二月十四日
今日は世間一般で言うところのバレンタインデーと言う奴だ。
早朝から神崎がチョコケーキを鼻歌を歌いながら作っている最中。
今更だが、俺は史上最強の霊能者、北嶋勇。先程から郵送でチョコがわんさか届いてウハウハ状態だ。
「この高そうなチョコは銀髪からだな」
神崎が言うには、一口3000円もする高価なチョコらしい。よく解らんが旨い。
この白いチョコトリュフは小娘からだ。無表情にあげたのより高いとか?つか、そんな事わざわざカードに書いてよこすなよなぁ。英語解らんから万界の鏡で視て解読したぞ。
この無機質な板チョコはツルッパゲの所のレプリカからだ。わざわざ調べたのか、カードにでっかく漢字で『義理』と書いて送って寄越しやがった。無機質ながら味はチョコだ。甘い。
「あんまり食べ過ぎないでよ?チョコケーキもあるんだから……」
そう言って銀髪の一口3000円のチョコをパクンと口に入れる神崎。たちまち目尻が下がり、だらしない笑顔になって「幸せ~」と言い出した。
俺には違いがあまり解らんが、やはり一口3000円は超旨いのか。
ひょいぱくひょいぱくと摘ままれて、俺の分が乏しくなったが、まだチョコはある。
このダンボール箱に大量に入った安価なチョコの詰め合わせは、有馬からだな。俺には質より量でしょと神崎に伝言したみたいだ。懐かしい駄菓子を連想させ、これはこれで全然アリだ。
此方のハート型のは宝条からだな。『限りなく本命に近いです』とカードに書かれていた。
神崎が笑いながら青筋を立てたが、俺のせいじゃない。限りなく本命に近いだけあって旨い。
「北嶋さん、地元からも届いたわよ」
神崎が小包を持ってくる。
「朱美と樹里からか」
律儀にもわざわざチョコを送ってくれたか。
小包を解くと、やはりカードが入っていた。
『義理だぞ義理』朱美
『同じく義理~』樹里
わざわざそんな事書くなよ面倒くせーなぁ。だがチョコは普通に旨い。
その他水谷の門下生やら、バカチンの女騎士やら、心霊調査部隊の女性隊員やらからわんさかとチョコが届いている訳だが、流石に甘いモンばっかだと飽きが来る。
そんな訳でコンビニにしょっぱいモンを買いに出る俺。
うーむ、町はバレンタイン一色だな。
ケーキやは勿論、和菓子屋もバレンタインフェアなんかやってるし。
そういや、パチンコ屋じゃ、女店員やコーヒーガールがめっさ安っすいチョコを渡したりする事もあったな。
そんな事を考えながら歩いて行くと、馴染みのコンビニに到着した。
「いらっしゃいませ~…あ、北嶋さん。毎度です」
馴染みのコンビニには深紅と言う女店員がいるが、今はムサい男の店員しかいない。居れば義理チョコくらいは貰えたかもな。
野郎と語る趣味など特に持ち合わせていないので、しょっぱい菓子やら煙草やら缶コーヒーやらをカゴに放り込み、速攻で会計を済ましてコンビニを後にした。
袋がパンパンに膨らんでいる。結構買ってしまったな……急いで帰って消化しなければならんな。
そんな訳で、小走りで帰ろうとしたその時!!
ザワワワワァア!!!!!
進む足が止まった!!
この凄まじいプレッシャー!この氷点下と間違わんばかりの悪寒!
汗が滝の如く流れ出て、俺の足元に水溜まりができそうだった。
その根源が、俺の真正面から歩いてやってくる!!しかも平和そうに鼻歌を歌いながら、呑気にメガネをついっと持ち上げながら!!
「か…鹿島……!!」
その根源は鹿島 雄大!!
あのハンパオールバックの小男を見間違える筈は無い!!
震える足。それを有りっ丈の勇気を以て踏ん張る俺。
しかし、何か妙だ。いつもならば、目に映る女全てに声を掛けると言うのに、今日の奴は小さい紙袋を大事そうに抱えながら、超機嫌良くただ歩いているじゃないか?
不信に思っていた俺を発見してニタァ…と笑い、のっそりと近寄ってくる鹿島。凄まじく危険な予感が過ぎった。
「よう霊能者の所長さん。暇そうだなぁ?何?買い物?」
俺が持っているコンビニ袋を指差して、やはりニタァと笑う鹿島……
怖ぇ!何だこの馬鹿は!?何を勝ち誇った顔をしてんだ?
