憑かれた時

 駐車場から更に奥。猛吹雪によって道など見えないが、遊歩道が設置してあり、その行き止まり。

 やはりそこも駐車場だが、二人が居る駐車場よりも松が密集してあり、昼でも日の光が届かない。昼でもまるで夜のように暗い駐車場。

 そこにある一際太い松。枝も太いので、人が乗っても折れる事は無い。

 そこが自殺のスポット。まさに『立派な枝ぶり』故に、死にたい者には実に魅力的に見える。

 この公園は自殺の名所と言ったが、その八割はこの松で首を吊っていた。

 そうなると当たり前だが、一番『良くない気』が留まっている場所でもある。

 またまたそうなると当たり前だが、堕ちた者もそこに居る。

 生前、数多の男と身体を重ね、貢ぎ、貢がれて、騙し、騙されて、遂には無理心中で命を落とした女の怨念もそこに居る。

 それは色情霊となり、公園に訪れた女をかつての自分の様に乱し、男の精を搾り取って衰弱させて、最悪死に至らせる。それは勿論取り付いた女にも同様だ。

 この頃は訪れる人間も減った為、取り憑き、乱す事も出来なかったが、今居る奥の駐車場からは遠いが、久し振りに女の匂いを感じる。男も一緒のようだ。

 猛吹雪の中、夜遅く公園に訪れる男女だ。目的は一緒だろう。かつての自分と、そして快楽を共用した。男と同様に。

 ならばより強い快楽を与えよう。明日の朝まで、いや、その命尽きるまで――

 夜の闇がより濃さを増す。猛吹雪による風の音も獲物を得た獣が嗤っている様に聞こえる。

 そして、色情霊は見付けた。麓の駐車場、しかし人目に触れないような少し引っ込んだ場所に停車してある車を。

 そこにはやはり女が居た。かつての自分の様に助手席で相手に合わせて笑っているさまも実によく似ている。

 運転席側には男。こっちも笑って話しているが、頭の中が色情一色だ。下手をすれば堕ちた自分よりも酷い程。

 しかし、何故あの男は手を出さないのか?女の方も求められたら許す決心は当についていると言うのに?

 心を読める訳ではないが、気配で解る。あの男の煩悩は天井知らずだ。生前の自分よりも遙かに上だ。そんな男がなぜ手を出さない?

 嫌われる心配?否。あの男の煩悩の前ではそんな問題は些細な事。嫌われようが何だろうが、肉欲を満たす事が出来ればいい筈だ。

 まあいい。男の思考なんか誰も彼も同じだろう。それは女も同じ。快楽に溺れたいのではないのか?何か悲しい事があったのだろう?それを忘れたいが為に、あの男の誘いに乗ったんじゃないのか?

 勇気が足りない?背中を押して欲しい?今更カマトトぶっている訳じゃないだろ?ひょっとして警戒しているのか?男なんかみんな同じだろうに?

 ……いやいや、そう言えば私も男に殺されたんだよなぁ……無理心中を強要されて、断ったら首を絞められて、松の枝にぶら下げられたんだよなぁ……

 成程成程、それは警戒に値するなぁ。こいつも殺すとか思っているのかもしれないしなぁ……

 ならばそいつよりも先に殺した方が良くないか?だけど女は非力だ。しかし女ならではの武器がある。

 その疼いた肉体で快楽に誘い、精も根も搾り取って、尽き果てさせて衰弱死させればいい……!!

