第21話 なんか告白だって

 オリオニズ大陸は空に浮いている。

 大陸と名がつくだけあり、その中で自給自足が可能なほどの広さだ。森林や山脈、川や平原がありそれらを開墾し畑にし街を作ってもまだ手付かずの土地がかなり広く残る程の大きさだ。

 大陸は記録に残る遥か昔から一定のルートを廻って飛んでいる。そのルートは大きな円を描いており、おおよそ370日前後で同じところに戻ってくる。

 常に一定の速度で飛んでいるのではなく一周回る間に空中で停止する位置が12箇所ある。止まった12箇所の下に広がる地域をそれぞれ貴族が統治している。

 大陸が留まっている際にその地方の魔物を討伐するのが王族の義務となっており血族は腕が立つものばかりだ。

 貴族も戦闘能力と独自の軍隊は持っているのだが、王族とその軍隊が持つ戦闘能力はそれらと一線を画す。

 日常的に貴族達も魔物討伐は行っているのだが魔物との生存競争は僅かずつではあるが日々不利な状況に追いやられてしまう。

 それを人間有利に押し戻すにはやはり王族参加の討伐が必要となっているのが現状だ。

 そういった事情のために貴族と王族には全ての国民が敬意を持って日々を営んでいる。


 さて空に浮き移動し停止するオリオニズ大陸だがなぜ浮いているのかはわからない、しかしどうやって浮いているのかは分かっている。

 大気の層に浮かんでいる航空船と違い、オリオニズ大陸は自らの力で浮いている。

 ラスクニア城の地下、その奥深くに大陸を浮かせている動力源があるのだ。

 おおよそ、そんな説明をタルドレムは文月に話した。


「動力があるということはその動力源が要求する活力がいる」

「なるほど、そうだね」

「ところがその活力の投入が出来る人間が限られていてな……」

「そうなの?」

「うむ、その場所……というかその行為が魔力を吸われるんだ」

「吸われるとどうなるの?」

「とりあえず疲れるな。そして魔力が少なくなりすぎると人事不省になる」

「えっと?気絶するって事?」

「そうだ」

「えーっと……その話を僕にしたってことは……」

「うむ、その通りだ。フミツキにその役を頼みたい」

「やっぱり……できるかどうかなんて分かんないよ」

「やり方は細かく説明するし疑問があれば何でも答える。大丈夫だ、難しいことじゃない」

「……あのさ……」

「なんだ?」


 文月はあごに指を当て思考する。


「僕がこの世界に呼ばれたのってもしかして……」

「……うむ、そうだ。オリオニズ大陸とラスクニア王国維持のためというのが主な目的だ」


 難しい顔をしながらもタルドレムは言った。

 むぅと文月はふくれる。

 王国維持の為という事は、その作業が出来る人なら僕じゃなくても良いわけだ。僕だけ運の悪い宝くじに当たっちゃたんだ。


「だが俺はフミツキが良い。フミツキが来てくれて良かったと心底思っている」

「なんで?」

「俺の妻にしたいからだ」

「つっ、ちょっ……」

「異世界召喚には王国維持の他に俺の嫁探しという理由も多分に含まれていてな」

「へっへぇーそ、そうなのー」


 タルドレムは椅子に座ったまま微動だにしていないが文月は本能的に身の危険を感じて腰を浮かせかける。視界の端にベットが映るのがいけない。とてもいけない。


「王族の魔力はかなり高い。そして魔力の高さは必ず子に受け継がれる。しかしどうしても少しずつ魔力の低下が起きてしまってな、適齢期で俺と同等の魔力を持つめぼしい候補者が見当たらなかったんだ」

「そ、それは大変だねー」

「いずれはフミツキと正式に夫婦になりたいと思っている」

「ふーふって、ふーふって。落ち着きなさいってちょっとっ」

「俺はいたって冷静だ」


 もはやドアの位置をちらちらと確認しだした文月を見てタルドレムは苦笑する。


「落ち着け。そこのベットで力づくでなんて考えてない」

「ホントに?」

「本当だ。信じろ」

「無理矢理はいやだよ?」

「嫌がっているフミツキを押し倒したりしない。絶対だ」

「信じるからね?」

「大丈夫だ、必ず俺に惚れさせる」

「ほれぇっ!って何言っちゃってんのさタルドレム!僕だよ?!」

「そうだ、フミツキだ。お前じゃなければ嫌だ。俺はフミツキが好きだ。だから必ずお前を口説き落としてみせる」

「ちょっ、ょ、にょっ、くどーって……」


 タルドレムは真正面から自分の好意を文月に伝える。

 女性からすら告白されたことの無い文月は男性からの告白でキャパシティが一杯である。


「ぼっぼっ僕が、すっすきっって……、あーた、それは……」

「おい?フミツキ?」

「きゅ~……」


 本当にきゅーと言って文月はベットに倒れこんでしまった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「大丈夫か?」

