年末の出来事

 若槻は少しぽっちゃりしているが、可愛い顔をしているので意外とモテる。それを鼻に掛けている訳じゃないが、男との交流は多い方だ。

 それは性的な事も同じで、声を掛けられたら意外と簡単に付いて行き、快楽を得ていた。

 そして、それは男友達にも知れ渡っていた事で――

「ねえ塩田、今年も忘年会みたいな事やるんでしょ?私も混じっていい?」

 男友達の一人、塩田に電話でそう催促していた。若槻は遊ぶ男には困っていないし、寧ろ誘われてほいほい出かけるような女だが、彼氏はここ数年できていない。まあ、これは誰にでも股を開くような女と付き合いたくないし、紹介もしたくないと、男友達に敬遠されているからだ。

 更に女友達にも敬遠されている。彼氏が欲しいとコンパに混じると、簡単に夜を共にできる若槻に人気が集中して、女友達も面白くない思いをしていたからだ。しかし、その程度の男だと知らせてくれた事には感謝しているようだが。

『あー……もうそんな時期か……だけど、俺って30日まで仕事なんだよな……今年は俺自身参加出来ないかも』

 毎年参加している塩田は、今年は超多忙で30日までキツキツ状態だった。下手をすれば次の日にまでずれ込む恐れがある。こんな状況で他の予定は入れられなかった。

「そのくらい何とかしてよ。星川君来るんでしょ?なんなら星川君だけでいいけど」

 塩田の友人の星川はイケメンで女に人気があった。当たり前の様に若槻も狙っている。しかし、イケメンで気の利く星川は彼女を切らせた事が無かった。今回たまたまフリーになったとの情報を得て、何とかゲットできれば、と思っていた。

『お前、星川に振られたんじゃなかったっけ?確か夏あたりに』

「あれはアンタ等とキャンプに行くから遊びに行けないって断られただけ」

 星川としてはやんわり断ったつもりだが、若槻はそう捉えていなかったようだ。いや、気付かない振りをして次のチャンスに備えていた。

『何をどう思おうがお前の勝手だけど、幹事が居ないからな。仕切る奴がいないと何もできない』

「だから、塩田が」

『だから、30日まで仕事だって』

「だから、31日に」

 こんな問答を繰り返し、31日に暇な奴だけを呼んで適当に盛り上がる事になった。

 そして若槻は31日の忘年会に参加する事が決まった。

 で、31日、夜7時。全国チェーンの居酒屋に面々が集まった。忙しい塩田に代わって星川が全部手配をした。集まる面子を。

 よってフリーな筈の星川の彼女とやらも参加した。

「ちょっと!!あれってどう言う事なの!?」

 若槻は小さい声で怒鳴った。

「彼女出来たんじゃねえの。あいつ女切らせた事無いから」

 どうにか予定の30日で仕事を終わらせた塩田が欠伸を噛み殺して梅サワーを口に運ぶ。その隣の彼女が勝手に注文した物だ。

 星川が呼んだ面子は時期も時期だったので参加できる人は限られた。フリーな彼氏欲しい女は若槻一人だけ。他は全員恋人、もしくは夫婦で参加していた。

 しかも今日は31日。集まった面々もこの一次会で帰る人達が殆どだった。

「まあ、男欲しいんならフリーが一人いるから、そいつ狙え」

 顔を向けた塩田の先は、部屋の隅っこで体育座りしてズーンとなっている、半端なオールバックの小男の姿。

 その目線を追った若槻が瞬時に目を反らせた。

「鹿島君はちょっと……」

 その男こそ、忘年会前に超かわいい処女で床上手の彼女をゲットして友人達を羨ましがらせると息巻いていたのに、結果一人で参加する事になった鹿島 雄大!!

 若槻は所謂ビッチだが、可愛い顔でそこそこ人気がある。ビッチ故に敬遠されているだけだが、鹿島は違う。

 鹿島は馬鹿だから敬遠されているのだ。聞いた話では、一週間前に滑れもしないのにスキー場に行ってリフトに乗れずに(タイミングが掴めなかったとの事)ラウンジで迷惑行為(本人曰く、ナンパ)して店員さんに摘まみ出されたとか。因みにスキーの用具一式は、この日の為に全てリサイクルショップで揃えたとか。

「よく鹿島君を呼んだよね。彼、敬遠されているんでしょ?」

「全員彼女、彼氏持ち。もしくは結婚している奴だからだろ。流石のあいつも友達の女にちょっかいは出せない」

 そこの分別は付いているとの事。言ってしまえば友人の彼女の友達狙いに切り替えただけだが、鹿島伝説はこの町では知れ渡っている事から、思うように事が進んだのは皆無である。

