魔女の錯乱

「……これが記憶にある出来事です……」

 話終えた若槻さんは憔悴しきった顔でそう締め括った。除霊は成功したのだが、そんなに疲れた顔をして話す事はダメージが巨大だったようだ。

 私は心から同情してこう言った。

「じゃあ、これで帰りますね!お疲れ様でした!!」

 テキパキと荷物等を片付けて(その間2秒くらいだった)お辞儀をして部屋からそそくさと退散する。

 北嶋さんはと言うと、母親に色情霊の除霊は全て終わったからもう大丈夫だからウチに頼らなくても平気だからと、必死に今後の連絡を断ち切ろうとしていた最中だった。

「所長!!早く出ないと電車の時間が間に合いません!!」

「おうそうか!!じゃあそう言う訳だから!!お疲れさんでした!!」

「え?あの、お車で来られた筈じゃ……」

 車で来た事が思い切りバレていたが、取り繕っている暇すら惜しい。事実母親が玄関まで見送りに出たのもスルーして車に乗り込んでかっ飛んで逃げたのだから。

 いつもは市街地だスピードの出し過ぎだと騒ぐ北嶋さんも、速く速くと焦っていて文句の一つも漏らさなかった。

 そして高速に乗ってパーキングエリアに入って漸く一息ついた。

「……まさかあの馬鹿野郎の地元だったとは……お前、一度あの馬鹿野郎を視たんだろ?なんで解んなかったんだ?」

「……なんか気持ち悪くなって途中で切り上げちゃったのよ……その時は鹿島雄大の思考が殆どだったし……」

 以前視た時に、鹿島雄大は若槻さんに壮絶な失恋をして嘆き、苦しんで地元から出た。と視えたが、それは鹿島からの始点。

 事実がもっと酷かったので、自己防衛本能が働いてそれ以上の深追いを無意識に避けたのだろう。

 それ程までに酷い話しだった。それ程までに救いようがない話しだった。

 がっくりとハンドルを持ちながら項垂れる。こんなに疲労した一日はここ数年記憶にない程疲れ切っていた。話を聞いただけなのに。

「……神崎、高速から降りろ」

 いきなりの指示に思わず顔を上げる。

「草薙で帰ろう。車での帰宅は今のお前では不可能に近い」

 すんごい優しい顔でそう言った。車移動は殆ど私の我儘(移動経費を計上しているので勿体ないとの理由もあるが)で、北嶋さんも経費は有り難く使わせて貰うタイプだから、こんな事を言うのは珍しい。

 だけど本気でキツかったので、その言葉に甘えて高速を降りる。そして人気が無い場所を探して、草薙を一閃。私達は無事帰路に着いたのだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 久しぶりに時間が取れたので、親友の神崎の家を訊ねた。良人はお土産に煩いので、アメリカ土産を奮発して。

――そうは言うが、そんなに必要なのか?

 ジャバウォックが呆れたように言うが、こう言う心遣いはよく解らないので、大量が良いだろうと思う。食べ物には一切文句を言わない人だし。

「だが、言う程ではないだろう?チョコレートとクッキー、ケーキくらいのものだ」

――種類ではなく数の話をしているんだが。そのトランクには着替えなんか入っていないだろうに、菓子ばかり……

 なんだ?重いとの苦情か?トランク3つくらいでへこたれるとは情けないな。

「重いと文句を言う暇があったら早く着けばいいだろう。荷物を下ろせば軽くなるんだ」

――重い軽いの話じゃない。常識の話をしているんだ。っと、着いたぞ。

 降り立ったのは庭。ジャバウォックから自身と荷物を下ろして玄関に向かう。

「うん?神崎の車が一台無いな。仕事か?」

――そうだろうな。この事務所は忙しい。尤も、神崎が入れた仕事だろうが

 違いないと笑う。あの良人が自発的に仕事を入れるとは考えにくい。

「いないのであれば仕方がないな。少し庭で待たせて貰おう」

――電話をしたらどうだ?あいつ等も仕事ならいつ帰るか解らないだろう。今日中に着くのかすら怪しい

 それもそうかとスマホを取り出す。それと同時に空間が開いた。

「良人の草薙か。丁度帰って来たようだな」

 スマホを仕舞いながら言うと、ジャバウォックが怪訝な顔。

「どうした?」

――草薙で帰って来たと言う事は遠出したと言う事だろう。それなのに、帰りは草薙か?

