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◆◇◆


 街の郊外は等間隔に電灯が続くばかりで、道路沿いのコンクリート平地は誰においても不可侵であるとその白く黄色い地肌を露にしていた。時おり、捨てられた家電や廃車、換装のために要済みとなった四肢のいずれかが視界を流れては過ぎ去った。


 信号を無視したところで事故に遭遇する確率は限りなく0に近い交差点を越えたあたりで、【この先遺文明局管理下区域】という蛍光看板が道端に立てかけられている。

 テールランプが点灯し、レーゼルとアーロンが乗った白軽バンの速度がゆっくりと落ちていく。


「念を押しておいてやるが」アーロンがすかさずハザードランプを灯し、車内を揺すりながら路肩にタイヤを乗せる。ジャンク屋で購入した時点で15年以上乗り回されていた型落ち品で、ギアを入れる度に不安になるような駆動音が車内をさえずった。運転席に座るアーロンの私物だった。

「今度はちゃんと価値のある文明遺品を持ってくるんだぞ。ヘマをこいたら職を失っちまうからな」

 カーステレオは19時を指していることをかろうじて判別できるが、液晶が寿命を迎えているためか、文字を認識するに目を凝らす必要があった。


「俺からも念を押しておいてやるが」助手席に座るレーゼルはサイドドアのクランクを回してガラスを閉じると、ドアレバーに手をかけながら言う。

「次の就職先を探しておいた方がいいぞ」


 レーゼルはバンのドアを閉じると、最初に遺文明局の管理下であることを喚起するバリケードや注意看板が目に入った。マードマンの一件を受けてか、前回訪れた時よりも小道具の数が増えているのはレーゼルの見間違いではない。


 これだけ大々的にに警戒態勢をアピールしようと、不法侵入者達が減ることはないだろう。そもそも論、一般職員の立ち入り口に彼らが足を運ぶことはまずないのだから。

 ″皮肉げなことわざにでもなりそうだな″

 

 レーゼルは虚勢に近い厳戒態勢に辟易し、口の端を歪ませた後、懐から電子タバコを取り出しながら空を見上げた。


 四季の概念は温暖差程度にしか反映されない骸郷の寒空には、丸く、やまぶき色に光るクロワッサン形の天体が、この世界に穴をあけているかのように微動だにせず浮いていた。

 人類はそれを月と呼んでいた。


骸郷のメイン街は遠景に映り、蛍光色の羽虫が空を舞っているようにも見えた。

 その背後には世界の全てを見下ろしているかのように国家庁のタワービルが建っていて、レーゼルにはそれは建てられたものではなく空から落ちてきて地に突き刺さった故の建物であると聞かされても納得してしまうような威圧感があった。


 眼前へ振り向いた。鉄製の柵ゲートの向こうでは、自分たちと同じく雇われの守衛の二人が、国家庁配給品の拳銃をホルスターに収めて腰に差している。

 ゲート上部では赤色のランプが蛍のようにゆるやかと明滅していて、その隣には監視カメラが2台配備されている。不審者を撃退する連発式テーザーガンまでも装備されていた。


 金城鉄壁きんじょうてっぺきという言葉から設計図を描いたようなこの設備をもってしても、不法侵入者が後を絶たない。飢えがもたらす発展と熱量は際限がないな、とレーゼルも感心するばかりだった。

 ゲートの向こう。2人の間に挟まるように、地下階へ続く階段が鎮座している。レーゼルは目的地を見据えると、私物の軍用ポンチョを羽織った。丈長のオリーブカラーで、自身が番犬に所属していた時に配給されていたものだった。

 ボタンを留めて衝撃で外れないよう固定すると、自身の左腕を星の光に透かしてまじまじと眺めてみた。

 人工筋線維を導入している左腕に対して、こちらはラッカー塗装ままの状態であるためドス黒く、オイル仕上げにより虹色の紋が光角によって開いたり閉じたりもした。指の先端には黒くぽっかりとした穴が覗かせていて、有事の際には腕から肩にかけて螺旋式に装填している9mm拳銃弾――フルメタルジャケット仕様――が弧を描くように連続して撃ちだされる。


 マードマンの一件のように、常に身の危険がつきまとう仕事柄、戦闘能力を重視した換装になることは折り合いをつけていくべき事柄なのだろう。

 レーゼルは生まれてから幾度となく「一般市民としての生」を夢想してきたが、その度、実現という幸福を掴むにはこの右腕は黒すぎることが現実として降りかかってきた。


 それ故、番犬に所属していた時代のゆかりで請負っていたの仕事から足を洗える機会が目の前にある事に対しては、誰よりも歓喜を覚えていた。


″まったく。まだ腕は完治していないってのにな″


 レーゼルは視界を戻す。黒いスニーカーのつま先で地面を叩き、守衛の立つ方向へ向かった。


「ご苦労なこった。こんな辺鄙へんぴなところでたちっぱなんて」レーゼルが二人に向けて手を挙げた。「アロイコアじゃなくてカカシにでもやらせりゃいいのにな」


 遺文明局から支給される軍服に身を包む二人は、レーゼルを見遣るが言葉を返さず黙したままだった。後ろで手を組み、背中の外から電気ロッドが頭を覗かせている。有刺鉄線の撒かれたバリケード越しに無機質な目線をただ走らせている。レーゼルはこの男性二人と面識がなく、おそらく警戒されていると息を吐いた。

 2台の監視カメラはこちらに首を回している。録音ランプが点灯していた。


 レーゼルはズボンからスマートフォンを取り出すと、遺文明局から配布される遺文明入場許可証を警察手帳のように握って見せつけた。

 右手の男はバリケードの合間からスマートフォンを受け取ると、ゲートを開閉するスイッチが設置されている後方へ向かって歩き出し、その画面をスキャナーにあてがう。

 ピ、と電子の高い音がして、鉄製の柵がゆっくりと左右にスライドされた。


「ご苦労様です。施設内での安全には十分にご注意を」スマートフォンを返した男がそこで初めて口を開いた。もう片方の守衛はこちらを向いたまま、とうとう一言も発することはなかった。


 もしかして本当にカカシなんじゃないだろうな、とレーゼルは不安を覚えた。

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