第9話 告白

「えっ…?」

根岸がまるでマネキンの様に硬直し、しばしの静寂が教室内を包んだ。

さっきまであちこちで話をしていた生徒が、何事かとこちらに視線を向けてくる。

「だから、シャー芯をあげる代わりに、俺と付き合ってほしいって言ったんだ」

「えっ、あっ、ちょっと、ちょっと待って!」

「いいや、待たない。俺は今、お前の口から、答えを聞きたい」

もう一度言い直した俺の言葉に、やっと根岸が反応を示した。

ゆでだこの様に顔を真っ赤にしながら、手をわたわたと振っている。

「えっ、清水が今、根岸に告白した…?」

「嘘、マジで!?」

事態に気づき始めた周囲から、黄色い歓声が上がり始める。

教室内で告白すれば、そりゃあこうなるだろうなという事は、初めから予想はしていた。

しかし、これは俺なりのけじめのつけ方だ。

今まで色んな事から目を背けて、逃げてしまっていた俺が、前を向いて進む為に。

航に、紗代ちゃんに、菅原に、そして後押しをしてくれた八木に、それを見ていて欲しかったから。

「待って、ほんとに待ってよぉ!」

情報処理に追いついていない根岸から煙が上がっている。

後ずさって、俺から距離を取ろうとしていた。

しかし、ここで根岸から返事をもらえなければ、もうちゃんとした告白なんてできそうにない。

なので俺はそのまま席を立ち、わたわたと振っている根岸の手を掴んだ。

「ぴゃぁっ!」

「教室で、皆の前で、急に告白したことは謝る。その、根岸は、俺と付き合うのは、嫌か…?」

より真剣な眼差しで根岸を見つめる。

これで俺の一方通行だったら目も当てられない。

しかし、雰囲気が伝わったのか、根岸は涙目ながらも徐々に落ち着きを取り戻していった。

「本当に、私で良いの…?私、郁美ちゃんにひどい事したんだよ…?」

「良いも悪いもない。お前じゃなきゃダメなんだ」

周囲は静まり返り、固唾を呑んでこの状況を見守っている。

根岸はもう片方の手を胸に当て、何度か深呼吸をしていた。

そして意を決した様に手を握り締め、口を開こうとした、その時だった。


「朝のHR始めるぞ、さっさと席に着け~」

教室前方の扉が開き、タイミング悪く、先生が入ってきてしまう。

視線を根岸の方に戻すと、さっきまで開いていた口は閉じられ、顔をさらに真っ赤にしながら、ぷるぷると震えていた。

「どうした?根岸、清水、早く席に着け」

「先せ「先生、根岸さんの体調が悪そうなのを、清水君が気づいたみたいなんです。そのまま清水君に引率してもらって、根岸さんを保健室へ連れて行ってもらっても大丈夫でしょうか?」」

俺の言葉を遮るように発言したのは、なんと八木だった。

普段あまりはきはきと喋らない八木に、周りの奴らも若干びっくりしている。

「ふむ…」

事態を飲み込もうと首を傾げていた先生が、持っていた生徒名簿に何かを書き込み始めた。

そのまま名簿を閉じると、にやりとした顔でこう答える。

「今日は生憎、保険医の此見先生が1限目だけ別件でいないそうだ。根岸の体調もあまり良くなさそうなので、清水はしっかり根岸を見てやるように。まぁお前なら変な間違いは犯さないだろうしな…」

「なっ…」

先生の発言に、あちこちからくすくすと笑いが起こり始めた。

俺は自分の顔が熱くなるのをはっきりと感じながら、根岸の手を引いて、教室の出口へと向かう。

教室を出るときに少しだけ後ろを振り返ると、視線の合った八木が、周りに気づかれないように、控えめに親指を立てて笑っていた。



先生の言う通り、保健室には誰もいなかった。

手をつないだままの根岸を、無人のベッドへと座らせる。

先程よりは落ち着いている様に見えるが、相変わらず顔は真っ赤なままだった。

「ねぇ、清水く…んっ…」

俺は何か話そうとする彼女を真正面から抱きしめる。

その体は思ったよりも小さく、今にも折れてしまいそうな程だった。

「それで、根岸は俺と付き合ってくれるの…?」

「……」

耳元でささやかれたそれは、意地悪ではなく、先程の続き。

今の俺はそれ程までに、目の前にいる彼女が愛おしくて愛おしくてたまらなくなっていた。

これだけ大胆な行動を取ってはいるものの、正直拒絶されたら今度こそ立ち直れないかもしれない。

だからこそ、彼女の口からその答えを聞きたいのだ。

「私ね、この高校を受験した時、清水君に助けてもらったの…。だけどその時、お礼も言えなくて、やっと再会できたと思ったら、清水君はずっと郁美ちゃんを見ていたから、勝手に郁美ちゃんに嫉妬して、郁美ちゃんを傷つけちゃって、それがどうにもならないことくらいわかっていたのに…」

俺の肩が、彼女から落ちていく涙で熱を帯びていく。

嗚咽と共に紡がれる言葉を聞き逃さない様に、彼女を抱きしめる腕に少しだけ力を入れた。


八木は、根岸が自分と同じだと言っていた。

だけど俺はそうは思わない。

彼女はなのだ。

ただ好きになってしまった相手の為に、他者を傷つけることでしかアピールできなかった。

ただそれだけの話だ。

その結果がどうなったのか、俺自身が一番よくわかっている。

だからこそ、俺はもう迷ったりしない。

「俺も、お前と同じだったんだ…」

俺は馬鹿だった。

初めから愚かな恋だったのだ。

「俺も八木ちゃんの事が好きだった。だけど、八木ちゃんの目には菅原しか映っていなくて、最初から俺なんか映っていなかった。なのに俺は、どうせ叶わない恋だって、陰で2人を馬鹿にしてたんだ…」

そんな愚かな恋をするのは、俺だけで良い。

俺なんかを好きになってくれる根岸を、俺は不幸にしたくない。

「今まで根岸が俺を見ていてくれた分、俺がずっと根岸を見ているから…」

「うん…うん…」

「だから改めて、俺とつき合ってください」

「こちらこそ…よろしくお願いします…!」


俺は絶対に、この恋を離さない。

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「アンチ・ロマンティック」スピンオフ・Anti Lovely Friends 麗羽 @silver_reiha79

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