第41話 なんか代償だって

 リグロルが夜中に叩き起こしたのはニムテクだった。


「このような時間にすみません」

「なんだい、あの子がまた何かやらかしたのかい」

「はい」


 ナイトキャップを被ったまま寝ぼけ眼でドアを開け、不機嫌を隠そうともしないニムテクの問いにリグロルは素直に肯定した。

 ニムテクは半開きだった目を開き、目頭を押さえて被りを振った。


「で?何やらかしたんだい、あのお転婆は」

「妖精の道を通って私の部屋まで来られました」

「なんだって?」

「今は私の部屋でお眠りになってます」

「全く……次から次へと……んで?」

「生理中でございます」

「あぁ、全くもう、そう言うことかい」

「はい、お手を煩わせて申し訳ございませんがご対応をお願いします」

「やれやれ、準備してあんたの部屋に向かうよ。まだ呼ばれないと思うがあんたは先に戻って見張ってな。抜き方は覚えているね?」

「はい覚えております。ありがとうございます」


 ニムテクに要点を伝えたリグロルは自室まで駆け戻る。扉を開けて文月が寝入っているのを確認してほっと安堵のため息をついた。やおらメイド服を脱ぎ始める。

 躊躇う事なく下着も脱ぎ去り全裸になって文月の毛布を捲る。そしてあっという間に文月も全裸にした。

 捲った毛布を床に敷き、枕を置いて、文月を慎重に抱き上げた。そっと頭を枕の上に乗せてあげ、毛布の上に寝かせた。

 リグロルは文月の隣に横になり、向かい合わせになる様に文月を自分に向かせた。そして上半身を密着させ足を絡ませて文月を抱きしめる。

 抱きしめられた文月は全く反応を示さず眠っている。その反応の無さは深い睡眠というより昏睡だ。

 ノックも無しにいきなりドアが開いたがリグロルは微動だにしなかった。


「よし、そのままでいておやり」

「はい」


 入室してきた人物はニムテクだ。ニムテクは裸で抱き合う2人を見ても動揺する事なく肩にかけたバックから瓶をいくつか取り出した。

 ニムテクは小瓶を傾け液体を二人の周囲に円を描く様にこぼしてゆく。次に濡れた場所に粉を撒いた。


「二人は同じ咎を受け同じ祝福を受ける、一人の食は二人を満たし、一人の傷は二人が負い、二人の時間は一つとなる」


 ニムテクが杖を床につき、言葉を紡ぐと撒かれた粉が光始める。3人は光の円に囲まれた。


「さて、リグロル、分かっていると思うがあんたも少なからず精霊界の影響を受けるよ」

「はい。承知の上です」

「よし、卵を置くよ」

「はい」


 リグロルは文月と合わせていた額を離す。文月とリグロルの額の間にニムテクは卵を置いた。

 文月とリグロルで、額で卵を挟んだ形になった。

 額で卵を挟むと今度は2人の体から淡い光が浮き出した。光は2人の体を舐める様に動き最後は卵に入ってゆく。


「よし……」


 2人の姿を確認してニムテクはそっと光の線を跨ぎ2人から離れる。


「リグロルや、わかっていると思うが今一度確認だ。血を流した代償を求めて向こうから来たモノにその卵を渡すんだよ」

「はい」

「その他の条件は無し。なるべくその卵だけで事を収めるんだ」

「はい、かしこまりました」

「私もこの場にいるが助力は期待するんじゃないよ」

「お任せください」


 ニムテクは部屋の隅に椅子を動かし座る。座ったまま杖を肩に立てかけ、そのまま目を閉じた。

 夜が明ける前、地平線が白み始める前にニムテクが片目を開けた。

 文月とリグロルを囲って静かに光っていた粉が1つ2つと浮き始め、ついには全てが跳ね始めた。

 文月の目が薄らと開いた。

 目の前にリグロルの顔。


「え?リグっ」

「しっ、お声を出さないでっ」


 声を出そうとした文月の口をリグロルがふさぐ。

 リグロルの小声に真剣味を感じ取った文月はクッと唇に力を入れた。

 自分の掌に当たっている唇が固く閉じられたのを感じたリグロルはそっと手を離す。


「妖精の道で血を流した代償をこれから払います。何があってもフミツキ様は決してお声を出さないようにしてください」


 文月は訳の分からないままコクコクと頷いた。

 部屋の隅がぼやりと歪み、そこから動物とも人とも言えない異形がのそりと現れた。

 四つ足の獣が無理矢理に立ち上がったかのような不自然さだ。たが頭でっかちなのでどことなくコミカルな印象を受ける。

 異形はのっそりと二人に近寄り、光の線の前で止まる。

 丸っこい4本の指の1つが文月を指差した。指の先端には不釣合いな鋭い爪。

 自分を指された文月は目線が外せないまま、両手で自分の口を押さえる。


「道ノ半ばデ血が流れタ……キた」


 動物の声帯を使って人の声を出した様な不自然な声。コミカルな外見とは似つかない妙な響きがあった。


「血は止まり命は長らえました。生命はここにあるので持ち帰りなさい」


 そう言ってリグロルは2人の間にあった卵を光の線の上に置いた。卵の左右を光る粉が跳ね回る。

 異形は1本の爪で卵を線の外に転がしてからつまみあげ、顔の前まで持ち上げると凝視した。小さく細かった目が片方だけくわっと開かれる。


「……、む……フタリ……ける」

「事は収まり傷は癒えました」


 異形は指を2本立て文月とリグロルを指さした。


 ごうぅ!