「まさか、コンビにでチョコ買って来た訳じゃないよね?」
鹿島は小っさい紙袋をプラプラ見せびらかすようしてに茶化してきた。
「は?ポテチとかタバコとか缶コーヒー買ったんだ。何故チョコを買ったと思ったんだよ?」
「おやおや、失敬失敬。いやね、ほら、今日はバレンタインデーじゃないか?」
小っさい紙袋を全面に押し出して、何故か勝ち誇った顔をする。
「バレンタインデーだから?なんで俺がチョコ買うんだよ?」
「いやね、貰えないから自分でチョコを買ったのかと思ってねぇ?」
小っさい紙袋を俺の目の前に突き出し、ニタァと笑う。
「チョコなんか飽きる程貰ったわ。つかさっきから何だ鬱陶しい!!」
突き出された紙袋を手で払おうとしたが。鹿島が超高速で紙袋を自身に引き戻し。それを阻止した。
「おやおや、この僕が貰ったチョコを狙うとは、随分と手癖が悪い所長さんだねぇ」
めっさ勝ち誇った顔で、小っさい紙袋をプラプラさせた鹿島。
つか、チョコ貰っただと?この馬鹿がチョコを貰った??
何かの間違いだと思い、小っさい紙袋を凝視する。
紙袋は茶の普通の小っさい奴だ。ラッピングもシールも何もない、ただの普通の紙袋。
「それチョコじゃねーだろ」
「はあ?この超モテモテボーイの俺を羨んでの発言かおい!そこまで言うなら見せてやる!!」
憤慨して紙袋を開き、手のひらにチャッチャッと落とすように振る鹿島。
コロン
手のひらにアポロチョコが一粒、チロルチョコが一個落ちた。
「どおおおおおおおおおおおおおおだっ!!チョコだろ?完璧なチョコだろ!!」
胸を張り、見せびらかしてくるが、これはどう見ても義理を遥かに超越したオマケにしか見えない。
「誰から貰ったんだ?」
「ふん、気になるのか?ぶっ細工な、モテないニートはしょうがないなぁ?」
ぶっ細工な、モテないニートはまさしくお前の事だろが!!
「あれ?そう言えばお前って月末にポリに捕まったよな?仕事はどうなった?また首になったか?」
「土下座して続けさせてもらう事になった。だけど今は自宅待機だな。お偉いさんと相談してから連絡が来るらしい」
それってどうにかして首にしようかの会議じゃねーの?そもそも自宅待機なら給料は入って来ねーじゃんか。お前バイトなんだし。
と言い返す暇も無く、鹿島は自慢気に続けた。
「このアポロチョコはな、いつも行くパチ屋のコーヒーガールが直々に『いつもありがとうございます』と言って、天使の如く可愛らしいスマイルを浮かべながら手渡してくれたんだ。こっちのチロルチョコは、女店員がパチンコ玉の余り玉でわざわざ選んで手渡してくれた珠玉の一品……どちらも愛が籠もった極甘のチョコさ!!」
極甘のチョコって、やっぱり義理を超越したオマケじゃねーか!!
そんなんで何を勝ち誇ってんだこの馬鹿は!?
「それは単なるサービス……」
「いやぁ、俺としては、コーヒーガールの方が良かったが、女店員もなかなかな身体をしててね」
何かオールバックの髪を後ろに流す素振りをして『フッ』とか呟く馬鹿。
「だからそいつ等は仕事で……」
「二人の内どちらかを選ばなければならないと言うのは重過ぎる……だから答えは保留にして貰ったのさ……」
遠くの空を見て再び『フッ』とか呟いた超平和脳の馬鹿!!
あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて、俺はそれ以上話す事をやめて帰ろうと馬鹿の前を通り過ぎた。
「待てよ?信じてないな?」
肩をガシッと掴んで俺の歩みを止める馬鹿。
「知ったこっちゃねーんだよ。俺は早く家に帰りたいんだ」
これ以上こいつに付き合っていると不幸になる。危険には関わらない事が一番の防衛策だ。
「はは~ん……お前、チョコ貰えなかったから俺に嫉妬しているんだな?」
「だから、お前には関係無い!」
大量に貰ったと言えば確認させろと家について来そうだしな。だから敢えてのノーコメントだ。
「負け惜しみは見苦しいぜ霊能者先生」
めっさいい顔で笑う馬鹿。何でもいいから帰らせろよ!もーっっっ!!
「まぁ、モテない君にだ、この珠玉たるチョコを一口だけなら恵んでもいいんだよ?」
一口ってよー。一口食ったら無くなるじゃねーか、そのオマケチョコよー!!
「妬くな妬くな……これも俺がモテモテボーイだから仕方の無い事なのさ……」
妬いてねーし、寧ろ灼きたいしよー!!
イライラして叫ぼうと思ったその時!!
