第26話 魔物討伐訓練

 翌日の朝。

 合宿所前にはエドガーと教え子、そして王国の兵士たちが集合していた。


 生徒たちは不安げな表情をする者たちと、ワクワクしている好戦的な者の二種類にわけられる。

 エドガーが心配しているのは、後者による慢心だ。


「今日の訓練は、各班に分かれての魔物討伐だ。言っとくけど、これは遊びじゃないからな。一歩間違えれば命が危ない。よく考えて行動するように」


 エドガーの言葉に、全ての教え子が表情を引き締める。


「でも、過度に心配する必要はない。今回は各班に数人、優秀な兵士の方々が引率してくださることになる──えっと、隊長はどちらにいらっしゃるのですか?」


 エドガーは兵士たちの列に呼びかける。

 実は前日に護衛隊長とは挨拶を交わしていたのだが、今日は彼の姿が一切見当たらないのだ。


 エドガーが周りをキョロキョロとしていると、一人の女が彼に向かって歩を進めだした。

 「この女、見覚えがあるな」とエドガーは思っていたが、昨日女湯周辺をうろついていた変質者と同一人物だったことが分かった。


「申し訳ありません。隊長は現在体調不良のため、私が代理として隊長の職務を勤めさせて頂くことになりました」

「君、昨日のへんしつし──」

「ちょっと、いきなり何を言うんですか! やめてください!」


 エドガーが叫ぼうとした瞬間、その女に口を塞がれる。

 生徒や兵士たちは皆、二人の様子に驚きざわめき始めた。


 その女は身体を密着させ、エドガーの耳元で囁く。


「──もしここで昨日のことをバラしたら、承知しませんからね。本当に痴漢で訴えますよ。『痴漢冤罪』とか、ご存知ですよね。男の人よりも、女の方が信用されるんですから……ね?」

「わ、わかった……いわない……」


 その女はようやく、普通に会話するときの距離まで遠ざかった。

 その上で彼女は一礼し、挨拶をする。


「私、レティシア・リュミエールと申します。若輩者ですが、これでも王国の聖騎士です。よろしくお願いいたします」

「エッチで変態な《性騎士》の間違いだろ──あっ、嘘ですごめんなさい! ──俺はエドガー・シャロン、魔術学院の教師だ。学生たちの引率・護衛はあなた達兵士に一任する」


 エドガーと護衛隊長代理レティシアは、お互いに握手を交わす。

 ──レティシアは人を殺しそうな笑みを浮かべながら。



◇ ◇ ◇



「皆さん、初めまして。私、今回の合宿にてあなた達の引率・護衛をすることとなりました、聖騎士レティシア・リュミエールと申します。よろしくお願いいたします」


 レティシアと名乗った女性と、そして彼女の部下と思われる女性兵士2人は、ルイーズ・アリス・ベアトリスに一礼する。

 ルイーズは何故かレティシアの声に聞き覚えがあったが、気にしないことにした。


 生徒と護衛双方の自己紹介が終わった後、ルイーズはレティシアにある疑問をぶつける。


「ところでレティシア……だったかしら? さっきエドガー先生に抱きついていたわよね? あんな人前で普通、そんな破廉恥なことしないと思うのだけれど。先生とは一体どういうご関係なのかしら?」