 言われてみればそうだな……神崎の運転だろうが電車移動だろうが、仕事終了での帰宅ならば帰りも同じ手段を使う筈だ。

「まあ、他に急ぎの仕事でもあるのだろう。気になるから後で訊ねるが」

――それが良い。そこ危ないからちょっと離れた方がいいな

 言われるまでも無く結構離れた。神崎の運転ならアホみたいなスピードで飛び出してくるので轢かれる可能性が高い。

 しかし、そうじゃ無かった。逆に酷く元気が無いようにゆっくりと出て来たのだから。

――いよいよもっておかしいぞ。神崎があんなに安全運転な筈がない

「同感だが、酷いよな、お前」

――同感と言う事はお前も酷いだろ

 まあ、確かにそうだ。だが、恐らく仲間全員の認識だぞ。

 ともあれ車に赴く。

「おかえり神崎。大分疲労が溜まっているようだが、今回は難易度が高かったのか……え!?」

 酷く驚いて声を上げた。神崎もそうだが、車から出てきた良人の顔色も死人のそれに近かったのだから。

「あ、リリス、いらっしゃい……中に入って休んで……」

「おう銀髪、トカゲも久し振りだな……まあ、中に入って休んでくれ……」

 二人とも渇いた笑顔でそう言った。しかも、休めとは私達に言ったんじゃなく、自分達が休みたいから言ったような?

 ともあれ神崎に続いて家に入った。居間に通されてソファーに座る。

「良人、これはお土産です。沢山買ってきましたので食べてください」

 トランクをテーブルに乗せて開ける。詰め込むのに難儀だった量。それが三つだ。良人もさぞや喜んでくれるだろう。

「……ああ、悪いなぁ……」

 やはり渇いたように笑うが、手と付けないだと……!!

――一体何があった!?お前が菓子に手を付けないなんて絶対におかしいぞ!!

「そ、そうです!!良人らしくもない、その疲れたような顔もおかしい!!そんなに難敵だったんですか!?いや、それでもあり得ないでしょう!?」

 魔王ですら容易に退け、掠り傷一つ負った事が無い彼を追い詰める程の敵がいるとは思えない!!

「まあ……本気で疲れたのよ。私も彼も……」

 神崎がお茶を用意して良人の隣に座った。

「だから有り得ないだろう!?君達二人をそこまで追い詰める敵が存在する筈がない!!」

「敵と言うか……なあ?」

「そうね。強いて言えば人類の敵と言うか……」

「人類の敵だと!?君達はそんなものと戦っていたのか!!私に何故声を掛けてくれなかった!!」

 君達が望むのならば、この命すら惜しくない。それなのに、たった二人でそんな敵と戦っていたのか……!!私は君達が望むような戦力になれないのか……!!

「違うのよ。違うとも言い切れないけど……」

「まあ、可能性はほぼ無いと思うが、限りなくゼロに近いと思うが、こいつも女だし、奴の被害に遭うかもしれん。警告も兼ねて言っておいた方がいいのかもな……」

 悔しさの余りに伏せていた顔が上がった。どんな難敵だろうとも、君達の為ならば……うん?女だから?

「……確認ですが、難敵なのでしょう?女だけを狙う魔族とか、ですか?」

「いや、銀河最強に馬鹿な人間だ」

 人間?人間相手に私に警告だと?しかも馬鹿?

「あのですね、面白くないジョークはいいですから」

「まあまあ、先ず話を聞いて。北嶋さんの言う通り、遭遇する可能性はゼロに近いけど、生乃も宝条さんも手も足も出ずにやられちゃったんだし、リリスにも警戒くらいして貰いたいから」

 なに!?あの二人が手も足も出ず、だと!!

