第42話 なんか停止だって

「てな事があってね、知らない事ばっかりで失敗沢山してるんだ」

「あら、大変だったわね。けど知らない事は知れば良いわ。今回の事はどれもフミツキの糧となり経験になったと思うわ」

「ありがとう、みんな優しいし、そう思うことにする」


 文月は、食事をしているオリオニズに昨日からの出来事を話していた。

 オリオニズも食べながらではあるが相槌を打ったり考えを述べたりする。

 どことも分からぬ空間で、2人はテーブルに向かい合わせに座っていた。

 魔石を持ってオリオニズを訪ねたら、着席して待って居たのだ。


「けどリグロルにはやっぱり悪いことしちゃったなー、来るときもまだしゃっくりしてた」

「可愛らしいかったのでしょ?」

「うん、ぴって言ってた」


 てへへと笑いながら文月はリグロルのしゃっくりを思い出した。

 ちょうどオリオニズが食べ終える。


「お代わりいる?」

「そうね、頂くわ」

「分かった待ってて」


 たっぷり二人分の量はあったはずだがオリオニズはペースを落とさず食べきった。

 文月は席を立ち、スカートを翻し転移する。

 すぐに大きめのトレーいっぱいに食事を持って戻ってきた。


「お待たせー、妖精たちが大喜び」

「そうね、あの子たちは忙しいと嬉しがるから」

「ぴこぴこ揺れてたよ」

「可愛らしいこと」

「さあ、召し上がれー」


 言いながら文月はオリオニズの前に食事を並べてゆく。


「オリオニズってどれくらい食べられるの?」


 先ほどと変わらぬ速度で食事を進めていくオリオニズに文月は訊いてみる。

 なにせ、肉は飲み物です、的な印象を受けるのだ。


「分からないわ、限界まで食べた事ってないもの」

「ほへー、ガソリンみたいなものなのかな?」

「がそりん?」

「えーっと、機械の燃料って事なのかなって」

「よく分からないけど、多分そんな感じだと思うわ」

「足りなかったら言ってね、僕はまだ疲れてないから」

「ええ、ありがとう、遠慮なく甘えさせてもらうわ」

「うん」


 オリオニズの食べ方は礼儀作法がしっかりしており、その所作は見事だ。

 優雅な動きで大量の料理を華奢な体に次々と収める姿はまさにフードファイター。

 文月は一流選手のプレイを見ているような心持になった。


「お見事……」

「?」


 2回目の食事をきれいに食べ終わった姿に文月は思わず称賛をもらす。何のことやら分からずにオリオニズは首を傾げた。


「あ、食べる姿に見惚れちゃったよ。おかわりは?」

「ええ、フミツキさえよければ頂くわ」

「はいよろこんでー」

「妙な返事ね」

「僕もそう思うよ」


 オリオニズはもう一度首を傾げた。


 3回目の食事をしているとオリオニズがふと、手を止めた。


「そういえば明日は止まるわよ」

「え?なにが?」

「私よ、という言い方は伝わりづらいかしら。オリオニズ大陸が停止するって事」

「え?止まるの?落ちるの?」

「落ちないわよ、たくさん食べたでしょ。待っててあげるから討伐して来なさいな」

「討伐?あ、タルドレムが言ってたアレかな?」

「多分そうね。フミツキもそれだけ魔力が豊富なら討伐に出るでしょ?」

「え?どうかな?出るのかな?やだなー」

「王族の義務と思って出なさいな」

「まだ王族じゃないんだけどなー」


 不安げにぷすーっと文月は頬をふくらます。エンバラスの塔でワイバーンに襲われた記憶は新しい。現状では好奇心よりも恐怖心の方が勝っているのだ。

 討伐系のゲームは何度もプレイした。だが自分の目で見るという一度の経験は、百万回画面越しに見る経験を軽々と飛び越える。


「一度ワイバーンだっけ?に襲われたから……その、いやなんだよ……」

「あら、大変だったわね」

「かるいなー」

「けど無事じゃない」

「まあそうなんだけどね。目の前にすんごいでっかい口がぐわーって開くんだよ、しかも裸だったから」

「裸でワイバーンに襲われるってどういう状況?フミツキ生贄にされたの?」

「ちがうちがう!お風呂にはいってたの!」

「冗談よ、よく助かったわね」

「危なかったよー。タルドレムが来るのが一瞬でも遅かったらリグロルと2人で食べられてた」


 フミツキはエンバラスの塔でワイバーンに襲われた事をオリオニズに身振り手振りを加えて一生懸命話した。

 最後のおもらしの事は乙女の秘密である。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「明日って討伐?」