 さて、宴会が始まった。友人達は思い思いに適当に喋った。時には恋人と、その恋人の恋人と。フリーじゃない余裕で普通にはしゃげた。がっつく必要がないのだから。そもそもこの集まりはコンパじゃない。友人達が集まって飲み食いしてただ喋る、ただの忘年会だ。

 フリーの若槻は話題を振られても適当に返す事しか出来ない。だって彼氏がいないから、妙な疎外感があったのだから。

 そして、話題を振られても、結果自分が弄られる事になる男、鹿島。結果ふて腐れて大量に注文しかから揚げ(みんな食べるだろうを気を利かせて10人前も頼んだが、誰も口にしなかった。そもそも宴会コースの料金なので、殆どが揃っている)を消費する事に勤しむ事くらいしか出来ない。

 そんな疎外感の二人が遂に邂逅した。当たり前だが鹿島が動いたのだ。

「ここいい?」

 鹿島は今回の集まりの面々を見た瞬間、全員が彼氏持ちだと思い、友達狙いにチェンジさせていたが、今までの所業を弄られて頼む事が出来なかった。よってふて腐れてから揚げの処理をしていたのだが、ハムスターの回し車の回転率が誇る鹿島の脳内に一つの計算が立った。

 この集まりの参加者は10名。全員彼氏持ち、もしくは旦那持ちの筈だ。星川が自分の為に出会いの場を提供する筈がないのだからそうなる。いや、そうしたのは他ならぬ自分の所為なのだが、兎も角そこは置いといて、自分を含めて10人なのがおかしい。だってフリーは自分一人しかいないのだから、合計で9人になる筈だ。

 場を見ると、男女比が完璧だ、つまり男5に女5。

 よってフリーの女が一人紛れている事になる!!

 鷹の様な目で監視を監視すると、塩田の隣にいる女がつまらなそうにビールを呷っている姿が目に入る。

 あれは……若槻だったっけ?塩田の友達の?

 あいつ、若槻と付き合ったのか?いや、そんな筈は無い。塩田の女はその隣で焼き鳥を櫛から解している女だった筈だ。

 じゃあ若槻がフリーか!!

 鹿島にも当たり前の様に届いている情報。若槻はフリーダムのビッチである。男関係は激しいが、彼氏がいた事は殆ど無いと。

 ならば俺が彼氏になって、若槻を幸せにするしかないじゃないか!!

 言っておくが、若槻は不幸だと零した事も無ければ思った事も無い。しかし、鹿島の頭の中では、フリー=寂しい=よって簡単に股を開く=不幸。よって自分が幸せにしなければならないとの論法が成り立った。

 ならば動くしかない。目の前で泣いている不幸な女を救え!!その右手だけの慰めに、金を払って得る快楽に終止符を打て!!

 超邪な期待だけの笑みを浮かべて、同意を得る前に若槻の横に座る鹿島。

「おい、俺の隣じゃなく壁の方に座れ」

「うん?ああ、うん」

 塩田に鬱陶しがられて隅に追いやられるも、若槻の隣なら全く問題無い。寧ろ逃げ場が無くなってやる気も倍増と言うものだ。勿論、ヤル気のな!!

 さて、ここは和気藹々の場だ。いきなりがっつくような真似は逆効果。ならば得意のトークテクで少しずつ盛り上がって行こう。

「こんばんわ。福○雅治です」

「ああ、どうもこんばんわ。あの、一つ聞いていい?」

 おお!!これはメアドとかケー番を聞こうとの事か!?

「何なりと」

 紳士をイメージした顔で、頬杖しながら答える。しかし、テーブルに並べられた料理のおかげで肘がなかなか付けない。狭いスペースを探して肘をついたが、右と左が離れすぎてかっこいい頬杖ポーズには至らなかった。

「星川君っていつ彼女が出来たの?」

「うん?解らないが、俺はフリーだから付き合おうか?」

 全く以ていつも通りだった。がっつく行為は逆効果だと自分でも思った筈なのに。

「ああ、えっと、星川君がいつフリーになるか教えてよ?」

 こっちもなかなかのタマだった。鹿島何ぞ眼中にないのが丸解りだった。しかも彼女がいる男を狙っているとは。しかも未来の話だし、聞いた相手が鹿島だし。

「それも解らないが、俺はフリーだから付き合って」

「略奪しようとかも考えた事もあるけどさ、するんならされてもしょうがないじゃない?だったら星川君と付き合っても、いつ誰かに取られるかと思ったら気が気じゃないじゃない?」

