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 鉄骨に板が掲げられただけのバス停に到着し、ジェットは降車する。運賃を支払う時、運転席の自動運転ボットは【誰かとお話しておりましたか?】と質問を投げかけてきた。

 恐らくはボットが認識している乗車人数と実際の数との差異を疑ってのプロトコルであろうが、ジェットは答えないことにした。


 車内からの見晴らしからすでに理解はしていたが、骸郷から遠く離れた郊外は「とりあえず道路だけ整備している」といった風情で、膨れ上がっていく骸郷の人口を受け入れられる容量が残っていることへの安心感さえも覚えてしまった。

 路面の両面にはコンクリート塗りの空き地や無機質な区画看板が立てかけられ、世界が背を縮こませてしまったかのような空気の重さを肌で感じたりもする。


 国家庁の建物が遠くに見えて、その周りを取り巻くように要塞めいたネオン光線が扇を振るっていた。遺文明局が管理するに値しないと判断した鉄骨だけの廃屋やガレージ跡も散見される。

 ジェットは脳内の通信機構をダイヤルし、セルビナートに繋げた。普段から通信機構用のヘルツ回線を交換しないのだが――主にアシュリーの存在が表沙汰にならないように――、セルビナートが電話は盗聴されるかもしれないとやけに渋るため、譲歩した。


 報酬金に目がくらんでいるからなのか、とアシュリーに問われれば否定はしないと回答するつもりではいた。


「ジェットです。目的地の未使用区画U-Ⅻ《12》に到着しましたよ」

「そうか」スピーカー越しの声はどこか安堵を孕んでいた。「おそらくはバス停の近くにいるのだと思うが、そこに対面して東南の方向に廃屋があるだろう」

「ええ。まぁ。瓦礫の山みたいな風情ですが」

「わざと隠してあるのだ」

″それは誰のためですか?″とジェットは口先まで出かけたがなんとか呑み込んだ。今は無用な詮索はよそうという判断だった。


 ジェットはセルビナートの指示通りに廃屋の前まで歩み寄り、眼前の「建造物の墓標」とさえ呼べそうな瓦礫の累積体を用心深く注視した。瞳孔に内臓したライトを灯す。

 割れたコンクリートブロック、岩、腐食した材木、レンガ破片。


 構成する一つ一つを確認すると、セルビナートの言う通り「1つの構造物が崩れてできた物」ではない。マテリアルのそれぞれが材質に始まり、形状、色合いや経年数にもあからさまな差異が見られる。

 この違和感を解すには、瓦礫の山を装うためにわざとゴミを積み上げたという背景を思えば確かに合点がいく。


 

 もつれあうように積み重なる廃材の山の中で、密着が甘く簡単に抜き出すことができそうな部分を手触りで確かめた。

 押しては歪みを確かめ、揺らしては材質周辺のゆとりを見図る。その中でもひと際目立っているコンクリート片に目星をつけた。

 ジェットは大きく息を吐いて、上着を脱いでシャツの袖を捲る。大きく一歩を踏み出して腕を伸ばし、せーの、のリズムで瓦礫片を強く引っ張った。


 その際、自身の想定よりも重量が大きく、コンクリート片を抜くために全体重を預けていたジェットは抜けたと同時に倒れ込むように尻もちをついた。


 ガラガラガラ、と粉塵が舞い、鉄骨類や大きな破片が倒壊し、伴って放たれた音が郊外の大気へ消えていく。

 夕暮れに沈む骸郷の郊外はそのモーメントに意を向ける事もなく、また平然とした顔で引き続き時を刻み続ける。ジェットは意味もないはずなのに周囲を見回し、尻についた汚れをはたきながら立ち上がる。


 ここが誰も住まわない土地で助かったな、と内心で安堵した。


 コンクリートスランプ試験のように、山が平らになっただけの瓦礫の累積体を改めて確認すると、鉄製のハッチ蓋の一部が赤黒い表面を露にしている。ジェットは、必要最低限の瓦礫だけを退かせてその全貌を夕焼けの日下に晒した。地下インフラ整備のための作業員出入口といった様な出入り口で、重厚な蓋だと思っていたものはただの網鉄板を円形にカットしただけのものだった。


 ジェットは通信機構をセルビナートにつなぐ。


「見つけました。それではこれから、アイリスちゃんの捜索に入ります。あなたは彼女の身の安全でも祈っていてください」

「ぜひとも頼む」

「それから」ジェットは付け加える。「おそらく地下施設内には通信回線用の中継機があるので通話は可能ですが、もちろん、そんなことをしたらプロテクトシステムに不法侵入が感づかれてしまいます。事実、番犬にしょっぴかれる【へたくそ】達の何割かはそれが原因ですからね。つまり、ここから先は通信機構の電源を落とすので僕に通話は繋がりません」


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骸郷に煙るアロイコア 門一 @karakawan

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