第15話 不屈の精神

 一週間後。

 エドガーはクラスに馴染むことが出来、授業の質も安定するようになった。


 だが一つだけ、悩むべきか嬉しいと思うべきか分からないことがある。

 それは──


「先生、一緒にランチしましょう」


 教え子にして王女であるルイーズ。

 どういうわけか、エドガーは彼女に気に入られてしまったのだ。


 女の子に気に入られるのは嬉しい。

 しかしルイーズが王女である以上、他の生徒や教師からのやっかみは避けられず、エドガーは当惑している。


「ルイーズ、誘ってくれて嬉しいけど、友達付き合いは大丈夫なのか? 俺とばっかり食ってたら他の子達に嫌われるぞー」

「2日に1回くらいだし、大丈夫なんじゃない? その程度で離れる友達なんて、『友達』って言えるのかしらね」

「それもそうか。分かった、一緒に行こう」


 エドガーはルイーズを連れ、足早に教室を出る。

 もう昼時なので、彼はとても腹を空かせているのだ。


 廊下はすでに、多くの生徒たちでいっぱいだった。

 彼らはエドガーとルイーズを見るやいなや、すれ違いざまに二度見していた。


 彼らの反応は様々である。


 教師、あるいは平民との交流を大切にしているルイーズを褒め称える者。

 王女と仲良くしている平民エドガーに嫉妬する者。

 あれが王女ルイーズやA級魔術教師ジャンとの決闘に勝利した噂の新人教師か、とざわめく者。


 エドガーはそんな彼らの視線を気にしつつ、ついに学食に辿り着いた。

 学食はすでに多くの生徒や教職員で埋め尽くされており、とても賑やかであった。


 エドガーとルイーズは学食のおばちゃんに注文を伝える。


「スパゲッティ・アラビアータのセット、大盛りでお願いします。あと牛乳も」

「うそっ……信じられない……えっと、私は白身魚のフライ定食でお願いします」

「はーい」


 おばちゃんは厨房に戻り、配膳作業に入る。

 後は受け取りを待つだけだが、ルイーズは何故か戦慄していた。


「ね、ねえ先生……確かあなた、1週間前もアラビアータ食べてなかった……?」

「フッ……そういえばそうだった。っていうか、なんでそんな事覚えてるんだ?」

「あんたが私とアリスに食べさせたんでしょうが! そりゃ嫌でも覚えるわよ!」


 ルイーズは赤面しながら、エドガーを指差して糾弾する。

 よっぽど辛かったんだなと、エドガーは彼女に対して憐れんだ。


「後で分けてあげようか? あの辛さは病みつきになるから、禁断症状が出てるんじゃないのか?」

「い、いらない……あんなの、全然欲しくない!」

「でも本当はー?」

「いらない!」

「ノリ悪いなー」


 エドガーは思わず頭をかく。

 ルイーズは「まったく……王女さまをイジってそんなに楽しいの?」と呆れ返っていた。


 その後、彼らは出来上がった料理を受領する。

 2人がけの席に座り、ようやく食事にありつける状況となった。


 エドガーが注文したアラビアータからは、にんにくの芳香が漂っている。

 常人であればなかなか手が伸びにくい代物であろうが、彼はあえて修羅の道を行く。


「はふはふ……熱っ! 辛っ! はふはふ……」

「あなた、よくそんなもの食べられるわね……すごいわ……」


 エドガーはルイーズの熱い視線を感じる。

 承認欲求が強いエドガーにとっては、それはとても眩しいものだった。


 ルイーズは感嘆とも呆れともつかない溜息をついたあと、自らが頼んだ料理に手を付け始める。

 白身魚のフライや付け合せのサラダなどをとても美味しそうに食べていた。


「──ねえ、どうして辛いものが好きなの?」

「ん? おいしいからだ。最初は辛いのは苦手だったんだけど、『こいつすげえええ!』って言われてみたかったから食べるようにした。今は刺激にすっかりハマってしまってな」

「そうなのね……いや、その執念はほんとすごいわ。私だったら多分、好きになる前に食べるのをやめてると思う」


 そう、ルイーズの言う通り、エドガーの努力は涙ぐましいものだった。


 最初は承認欲求や「辛いもの食べてる俺カッコいい」という気持ちから、激辛料理を食べていた。

 しかしそのたびに舌が痺れ、何度挫けそうになったか分からない。

 だがそれでも、エドガーは執念をもって食べ続け、ついには味を楽しめるようになるまでに進化したのだ。


 ちなみにその諦めの悪さは、魔術・武術・体術でもいかんなく発揮されている。


「あなたの強さって、もしかしたらそれと同じなのかしら? 執念があったから修行にも耐えられたってこと?」

「そうだ。たとえ無理だと思えることでも、諦めなければどうにかなることもある。まあ、すぐに上達するとは限らないし、効率の良い手段を取る必要はあるがな」


 エドガーは窓の外を眺めながら、ルイーズに語る。

 ルイーズは「そう……」と、ホッとしたように呟いた。


「私、夢があるの。『魔術で人々を救いたい』っていう……それはあなたから見て実現可能だと思う?」

「難しいな……魔術は使い方次第だからな。例えば火属性魔術は人を殺すのにも、産業を発展させるのにも使えるだろう。回復魔術は一見人助けの最たるもののだが、悪人を治療してしまえば……いずれにせよ、まずは魔術を修めないとな」

「ええ……頑張る!」


 エドガーとルイーズは雑談や人生相談をしつつ、ランチタイムを楽しんだ。

 教師らしく有意義な時間を過ごせたと、エドガーはそう思っていた。

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