「俺はフリーだから略奪する手間が無いよ。付き合っちゃおうか?」

「星川君ってイケメンじゃない?鹿島君はそうじゃないよね?」

「そんな事は無い。俺は福山雅○に似ているってよく言われるんだ。飲み屋のねーちゃんに」

「それって営業だよ?本心じゃないよ?」

「俺は本心で君と付き合いたいんだが。だから付き合おう。大丈夫だ。身体の相性を先に済ませれば全て解る」

「身体の相性は大事だよね。星川君とならセフレでも全然いいんだけど、何なら鹿島君からそう言ってくれない?」

「大丈夫だ。俺はうまいから。ソープのねーちゃんにそう褒められた事もあるし」

 何つう会話をしているんだと、隣の塩田が苦い顔をした。隣の彼女は解した焼き鳥を堪能するのに忙しいらしくて、その会話を聞いていなかったのがせめてもの救いか。

 なんやかんやでこんな会話をお開きの時間まで続けた両名。二次会は無しなので、そのまま帰る事になる訳だが……

「二次会はカラオケでいいよね。星川君、行こうか」

 若槻に彼氏の名前を名指しされてこめかみに青筋が立った隣の彼女。それに気付いて青い顔になる星川。

「二次会は無いんだよ。カラオケ行きたきゃ一人で行け」

 塩田がイラッとした表情で割って入る。年末の忙しい中、みんなこれ以上付き合っている時間は無い。暇でロンリーな若槻や鹿島とは事情が違うのだ。

「塩田に話していないけど」

 あ、そう、と、丁度停車していたタクシーに乗る塩田とその彼女。

「悪いけどお先に。昨日までハードだったから疲れてさ」

「ちょ、俺達も同じ方向だってば」

 慌てて星川とその彼女も乗り込んだ。そして若槻の方を一切見ずに、「じゃあなー。良いお年を」と言ってタクシーを走らせた。

 二組のカップルも同じ方向のようで、タクシーに乗ってとっとと帰ってしまった。鹿島の方なんか一切見ないで。

 場には若槻と鹿島の二人が取り残された。共に独り身の年末。しかし両名の表情は全く違っていた。

 若槻の方はやっぱり諦めきれなかったので極小のチャンスに賭けたが、案の定叶わず瞳のハイライトが消えた。

 一方鹿島は二人っきりになったチャンスを神に感謝し、流れる涙を隠すよう、空を見上げていた。

「まあ、仕方がないか。彼女いる人を誘ってもね。セフレでも全然いいけど、流石にあそこでセフレにしてとは言えないし」

「そうか。俺はセフレじゃなく恋人の方がいいけど。という訳で俺と付き合おうか」

「まだ言ってるの?居酒屋からそれしか言ってないよね」

 うんざりしてキョロキョロと何かを探す若槻に、鹿島が訊ねた。

「なにか探しているのか?俺としっぽり行けるホテル?」

「帰るからタクシー探してんの」

 タクシーを探す必要はない。なぜならば。

「(ホテルでしっぽり行った後に)俺の車で送って行ってやるけど」

「え?鹿島君呑んでなかった……そういやそうだったよね。烏龍茶とかコーラだけだったような」

 更に言えばから揚げしか食べていなかったような気もする。自分が頼んだ物だから全部食べなきゃ勿体ないとの理由で。

「そんな訳で飲酒運転にはならない。法律は犯していないって事だ」

 正直鹿島の横に乗るのはかなりの抵抗がある。鹿島を知っている女なら100パーセント断るだろう。

 しかし、若槻は違った。想い人には恋人がいた。起死回生でカラオケに誘ったが叶わなかった。その自暴自棄もあったのだろうが、一人になりたくなかった。

 集まった面々はみんなカップルだった。全員笑顔だった。自分だけはその笑顔が無かった。

「じゃあ、まあ、お願いするわ」

 若槻は鹿島に送って貰う事にした。乗った直後、カラオケに誘われたら行くし、ホテルに誘われたら多分行く。寂しいのはもう嫌だ。

「お、おうそうか!?じゃあ駐車場はこっちだから!?」

 自分で誘っておいてなんだが、鹿島も驚いて声が裏返っていた。こんなにすんなり行くのは多分5年ぶりくらいだったから。

 これは、間違いなく彼女が出来るチャンスだ。此処でがっついたら全てが終わる!!ここは慎重に事を進めて好感度を更に上げるのが吉だ!!