「……ねえ、なんか寒くない?」

 ヒーターの利いた車内だが、若槻は異様な悪寒に襲われた。憑依された瞬間だった。

 若槻に覆い被さった霊は首筋から侵入したのだ。

「寒いか?これでヒーターMAXなんだけどなぁ……」

 鹿島の方は寒さなんか気にしている場合じゃ無かったが、取り敢えず話題に乗っかった。

 なぜ寒さを気にしていなかったか?それはシミュレーションを繰り返し行っていたからだ。

 焦らないと固く心に誓った筈の鹿島だったが、人の気配がない公園で車内に二人っきりの状況、簡単に決心が覆ったのは言うまでもない。

 この公園に来た時に既に、鹿島の心はそっち方向にチェンジされていたのだ。それはこの公園に巣食う色情霊云々の話ではない。天然の、混じっ気無い、自身の心だ。

 兎に角鹿島のシミュレーションはこうだ。この二人っきりの状況下だ。しかも忘年会的な催し物には全員恋人同士で参加していた。つまり若槻も『あの雰囲気』に浸透されて恋人が欲しくなったに違いない。よって向こうから何かしらのアクションがある筈だ。

 そう、例えば『寒くなった』と言って人肌で温め合いたいとか思っているに違いない「……ねえ、なんか寒くない?」ほらキター!!シミュレーションの通りだー!!

 上手くハマった自分の論を確信し、若干の動揺を以てヒーターを調べる振りをしてダッシュボードを開けた。

 ある。いつ買ったのかは忘れたが、ドラックストアで仕入れたゴムのお帽子(12個入り)が3箱もある。

 正に備えあれば憂いなし!毎日毎日何かしらの出会いがある筈だと固く信じて、いつか絶対に必要だからと捨てずに取っておいた甲斐があったと言うものだ!

 鹿島は深呼吸をした。大きく息を吸い、肺から全部の酸素を無くするように、深く、深く。

 そして、精一杯の決め顔を若槻に向けた。

「人肌ならあったかい事請け合いだぜ」

 もう、キリッと。痛々しい程キリッと。

 対して色情霊に乗っ取られた若槻も表面上は軽く頷いただけだが、色情霊側は歪んだ笑みを鹿島に向けていた。

 馬鹿な男だ!!煩悩塗れだ!!誘う前に自分から向ってきやがった!!

 笑いを堪えるのに必死だった。本体の若槻の表情にそれが現れるかもしれないから。

 羽織っていたコートを脱ぐ為に身体に捩った。その時色情霊は驚愕する。

 鹿島は既に全裸だったのだから。

 いつの間に!?速いなんてもんじゃない。まばたきする間の刹那の出来事じゃないか!?

 ま、まあいい、こんなにやる気のある奴は初めてだが嫌いじゃない。精気を絞り取って捨てるのだから、寧ろ精力に溢れている男の方が都合がいい。

「まだ、寒いかい?」

 鹿島がキメ顔でそう言った。いや、コートを脱いだだけだから逆に一層寒くなった事だろうに、『まだ』ってなんだ?

 ま、まあ、兎も角少し乗ってやる事にする。

「人肌であっためてくれるんじゃなかったの?」

 妖艶に口元に笑みを零しながら。

「じゃあそうしてあげるよ!!」

 全裸のまま覆い被さって来た。もう股間がはちきれんばかりに滾っていた。

「ちょ……まだ脱いでない……」

「じゃあ手伝ってあげるよ!!」

 何の躊躇も恥じらいも無く、更に言えばムードも減ったくれもなく、殆ど強引に服を脱がせる鹿島。シャツのボタンがブチブチと取れていっているにも拘らず!!

「ちょ、はずかし」

「大丈夫!!俺は恥ずかしくないから!!」

 狭い車内なのに仁王立ちをして見せて、熱く滾ったそれを見せる。

 何の躊躇も恥じらいも無く、更に言えばムードも減ったくれもなく、もっと言えばデリカシーも無い鹿島の行動は、流石に経験が無かった。生前も、死んだ後にも。

 呆けるのみだった。そんな若槻(色情霊)に鹿島が超不満そうに口を尖らせて言った。

「腰、浮かしてくれないか?スカートとパンツ脱がせられない」

 あ、と我に返って浮かせた。鹿島の手が腰の伸びて来たと思ったら、スカートのホックを瞬時に外し、パンツとストッキング事一気に脱がされた。

 しかし、ブーツが邪魔をして膝下以下までは下げられない。

「まあいいか。この儘でもできるし」

 ん?と思った。甘い言葉の一つも囁かないのか?と。

「じゃあ行くZE!!」

 何で最後がアルファベットなのかも理解できなかったが、もっと驚くべき事が!!