「北嶋さん」
と、名を呼ばれ、俺は馬鹿と共に其方を見た。
俺を呼んだ女は、兎沢だった。
つか、なぜ此処に居る?本庁の方に居るんじゃねーのかよ?
「お前、先月の終わりに来たじゃねーかよ、休暇がその日しか取れないからって」
「は、はっ。実は先月の鹿島 雄大の件で県警に呼ばれまして……私はあの日は休暇だったので、簡単な聴取のみでしたので、後日改めてとの事でしたので……ん?北嶋さん、そいつは鹿島 雄大ではないですか?」
鹿島は兎沢に背を向け、決して視線を合わせないように俯いていた。
「逮捕に至らなかったのか?コンビニの店員は被害届を出さなかったようだから、その関係か……」
「俺は死刑にしろと言った筈だが」
「無茶言わないでくださいよ北嶋さん。ですが、私は呼ばれた理由が何となく解りました。事細かく状況を知りたいと言う事なのでしょう。鹿島 雄大は軽犯罪やストーカー等で警察にマークされているようなので。そして、折角来たのですから、バレンタインのチョコをと思いまして……」
そう言って普通のラッピングされたチョコを渡す。
「お前からは既に馬鹿デカイ胸チョコを貰ったんだが」
「あ、アレは本命で、今回のはイベント用です」
よく解らんが、くれると言うのなら貰うけど……
「では私はこれで失礼します」
敬礼して去る兎沢。鹿島を睨み付けながら。その鹿島は終始俯いて決して顔を上げなかった。
まあいいや。貰ったチョコを袋に入れよう。
「ふん!義理チョコ程度で浮かれやがって!」
兎沢の姿が消えたと同時に強気になる馬鹿。
浮かれてねーだろが。相手するのも面倒だ。
なので無言で歩き出すも、そんな俺の肩を再びガシッと掴む馬鹿。
「何だよ!!俺は帰りてーんだよ!!」
「義理チョコ程度でいい気になるなって言ってんだ!!」
マジギレし、悪鬼のツラ構えとなる鹿島。
面倒臭くて仕方が無いっつってんのに、俺は激しく苛ついた。
「……勝負しようぜ」
勝負だ?願ってもいない、マジボッコにしてやるぜ!町内の奴だからって穏便に済ませていたが、そっちから売って来た喧嘩だ。買っていいだろ!!
「勝負方法は、ここから商店街を抜けるまで、何人の女の子を落とせるかだ!!」
「なあああああんでっっっ!俺がお前とナンパ勝負しなきゃならねーんだよ馬鹿野郎!!てっきり腕比べだと思って喜んじまっただろうがああああああああああ!!」
肩透かしと同時に激しく突っ込みを入れた。
「腕比べ?喧嘩か?殴り合いだろつまり。そんな100パーセント勝てない勝負する訳無いだろ?何を馬鹿な事を言ってんだ?」
潔いほど潔い!!喧嘩じゃ勝てないと正々堂々と公言したー!!
つか、ナンパ勝負でなら勝てるつもりかこの馬鹿野郎は?
「俺は婚約してんだよ。そんな勝負した日にゃ、婚約者にぶっ殺されてしまうわ!!」
神崎をマジ切れさせたら命に関わるわ。お前はそんな心配なないんだろうけど、こっちは生き死にの問題になるんだよ。
「ふ、情けない奴だな。女に媚びを売るとはな」
わざとらしく肩を竦める馬鹿野郎。媚びを売ってんのは贔屓目に見てもお前だろうが、と、激しく突っ込みたい所だ。
俺はそんな馬鹿を背にし、歩き出した。
慌てて止める鹿島。
「おい、勝負は?」
「お前の勝ちでいーよ面倒臭ぇ」
「ふっはっは…とんだ腑抜け野郎だな…な、何!?」
馬鹿が大袈裟に慄いた。
それは、たまたま商店街に買い物に来ていた獣医(女医)が俺を発見し、にこやかに近寄って来たからだ。
「あら北嶋さん、ご無沙汰ね」
「ご無沙汰!?夜の営みがご無沙汰!?」
馬鹿が馬鹿な事を言っているのを聞いてはいけない。無視して話をする。
「おー。つっても、ウチのタマは病気も怪我もしないからな。あの予防接種も本来なら必要無いくらいだ」
妖怪だしな。と言いたいが言えん。
「あら駄目よ。動物は話せないんだから。飼い主が気を使わないと…ね?」
いや、喋れるし、俺も万界の鏡さえ装備すれば話せるのだが。まぁ、面倒つうか、妖怪なのはトップシークレット故に言えないが。
「じゃあこれを差し上げるわ。今日はバレンタインデー…神崎さんも北嶋さんの義理チョコに期待していると思うから」
「チョコ貰ってる!?」
馬鹿が必要以上にデカい声を上げるが気にしてはいけない。無視が一番だ、あの馬鹿野郎は。
