第27話 森林での襲撃

 ルイーズたち生徒とレティシアたち護衛は、森をひたすら歩き続ける。

 奥へ進むにつれて木々が多くなり、大自然の偉大さを感じずにはいられない。


「それにしても、随分静かね」

「はい、奥の方だと魔物が多くいるって思ってたんですけど……」

「森林浴にはぴったりですねー」


 ルイーズの何気ない呟きに、パーティメンバーは反応を見せる。

 アリスは思ったよりも魔物と遭遇しないのか、拍子抜けしているようだった。

 一方のベアトリスは大自然を満喫しており、なんとも呑気である。


「──止まって! 何かが来ます!」


 突如、護衛隊副隊長のレティシアが叫ぶ。

 その直後、ルイーズの耳には複数の足音が聞こえてきた。


 ふと、鋭く輝く物体が飛んでくるのが見える。

 ルイーズは剣を払い、投擲されたダガーを叩き落とした。


「もしかしてこれ……暗殺者の襲撃!?」


 無数の矢とダガーが、ルイーズやレティシアたち6人に迫りくる。

 この場にいる6人全員の魔術で物理障壁を展開し、武器の雨を防ぎきる。


 飛び道具は不利だと悟ったのか、剣や斧を持った戦士たち数十人が茂みから飛び出してきた。


 彼らの大半はいかにもなならず者で、恐らく傭兵・盗賊・アサシンなのだろう。

 だがその中に聖職者然とした男女が十数名程度いて、異質な雰囲気を放っている。


「アリス・カルヴァンだな! てめえを殺せば俺たちは一生遊んで暮らせるんだ。悪く思うな!」

「これより、《魔女》の妹──いや、魔女アリス・カルヴァンの死刑執行を開始する──やれ!」

「そんな……うそ……やだ……!」

「な、なんでアリスが!?」


 ならず者たちの口ぶりから察するに、彼らはアリスの命を狙っている。

 しかも聖職者然とした男の発言は、アリスが魔女である事を断言しているようにも聞こえた。


 これはどういうことだと、ルイーズは焦燥感に駆られている。

 だが、やることは決まっている。


 ルイーズは覚悟を決め、詠唱した。


「《我は彼の者を蠱惑こわくする者なり。彼の者の情動を征服する者なり。彼の者は我が虜囚りょしゅうなり》」


 ルイーズはとうとう禁じられた異端魔術、《魅了魔術》を行使した。

 師であるエドガーからも、そして教会や社会からも禁じられた「魔女」の秘術を。

 だがこの場で全員が生き残るには、こうするよりほかにない。


 味方であるアリス・ベアトリス・レティシアたち5人を除き、襲撃者は一瞬だけ呆けた表情となる。

 そして襲撃者の一人が、自身の味方に対して斬りかかった。


「うぐああっ! てめえ、何をしやがる!」

「うるせえ、あの女は俺のもんだ! ──ああああああっ!」

「抜け駆けなんて許せません……あの子は私が射止めてみせますっ!」


 ならず者や一部の聖職者たちは男女問わずいきり立ち、同士討ちを始めてしまう。


 ルイーズとしては、せいぜい足止めが出来れば良いと思っていた。

 しかし、まさか血みどろの「争奪戦」が勃発するとまでは想定していなかった。


 エドガーが魅了魔術を嫌っていた理由が、今ので思い知らされた。


「ルイーズ王女殿下! 今、何をなさいましたか!? 答えなさい!」


 レティシアはルイーズの両肩を掴み、怒鳴るように問い詰める。

 先程まで温厚そうだったレティシアの、急すぎる変貌に驚きつつも、ルイーズは冷静を心がけて答える。


「私が何をしたかはどうでもいい。今は逃げるのが最優先よ! ──アリス、行くわよ!」

「で、でもっ……わたし……!」

「グズグズしないッ!」

「は、はいっ……!」


 ルイーズは泣きそうになっているアリスの手を取り、合宿所の方へ向けて走り出す。

 それと同時に、エドガーに異常を知らせるために、魔術で生成した信号弾を上空に放った。



◇ ◇ ◇



「一体誰が、隊長を殺したんだ……」


 合宿所は今現在、混乱状態に陥っている。

 生徒たちの護衛を勤める王国軍隊長の死亡が確認され、合宿所に残っていた兵士たちは事後処理や警備体勢の調整に忙殺されているのだ。


 一方のエドガーは、嫌な予感がしたため合宿所の外で空を眺めている。

 もし学生たちに何かあれば信号弾が放たれるはずなのだが──


「ん?」


 突如、北の空にまばゆい光と黒煙が、何の前触れもなく現れた。

 あれはまさしく信号弾で、異常が発生した時に打ち上げるように教え子たちに指導してきた。


「──行くか」


 エドガーは焦る気持ちを抑えつつ、砂塵を撒き散らしながら北の方へ全力疾走した。



◇ ◇ ◇



「はあっ……はあっ……!」


 ルイーズたちは森林を駆け回る。

 彼女たちは今、魅了魔術が通用しなかった一部の聖職者、計5人に追われていた。


 そのうちの一人、カソック姿の神父は足が異様に速く、今にも追いつかれそうになっている。

 ルイーズは心を痛めながらも、意を決して命令した。


「護衛隊のみんな、あいつらの足止めをしなさい! これは王女ルイーズの命令よ!」

「はっ、かしこまりました!」


 レティシアを除く2人の女性兵士は、ルイーズの命令に従い立ち止まる。

 彼女たちは剣を構え、聖職者たちと相対し始めた。


 だが、健脚の神父一人だけは彼女たちの間をすり抜け、アリスに向けて剣を振るう。

 ルイーズは彼らの間に割り込み、神父と剣戟を交わす。


「女、貴様を殺すことが我らの目的ではない。アリス・カルヴァンの身柄を引き渡せば、貴様の身の安全は保証する」

「そう……それは残念ね! 《火よ!》」


 ルイーズは神父と鍔迫り合いをしながら、魔術で小さな爆発を起こした。

 神父は突如の攻撃に対応しきれず、数十メートル後方に吹き飛ばされる。


 しかし神父は地面に手を付き、後方転回──いわゆるバク転をして綺麗に着地した。

 地面を強く蹴り、勢いよくアリスに向けて走り出す。


 あれ程の攻撃を受けてまだ戦えるとは、あの神父は化け物だ。

 ルイーズが絶望しかかった時、一筋の光が神父を貫いた。


「──ぐはあっ!?」


 神父は横方向から光線魔術を受け、真横に倒れたあと動かなくなった。

 魔術が放たれた方向を見やると、そこには教師エドガーがいた。


「待たせてすまない」


 エドガーが助けに来てくれたと分かった途端、ルイーズは安堵のあまり腰を抜かしそうになった。

 それは彼の教え子であるアリスやベアトリスも同じだ。

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