「もう避妊具付けている!?」

「裸の男に許された、唯一の装備だからさ」

 なんか「フッ」とか言ってゴムのお帽子を装備したそれを見せられた。

 いやいや、そんな事よりも!!

「キスとか前戯とかない訳!?」

「そんな事言ってもさ、もう、君の方は準備は整っているようだぜ?」

 全くそんな事は無い。愛撫も無しでそんな状態にはならない!!

「ちょ!!流石にこれはいてええええええええええ!!?」

 全く準備が整っていないのに無理やり、というよりも勢いよく突っ込まれた!!

 こんな事は生前に無かった!!と言うよりも、そんな真似するか普通!?もっと楽しみたいんじゃないの!?

 痛くて涙ぐんだのは初めて以来だった。死んだ後にも尚そんな痛みを感じるとは思っても見なかった!!

「ちょ!!マジ痛いから抜いて!!やめて!!」

「はあはあ、はあはあ、気持ちいい?」

 馬鹿じゃねえかこいつ!?痛いって言ってんだろ!!

「ホントに痛いからちょっと待って!!」

 その時鹿島の腰の動きが止まった。色情霊は安堵した。漸く聞き入れてくれたのかと。

「…………………………………………………………………………ふう」

「まさか、もうイッたの!?」

 そのやり遂げた顔は正に事後!!まだ三擦り半くらいなのに!?

「大丈夫大丈夫。まだ……」

 ま、まあ、そうだよな。流石に三擦り半は無いよな?

「避妊具は沢山あるから」

「やっぱりイッたのか!?早すぎるだろ!!」

 以前童貞を襲った事があったが、流石に此処までは早くなかったぞ!!

「男は時に質より量なのさ」

 やはり「フッ」とか言って漸く抜いた。そのカッコ付けているつもりのキメ顔がムカつくが、今は抜いてくれた事に安堵した。

 なんで精気を吸い取るつもりが股を痛めなきゃなんないんだ!?こっちのダメージなんか初めてだ!!

「アンタ、ちょっとは気を遣ってくれなきゃ困るよ!!私(色情霊)だったから良かったものを、女の子(若槻)はマジにダメージ負っているんだからねって寒いいいいいいいいいいい!!?」

 窓を開けやがった鹿島。そして丸めたティッシュをぽいと。ティッシュは風に乗って瞬く間に後ろに流された。

「何やってんのアンタ!?まさか使ったアレを捨てたんじゃないよね!?」

「え?だってそのまま車の中に置いていたら臭いじゃん?」

「お前が出したものだろ!?」

 遂に色情霊は気を遣っていたのをやめた。いや、緩んで地が出たと言うべきか。「アンタ」から「お前」にチェンジした瞬間だった。

「じ、じゃ終わった事だし、もう帰「さて、二回戦行くか」もう装備してる!?」

 いつの間にか、鹿島の股間にはゴムのお帽子が装着されていた。早いなんてもんじゃない、その動作すら見えなかった。いや、気付かなかった!!

 し、しかし自分は色情霊、精気を吸い取り、殺す悪霊。この様に下心のみの煩悩男は寧ろ好物。

「い、いいよ。だけど次は優しく、時間を掛けてだからいてええええええええええええええええええええ!!!」

 妖艶にしなを作って注意を促した筈が全く聞いちゃいなかった。

「はあはあ、はあはあ、気持ちいい?」

「だから痛いって言ってんだろ!!自分だけ気持ち良くなってもしょうがないんだよこう言うのは!!」

 色情霊で祟る筈の自分がなんで常識を言わなきゃならないのか理解に苦しんだが、痛いのだから仕方がなかった。

「…………………………………………………………………ふう」

「また!?早いし自分本位過ぎない!?」

 何の躊躇も恥じらいも無く、更に言えばムードも減ったくれもなく、もっと言えばデリカシーも無い上にテクニックも常識も無く、女に対する気遣いすらない鹿島に、色情霊は呆れた。

 もういいや。こいつはいらない。早々に殺して他の男を捜しに行こう。

 そんな訳でパンツを上げて首でも締めようと思ったその時!!