「神崎が期待しているとは?」
「自分の婚約者がどれ程の人望を持っているのか…貰ったチョコの数で目安にはなるでしょう?」
女医は俺にチョコを渡し、微笑みながら手を振って去っていった。つうか家にアホ程送られてきたんだが。
「おい!今のはノーカンだからな!」
まだスタートと言っていないから貰ったチョコは数に含めないからなと騒ぐ鹿島だが、無視して歩く。
「いいか!?今からスタートだ!勝った方が互いの貰ったチョコを奪える。このルールでいいな?」
だから面倒臭ぇっつってんだろ馬鹿野郎。それに、お前が貰ったチョコはアポロチョコ一粒とチロルチョコ一個だろうが。
義理を遥かに超越したサービスとおまけの一品じゃねーか。
「よし、よーいドン!!」
どうやら勝手に勝負が始まってしまったようだが、面倒臭えからドス無視だ。
後ろから
「ねぇねぇ、チョコくれない?」
とか
「結婚してあげるからチョコ頂戴!」
とか
「お願いします。私のようなゲスなカスにチョコを恵んで戴けないでしょうか…」
とか
「チョコくれなきゃ目の前で首吊ってトラウマ植え付けるぞ!!」
とか、お願いから脅しまで暮らしを見つめるライオン的な迷惑行為を繰り返し行っている鹿島。
また捕まるなあの馬鹿は。
そう思いながら俺は勝手に歩を進めた。
その間も
「あら北嶋さん。お買い物かい?これ持って行っておくれ」
と、八百屋のおばちゃんからチョコを貰ったり
「きゃー北嶋さん!タマちゃん元気?あ、今日チョコの日だよ。これあげるからお返し期待してるからねー」
と、ゲーセンでよく会う女子高生の集団からチョコをゲットしたり
「北嶋さん、この頃お店に来てくれませんね?ボトル流しちゃいますよ?ああ、今日はバレンタインデーでした。義理ですが、どうぞ」
と、バーのチーママからチョコを貰ったりと。
商店街から出た時には、紙袋二つ程の大量義理チョコをゲットしていた。
すげー荷物になって結構迷惑な状態となっている。好意なので迷惑とは思わんけど。寧ろ感謝しているけども。
「ぜぇ、ぜぇ……ひ、引き分けか………」
後から追って来た鹿島を見ると、手には最初から持っていたちっさい紙袋一つのみ。どこをどう考えたら引き分けになるのか不明過ぎる。俺の圧倒的勝利だろうが馬鹿野郎。
まぁ、こんな最初から解り切っていた勝負などどうでもいーし、何より面倒臭ぇから断ったから勝負自体は行われていないのだが。
「どうでもいいがついて来るなよ馬鹿野郎。お前に家を知られてたまるか」
尚も鬱陶しく付き纏って来る鹿島にキック。見事に鹿島ボディにヒットすると、大袈裟に蹲った。
「ぐあああああああああああああああ!!いきなりの謂われの無い暴力を受けたああああああああああああ!!チョコをくれる女の子を紹介してくれなきゃ治らないいいいいいいいいいいいいい!!!」
「何でチョコをくれる女の子限定なんだ」
「それはつまり、お付き合い前提のチョコだって事だが」
この野郎、ただ女紹介しろって言っているだけじゃねーかよ。バレンタイン関係無い、いつも通りの事じゃねーか。
「ぐああああああああああああ!!なるべくなら可愛くて胸がデカくて従順で床上手の処女がいいなぁ!!!」
さり気無く好みも混ぜているが、床上手の処女っていねーだろが馬鹿野郎。
「お前みたいな馬鹿野郎はAVも見るな。脳内で処理してろ」
AV女優が自分を画面越しで見たから、自分に気があるとか言って、平気で家調べてストーキングしそうだしな。
寧ろ保健所に連行されたらいいのに、と本気で思った。
「この蹴られた痛みは女の子の看病が必要だ!解るだろ!!」
尚も食い下がる馬鹿。脚に縋ってきやがるし。
「あーマジうっせーなぁ!!」
本気でイライラした。もう一発蹴ろうとしたその時、俺の前に一台の車が停車した。
「なんだ?」
ゆっくりドアが開き、スリムのデニムが覗く。女の脚だ。
「北嶋さん、お久しぶりです」
そして全身を現したのは……
「桐生?何で此処に?」
「いえ、せっかく車の免許を取ったので、ドライブがてらお届け物をと」
そう言って可愛く包装されたチョコを差し出した。ドライブがてらってお前、東京だろ?どんな長距離ドライブだ!!
