第14話 エドガーと国王との《契約》

 エドガーとルイーズは平民住宅街を歩き続け、ようやく繁華街に到着した。


 繁華街は住宅街と違い、夜でも明るく賑やかである。

 酔っ払いを含む大勢の人々が闊歩かっぽしており、話し声や笑い声が響き渡っている。


 二人が繁華街に向かったのは無論、遊ぶためではない。

 教え子と宿に泊まって快楽に明け暮れる、などというのは妄想の中でしか存在し得ない。

 もっともその妄想は、男であれば一度か二度、あるいは幾度となく考えることだろう。

 エドガーも例外ではないが、行動に移さないだけ常識人と言える。


 閑話休題。

 エドガーたちはすぐに馬車を見つけ、運転手に行き先を告げた。

 「王宮に向かって欲しい」と頼んだ際には驚かれたが、それは仕方のないことだ。


 彼らは今、馬車の客室にて隣り合わせになり、雑談をしている。


「繁華街はどうだった? こういうところに、しかも夜遅くに行く機会はないだろ?」

「そうね……賑やかだったけど、ちょっと怖かったわ……」

「まあ、そうだろうな。俺もあの雰囲気は苦手だが、たまにはいい刺激にはなる」

「それって、エッチなお店に行ったことがあるとか?」

「──フッ……私はこう見えても元聖職者でね、そういうものとは縁がないのだよ」


 ルイーズは「ほんとに~?」と、疑いの目でエドガーを見ている。

 馬車の中は決して広くないため、必然的に顔が近くなる。

 だが漢エドガーは顔をそむける事なく、彼女の顔をまじまじと見つめていた。


「更衣室を覗いた変態のセリフとは思えないわね」

「あれは不可抗力だ。わざとじゃない」

「まあいいわ。紳士の変態行為を許すのも、淑女の嗜みらしいから。あのとき下着姿をジロジロ見てたのはバレバレだったけど、許してあげる」

「あれはだ!」

「本当にそうなのかしらね~? うふふ……」


 ルイーズは愉しむように、エドガーに笑いかける。

 エドガーはとうとう答えに窮し、俯いてしまった。



◇ ◇ ◇



 しばらくの間エドガーと雑談をしている間に、ルイーズたちを乗せた馬車はとうとう王宮へと辿り着いた。

 馬車から降りて代金を支払った後、ルイーズが先導して門へ向かう。


 門には2人の門番が仁王立ちしていたが、王女の姿を見た途端、彼らは慌てた様子で近づいてきた。

 ルイーズとエドガーは彼らに事情を説明し、王宮に入る。


 そして、父王シャルルと話をするため、ルイーズはエドガーを連れて執務室に入った。


「ルイーズ、無事だったか!」

「父上、ご心配をおかけし申し訳ありませんでした!」


 ルイーズの目の前には、安堵の表情を見せた父王シャルルがいた。

 彼女は心の底から申し訳なく思い、シャルルに謝罪する。


 シャルルはその後、エドガーの方を見てこう言った。


「エドガー君、経緯を説明してくれ給え」

「はっ、私が平民住宅街にて帰路につく途中、悲鳴が聞こえました。駆けつけてみるとルイーズ王女殿下が盗賊に襲われていたため、お助けしました。殿下にお怪我はありません」

「そうか……娘を無事に帰してくれて、なんと礼を言えばいいか……ありがとう」


 シャルルは頭を下げ、エドガーに謝意を示す。

 エドガーは「どういたしまして」と返事し、恭しくしていた。


 それにしても、何故父上はエドガーの名前を知っていたのだろうか。

 ルイーズはそれが気になって仕方がなかった。


 彼女はエドガーとシャルルに問いかける。


「もしかして二人は……知り合いなの!?」

「ああ、エドガー君とは少し……ね」

「ど、どういう関係なの!?」

「ヘッドハンターと転職者の関係だ。教国から引き抜いて、魔術学院の教師として雇った。彼は魔術師としては優秀だったからね」


 謎がようやく解けたと、ルイーズは嬉しく思った。


 シャルルは昨日彼女に対して、学校生活と新任教師について唐突に質問してきた。

 何故そんなことを聞くのだろうとその時は思っていたが、なるほど確かに気になるわけだと、彼女は納得した。


 シャルルは父親の表情をしながら、話題を転換する。


「さてルイーズ、どうして護衛を先に帰らせて、夜中に一人で帰ろうとしたんだ?」

「平民たちの様子を観察するためです。ですが次からは護衛を付けた上で、昼間に行います。申し訳ありませんでした」


 ルイーズが述べた反省点は、先程エドガーに指摘された内容そのままだった。

 そして彼女自身も、まったくそのとおりだと反省している。


「反省しているのは分かるが、それでは辻褄が合わない。夜中に平民たちの様子を観察するというのなら繁華街に行くべきだ。しかしエドガー君は、お前を平民住宅街で発見したと言っている。夜中の住宅街は静まり返っているから、平民の営みを調査できるとは思えない。どういうことかね?」


 ルイーズが夜遅くに一人で街を出歩いた理由は、エドガーを尾行して秘密を探るためだった。

 だが、そんなことをエドガーがいる前で言えるわけもなく、彼女は嘘をついてしまったのだ。


「嘘をついたことは謝罪します。ですが個人的な理由なので、身内ではないエドガー先生の前では言えません」

「そうか、ではまた後ほど聞かせてもらおう──ルイーズ、食事にし給え。私は少しエドガー君と話をするから」

「かしこまりました。あと、今晩はエドガー先生に泊まって頂きたいと思っているのですが……」

「分かった。後で私から手配しておこう」

「ありがとうございます」


 ルイーズはシャルルに一礼した後、退室してドアを閉める。

 しかし彼女はダイニングに向かうことなく、ドアに耳をくっつけ盗み聞きをすることにした。

 目的は、エドガーの秘密を知ることである。


『──ふう……エドガー君、《例の件》については誰にも知られていないだろうね?』

『──ご心配なく。確信に至っている者はおりません』

『──そうか。ところで、ルイーズに君の魔術を教えてあげて欲しいのだが、どうだろう?』

『──そういえばそれも、《契約》のうちに入っていましたね。ですが今はその段階ではありません』

『──あくまでルイーズが《例の件》に気づいてから、ということだね。分かった』


 やはりエドガーには秘密があって、国王シャルルもそれを承知しているのだ。

 自分の目に狂いはなかったとルイーズは誇らしく思うとともに、少しだけ嫌な予感がした。




 その後彼女はしばらく盗み聞きをしていたが、大した成果は得られなかった。

 秘密を匂わせるような会話は交わされるものの、肝心な部分については一切言及されなかったからである。

 まるでエドガーたちが何らかの《設定》に基づき、「《密談》してる俺カッコいい」と悦に浸っているだけかのようだ。


 それが本当かどうかを確かめるためにも、できるだけエドガーの傍にいて観察するようにしよう。

 ルイーズはそう決意した。

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