 鹿島の顔に笑顔は無かった。こんな鹿島は超珍しい。まずはホテルを捨てた鹿島も珍しい。寧ろ奇跡だ。

 それ程までに、このチャンスに賭けていた。若槻はちょっとぽっちゃりだが、肉付きが良いグラマー体型だと言える。このチャンスを物にすれは、後は未来永劫、その身体を堪能できる。

 アプリ等で知り合った女は、全員先行投資の意味合いで支払った金だけ持って消えた。困っていると言うから助けたのに、仇で返された。

 街中、時には他の市、もっと言えば他県にまで手を広げておこなったナンパは悉く失敗し、必要経費だけが嵩んで経済的に厳しかっただけで、成功した事は無かった。

 今までの失敗が頭を駆け廻る。マジで!!本当に!!このチャンスを生かさなければ後悔する!!

 駐車場で鹿島は車の助手席のドアを開けてエスコートした。満面の笑顔を忘れずに。当たり前のように素直に乗った若槻の方は実に慣れている様に思える。

 さて、ここからが問題だ。勝手に連れ回したら好感度が下がるのみ。さり気なくドライブに誘導して……

「どこ行く?カラオケは二人じゃ盛り上がらないから却下だし、ファミレスとはお腹いっぱいだから却下」

 超驚いて目を剥いて若槻を見た。この女、自分から誘って来た!?

 こんな現象は稀有なれど、いやいやいやいや、ちょっと待て此処でいきなりホテルは願っても無い事だけど、さっきも思ったように、このチャンスは逃してはいけない。今は好感度をMAXまで上げる事が最優先だ。

「まあまあ、取り敢えず海に行こうか?初日の出を見るのは海が一番いいからな」

「ふうん……それでいいけど、海って県内の?」

 頷く。その通りだからだ。

「まだ今年だし、海に着いても時間が余っちゃうし、更に言えばこの県は日本海側だから初日の出は山側になるけど」

 時間が余る事は無い。何故なら俺のトークテクによって時間が経つ事を忘れるくらい盛り上がるのだから。

 しかし、初日の出は山側だって言うのが盲点だった。言われてみればその通りだったのを、今更ながら思い出す。

「ならば太平洋側に行こう。県を跨いで初日の出を見るなんてなかなかレアじゃねえ?」

「いいよ初日の出は。海だったらそこに行こう」

 初日の出がいらないのはまあいいとして、自分から誘って来ただとこの女!?

 さっきから起こっている奇跡に戸惑いながらも海に走らせる鹿島。ここからなら車で1時間ちょいって所だが、奇跡はそう簡単に続かない。

 出発して5分くらい経過した時に、いきなり雪が降り始めたのだ。さっきまでちらついてさえいなかったのに。

 まあ、そこは北国では珍しい事ではないが、更に5分後、風が強くなり始めた。

「吹雪いて来たね」

「そうだな……」

 こんな吹雪の中、海を見に行くのか?そんなんで好感度が上がるのか?

 そう、疑問に思いつつも車を走らせる。道中退屈させないようにトークテクを……

「鹿島君ってさ、色んな女の子に声を掛けているよね。ナンパ失敗の面白エピソードとかない?」

 向こうから話を振って来ただと……!!しかし、なんで女に声を掛けまくっている事がバレているのだろうか?内緒に行動していたのに。寧ろ暗躍していたと言うのに。

「そうだな……最悪だったのは結婚詐欺に引っ掛かった事か?」

「詐欺とはまた、穏やかな話じゃないね……」

「その女とは、まあ、マッチングアプリで知り合ったんだけど、出会って直ぐにあなたの子供が欲しいから抱いてとか言われてホテルに行って。まあ、行為をしたんだけど。子供が欲しいとか言いながらゴムしてとか言ってさ。最初から胡散臭かったんだよね」

「なにその抱いて?しかも鹿島君に?それは間違いなく詐欺だね。胡散臭いどころか確定だね。それに気付かないんじゃ、やっぱり馬鹿でしょ。馬鹿過ぎるでしょ」

 なんか失礼な事を言われたような気がするが、兎も角先に進もうか。

「行為の最中、いやっ、いやって言っててさ、事が終わったと思ったらこう言われたんだ。「あなた、嫌がっている私を犯しましたよね?」って」

 若槻にも経験があるが、抱かれている最中の「いや」は喘いでいるだけだ。少なくとも同意の上ならば。

「スマホに録音していると。これを持って警察に行くって。嫌なら示談してあげるから、今から30万持って来なさいと。捕まるのは嫌だから、土下座して許して貰って10万で手を打ったんだよ」

