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◆◇◆



 セルビナートが説明した場所から最寄りまで近づける公共交通機関は、1日に2本しか出ないバスのみだった。

 骸郷の都心部をせわしなく走り回る最新型のレーザーバス――専用の環状道路を走行できる高速移動用のバス――とは違い、ディーゼル式の、舗装の不整合な継ぎ目をタイヤが通過するたびに車内が大きく揺れるような、前時代的な車体だ。

 乗客はジェットしかおらず、運転手も自動運転システムを搭載したコンピューターボット――アロイコアを雇うより安く済むのだろう。高度な運転技術が要される街中では運用されていない――である。実質的にバスに乗っているアロイコアはレーゼルだけだった。


 夕暮れに沈もうとする太陽はその役目を月に明け渡そうとしている。太陽という天体はこの星の周りをぐるぐると廻り、1日の間に世界の全てを視界に入れるのだという。

″骸郷の外には何があるのだろうか?″


 ジェットはその答えを太陽だけが知っていることを確信していたが、当の太陽は答えを教唆してくれるコミュニケーション手段を持ち合わせてはいない。

 遠くから伸びた山岳の影が車内を覆い、その陽は顔を隠した。

 車内が跳ねる。


 ジェットはセルビナートから手渡された写真をスマートフォンに撮影し、バスの外と写真に写るアイリスを交互に見返していた。


――ジェット、どう思う? その子

 アシュリーが語りかけてくる。レーゼルはバス車内において「会話ツール」を使いこなせる肉体は自分だけであることを改めて確認し、声を出して答えた。


「どう思う、って?」


――まだ生きてると思う? 遺文明局管理下の施設なんて毎日のように不法侵入者達が出現しているのよ。

「まぁ、番犬っていう組織が編成されるくらいだしな」


――あんな裕福そうな家庭環境の子なんて、どう考えても見つけ次第連れ去って高価そうなパーツを取り外すと思うけどね。余ったアロイコアはきっと「その手の変態」達に明け渡されてるわよ。


「その可能性については僕も考慮している。でもお金をもらってしまった以上、横着な仕事もできない」

 写真で歯を見せている女の子が社会の暗部に噛みつかれる図を思い描くつもりはなかった。あまりにも夢見が悪い。が、想定される事態として言葉だけは備えておく必要もある。

「なんだいアシュリー。リスクを冒すのが怖くなってきたのか?」


――いえ、人文明研究施設にこっそりお邪魔すること自体は大賛成よ。いい思い出にしましょ。

 アシュリーの抑揚は、話を逸らす時の物だった。ジェットは知っている。

「実を言うとだね、僕はこのアイリスという少女の【違法換装】を疑っている」

――久々にきいた言葉ね。なんだっけ。


 ジェットは息を吐いた。メモリーバンクにあるぞ、と返そうとしたが「探すのが面倒くさい」とそっぽを向かれるのは予測がついた。

「アロイコア法第4条【アロイコアナンバーに照合したパーツ以外の着用及びAgeVer.に不適合なパーツの装着】に該当する。この子は見た目より年を食っているが、若さという価値が捨てられず、もしくは別の理由でこの姿であると思うんだ」


――えーっと、つまり。


「アイリスは意外と賢くて、機転を利かせて生き永らえてるんじゃないかなって踏んでいるのさ。まぁ、希望的観測というやつだが」


――どうしてその仮説に至ったのさ。


 ジェットは「この依頼」そのものに対して引っかかりを感じていた。確かに遺文明局管理下の施設に侵入することは大罪ではあるが、社会復帰が不可能という程でもない。また、一定AgeVer以下のアロイコアが対象となった場合「監督不届き」としてその親が罪に問われる。セルビナートがあまりにも自分の権威を気にしているのなら滑稽な話だが、老い先の短そうな人生と愛娘の社会的地位を天秤にかけるなら、自分なら間違いなくこんな場末の何でも屋ではなく、罪状を白状して公機関に依頼をかけるはずだ。


 つまり、一連のセルビナートの行動は自分ではなく「アイリスの保身」を最優先にしているように思えた。

 少なくとも今の彼女の姿が社会の明るみに出ることそのものが大きな損害をもたらさんとしていると算出している。

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