「じゃあ、三回戦行くか」

「行かねえよ!!馬鹿じゃねえの!?お前みたいな馬鹿男とはもうしないよってだから痛いってば!!」

 また無理やり突っ込まれた。股がジンジン痛むどころかズキズキ痛んだ。

「やめろ!!これはもうレイプだぞ!!女の子はデリケートな物なんだよ!!」

 涙目でバタバタ暴れた。死んで尚こんな目に遭うとは思ってもいなかったので、ちょとしたパニックになった。

「…………………………………………………………………ふう」

「助かったけどやっぱり早すぎる!!!」

「さて、四回戦だな」

「だからしないって言ってんだろ!!つかどんな回復力だよ!!本来なら色情霊としてウェルカムなんだけどだからいてえっつってんだろ!!!!」

 こんな感じで翻弄されて、鹿島の動きが漸く止まったのは、ゴムのお帽子一箱使い切った時だった。

「はあはあ、はあはあ、良かったかい?」

「良くねえよ!!良かったのは自分だけだろ!!」

 涙目で訴えた。いや、泣いて訴えた。

「俺達、身体の相性がぴったりだよな」

「どこが!?つかお前と相性が良い女なんかいねえだろ!!居たら顔見てみたいから連れて来い!!」

 何の躊躇も恥じらいも無く、更に言えばムードも減ったくれもなく、もっと言えばデリカシーも無い上にテクニックも常識も無く、女に対する気遣いすらないのに、ポジティブ加減は最上位の鹿島に怒りを覚える。

 しかし、十二回戦も戦ったのだ。普通ならもう戦闘不能な状態になっているだろう。これ以上痛めつけられる事も無い。

「もう0時になりそうだな」

「え?ああ、そうね。じゃあとっとと帰りましょう」

 パンツを上げながら答えた。鹿島とバイバイする事ばっかり考えていた色情霊。こいつの地元に戻ったら他の男を捜してそいつを殺して……いや、その前にこいつを殺して……うん、殺そう。鈍器のようなものは無いかな?

 単純に撲殺する事を選んだ。こんな馬鹿の精気なんかいらないと。

「0時になった。明けましておめでとう」

「ん?ああ、そうね、おめでとう」

 ストッキングを上げて、スカートのホックを止めながら答える。

「じゃあ姫始めしようか」

 ………………………………………………………


「はあ!?」

 それはまさしく「はあ!?」だった。十二回戦もぶっ続けで行ったばかりなのに、またこれから!?

「ち、ちょっと待て!!こっちはもう限界……」

 主に股が。これ以上だったら先にこっちが死ぬ!!

「そんな事言って。もう脱いでいるじゃないか。期待しているんだろ?」

 嫌らしくニヤニヤ笑いながら。いや、下半身はもう履いたし、上半身はこれから……

 その旨を伝えようとした。しかし!!

「その気の女に恥をかかせないぜ。俺は女心を知る100選という本を熟読しているんだ。こういう時は女の方に勇気がないから誘って欲しいとの裏返しなんだろ?」

「その本一度読ませて。マジで」

 その本のせいでこんな男が誕生したのか?だったら著者をぶち殺したい。

「いいぜ。帰ったら『俺の家』でゆっくり読ませてあげるよ。書いたのも俺だけど」

「お前が書いたのかよ!!勝手な妄想で、勝手な思い込みで書いたんだろ!!つか、『俺の家』って不安しかないんだけど!!」

 こいつの家に行ったら24時間犯され続けられる!!そんなのは死んでもごめんだ!!もう死んでいるけど。

「いや、実際誘っているじゃないか。上半身もう脱いでいるし」

「これから着直そうとしてんだよ!!お前が強引に引っぺがしたままだろコレは!!」

「その下着、可愛いね」

「今更!?何もかもが遅すぎる!!」

「その可愛い下着、下も見たいな」

「お前さっき強引に下ろしただろ!?その時見たよな絶対に!?」

 口説き文句(?)としては間違いじゃないと思うが、順番が全く違う!!