「そうだ、よく知っていたな」

「さっきオリオニズに言われたんだ」


 オリオニズに何度か食事を運んだ後、タルドレムとの帰りに文月は訊いてみた。


「僕も出ないとだめ?」

「強制ではないが……嫌か?」

「嫌というか、その、まぁ、怖い」

「安心しろ最後方にいてくれれば良い」

「タルドレムはどこにいるの?」

「最前線だ」

「え!?危なくないの?」

「怪我をする事はあるかもしれん、という程度には危ないな」

「んー?危ないのか危なくないのかわかんなくなってきちゃう、魔物と戦うんでしょ?」

「それはそうだが、1対1などではないぞ、軍で文字通り討伐して行くんだ」

「魔物の軍隊がぐおおおって迫ってくるんでしょ?」

「そんな規模では来ない。そもそも魔物の軍隊なんて無いぞ」

「あ、そなの?」


 文月は魔物の軍勢が地平線を覆い尽くさんばかりの規模で襲ってくるのを想像しており、その事を伝える。


「さすがにその規模で押し寄せて来られたら国の存続に関わるな」


 タルドレムは苦笑いをする。


「んー?なんか想像がつかない、どうやって討伐するの?」

「地形や状況に寄って変わるが、空からと地上からの両面から制圧するな」

「ふーん?」

「プテラは分かるか?フミツキと一緒にテラスから出発して城の周りを飛んだだろう。あれの部隊が空から索敵と先制攻撃を行う」

「何というか、うーん、狩り?」

「そうだな、大規模な狩りだと思って間違いないだろう」

「タルドレムはどっちに出る?空?地上?」

「地上だ」

「わー、なんというか、わー」

「なんだ?」

「うわー、怖くないの?」

「怖さはある、だが自信もある」

「ひゃーかっこいいじゃん」


 自信過剰にならず慢心しないその精神性に本気で格好いいと思ってしまった文月は隣のタルドレムを見上げる。

 好意を寄せている女性がちょっと頬を染めながら尊敬の目を自分に向けてくる。結果、タルドレムのやる気、爆上がり。


「フミツキも一緒に前線に出ないか?」

「えーやだ」


 タルドレムは自分の活躍を間近で見てもらおうと思ったのだがフミツキは素気無く断った。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ねえねえリグロル?」

「はい、なんでしょうぴっ」


 口の端がもにゅっとした文月だが我慢する。


「明日の討伐って僕は何すれば良いの?」

「フミツキ様のお役目は出発前に武器に魔力を纏わせることだと伺っております」

「あーってやつか……まだお腹が痛いんだよねぇ、はぁ……」


 憂鬱げに文月はため息をつく。


「フミツキ様、無理に参加されなくても大丈夫ですよ。お身体を優先しましょう」

「うーん、うーん、けど頑張る……」

「ご立派ですぴっ。けれど体調が優れなかったらすぐにおっしゃって下さいね」

「うん、ありがとう」


 自室に戻り、リグロルが入れてくれた薬草茶でちょっとずつ唇を湿らしながら文月は物憂げな返事をした。


「うーん……」

「何かお気になることでもぴっありますか?」

「えっとね、タルドレムって前線に出るんだって」

「そうですね、王族としての役割です」

「でね、さっきタルドレムに、一緒に前線に来ないかって誘われたんだ」

「あら、素敵ぴっ」

「けど、断っちゃったんだよね」

「あら、残念ぴっ」

「けどさー、タルドレムが頑張ってるのに僕だけ後ろでのほほんとしていて良いものかと思ってさ」

「良いんですよ、ぴっ」

「そうかな?」

「そうですとも、惚れた女1人守れなくて何が男でしょうか」

「ちょっリグロルっほっほっ惚れたってっ!」

「あら?タルドレム様のご好意はご存知でしょうに」

「そっ、それとこれとは話が別っ!僕はタルドレムの体を心配しているのっ!」


 頬を染めたフミツキ様がタルドレム様のお身体を心配しておられる!

 心配されているそのお気持ちの根源を自覚していただくためにも是非とも!明日は!前線に!行っていただかなくては!しゃっくりの一つや二つがどうしたぁ!!!

 さあ!さあ!さあ!お膳立ては整ったご様子ですね!これを機に更に更に親密になって頂きましょう!

 機会到来!逃してなるものですかぁ!


「フミツキ様、前線とは申しましても四六時中戦っているという訳ではありませんよ」

「え?そうなの?」

「はい、魔物は基本的に巣を作ります。民間にも魔物を討伐する者はおりますが、やはり巣の殲滅となると大人数で犠牲を覚悟して取り掛かる必要があります」

「あー、何となくわかってきた」

「御明察です」

「いやいや、外れてるかもよ?」

「民間で巣の討伐に取り掛かる際は損害が発生しますが、軍での討伐は損害は殆ど発生しません」

「あー、やっぱり合ってるかも」

「御明察です」

「いやいや、そんなそんな」

「つまり、討伐には戦っている時とそれ以外の時間というものが意外に多く存在しています」

「じゃぁその時間にタルドレムに会いに行くのは問題ないんだ」

「その通りぃ!大!正!解!」

「ちょっリグロル、こわいこわい」

「というわけで明日は頃合いを見計らってタルドレム様の陣中見舞いに行きましょう」

「陣中見舞いか……響きが格好良いね」

「ええその通りです、格好良いです」

「だよね陣中見舞い、良いよね」

「はい、良いです」


 本当ににっこりとリグロルは笑みを浮かべた。

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姫様になんてならないから! 三浦むさし @Miura_Misashi

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