を見せてくれた。


「ねえ、どっちがあなたのベッドなの?――そうだ。よかったら一緒に寝ようっか?」

「お、お気持ちは嬉しいんですが、今日は久しぶりに弟と寝るのでっ」

「そっか。それじゃあ弟さんによろしくね」


「はい。失礼します」


そう言って部屋を出ようとした少女を、小鳥が引き留めた。


「待って。あなたの名前、訊いてもいい?」


「アクリ。イムル=アクリです」

「アクリちゃん。おやすみなさい」


アクリは「おやすみなさい」とはにかむように応えて、部屋を後にした。




少女がいなくなった部屋で、小鳥はさっき受け取った寝間着に着替えた。

木綿のような優しい肌触りだった。

丈はやはり短く、太腿の中ほどまでの長さしかない。

まあ、眠るだけで誰に見られるものでもないからいいかと、そのままシーツの中に潜り込んだ。

しかし目が冴えて簡単には眠れなさそうだ。


朝はいつもと変わらない日常の始まりだった。

家を出て、創立祭の実行委員の仕事でバタバタして、部室に行って着替えて、そして――。

そして見知らぬ異世界に召喚されて、この世界を救わないと戻れないと言われて、とらの凄い走りを見て、アクリと出会って…。

朝の出来事が遠く感じる。

脳の処理能力をオーバーしてしまっているようだ。


何度も寝返りを繰り返して落ち着かないでいたが、それでもやっと眠りについた頃、肌の上を直接何かが触っているのを感じた。


「ん…」


太腿の間から滑り込んできて、胸元をペロペロと舐めている。

かと思えば、脇腹をくすぐり下腹部を爪でなぞるようにされた。

まだ寝ぼけて手足は思うように動かないが、段々と意識がはっきりとしてきて、服の中に何かが入り込んで蠢いていることに気が付いた。

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