「え?強引の方が好きだって?」

「いつそんな事言った!?お前強引に下ろしたって話をしたんだろって、スカートに手を掛けるな!!」

 バタバタ暴れた。これ本気でレイプだ。訴えたら100パーセント勝てる!!

 決死の抵抗のおかげか、鹿島が離れた。安堵した。諦めてくれたのかと。

「そうか、つまりはこう言う事か。付き合ってからじゃないと身体は許さない。と。愛の無い行為は意味がないと」

 一人納得して頷く馬鹿に猛烈に突っ込んだ。

「さっき十二回戦もやっただろうが!!しかもお前はただ突っ込んだだけだ!!そこにどんな愛があると言うんだよ馬鹿野郎!!!!」

 肩で息をして、声を荒げて。

「大丈夫。俺はもう回復したから。だから気遣い無用だ」

「誰がお前に気なんか遣っているんだよ馬鹿野郎!!一回脳外科に行け!!」

「え?お医者さんごっこがしたいって?」

「誰がそんな事言ったんだ!?脳外科からその連想に至ったのか!?」

「だけど、君がイクのに協力するのは吝かじゃない」

「脳外科に行けって言ったんだよ!!イクじゃねえよ!!つか、一人で勝手にイッたのはお前だろ!!こっちは痛みしか感じなかったってんだよ!!!」

「え?一緒にイキたいって?」

「微塵足りとも言ってねえ!!だからスカートに手を掛けるなって!!マジかお前!?」

 色情霊は驚愕した。シートにお尻をピッタリつけてデフィンスしていた筈が、パンツとストッキング事強引に下ろされたのだから!!

 あんな貧弱な細腕で、しかも自分が憑りついてパワーも上がった身体に対してそんな事を行えるとは!!

「またブーツによって全部下げるのは阻まれたが、これはこれで風情がある」

「風情の使い方が絶対に間違っている!!それはそうと、やめろって言ってんだろってもう装備してる!?」

 鹿島の股間には、ゴムのお帽子(二箱目)が装備されていた。いつ新しい箱に手を掛けたのか、全く気付かなかった。さっきまで自分と攻防を繰り広げていたにも拘らずに、僅かな時間すらなかったのに!!

「ちょ!!ここまで来たからにはもう諦めるけど、せめて優しいてええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「はあはあ、はあはあ、気持ちいい?」

「だから痛いだけだって言ってんだろ!!!慣らしてくれってば!!一応私の前にも経験はあるんだろうが馬鹿野郎があああああああああああああああああ!!!」

「…………………………………………………………………ふう」

「早いのは仕方ないけど少しは頑張ろうって気はないのかよ!!自分ばっかだよなお前は!!」

「じゃあ次に行こうか」

「本気で勘弁してええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 本気の本気で懇願した。ホントにもう一度死ぬんじゃないかと思ったからだ。

「ちょっと休みたいって事か?」

 高速で何度も頷いた。ダメージを連続で喰らうのはもう嫌だ。

「確かに、愛の抱擁によって車内の匂いが凄い事になっているし、換気も必要だからな。少し空気を入れ替えてからもう一度行為に及ぼう」

 愛なんかないだろと言いたかったが堪えた。股のダメージ云々。

 鹿島は窓を開けた。当たり前だが超冷たい空気が入って来て、全裸なのでバカみたいに寒い。

 しかし、その時ミラクルが起こった。

「ああっ!!ゴムのお帽子が全部外に吹っ飛んでしまった!!」

 換気目的で全ての窓を開けた結果、鹿島の防具、いや棒具が外に飛んでしまったのだ。

 これはチャンスだ!!