 驚く私を余所に、神崎が語り出す。良人の言う、銀河最強の馬鹿とやらの事を……

 最初は緊張しながら聞いていた。神崎の嫌悪する表情も稀故に、余程の敵だろうと思いながら。

 だが、徐々に身構えるのをやめる。最後はソファーに身体を埋めて半目で聞いていたくらい興味が失せた。

「だから鹿島と遭遇したら逃げてって聞いてるのリリス?」

「うん?ああ、大丈夫大丈夫。逃げるよ、解った。うん」

 すっかり温くなったコーヒーを啜りながら、ハイハイと。

 しかし、神崎も良人も大袈裟な。なんの事は無い、ただの迷惑な発情男じゃないか。良人だって近所付き合いの為に堪えただけのようだし。あの二人だってその気になれば殺せる……ああ、相手は一応人間だったか。だったら躊躇するだろうな。

「おい、あいつを甘く見るな。まずないと思うが、遭遇したら逃げるんだ。解ったな?」

 珍しく良人が身を乗り出して忠告する。

「解りましたよ良人。良人がそこまで言うのならね」

 なんなら今すぐ神崎達への報復の為にぶち殺しに行ってもいいが、堪えた良人の手前憚れる。

「そもそも、今は刑務所に収容されているのでしょう?遭遇の可能性はゼロに近いのではなくゼロなのでは?」

「あの馬鹿野郎に常識は通じない。通用するのはポリくらいだ」

 そうは言ってもただの人間。亜空間転送は出来ないし、私は基本アメリカだから、遭遇するのなら飛行機か船でアメリカまで来なくてはならない。よってはやりゼロだろう。

 いや、もう一つあったか、可能性。

「ちょっと商店街の和菓子屋に行ってきます。みたらし団子が食べたくなったので」

 そう言って立ち上がった。あの和菓子屋のスィーツを食べたのは二度程度だが、実に美味しかった。また食べたいと思ったのは事実。

「井村屋?場所解る?何なら一緒に行こうか?」

「いや、散歩がてらだ。迷ったらそれでもいいさ。神崎の手を煩わせる事も無いよ。ジャバウォック、来い」

――商店街なのだろう?護衛が必要とは思えんが?

「迷ってもいいとは言ったが、流石に限度があるだろう?本格的にそうなった場合、お前に乗って帰って来ると言う事さ」

 釈然としないながらも着いてくるジャバウォック。神崎が玄関まで見送りしようとしたのを留め、外に出た。

「聞いていたよな。カシマとやらの事を」

――大方そんな事だろうとは思っていた。北嶋達の無念を少し晴らしたいと言う事だな

 呆れて首を振りながらも、本来の姿に戻った。

「お前もやる気じゃないか」

――モードに全裸で抱き付いて、接吻を迫った輩は殺した方がいい……!!

 成程、ジャバウォックはジャバウォックで腹に据えかねていると言う事か。

――乗れ。場所は?

「霊視で追ってくれ。関西としか聞いていないからな」

――解った

 羽ばたくジャバウォック。ジャバウォックは他の聖獣や魔獣と少し違う特性を持っている。

 例えば単純な速度なら九尾狐が一番速いが、ジャバウォックの羽ばたきは空間を超える。長距離の移動もほぼ一瞬なのだ。そうは言ってもアメリカから日本に直通できる訳じゃない。途中途中で座標の修正が必要なのだ。ショートワープを繰り返す様なものだ。

 おかげでアメリカから日本までの時間は2時間を切るくらい。直通なら一瞬だが、これでも大変助かっているから文句は言わない。

 だが、今回の場合の様に、たかが関西まで行くとなれば……

「一瞬か。座標の修正は必要なかったか」

――距離が近いからな。亜空間転送もできるにはできるが、俺は飛龍。羽ばたき、飛ぶ方が得意なのでな

 そこは飛龍のプライドか。まあいい。目的の刑務所に着いたのだから。

「お前は此処で待っていろ。連れていけば殺しかねないからな」

――殺すつもりじゃなかったのか?