「とは言え……」
俺が抱えていた荷物に目を向けて微妙に笑う。
「かなり貰っているみたいですね。家にも荷物として届いているんじゃないですか?」
「あー、もう半年分は貰ったぞ。それよりも俺を家まで送ってくれ」
「その荷物を持って帰れとは流石に言えませんよ。勿論どうぞ」
快く応じ、先ずはトランクを開け、俺のチョコの山をそこに入れる。
そして助手席を開けて俺を促したその時、やはり事件は起こった!!
「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!何何何?そのチョコ俺にくれる訳??車でドライブ行こう的な??勿論OKさ!さぁ行こうか!!」
事も有ろうに、俺を突き飛ばして助手席に乗り込んだ馬鹿野郎!!
「え??何何何??誰この人!?何で私の車に乗る訳!??」
奇襲のような行動にただ慌てふためく桐生。
馬鹿野郎はシートベルトを装着。
「さぁ!好きな所に連れて行ってくれ!人気の無い所とか、二人っきりになれる所とか、エッチなホテルとか!!」
もう最高に良い顔で促しやがっている!!
「おい馬鹿野郎!!お前何勝手に乗り込んでんだ!!早く降りろ馬鹿野郎!!おいっっっ!!」
俺は装着されたシートベルトをガチャガチャと外し、胸座を掴んで引っ張り出した。
「何すんだこの野郎!!チョコやるから俺の邪魔をするな!!」
そう言って宝物のように大事に大事に扱っていた、ちっさい紙袋を俺に向かって放り投げた。
「お前このチョコとってもとっても大事に持っていただろうがよ!!」
本気でいらなかった俺は、ちっさい紙袋を鹿島に突っ返した。
「そのチョコはわざわざ手作りで作った……」
「ああ!!俺の為にわざわざ手作りしてくれたんだこのチョコは……」
感動しながら突っ返したチョコを普通に落として、俺が貰うチョコをグイグイと桐生からひったくろうとしている馬鹿。
「だからあなた誰!?北嶋さんの友達!?」
「彼から女の子紹介してもらう約束していたんだよ。ああ、こんな可愛く愛らしい女の子を紹介して貰えるとは、俺は非常についている!!」
更に落としたちっさい紙袋を足で平気に踏みつける馬鹿。
「お前に紹介する女は居ないっつってんだろ馬鹿野郎!!その足元にあるボロ雑巾になったアポロチョコとチロルチョコを持ってとっとと失せろっ!!」
桐生のチョコを超馬力で奪い返し、思いっ切り突き飛ばした。
鹿島は簡単に地に伏した。
そして俺を悪鬼の形相で睨み付け――
「お前さえ居なければ!!その女の子は俺の物になっていた筈なのに!!」
涙目になりながら訴えてくる。
つか、桐生が此処に居るのは俺に会いに来たからであって、つまり俺が居なければ此処に来る必要も無い訳であって。
つまり馬鹿野郎とは永遠に会う事は無かった訳だから、馬鹿の馬鹿理論は全くお門違いであり、意味を成していないのだが、馬鹿には理解不可能なのだろう。
「構うな桐生。もう行こうぜ」
桐生は呆然としながらただ頷く。
行くと聞いた馬鹿は一瞬で土下座に切り替わった。
「イクのなら俺と一緒にイこう!!お願いだ!何もしないから!ただ一緒に寝るだけ!先っぽだけ先っぽだけだから!!」
行くとの文字を完全に履き違えて、尚且つ完全にそっちの目的だと言う事を勝手に露見させた。
桐生が蒼白になり、カタカタ震えた。
「北嶋さん……どうしよう……凄い気持ち悪い………」
そうだろうな。こんな馬鹿野郎とまともに対峙できる奴を是非とも紹介して欲しいもんだ。
「気持ち悪い?それはいけない!休みに行こう!!ホテルでゆっくり休めば寧ろ気持ち良くなる筈だ!!」
めっさ良い顔で桐生に手を伸ばしてくる馬鹿の馬鹿手をパシッと叩いて牽制する俺。
桐生は俺の後ろで小刻みに震えるのみ。
「気持ち良くなるって……」
蒼白を通り越して吐きそうになってしまった桐生。めっさ可哀相で、同情ばかりが俺に芽生える。
「北嶋さん、もう逃げよう……」
「おっ?俺と二人っきりで愛の逃避行か。勿論OKさ!!」
「だからお前には言ってねーだろが!!脳外科で診て貰って来い!!」
「は?関係無いアンタは引っ込んでなよ?寧ろ失せろ。警察に通報されたいのか?」
シッシッと手の甲を振る馬鹿野郎。通報されて困るのはお前だろうが!!