「こ、これじゃもうできないよね?言っておくけど、避妊無しは絶対に嫌だからね」

 いくら馬鹿でもその後の人生を棒に振るような真似はするまい。行為には責任が伴うのは常識中の常識だ。避妊もしないで妊娠もしないのはエロ漫画の世界だけだ。

「大丈夫だ。付き合えば責任も取りやすくなるってものだから」

 ………………………………………………………


「はああああああああああああああああああああ!!?」

 本気で意味が解らなかった。こんな目に遭わせておいて、どの口が言うのだろうかと。

「そんな訳で生「それは絶対に嫌!!!!」」

 自分の身体では無いとは言え、こんな馬鹿の子供を孕んだとしたら、この女が可哀想過ぎる!!

「大丈夫だ。付き合ってくれるんだろ?」

「避妊無しは絶対に嫌!!」

「付き合うんだろ?」

「嫌だって言ってんだろ!!どうしてもって言うんならこの猛吹雪の中さっきのゴム探して来いよ!!」

「それはつまり、棒具を持って来れば付き合うって事だよな?」

「出来るもんならねってマジでかお前!?」

 鹿島は全裸なのにも関わらず、全く躊躇しないで外に出た。靴すら履かないで、真っ新の産まれた儘の姿で!!

「本当に探しに行った―――!!!」

 色情霊は白目を剥いて卒倒した。こんな馬鹿な男は見た事がない!!

 え?あれ死んじゃったら自分の責任になっちゃうの?ああいや、殺す目的があったんだから死ぬのはいいとして、目的からかなりかけ離れてしまったような?ああ、いやいや、撲殺しようと思ったんだから別にいいのか?

 何が何だか解らなくなり、思考がグチャグチャしてきた。

 と、兎に角、窓を閉めなければこの女が風邪を引く。

 本来ならそこまで気を遣う事は無い筈の悪霊だが、なぜかこの時ばかりは若槻の身を案じて窓を閉じた。

「おまたせ」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 窓を全部閉めたと同時に戻って来た馬鹿。この寒い中、雪なのか汗なのか、全身ぐっしより濡らしながら、息を切らせながら。

「いや~、どうにか新しい箱は見つけ出せたけど、二箱目は見付けられなかったよ」

「そ、そう……」

 色情霊の全身が震えた。単純な恐怖で。

 あの視界確保すら難しい猛吹雪の中、どこに飛んで行ったのか方向すら解らないであろうに、こんな小さな箱を見付けた?

 しかもこんな短時間で?

「じゃあこれで付き合ってくれるんだよね?」

「う、うん……」

 うんとしか言えなかった。目の前の銀河最強の馬鹿野郎に対して、完全に戦意を失った瞬間だった。

 その後、箱の中身を全部使い切るまで犯され続けた。レイプ目になったと実感もした。

 時間的には短い時間だったのだろうが(三擦り半だし)、永遠に続くであろう地獄そのものに感じた。

 どうやって帰ったのかも覚えていない。気が付けば女の家であろう前に立っていた。

 そこで漸く安堵して、身体を自分で抱える様にしてしゃがみ込んだ。

「ま、マジかあの男……悪霊の私を此処まで追い込んだのか……」

 ガタガタ震えた、涙も流した。鹿島 雄大によって植え付けられたトラウマは、某肉の芽のように肉体も精神も縛られた。勿論恐怖によって。

「も、もう、今後一生、あの馬鹿野郎には近付かない。近寄らせる事すらしない……」

 そう、決意して、重くなった身体をどうにか起こして家に入った。

 そして色情霊は、悪霊になってから初めて疲れ切って本気で爆睡した。ともすれば、この儘死ぬんじゃないだろうか、と不安を抱えながら……

 目が覚めたのはスマホの着信音だった。覚醒していない頭でその電話に出た。

「もしもし……」

『あ、俺だけど』

 一気に覚醒した。同時に血の気も失せた。

 なんであの馬鹿野郎がこの電話番号を知っている!?