「流石に殺す事はないよ。殺すつもりならば他の仲間がとっくにやっているだろう?」

 ちょっと生きている事を後悔して貰う程度だよ。聖騎士も鬼も、なんだかんだ言ってもたかが人間をそこまで追い込めないだろう?

 だったらできる人間が代わりにやるだけだ。

 刑務所には堂々と入った。対応と出て来た全ての人間を邪眼で眠らせ、目的の独房まで堂々と。

「……此処か。しかし贅沢な。少人数で使う監房では無く独房なのは、何か理由があるのか?」

 ただの迷惑な発情男な筈だが、大層な前科でもあるのか?いや、前科が多過ぎるんだったか。凶悪犯扱いなのかもしれない。

 鍵が当たり前の様に掛かっているが、こんなもの開錠するのは容易い。

 重苦しい扉を開けて踏み出す。奥で小さな男が壁に向かって胡坐をかいて座っているのを確認する。あいつがカシマか。

 もう半歩踏み出そうと足を出すが、身体が硬直した。

「!!なんだこの臭いは!?」

 出した足を引っ込めて鼻を摘まむ。酷く咽るこの臭いはなんだ!?

 更に驚愕して目を剥いた。この部屋はティッシュが丸められて散らばっていたのだ。敵を寄せ付けぬ結界のように、それは隙間なく!!

 なんだこいつは!?霊能者ではない筈!!ただの迷惑な発情男だった筈だ!!なのに、なぜ私の進入を拒められる!?この丸まったティッシュとこの咽る臭いのせいか!?

「ん~?もう飯の時間か?それよりもトイレ壊れたって言っただろ、早く直してくれよ」

 小男がゆっくりとこちらを振り返る。私はまばたきするのも忘れ、それを凝視する!!

 小男と目が合った!!同時に噴き出る大量の汗!!なんだこいつ!?なぜここまで不吉な気配を纏っている!?

 小男が口をゆっくりと開いた。そして何かを口ずさもうとした!!呪文か?いや、何度も言うがあいつはただの迷惑な発情男、呪文など……

 咄嗟も手伝ってか、口の動きを読む。呪文は無いと思いつつも、警戒してそうせざるを得なかったからだ。呪文ならばそれを読み、対応できる術を放つように。神崎クラスの相手ならそんな真似をする暇はないが、それ以外ならば後手でも充分対応できたので、つい癖が出たと言ったところだった。

 

 かぁ~


 わぁ~


 いぃ~


 いぃぃぃぃぃ~……


 弾かれたように後ろに跳んだ。ほぼ同時にカシマが私に跳び掛かって来た!!しかも全裸で!!

「なになになになに!?この異国の美人さんは!?もしかして俺を助けに来た訳!?この捕らわれの王子の如くの俺を!!」

 そんな事を大声で言いながら、跳んできたのだ!!回避行動が一瞬でも遅れていれば、この全裸の小男に抱きつかれていた!!

 しかも、こいつが口ずさんだのは呪文じゃない!!ただ「可愛い」と言っただけ。脳を通さずにいつもの口癖が口から出たような感覚だ!!

「貴様、一体何者だ!?」

 印を組もうと両手を離すが、あの咽る悪臭で無理だった。速攻で鼻を摘まみ直した。

「俺か?俺は鹿島 雄大……君と出会うために、この世に性を受けた男さ……」

 なんか全裸で「フッ」とかっこつけて髪を掻き揚げてそう言った。と言うか、性を受けたって!!

「漢字が違うだろ!!アメリカ人の私に漢字の間違いを指摘されるだけでも驚きだ!!」

「え?俺に抱かれて感じたいって?いいぜ、来いよ」

 両手を広げて受け入れる体を作ったが、誰が貴様の胸になんか飛び込むか!!そもそも感じじゃない、漢字だ!!

「質問に答えろ!!この臭いはなんだ!?この丸めたティッシュは何かの術式か!?何故貴様程度の迷惑男が独房入りしている!!」

「うん?……成程、そう言う事か。俺の匂いに参って誘惑しにわざわざアメリカから来た。そう言う事か。解るぜ。俺は実に罪な男だからな……」

「罪な男なのは認めよう、事実犯罪者だからな……俺の匂い?」

 もしかしてこの大量の丸めたティッシュは!?