「行かせれば良かった話だよね。ハッタリ以上にそいつの方が犯罪だよ。何その一人美人局。更に値引きもOKとか、意味不明すぎるんだけど」

「それで話は終わったと思ったんだけど、その女とは運悪く、いや、当時は運がいいなと思っていたけど、連絡先を交換していたんだよ。で、その一週間後くらいにそいつから連絡が来て、妊娠したから堕胎費用を寄越せ。30万でいいと」

「行為一週間後に妊娠したかなんか解らないよ。しかもゴムで避妊したんでしょ?まあ、100パーセントじゃないようだけど、それでも普通なら何言ってんだ馬鹿女で一蹴するところだけど」

「妊娠したんなら責任を取って結婚しなきゃいけないって事で、お前のご両親に下さいって言いに行くから住所教えてって言ったら、将来があるあなたの重荷になりたくないとか言って泣かれて。そんなに俺の事を思っているならと、30万用意しようとして……」

「まさか、払ったの?もしそうなら救いようがない大馬鹿だよ?」

「一気に30万の大金を用意するために、友達に金借りようとしたんだ。当たり前だけど、なんに使うと聞かれてその通り話したら、それは詐欺だ馬鹿と言われて。通りでおかしいと思っていたから納得して。連絡先を全部拒否にして、そこで終わった。まあ。10万の被害で済んだから良かったっちゃ良かったか」

「いや、普通に警察に行けばよかったんじゃない?10万も戻って来ていたかもしれないし、もしかしたら逆に訴え出ると言えば示談でお金が増えていたのかもしれないし」

 そこは友人にもそう言われたが、関わったらまた甘い言葉で騙されんだろ、と別の友人に言われて何もしなかった。事実自分でもそう思ったから納得だったのだ。

「逆に若槻はどうなんだ?なんか面白い話、無い?」

「そうだね……面白いと言うか修羅場と言うか。おじさんに声を掛けられて着いて行って、まあ、ホテルでやった訳だけど」

 おじさんに声を掛けられてやった!?じゃあおじさんじゃない俺なんか超楽勝じゃねえの!?と思ったが口を噤んだ。

「私としては一回きりのつもりだったし、当たり前だけど連絡先の交換もしなかったんだけど、教えてくれるまで離さないって、車に軟禁されて」

 軟禁とは物騒なワードだ。流石の鹿島も軟禁した事なんかないので興味津々だった。

「もう面倒臭くなって連絡先の交換をして、その日は家から離れたところに降ろして貰って。それはホラ、家を知られたくないからって理由だけど、その場所ってのが塩田のアパートでさ、まあ、これは保険だったんだけど」

 なんで塩田のアパートの近くに降ろして貰った?保険って何?

「当たり前だけど、次の日から連絡のラッシュで、いつ会える?とか、今日はどう?とか、お小遣い欲しくない?とか。私のポリシーは援交は無いから、気持ち悪くなっちゃって」

 此処で鹿島の頭が微かに下がった。援助交際は……まあ……うん……

「じゃあ家まで迎えに来てって。喜び勇んで迎えに来たらしいよ。塩田のアパートに」

 保険ってそれなの!?塩田巻き込んで何しようっての!?

「おじさん、塩田を私の浮気相手かなんかと勘違いしたらしく、玄関先で助けに来たぞと喚き散らして。浮気も何も、おじさんと付き合った覚えもないし、自分は奥さんも子供もいるってのに勝手な奴だなってさ。まあ、それは兎も角、あいつ、面倒臭いじゃん」

 頷く。普段はそうでもないが、一度キレるととことん追い込むのが塩田だ。

「一回外に追いやって、友達に来れるだけ来てって連絡網回して。外で喚いているおじさんに、近所迷惑だからまず入って事情を聞かせろと」

 事情は既に解っているんじゃないかな?時間稼ぎの類だと思うけど。

「で、おじさんが何処に隠してんだと家探しして、ドアと言うドアを開けてクローゼットも開けて。あの狭いアパートを一瞬でゴチャゴチャにして。それを全部動画に撮っていたと」