『昨日連絡先を交換しといて良かったよな。早速デートの約束も出来ようものだし』

 そうだった。一刻も早く解放されたかったが故に、連絡先を交換して早々に家に送れと頼んだ事を思い出した。

『早速だけ「ごめん、好きな人が忘れられない」……………うん?』

 咄嗟に出た口から出まかせの言葉だか、構わずに続けた。

「こんな状態のまま付き合うなんて事は出来ない。私よりもあなたに相応しい女の子って絶対に居るから、私みたいな糞ビッチの事は忘れて」

『いや、お前が糞ビッチなのは今更だから別にいいけど、好きな人って俺だろ?』

 ブチブチと血管が切れる音がした。糞ビッチって、仮にも付き合ってくれと言った女に対しての言葉じゃねえ!!しかもいきなり『お前』呼ばわりかよ!!つか、好きな人が自分ってどんだけ自信に満ち溢れているんだよこの馬鹿野郎!!

「いや、アンタじゃなく……えっと、星川君?」

 若槻の思考の中にあった適当な名前を述べた。

『いやいや、お前星川に振られたじゃんか。だから好きな人は俺だろ』

 振られたからって、なんでお前みたいな馬鹿を好きになると言うのだろうか。

「ま、まあ、そこはどうでもいいでしょ。兎に角こんな状態のまま付き合えないから」

『大丈夫か?何か悩んでいるようだけど。何なら今からホテルに行って愛し合って悩みを吹っ飛ばしてやろうか?』 

 その悩みの種がお前なんだよ!!なんで元凶に慰めて貰わなきゃなんねえんだ!!つか昨日散々したのに、まだするってのかよ!!色情霊真っ青な精力だよお前は!!

「いやあのね。他に好きな人がいるから」

『そんなに俺を好きなのか……やっぱり今から家に行こうか?』

「だからあ!!何回も言ってんだろ!!他に好きな男が居るんだよ!!お前なんかお呼びじゃねえって言ってんだ!!」

『解った。今から行く」

 ガチャリ、と電話が切られた。色情霊は真っ青になって震え出す。

 あの男に関わったらこっちが精力が枯れて死ぬ!!

「ど、どうしよう……今から馬鹿野郎が家に来る!!それを阻止するためには……」

 生前の記憶から当てにならないと知りつつも110当番に電話を掛けた。

「も、もしもし!!今からストーカーが家に来ると連絡があったんです!!助けてください!!」

『まあ、まあ、住所と名前を。あなたの勘違いだとは思いますけど、念の為に近所を巡回させますんで』

 やはりやる気が無い返答だったが、住所と名前を述べた。

『……その住所付近って……ストーカーの名前、解りますか?』

 なんかいきなりやる気になってくれたように思えた。なんでそうなったのかは解らないが、真摯に対応してくれるのなら是非も無い。

「か、鹿島、鹿島 雄大『やっぱりかあの野郎!!何度迷惑行為をすれば気が済むんだ!!』」

 電話向こうの警察官が切れていたと言っても差し支えなかった。自分の様に、こんな迷惑を掛けられた女が多いと言う事か?

『今から伺いますが、鹿島が来ても決してドアを開けない様に!!窓も全部閉めきって!!二階の窓も!!』

「は、はい。あ、あの、二階の窓は流石にないんじゃ?」

『鹿島 雄大は手を掛ける所も足場も無いマンションをよじ登って12階の部屋に侵入しようとした事もあるんです!!』

「解りました。指示に従います」

 馬鹿に常識は通用しない。知っていた筈なのに、警察官の言葉で更に確信を得た。

 よって窓と言う窓を全部閉めきって鍵を掛けて毛布を頭から被ってやり過ごすことにした。

 

 ピンポーン

  

 来た!!やって来た!!銀河最強の馬鹿野郎が私を殺しにやって来た!!