「貴様、まさか、これ全部自慰で……!!ウエッ」

 想像して吐き気を催した。まさか、これ全部がそうか!!

 そしてこの小男が独房に入っている理由!!

「貴様、監房でも同じ事をしていたのか!!他の囚人が迷惑で看守に部屋を交代させてくれと懇願する程までに!!」

 共同生活の場でも同じように自慰に開け狂っていたのだろう。他の囚人が苦情を出すまでに。

 そして、当たり前だが、囚人の希望は聞き入れられたのだろう。他の監房に移しても同じ事なのだ。ならば最初から独房入りさせていた方がいい。

「何故それを……!!そうか……そこまで俺の事を想ってくれていたと言う事か……ならば応えるのが男!!」

 またびょーんと跳び掛かって来た。こいつ、刑務所内でもお構いなしにレイプするつもりか!?

「三首の声!!」

 こんな馬鹿野郎に犯されるとか冗談じゃない。少し可哀想な気もするが、ブネの死の呪文だ。これを聞いた者には例外なく死が訪れる。

「女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!やれるやれるやれるやれるやれるやれるやれるやれるやれるやれるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅあああああああああ!!!!」

「な、何!?死の呪文が掻き消された!?」

 目を血走らせながらも跳び掛かってくるとは、ブネの死の呪文が馬鹿男の煩悩によって掻き消された!?

「馬鹿な!?この私が!!こんな馬鹿野郎に術を破られるなんて!?」

 走馬燈が駆け巡る。まさか、命の危機を感じているのか!?この馬鹿野郎に!?

「感じているのは命の危機じゃない。生命を創り、産み出す喜びさ……」

 耳に馬鹿野郎の囁き……!!馬鹿野郎の顔が私に覆い被さったのだ。唇が奪われ……

「どうふっ!?」

 馬鹿野郎が激しくふっ飛んだ。何が起こったのか解らないが、取り敢えず助かった……

 この私が……何も出来ずに犯されそうになるなど……

 あまりの恐ろしさと助かった安堵で涙が出た。それとほぼ同時にへたり込んだ。

「嫌な予感がして鏡で視ていたら……この馬鹿野郎に関わるなって言っただろ銀髪……」

 私を助けたのは良人だった。珍しく、酷く焦った表情であの馬鹿野郎を見下ろしていた。

「良人……」

「おい、もうバックれるぞ。こいつに関わったら碌な事が無い」

 そう言って私の腕を取る。それを察したように、馬鹿男が立ち上がった。ぶつかった衝撃によって生じた瓦礫と共に。

「なんだお前は?俺と彼女の愛の情事の邪魔をするとは、無粋な奴だな」

「俺を覚えていないのか……あれだけ迷惑をかけた相手だと言うのに……どうでもいいが、お前は相変わらずだな。この状況でも股間がMAXとは、流石の俺もドン引きだぞ……」

 良人の言う通り、馬鹿野郎の股間が熱く滾って天を見上げていた。あんなものを私に突っ込もうとしたのか……汚らわしい、汚い……

「これは……おとこの仁王起ち!!裸の漢の唯一の武器!!」

 腰に手を当ててそれを見せ付ける。本気で吐きそうになる。

「心底どうでもいい。じゃあな」

 構わずに外に出て扉を閉じた。しかし、施錠はせず。

「おい!!お前はどうでもいいけど、その女の子は置いて行け!!それは俺を助けに来てくれた異国の姫君だぞ!!おい!!」 

 馬鹿野郎は鍵が掛かっていないのにも拘らず、鉄格子を掴んでそう喚いた。何故脱出しない?