 ああ、ここからだ。ここからだな。

「来てくれた友達は3人だったかな?まあ、その人数で囲んで。流石におじさん、数の不利で慌てて帰ろうとしたけど、既に施錠された後で。逃がさないようにってね」

 で、改めて事情聴取して、それを全部録音したと。塩田のやりそうな事だ、少なくともそのおじさんの住所は免許証か何かで控えただろう。後の為に。

「当たり前だけど、私が塩田の家を教えたのがバレてさ。呼び出し喰らったよ。ぶん殴られるかと思って冷や冷やしたけど、おじさんの方にまずはケジメをつけて貰うって事で、私を連れておじさんの家に行ったんだよね。当然だけど、その間おじさんは塩田の家で軟禁状態」

 仲間も3人いる事だし、逃げられないだろう。もしかしたらガムテープか何かで拘束したかもしれない。逃がさないって意思が確実に見えるんだよな、アレ……

「で、躊躇なくおじさんの家に押しかけて。奥さんに全部ぶちまけて。私とした事も全部私から話させて。いや、まさか体位とかプレイ内容まで言わされるとは思わなかったよ」

 あいつはやると言ったらやる。逆にその程度で済んで良かったんじゃないかな?いや、話途中だからこれからか?

「当たり前だけど、奥さん塩田に涙の謝罪して。どうでもいいから引き取ってくれってアパートまで車出させてさ。ゴチャゴチャにした塩田の部屋と、項垂れているおじさんの姿を見てまた泣いて。それでもやっぱあいつ鬼だね。泣いてないで片付けてくれ。アンタの旦那が散らかしたんだからって動画見せて。奥さん、泣きながら片付けしたよ。おじさんは邪魔だから立たせて隅っこに追いやって、その様子をずっと見せながら」

 本気で鬼だなあいつ!!昔似たような事やらされたけど!!

「で、片付けが終わったら、とっとと帰ってくれ。これ以上は警察を呼ぶって。そこで帰ろうとした夫婦に一言。だけど旦那の会社には言うけどな。迷惑掛けられたって。言っておくけど、俺は絶対に許すつもりはないから、次は法廷か弁護士の間か」

「ああ、二人共土下座させたんだ」

「いや、おじさんにだけ。奥さんは被害者で、片付けまでして貰ったんだからこれ以上何も言わないけど、こいつは言いがかりをつけて来て部屋を荒らしたばかりか、その片付けも奥さん一人にやらせた。こんな外道は絶対に許さんと」

 自分で奥さんに片付けを要求したんじゃ無かったっけ?いや、手伝う事も出来たのに、ただ見ていたんだからそうなのか?

「奥さんはもういいからお前だ、会社には明日連絡する。これは確定だ。って譲らなくてね。実際次の日にきっちり連絡したよ、私の証言付きで。まさか会社の人にまで体位とかプレイ内容を言わされるとは思わなかったよ」

 本気で鬼だなあいつは!!いや、巻き込んだのは若槻の方だからしょうがない部分もあるのか。

「その後、おじさんは他県に飛ばされて、あの夫婦は離婚。私はアパートに出入り禁止と塩田とあのメンバーに御馳走してどうにか」

 そもそも出禁はダメージはそんなに無い。元々あまり行かなかったしと。

「御馳走って、何食わせた?まさか自分とか?」

「それなら楽だったんだけど、蟹とかフグとか高い物頼まれてさ。そこで済んだらまだしも、キャバクラ代も払わされて。女をキャバクラに連れて行ってお金払わせるとか、あいつやっぱ鬼だよね。周りの目なんかまったく気にしないで、飲みもしない高いウィスキーなんか頼んじゃっているし。まあ、私が何でも御馳走するから勘弁してって言った結果なんだけど」

 ケラケラ笑いながら、いや、笑うしかないのだろう。かく言う自分も似たような事もあったのだから。


 そんな事を話しながら、漸く海に着いた。しかし周りは猛吹雪、海なんか見えないし、恐らく初日の出も見えない、あれは山側だったっけ。まあいいや。

「風強くて何も見えないね。風除けられる所ないの?」

「近くに公園があったけど、風除けになるか解らないな」

 兎も角行ってみようと言う事で向かった。風除けにはさっぱりならない場所だった。しかし、この吹雪の中でも海には数台の車が停まっていたが、この公園には一台もない。理由は……

「なんか気味悪い所かも」

 若槻がボソッと言う。その通り、此処は自殺の名所。デカイ松の木が何本も植えてある、首吊り自殺のスポットだった。

 鹿島にはそんな情報は無かったので当たり前の様に来たのだが、地元の人は夜は全く来ない。何故なら、此処は確実に出るのだから……


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