 ガタガタ震えて居留守を使い、やり過ごそうとした。

「俺だ。お前の愛すべき男、鹿島だ。悩み事があるんだろ?抱いて忘れさせてやるぜ」

 全身が泡立った。抱いてって、もう気持ち悪くて声も聞きたくなかった。

「どうした?コンビニかな?多分そうだな。愛する俺を持て成そうと買い物に出たに違いない」

 この場面の馬鹿脳は有り難かった。買い物に出たのなら出直すのだろうと思ったから。

「じゃあ帰ってくるまで家の中で待たせて貰おうかな。外寒いし」

 身体が硬直した。誰もいない他人の家の中に勝手に入ってこようとするのか!?それもそうだが、あの猛吹雪の中、全裸で外に出ただろうに、外は寒いとは一体言う事だ!?


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ


 ヒィイイイイイイィイイイイイイ!!本当に入ろうとして玄関の取っ手を回してる――!!しかも何度も!!

「鍵を掛けているようだな、まあ、物騒な世の中だ。それもそうか」

 物騒にしたのはお前だろ!!と突っ込みたかったが堪えた。声を出す訳にはいかないから。

「どこか窓が開いてないかな?二階とか」

 本当に窓から侵入しようとしているのか!?本気で!?間違いなく!?


 ガタン


 今塀に上がった音がした!?え!?ちょっと本気で!?

「ちょっと屋根から離れているが、根性でどうにかなるだろ」

 マジで入って来るんだ!!マジで!!マジでやめてマジでやめてマジでやめて!!

 震えが増した。恐怖で涙も出た。歯を食いしばってそれに耐えた。

「おい!!お前何している!!」

「え?おまわりさん?いや、ここは恋人の家で」

 やった!!助かった!!警察が来てくれた!!

 感極まって玄関に走った。そして開錠して外に飛びだす。

「ああ、若槻。良かった居てくれて。あれ?買い物に出たんじゃなかったのか?まあいいや、助かったのは事実だし。このおまわりさんに言ってくれないか?恋人だ「その男がストーカーです!!施錠しているのに何度もドアを開けようとしていましたし、今まさに屋根に昇って窓を開けようとしていましたし!!」ええええええええええ!?」

 目を剥いた鹿島。昨日、というか今朝の深夜までゴムのお帽子二箱以上消費して愛し合ったのに!?

「ちょ、俺達は元旦を以て付き合う事になった「好きな人がいるからと何度も断ったのに、それでも執拗に迫って来るんです!!」ええええええええええ!?」

「だ、だって昨日はお互いの「レイプまでされました!!」ええええええええええ!?」

 裏切られた気分だった。レイプじゃなく完全同意の恋人同士の熱い肉体的愛情表現だった筈だ。

「またか!!これで何度目だ貴様!!今度こそ刑務所にぶち込んでやるからな!!」

「ちょ、ちょっと待って!!若槻もなんか言ってよ!!愛し合っているんだって!!」

「いっそ死刑にして二度とその姿を視界に入れないようにしてください!!「ええええええええええ!?」」

 鹿島はパトカーの中に連行された。そしてパトカーが走り出す。その様子を見終ったと同時に膝を地面に付いた。そしてガックリと両手も付いた。

「こ、これで終わった……?い、いや、解んないよな……あの馬鹿野郎と顔を合わせないようにする為には……」

 鹿島と関わって死にながらも後悔した色情霊は、まだ出くわす可能性を排除するために、この日から部屋に閉じ籠った。

 引き籠りとなった自分の娘を見た母は、それをどうにかしたいと、遠いどこかに出て行って二度と地元に帰って来ない事を条件に、示談に応じた。

 しかし、トラウマは簡単に払拭できない。若槻は、いや、色情霊は、さがである精気の吸い取りを自慰によって補いながらも、決して外に出る事は無かった……

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