「少しばかり秘密を共有する仲……とでも言っておきましょうか」


 レティシアは悪びれた様子もなく、笑みを浮かべながら言う。

 パーティメンバーであるアリスとベアトリス、そしてレティシアの部下たちは皆困惑していた。


「誤解のないように申し上げますと、あれは抱きついたのではなく、ナイショ話をしていただけです」

「へえ……そうなのね」

「ええ。それに私、男の人にはあまり興味がありませんの。むしろ女の子のほうが好きです」


 確かに言われてみれば、レティシアの目は少々熱っぽい。

 この場にいるのは女性ばかりで、男性は一人もいないというのに。


 エドガーとは別の意味で変態かもしれない。

 ルイーズは少しばかり警戒することにした。



◇ ◇ ◇



 合宿所を出発してしばらく時間が経ち、昼前となった。

 レティシアや兵士たちを先頭に、ルイーズ・アリス・ベアトリスは森林を進んでいる。


 木々は鬱蒼としており、木漏れ日すらそれほど差し込んでいない。

 地面はところどころぬかるんでおり、とても足場が悪くジメジメしている。


「──皆さん、魔物の気配です。もうすぐこちらにやってきます。戦闘の準備を」

「はい!」


 突如、レティシアが落ち着いた様子でルイーズたちに声をかける。

 彼女の声音からして、あまり大した敵ではなさそうだと思われる。


 ルイーズはパーティメンバーであるアリスとベアトリスに呼びかける。


「前衛は私がするから、二人は後ろで支援してちょうだい」

「はい!」


 ルイーズは抜剣して前に出る。

 アリスとベアトリスもまた護身用に剣を抜き、ルイーズに追従する形でついていく。


 ──ふと、前方から木々をかき分けるような音が聞こえてきた。

 その音はだんだんと近づいてきて、ついに1体の魔物が現れる。


「──グルル……」

「クマの……魔物……!」


 その姿は一見愛らしく見え、絵画では可愛らしく描かれる傾向にある。

 しかし実態は、とても獰猛な肉食動物である。


 鋭い鉤爪は物や肉を引き裂くのに適している。

 四肢は筋肉が発達していて雄々しく、最高速度60キロメートルの走りを見せることがある。


 パーティの前衛たるルイーズに向けて、クマは爪を振りかざす。

 ルイーズはそれを剣で受け止め、大きな金属音が鳴り響く。

 なんとか防いだもののクマの力があまりにも強すぎて、ルイーズはほんの少しだけ後ろに滑ってしまう。


 クマからは獣臭が漂っており、ルイーズは吐きそうになる。

 しかし必死に歯を食いしばってクマとの鍔迫り合いを続け、後ろを振り向いてアリスとベアトリスに呼びかける。


「アリスは光魔術で眩惑、ベアトリスはその隙に氷で押し潰して!」

「《我に光を!》」


 アリスの詠唱の直後、一瞬だけクマの瞳が鋭く光った。

 クマはうめき声を上げながら目を押さえ、後退し始める。


「《水よ、氷塊となれー》」


 ベアトリスが詠唱した瞬間、クマの頭上には全長2メートル程度の氷が生成されていた。

 その氷は勢いよく落下し、クマの頭蓋に命中する。


 クマは衝撃に耐えきれず、叫び声をあげながら地面に突っ伏した。

 しかしクマの脳を破壊するには至らなかったようで、しぶとく立ち上がろうとしている。


 だがルイーズは臆することはない。

 クマが立ち上がろうとしている隙に、腕を前方に突き出して唱える。


「《火よ!》」


 クマの体毛や身体は激しく燃え盛る。

 立ち上がる途中だったクマは慟哭しながら地に伏し、黒焦げとなって息絶えた。


 あたりには肉が焼ける匂いと煙が充満しており、ルイーズは「髪に匂いが移らないかしら」と場違いな心配をしてしまう。

 ルイーズは気分を落ち着かせるため、大きく深呼吸する。


「はあ……はあ……やったのね、私たち……」

「はい! ルイーズさまはやっぱりカッコいいなあ……」

「あはは、やめてよ。みんなが力を合わせたから勝てたのよ?」

「それでもですよー。前に出て戦えるのは、ルイーズさまだけですからー」

「もう、やだなあ……でも、ありがとうね」


 アリスとベアトリスに褒められ、ルイーズは恥ずかしくなる。

 するとそこに、護衛のレティシアたち3人が拍手をしながら駆け寄ってきた。


「お見事です、皆さん! 初戦であれ程の実力を見せるとは……ルイーズ王女殿下はともかくとして、お二人は将来宮廷魔道士になってもおかしくないです!」

「そ、そうですか……えへへ」

「ありがとうございまーす」


 レティシアたちからの称賛を受けてアリスははにかみ、ベアトリスは柔らかな笑みを返す。

 レティシアは森の奥部を指差して、全体に指示を出す。


「さあ、もっと奥の方で訓練を続けましょう」

「はい!」


 レティシアを先頭に、ルイーズたちは鬱蒼とした森を突き進む。

 さらなる魔物と戦果を求めて──



◇ ◇ ◇



 エドガーは今、一部の兵士たちとともに合宿所の外で待機中だ。

 生徒たちの引率は兵士や騎士たちに任せているが、もし非常事態が起こった場合、信号弾や狼煙をあげるように指導している。


「そういえば、隊長は大丈夫かな……?」


 護衛隊の副隊長レティシアが言うには、隊長の男は体調不良とのことだ。

 心配になったエドガーは彼の看病に向かうことにした。


 合宿所の廊下を進み、兵士たちが寝泊まりする区画にたどり着く。

 そこから少し歩くと、一際豪華な装飾が施されたドアを見つけた。

 ここが、隊長の部屋である。


「魔術学院のエドガーです。お見舞いに来ました」


 エドガーはノックをするも、部屋の中は静寂を保ったままだ。

 何度もドアを叩き声をかけるが、一向に人が出てくる気配はない。


「大丈夫ですか!? 返事して下さい──って、鍵開いてる……」


 エドガーはドアを開けて中に入る。

 入った途端、血の臭いが部屋中に充満していた。


 室内にあるベッドの上には、血塗れになって倒れている男がいた。

 首・心臓・大腿など、太い血管が走っている箇所に刺し傷や切り傷があり、犯人の残虐性が見て取れる。


「くっ、もう死んでる……一体誰がこんな事を……!」


 エドガーは焦る気持ちを抑え、兵士たちに報告しにいった。

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