 異形が吠えた。文月とリグロルを囲っていた光の輪が弾け飛んだ。

 爪を伸ばし、異形が空中を引っ掻く様な動作をした。リグロルと異形の爪の間に糸が1本渡り、その糸を異形は巻き取る。

 糸を確認した異形は、現れた時の逆再生の様に後ろ向きに歩き歪みの中に消えていった。


「り、リグロル?糸が」

「大丈夫ですよフミツキ様」

「やれやれ、卵だけじゃ済まなかったね。リグロルや、体に変調はあるかい?」

「今のところは特にございません」

「わ、ニムテクさん、わっ僕も裸!なんで?!ニムテクさんは裸じゃないの?!」

「何を頓珍漢な事を言ってるんだいこの子は」


 そう言ってニムテクは杖を文月の尻にパチンと当てる。


「いっ!もう何が何だか、何が何だか?」


 胸を手で隠し、もう片方で尻を撫でながら文月は狼狽える。ちょっと涙目。


「申し訳ございません、フミツキ様。妖精との付き合い方をもっと詳しくお伝えしておくべきでした」

「あっ、そうだそうか、思い出した、僕シィトゥジィに妖精の道に連れてって頼んで……」

「その結果が今の状態だ」

「うぅ……ごめんなさい」

「なに、今回のは本人も言っている通りリグロルが事前に伝えてないのがいけないね」

「はい、おっしゃる通りです」

「取り敢えずあんた達はまず服を着な」

「「はい」」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 2人が服を身につけた後、ニムテクの説明によると。

 人間界と精霊界は、しわくちゃになった紙の上にもう一枚しわくちゃの紙を置いた様な関係と例えられるようだ。ほとんどの箇所はお互い干渉しないが紙と紙が触れ合っている場所は行き来がし易い場所と言われている。

 精霊界が身体に及ぼす影響は著しくて長時間いた場合、精神に異常をきたしたり、体が変形したり、ひどい時には変身を起こしてしまう。

 精霊界を起源とする妖精は人間とは別の生き物である。特に城妖精は善意しか持たない為、扱いと命令は注意が必要である。ただしそれらを注意して関係を維持できるのであれば非常に有用な隣人である。


「フミツキが妖精の道に入りたいと言った時、シィトゥジィは止めたり危険性を伝えたりはしなかったろう」

「はい、驚いて揺れただけでした」

「驚かせたのかい?そりゃまた見ものだったね。ま、何にせよ頼まれた事により起こりうる損害や、その後に予想される事態なんて全く考慮できないんだよ、妖精って連中は」

「ごめんなさい、僕、代償が必要なんて知らなくて」

「そりゃそうだ。普通は妖精の道に間違って入ったとしても別の知らない場所に放り出される程度で代償なんて要求されないのさ」

「え?でも、さっきの変なのは?」

「あれも妖精の一種さ。まぁ見張り番みたいなもんだ。妖精の道での出血は御法度だから、心配したか無礼者に腹を立てたのか。何にせよ妖精の道で怪我とかして血を流した人間の後に現れるのさ」

「え?でも僕は怪我なんてしてな、あ、血は出てました……」

「そういうこった。だからあいつはフミツキの後を追いかけてきたのさ」

「じゃ、代償って本当は僕が払わなきゃいけないものだったんじゃ……」

「流血の代償ってもんは2人で払うもんなんだ。血を流した本人と、元気な奴とでね。精霊界の流儀に沿ってるんだ。1人で支払うと傷口からキノコが生えたり花が咲いたりするよ。もし今のフミツキが1人で支払うと、どこに花が咲くだろうね?」

「……わぉ」


 お股がキュンとしちゃう文月。


「素っ裸でひっついてたろう。あれも支払いに必要な準備でね。なるべく2人の体温やら匂いやらを同じにしとくのさ。そして2人の元気というか生命力とでもいうのかね、それを卵に入れて渡すのさ」

「なるほど、それで裸に……」


 思い出し赤面。


「あ、でも最後にリグロルが糸みたいなの巻き取られてるように見えました」

「卵だけじゃご満足頂けなかった様だね。ま、体調を崩しても1日寝てりゃ治るような程度さ。どうだい、本人としては?」

「特にこれと言った不調はまだ感じておりません」

「うー、ほんと?具合悪かったらすぐに言ってね?」

「はい、ご心配ありがとうございます。本当に大丈夫ですよ、ぴっ」

「え?」

「すみません、ぴっく」

「え?」

「ふわぁーぁ、そんじゃ私ゃ寝直すよ」

「はい、ありがとうぴっございました」

「はっはっはっ」


 ニムテクは笑いながら退室した。


「あの、リグロル、その、可愛いね」

「まあフミツキ様っぴっ、からかわないでくださぴっい」

「ごめんね、僕のせいだけど、可愛いって思っちゃうよ」


 リグロルは口元と胸元を押さえてちょっと恥ずかしそう。


「ぴっ」


 リグロルは今日は1日中しゃっくりをする事になるようだ。

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