「鍵が掛かっていると思い込んでいるんだろ。あの儘外に飛び出してくれた方が良かったが」

「な、何故施錠しないのですか?」

「脱獄したとなれは罪が加算されるからな。一生刑務所暮らしして貰いたいんだから、チャンスは物にせんと」

 そのチャンスを作ったのはお前だと。警告を無視したのは戴けんが、よくやってくれたと褒められた。

 おかげで別の涙が頬を伝う事になったが、そこは言うまい。神崎に申し訳ない気持ちになる。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 空間を一閃して帰ってきた。家の中に。

「帰ったぞ~……おお?」

 俺を押し退けて銀髪を抱きしめる神崎。

「怪我してない!?大丈夫!?どこも何ともないよね!?」

「……ああ……間一髪だったが、良人が助けてくれた……心から感謝している。あの儘だったら私は……」

「何も言わないで!!助かったんだからもういいのよ!!」

 そう言って二人で泣きあう。しかし、まさか銀髪が何も出来ないとは予想外だったな……

 それは兎も角、俺は天パにコールした。

「おう天パ。鹿島雄大は刑務所を脱獄しようとしているぞ」

『何!?本当か!?なんでお前が知っている!?』

 そこは真実を言う必要もないので、まあまあと濁した。

『凄く胡散臭いが、絶対お前が何かしたと思うが、まあいい。早速刑務所に確認を取る』

「脱獄未遂だったら?」

『当たり前だが罪が加算される』

 満足して大きく頷いた。

「出来れば死刑にして欲しいが、それは諦めるから懲役100年とかにしてくれ」

『俺だって出来る事ならば死刑にしたいがそれは無理だ。懲役100年も無理だ。アメリカじゃないんだから』

 懲役延長のチャンスを作ったのはアメリカ人だから、奇しくもアメリカ繋がりとなったか。

「兎も角できる事なら長いとこ刑務所にぶち込んでくれ。ああ、別に報告は必要ないからな?懲役が伸びたとか必要ない。くたばったって報告なら喜んで聞くけど」

『関わらない、だったか。解った』

 そう言って電話を終えた。女共は未だ抱き合って泣きあっている。

「おい、百合もいいが腹が減った。銀髪、流石にお前が奢れよな。蟹とか」

 漸く離れて涙を指で掬って笑った。

「はい、蟹でもフグでも、如何様にも」

――妾にはいなり寿司を献上せよ

 居たのかよタマ。しかも、なーんもしていないのに飯を集るとか。

――済まんな狐。これは俺が浅はかだった。リリスに頼んで最上級の物を用意させよう……

――気にする事は無い。妾も何度もぶち殺せば良いと進言したが、勇が動かなかったが故起こった悲劇。だが、いなりは最上級の物にせよ

 なんかディスられたが、仮にも人間なんだから殺しちゃ駄目だろ。しかもお前のいなり寿司は最高級の物かよ。

 まあいい、今は平和を堪能するのが先だ。

「良人。神崎は和食が良いと言っていますが、最高の料亭を手配できますか?」

「うん?ああ、うん。多分。タウンページかなんかで探せば……」

「私達がそんな良い所行ける筈ないでしょう?予約もしていないんだから。だからいつもの小料理屋に行きましょう」

――なに!?あの居酒屋に毛の生えた料理屋か!?妾のいなりは最上級の物を用意する筈だぞ!!

「だったらタマはお留守番って事でいいよね」

――それは違う。妾も夕餉は必要なのだ。あの小料理屋の油揚げは良い物の部類故、何の文句も無い

 瞬時に手のひらを返しやがった。食いっぱぐれるよりはいいとの判断だろう。

「はは。じゃあそこにしよう。ジャバウォックは……」

「あそこら辺は俺の関係ならフリーパス。よってトカゲもフリーパスだから問題無い」

「そうか、良かった。ではタクシーの手配をお願いします、良人」

 少し腰がガクガクしているが、世の中は広い、と呟きながらも、凛と立つ銀髪。

 関わってはいけない人間も世の中に存在する。それを知れただけでも前進だ。

 さて、タクシー会社に電話するか。平和と食事を堪能するために。刑務所に居る馬鹿野郎には堪能できない、善良な一般人の特権を謳歌しようか。

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北嶋勇の心霊事件簿15 ~最凶の男~ しをおう @swoow

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