第2話 7人と1人

先ほどまでの太陽の光が嘘のように暗い。

まるで突然夜になったようだ。

しかしそんなことがあるはずはない。


足下だけが、蝋燭の灯りで温かく明るい。

その灯りを頼りに見回した彼らの周囲には、フードを被った複数の男達がいることが分かった。

それから、どうやら窓のない室内にいるということも。

石のようなコンクリートのような冷たくて硬い床。

そこには、見たことのない何かの図形がえがかれていた。



「勇者様…でいらっしゃいますか?」


フードを被った男の1人が、どこか戸惑った声色で話し掛けてきた。

他の男達も動揺を隠せない様子でいる。


しかしもっと動揺しているのは、稜泉高校ラグビー部員達である。

一瞬で知らない場所へと移動をしていて、怪しい男達に囲まれ「勇者様」等と問われる。

全く理解できない状況の中で答えるどころでなくいると、1年の岸丹きしまことが素っ頓狂な声を上げた。


「えっ!?もしかしてこれって、異世界召喚ってヤツ!!?」


それを受けて、フードの男達がどこか安堵したようにどよめいた。


「そうです!そうです!!――ということは貴方様が勇者なのですね!?」


「えっ?いやそれは…」


岸は、漫画や小説、アニメの類いが好きで、そこでよく見るシチュエーションに今の自分達の状況が似ていると思っただけである。

どんなトリックを使おうが、あの一瞬でこんな不可解な状況をもたらすことなど、常識で考えると全くもって不可能なことだ。

だから、信じられない気持ちがないとは言えないが、異世界召喚というのは間違いないだろう。

だがそれが分かったからといって、自分がその勇者なのかというと、それについては自信が持てない。


そこへもう1人声を上げた人物がいた。


「おおっ!確かに異世界召喚だ!!すっげえ!」


2年の小出が、言いながら岸の背中をバシバシと叩いてくる。

小出は小説は読めないが、漫画やアニメは好きだった。



フードの男達は、岸に否定されたことによって更に困惑していた。


「確かに、我々は勇者様を召喚させていただきました。――ですが、それはお1人だけのはずです…!一体、貴方がたのどなたが、勇者様でいらっしゃるというのですか!?」


そう途方に暮れたように言いながら、背後の少女を守るように佇む7人の少年達を見やった。



岸や小出と違って異世界召喚という言葉にあまり馴染みのない他の部員達は、互いに顔を見合わせた。

だが、いつまでもこうしていたって話は進まない。

しばらく考えていた主将の高橋が、ようやくその口を開いた。


「取り敢えず小出は落ち着け。岸、何か知っているのなら状況を説明してくれないか?」


高橋がその場を取り仕切る様子を見て、フードの男が尋ねてきた。


「どうやら貴方がこの中で一番偉い方のようですが…?」

「いやいやまさか!そういうんじゃない。まあ、まとめ役といった感じで」


焦って否定していると、横から小出が

「そうそう!一番偉いのはこの人だから!」

と、両手で小鳥を示して見せた。


「へ!?」


突然振られて驚いた小鳥は思わず変な声を出してしまったが、フードの男達は先程の様子を思い出して頷いた。


彼らを召喚したあの時、確かに少年達が少女に跪いていたように見えた。

その後も、皆彼女を守り隠すように立ち塞がっている。

その見目麗しい少女が、勇者を含めた少年達の守るべき相手であるということは、容易に理解できることだった。



「これは失礼いたしました。私は『白き国』の最高神祇官アード=グレオと申します」


先ほどから自分達に話し掛けてきていた男がフードを外し、小鳥の前に膝を付いた。

慌てて小鳥もその男に向かい合わせに正座した。


「か、春日野小鳥ですっ。あの…」


目の前の男は60代くらいだろうか?

いや、もっと上にも見える。

顔や手に深く刻まれた皺の多さが、彼の年齢をさらに分からなくさせているような気がする。

その身は細く、弱々しくさえ見えたが、それでも小鳥の背後の少年達からは、彼女と対峙する男への警戒心が強く感じられた。

チラッとそんな彼らを見た小鳥は、続けて男に問いかけた。


「あの、あたし達、どうしてここにいるのかわからないんです。知っているのなら、教えてくれませんか?」


膝を付いて自分と目線を合わし丁寧に話しかけてくる、祖国では貴い立場であるのだろう少女の健気な振る舞いに、最高神祇官グレオは胸を打たれた。


「はい、是非とも説明させてくださいませ」



背後で別の男が部屋の外へと通じる扉を開き、恭しく頭を下げた。


「どうぞこちらへ――…」




初めにいた部屋は地下にあったらしい。

階段を上り案内された部屋は、明るくてテーブルと椅子があるだけ地下室よりはましだったが、ひどく老朽化した古びた部屋だった。

とはいえ、掃除は行き届いているように見える。


先ほどまでフードを被っていた男達は皆、この国の神官なのだという。

儀式に使われたフードは既に脱いでおり、今は如何にも神官らしい服装をしていた。


彼らは誰に対しても丁寧な物腰であったが、小出の余計な発言のせいで、小鳥には殊更仰々しい応対をしている。

この部屋に通された時も上座へ座らせられそうになったのだが、そこは丁重に断り、今は同じ2年生の小出と東堂の間に座っている。



席に着くとすぐに、彼女らの前に質素なカップが並べられた。

中に入っているのはお茶だろうか?

薄い茶色をしている。


此処へ来る前には5月の暖かい陽気の中を走り回り、更にこの理解し難い状況での混乱からくるストレスで、小鳥は喉が渇いていることにその時初めて気が付いた。

だが、有り難いと手を伸ばし飲もうとすると、隣に座っている東堂に制された。


これまでの態度から自分達に危害を与えるとは思えないが、それでも万が一のことがある。

神官らに悪気がなくとも、自分達の身体に合わないということもあるのだ。

同様に手を伸ばすのを躊躇っていたラグビー部員達は、なんの疑いもなくカップのお茶をガブガブと飲み干している小出の様子を見守った。


「ふぅーっ。生き返る!ちょうど喉渇いてたんだよな」

「もう一杯飲まれますかな」

「はいっ、ありがとうございます」


そのまま2杯目を飲む小出を見てようやく東堂は制止の手を緩め、他の部員達も続けて飲み始めた。


「いい香り。スッキリとして優しい味ですね」

「ちょっと茉莉花茶ジャスミンティっぽいな」


小鳥や東堂らの反応に、グレオは頬を緩めた。

「お口に召したようで安心いたしました。我が国最高の月花茶つきのはなちゃにございます」


そうして一息つき落ち着いたところで、高橋が本題を切り出した。


「それで、これが本当に異世界召喚だというのなら、我々はどうして召喚されたのでしょうか?」



地下からこの部屋へ来るまでの間に、異世界召喚というものがあるというのは、岸から大まかに説明をしてもらった。

これが本当にそうだとすると、理由と状況を説明してもらう必要がある。

元の世界に戻る方法と、それぞれの時間の進み具合についてもだ。



グレオは丁重に、言葉の一つ一つに思いを込めて語り出した。


「――この世界は今、終末へと向かっているのです。勇者様には、世界を救っていただきたくお呼びいたしました」

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