「よく言った馬鹿野郎!!マジ通報してやるああああああああああああああああ!!!」
携帯を取り出し、110通報しようとしたその時。
徐に真面目顔になり立ち上がった馬鹿。
「まぁ、今回だけは許してやるから携帯を引っ込めなよ」
やたらと腰を低くして、寧ろ懇願する。
「なぁああああんで自分の不利益になる脅しをかけるんだ!!お前は真性だ!!」
「誰が真性だ!!仮性だ俺は!!大きくなれば剥けるんだよ!!」
いらん情報だそれは。仮性だろうが真性だろうが使う機会がねーだろ。
馬鹿の馬鹿カミングアウトを聞いて益々ドン引きする桐生。
自らも通報しようとしたのか、いつの間にかその手には携帯が握られていた。
「通報は勘弁してやるから二度と俺の前に現れんな」
どう転んでも埒が明かない。
どうせ俺の前に現れんなと言っても、同じ町に住んでいるんだ。
それが如何に無駄かは俺が一番良く知っている。
「解った。アンタの前には二度と現れない。だから早く去れ」
やけに物解りがいいな?取り敢えずは桐生を此処から逃がす事ができる。
そんじゃまぁ、と言う事で、桐生を促し運転席に戻らせようとしたその時!!
「いやいやいやいやいやいや!!どこ行くのさ!?女の子は残るでしょ普通!?」
慌てて桐生に詰め寄ってくる馬鹿。
「ひっ!?」
俺は超高速で馬鹿と桐生の間に割って入った。
「なぁんで桐生が残るんだオイ!」
「はあ?俺が約束したのは、アンタの前に現れないって事だろ?女の子は関係無いじゃん?つか、自分で前に現れんなとか言って、俺の前に立つってどういう事?自分から申し出た約束をなんで破棄すんの?」
うお……………
馬鹿の馬鹿理論にしちゃ、強引だが理に叶っている!!
このミドコンドリアのような脳みそで、よくぞここまで屁理屈を抜かせられたもんだ!!
俺はある意味感動すら覚えた!!
「北嶋さん!!感心してないで、早く逃げましょうよ!!」
必死に促す桐生。
「お、おお………」
我に返る俺。
桐生は運転席に滑り込み、シートベルトを締め、窓をがっつりと閉じて外の空気など一切吸わない気構えを見せる。俺も助手席に乗り、シートベルトを締めた。
「出ます!!」
「おう」
アクセルを踏む力を強める桐生。
同時に馬鹿野郎が車の前に立ち塞がった。
「うわっ!?」
慌ててブレーキを踏む。
「轢いちまっても良かっただろうに」
本心でそう思った。
「馬鹿な事は言わないで下さいよっ!!」
キレられた。涙目で。
「ねぇねぇ!!どこ行くの?俺を置いて行くの?愛し合っている俺を置いて?」
「……今私…すっごい鳥肌立ってます………」
「だろうな」
もう心中察するとかの話じゃなく、誰がどう見てもそうだろうと言うレベルの話だ。
つか、邪魔な馬鹿野郎だなぁ。
ぶん殴って気絶させりゃ易々と逃げられるだろとドアに手を掛けたその時。馬鹿の後ろに一台の車が停車した。
そして露骨に安心した顔になる桐生。
車から一人の男が降り立ったと同時に、桐生が車から飛び降りた。俺もその後に続いた。
「洵さん!!」
その男は天パ宜しく天然パーマ刑事、印南 洵。
「何だお前……俺とその女の子の愛の抱擁を邪魔すんのか?」
馬鹿が凄んでみせた。俺は笑いを堪えるので必死だ。
「……愛の抱擁?」
桐生を見る天パ。桐生は泣きそうな顔で首を左右に振り、天パにしがみついた。
「……大体は『視て』知っている。鹿島 雄大だな?」
「何故俺の名を?もしやストーカーかお前?」
悠々と胸を張る馬鹿。
犯罪者だと、ストーカーだと決め付けた故の自信だろうが、滑稽過ぎる!!ダメだ!!腹痛ぇ!!!
この後の展開が解りやすい程読める故腹痛ぇ!!
笑いを堪えて痙攣までする俺。
「北嶋、お前と何も関係無いんだろ?」
「か、関係……ブフゥ!!関係は………無いっ!!ブハァ!!」
天パは一つ頷き、鹿島の腕を取った。
「何だ?暴力行為か?なんなら警察に通報してやってもいいんだぜ?」
あくまでも強気な鹿島。
ガチャッと、腕に手錠をかけられる寸前まで強気だった。
「………………………………………え?」
あの呆けた顔マジウケる!!
