第17話あなたは一体誰を選ぶ?

「そ、蒼ちゃんと近藤がギリギリじゃない……だと?」


 ショートホームルーム前に楽勝に教室にたどり着いた俺と真白を見て、礼が信じられないものを見るようにあからさまな動揺をしている。


 昨日とかギリギリだったからな、その反応はわからんでもないが教室中がざわざわしてるってどうなの?


 全員がお化けでも見ているかのような奇異な視線を送ってくるので居心地がすこぶる悪い。


「おはようさん、礼。そんな日もあるだろ」


「ぶっちゃけ蒼ちゃん、サボったっしょ?」


 俺は間に合ったのは当たり前とばかりになんでもない顔で席に着くと、礼は俺を指差して失礼な事を口にした。


「礼、人聞きが悪いぞ」


「あたたた! すまんすまん、だから頭を掴まないでくれ!」


 俺は礼の頭を掴んでニッコリと笑いながら自身の出せる万力込めて礼の頭を潰していく。


 礼は慌てて謝り、俺の手をタップした。


 わかればいいんだよ。俺は手を外すと、礼はコメカミのあたりをそっと撫でた。


「あー、いってー。でもよ、蒼ちゃん、サボりは冗談にしても本当に驚きだと思うぞ。何があったんだ?」


「……まあ、色々とあったよな。な、真白」


「そうですね。色々ありすぎなくらい」


 礼は率直な疑問を口にし、俺と真白は曖昧に答えた。


 理由らしい理由といえば真白と翠の支援部加入になるけども、その過程の説明がややこしい。


 曖昧すぎる説明に礼は納得した訳ではないが、ふーんと興味なさげに頷いた。


 まあ、世間話程度だったんだろう。


「まあ、よかったじゃねえか。遅刻しないし万々歳だな。このまま面倒な事なく過ごせるようになるといいな」


「本当にそれだ」


 礼の意見に全面同意して、俺は机にうなだれた。


 面倒な事が一つ終わった。この平穏が続きますようにだよ、まったくもって。


 たわいもない話をしていると、チャイムが鳴り響いた。昨日であればギリギリだったのにこうも余裕があると心にゆとりが生まれる。


 この日々が続きますように。そう願って俺は担任の到着を待った。






 授業はつつがなく終わって、本日もまた放課後がやって来る。


 本日の部活のテーマは何をするんだろう。一応今のところ依頼は服装指導だけだが、黄島先生から追加の依頼は届いていない。


 また、放課後はだらっとする時間になるのだろうか。


「蒼司さん、今日の部活は私は遅れます。先に生徒会の業務を終わらせてから来ますので、先に行ってください」


 真白は俺に向かって律儀に遅れる旨を伝えると、ぺこりと頭を下げて教室を後にした。


 なんか今の部活っぽいな。今までだったら俺が春野にラインで遅れるわー。と送って春野が了解っす。って送り返すふわふわ具合だったのに。


 こういう所もちゃんとしなきゃいけないかもなあ。


「お呼び出しします。二年一組、皆野蒼司くん。至急職員室黄島のところまで来てください。繰り返します。二年一組、皆野蒼司くん。至急、職員室黄島のところまで来てください」


 滅多に呼び出される事がない俺が、滅多に呼び出しなんてしない黄島先生からのお呼び出しが鳴り響く。


 珍しい。というか始めてじゃなかろうか。


 なんかしたっけ? 身に覚えがなさすぎて、逆に怖い。


「蒼ちゃん、なんかしたのか? 珍しく呼び出しされていたけど」


「……いや、なにもしてないと思うんだが。まあ、急いで言ってみるよ。礼は部活頑張って」


「はいよー」


 礼は心配そうに俺を見たが、俺も身に覚えがないのでなんとも言えず、ただ礼の部活を応援して教室を後にした。


【遅れるわー】


 ちゃんと連絡手段を決めようと決意して早くもその決意が揺らぐふわふわラインを春野に送信する。


 まだ、連絡手段定めてないから。ノーカンだから。自分に言い聞かせて、ラインを送信した。






 職員室。忙しそうに先生は自席について書類を見ていたり電話をしていたり、教室では見えない特異な雰囲気を感じる。


 授業が面白い先生は鬼の形相で丸つけをしているし、いつも無表情な先生は他の先生と笑いあっている。


 そんな、いつもと違う先生方が過ごしている中、黄島先生もまた真面目な顔をして作業をしているようだった。


「黄島先生、来ましたよ」


「おー、皆野か。お疲れ。まあ、座りな」


 黄島先生に声をかけると、隣の空いている席の椅子を指して、欠伸しながら座るように促された。


 普通生徒が来たら逆に気を張るもんじゃないのか? なんて思いながら、俺はその椅子に腰かけた。


「まずは、今日も服装指導お疲れ様。噂は聞いたぞ。何事もなく終わったんだって?」


「ええ。ショートホームルームも楽勝で間に合いましたよ」


「そうかそうか、偉いぞ」


 黄島先生に今日の服装指導の事を伝えると、黄島先生は嬉しそうに俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。


 完全なる子供扱い。だが、黄島先生に褒められるとなんだか嬉しい。この人が褒める事少ないし。


「私も教頭に褒められてな。支援部の評価も上がっちゃった訳だ」


「……なんか上がっちゃ嫌みたいな言い方ですね」


「いや、私はいいんだけどな。この服装指導を引き続き協力出来ないかという打診が来てな」


 黄島先生は面倒そうに頭をかきながら、仕事が増えてしまった事を告げる。


 要はこの事を伝える為に俺を呼んだのだろう。いやはやしかし、面倒な依頼が来たものだ。


「断れないですかね?」


「無理だろう。結果も出てしまったし。だが、服装指導を正門だけにして、二人一組のローテーションにしてもらうようお願いはした。裏門は教員でしようと思う」


「二人一組……。まあ、固定とかじゃないならそこが文句言われないギリギリかもしれませんね」


「まずは二人一組で作業するという始めての試みだから、皆野には絶対してもらいたい。あともう一人は春野、皆野妹、近藤、土方から選んでもらいたいんだ」


 うわ、めっちゃ選びにくい選択肢が来たもんだ。


 絶対に選ばないとダメなのだろうか。おずおずと黄島先生を見つめるが、その目が早く選べと言っている。


 選ばない選択肢はないと言っても過言ではないのだろう。


 うーん、この中で選ぶとしたら俺は……。


 腕を組みつつ頭を悩ませた俺は、パッと思いついた一人の名前を口に出した。

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