とうとう我慢できなくなり、声を殺して笑った。
「鹿島 雄大…迷惑行為で逮捕する」
言いながら警察手帳を掲げる天パ。
「………………け………けけけけけ……警察のお方ああああああ!?」
「ひーっ!!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!もうダメ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
転がって笑う俺。そして言い訳をする鹿島。
「いや……僕はその女性が気分が悪そうだったので、どこかで休んだらいいと提案しただけですけど……」
「ハハハハハハハハ!!!提案とか!マジウケる!!ギャハハハハハハハ!!!」
死ぬ!笑い死にする!
桐生がゆっくりと首を横に振るのを見たら、更にウケた。腹が、腹筋が崩壊しそうだった。
「その男がいきなり私をホテルに誘ったり、チョコを奪い取ろうとしたり、車に乗り込んだり……」
「いやいやいやいやいやいや!!刑事さん、女の言う事ばっかり信用しちゃいけませんよ!?いや、確かに結果的にはその女性にはそう思えるのでしょうが、僕はですね、あくまでも善意としてですね……」
「ギャハハハハハハハ!!僕とか!結果的にはとか!ひーっ!!ギャハハハハハハハハハハハ!!ぜ、善意とか腹痛ぇ!!ギャハハハハハハハ!!」
必死に弁解すればする程俺の腹筋を崩壊させるとは!!恐るべし馬鹿クオリティ!!
「おい!アンタも笑ってないで、ちゃんと証言してくれよ!友達だろ!!」
「と、友達……!!ハハハハハハハハハハハハハハハハ!無理だ!これ以上俺の腹筋を壊さないでくれ!!」
最早俺には言葉を発する事すら難しい。しかし根性を出して言ってやった。
「ハハハハ……あぁ~あ、あのさ、桐生はな、その天パ刑事の彼女なんだよ……ハハハハハハハハハハハハ!!」
馬鹿が蒼白になり、天パを見た。
天パは表面上は無表情を装っていたが、腹の中では死刑に処したい程怒っていた事だろう。
「いや、あの……」
見ていた顔を伏せる馬鹿。
「聞いているぞ鹿島 雄大。貴様は迷惑行為で実に50回以上の逮捕歴がある。部下が今日この町の部署に話しをしに来たからな。事前情報として仕入れてあるんだよ」
言い訳は無駄だと言い放つ天パ。
「貴様には黙秘権がある。弁護士を雇う権利もある」
「………はい………………」
天パがパトカーを呼び、そこに鹿島を突っ込んだ。
「話は署で聞こうか?」
「………はぃ………………」
最後の『い』が、ちっさい『ぃ』になっちゃった!!
愉快で愉快で堪らない。事実、パトカーが見えなくなるまで転がって笑っていた。
「おい、お前ともあろう男が、あんな雑魚相手に何をやっているんだ?」
「ハハハハ!!あー…まぁ、色々あってな…ハハハハハハハハ!!つか、お前なんで此処に?」
「何でって……兎沢が今日話しをしに来ただろう?俺は一応上司だし、じゃあついでに生乃がお前ん家に遊びに行くって言うから、なら俺もって事で……」
「そうか……何で来たのか結局解らんが、助かったぞ天パ。あの馬鹿をこの町から遠ざけてくれ」
「保健所に始末して貰いたいくらいだ」
苦々しい顔を作る天パ。そりゃ自分の大事な女を精神的に追い込まれたんだ。そんな顔にもなる。
そして我が家、いきなり訪ねてきた天パと桐生に驚きながらも歓迎するが、表情が優れないのを見切った神崎。どうしたんだと訊ねられたところを、俺が全部話した。
「……そう……そんな事があったの……」
めっさ神妙な顔でコーヒーを淹れる神崎。神崎もあの馬鹿野郎の被害者だから当然か。
「……まさか…あんな男がこの世に存在したなんて……」
震える手で何とかカップを取り、どうにかコーヒーを口に入れる。
「少し調べたが、奴はこの町に来る前に、壮大な失恋をしたようだな」
何でも友人に紹介(果たして紹介かどうか怪しいもんだが)して貰った、その友人の幼なじみと結ばれたが、その女がとんでもない女だったようで、鹿島も遊びの内の一人だったとか?
純情を汚されたとか、失恋旅行とやらでこの町に流れ着き、その儘居着いたのか?
「何だろう……全く同情できないのは何故?」
神崎の言う通り。その情報が本当であれ、振られたのは間違いなくあの馬鹿の責任に違いないのだから。
「いや、でも多少の同情の余地はある。その女は鹿島の友人狙いで、鹿島は言うなれば利用されたようだ」
「馬鹿言うな、あの馬鹿に利用価値なんかあるか。あったとしても、あの馬鹿も同じように利用してんだろうが」
そう、肉欲を満たす女として。
天パの情報によると、その女はとんでもない、男なら誰にでも股を開く奴らしいが、鹿島もその恩恵に与っていた訳だろ?言わば『お互い様』だろ。
「まぁ、生乃が示談に提示した『この街から出て行く事』をあっさり飲んだから、鹿島はもうこの町に来る事は無い」
「そう……それは本当に安心したわ……」
若干の『他の街に押し付けた』感が否めないが、それならば地元に帰ればいい話だ。
「どこに行くのかは流石に自由だが、結局繰り返す事にはなりそうだしな。なんか昔のバイト先で気に入った女性と付き合う為にバッグとかブランド品を買い与えて無一文になった事もあるらしいし」
天パが苦々しい顔でそう言うが、また行った先でバッグ買い与えるのかよ?
「何でも風俗に行く為にお金を借りて、パチンコで増やそうとして結局失敗して、借金だけが残った事もあるそうよ」
桐生が嫌悪感丸出しの顔でそう言うが、そもそも風俗に行くから金借りるって発想が先ず思い浮かばない。普通ならば。
「何でもファミレスで店員さんに『かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~』とか言ったら振り向かれて、実はただのロン毛の男性だった事もあったって」
髪長いイコール女、女イコール誰でも良い、って事が解りやすく伝わるエピソードだなそれ!!つうか元旦の神社でも同じような光景を見たけども!!
「どうする?もっと調べるか?」
叩けばもっと埃は出てくるだろうと天パ。
「いや、いらねーよ。寧ろこの先関わる事は無い」
もう何回言った台詞だか忘れたが、この町から出て行くんだ。本当に本当に関わる事は無いだろう。
「悪夢の終わり……か……」
安堵する神崎だが、そんな格好いい話だったか?
「ともあれ、何時でも自由にスーパーに買い物に行ける事になったのは有り難いわ」
「お前わざわざ調べて時間ずらしていたからな」
桐生が何の興味も示さない、ただの言葉として放つ。
「でも、警察に弱いなんて意外だわ」
「後ろめたい事が沢山あるんだろ。援助交際とか」
さして気に留める事も無く、コーヒーを啜る天パ。
つか、結構話し込んだおかげですっかりコーヒーが冷めてしまった。
「もう一度淹れ直すわ」
「そうね。そうそう、北嶋さん、バレンタインデーのチョコはチョコケーキだから食べて」
そうか、そういや桐生からも貰ったんだよな。あのゴタゴタですっかり忘れていたぜ。
「私と被った。丁度いいわ。私の作ったチョコケーキと一緒に食べましょう」
そうだな、と、チョコケーキを取り出すと、兎沢からまた貰ったチョコが目に入った。
「そういや兎沢が前回の件で町に来てさ、また貰っちゃったよ」
「また?それにしても、凄い貰ったね北嶋さん。商店街の人達からでしょ?あ、高校生と中学生からのもある。お返しはちゃんとしなくちゃね」
心なしか誇らし気な神崎。
「ホント、洵さんでもそれ程貰えなかったよ」
そう言って天パを睨む桐生。
「まだ怒っているのか?兎沢の胸で形取ったチョコの事を……」
うんざりする天パ。
「え?お前もあのチョコ貰ったのか?」
「何?まさかお前もか?兎沢、以前わざわざ休暇を取ったのはその為か……」
「……ああ、胸チョコって今はこれになったアレ?」
あのチョコでチョコケーキ作ったのかよ。いや、あれをあのまま食うのは流石に抵抗あるからいいけども。
「何回も言うが、俺はただ貰っただけなんだからな」
「洵さんと同じ事を言っていますね……」
桐生の目が変態を見るような目に変わっていた。
「だから俺はただ貰っただけだ!!乳首の形がはっきりついているチョコなんか催促するか!!」
「え?俺が貰ったのは、乳首はニップレスで隠した痕が残っていたが……」
え?そうなの?
じゃあ乳首は俺のみに顕現されている訳?
「……そのチョコをケーキに作り変えたのは正解のようね。ねぇ北嶋さん?」
「だから!!俺はただ貰っただけだってば!!」
何故か後ろめたい気持ちになったのは気のせいか?
「つうか天パ!!お前も貰ったんだろが!!なんだその変態を見る様な目は!?」
「洵さんのは一応乳首を隠していましたから」
だから催促してねえつってんだろ!!ちくしょう!!あれから数日経ったが、未だに責められる雰囲気があるとはどう言う事だ!!
兎沢のせいで不幸になったような気がするぞ!!あの馬鹿野郎を倒して(?)くれた事は有り難いけども!!
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