「むっきゅー!」


 目が覚めた途端に文月はベットの端まで飛びのいた。なにせタルドレムの顔が目の前にあったのだ。

 文月は自分の体をパタパタと叩き股間を押さえて自分の状態を確認する。そんな文月をタルドレムは苦笑いして見た。


「安心しろ、何もしてない」


 タルドレムは両手を開いて顔の横に挙げた。

 文月は自分の無事を確認しタルドレムの人柄を思い出し深呼吸をした。


「ふぅー……、うん、タルドレムはそんな人じゃない」


 たった一日ではあるが一緒に街を廻りタルドレムの人と考え方は本人が言葉にしない所作や仕草も含め、ある程度の把握はした。文月の人生経験から、タルドレムは自分の欲求を力ずくで叶えようとするような人間ではないと結論を出した。まあ文月の人生経験など高が知れているのではあるが。


「落ち着いたか?」


 そういうタルドレムの言葉は本当に心配から出てきた言葉だ。目の中に拒絶されたらどうしようという僅かな怯えが一瞬だが横切る。しかし必ず自分に惚れさせるという男の自信があっという間にそれを覆い隠した。

 タルドレムの目に現れた怯えを確認してしまった文月はちょっと罪悪感を感じてしまった。大丈夫だよ、あなたを否定なんかしないよ、そう言って近寄れればいいのだろうがそれをすると恋愛感情と間違われたらやっかいだ。

 それでも文月はベットに座ったまますりすりとタルドレムに近寄りその手に自分の手を重ねた。タルドレムの手がちょっと冷たい。


「えっとね?」

「うむ」


 ちょっと目線を上げたらまともにタルドレムと目が合った。文月は顔を伏せて目線を外す。

 照明が程よくおさえられた暖かい室内のベットの上にいる男女。もはやここからの展開は一つでしょうと思われがちな雰囲気だがその雰囲気に一役買っている文月は自覚無しである。

 ちらっと目を合わせ頬を染めて目線を外す仕草はたいていの男が『嫌がってない!ヤレる!!ガオー!!!』と誤解してしまうだろう。しかしタルドレムは努めて冷静に文月が誘っているのではないと判断する。


「あの、タルドレムの事は嫌いじゃないよ」

「うむ」

「けど、その、けっけっこんとかは今は無理、考えられないよ。だって出会ったばかりだし」

「ああ今はそれで構わない」

「あっけど結婚しなくても子供だけ、とかはもっとイヤだよ?」

「そんな事は絶対にしない」

「うん、よかった。タルドレムを信じてるからね」

「うむ、信じろ。必ずお前を俺に惚れさせる」

「ちょっ、またっ、そういうっ、もぅ……、はぁー……、まあ頑張ってね?」


 あまりに真面目に、あまりにまっすぐに、真正面から好意をぶつけられ文月は思わずくすりと笑ってしまう。本人は無自覚だが、男に好かれているという意識を持った女性特有の余裕からか文月に落ち着きと自信が芽生えた。

 自分を見上げ恥ずかしそうににこっと笑う文月にタルドレムはくらくらである。何より階段を上り下りして汗をかいた文月の匂いがタルドレムに届く。この匂いをもっと欲しい、この源を自分のものにしたいという怒涛の衝動が沸き起こる。しかしこの場面で一瞬でも攻勢に出たら間違いなく彼女は引くという事もタルドレムは理解しており本日何度目になるか分からない鋼鉄の意志を発動させ自分を押さえ込んだ。本当にタルドレムってば立派です。


「よし汗もかいただろうし風呂に入るか」

「ちょっと!それは無理!」

「ん?一緒がいいのか?」

「それが無理!!」


 文月は自分を抱きしめて飛びのいた。ころんと転がって両足が上になってスカートがめくれた。慌てて起き上がりおさえる。


「うわっ!うわっ!みた?!見た?!駄目だよ?!その顔は見たなぁ!」

「下着は見えたな」

「やっぱりー!!!」


 すぐそばにあった枕を文月は掴んでタルドレムに投げる。


「おっと」

「よけるなー!」

「ちょっと食い込んでたぞ」

「忘れろー!!」


 もう一つ投げた。タルドレムは笑って枕を片手で受け止める。床に落ちた枕も拾い上げて2つ一緒に文月に投げ返した。


「わぷっ!」

「わはは命中っ」

「怒ったからね!もぅ!タルドレムちょっとこっちに来なさい!」

「なんだ?」


 タルドレムは笑いながらベットの上に座り文月に近寄る。


「えいっ!」

「うぶっ!」


 枕を両手で持った文月がタルドレムの顔面に枕を振り回し当てた。


「やったな」

「やったよ!」


 文月はむふんと胸を張る。

 タルドレムも枕を掴み文月の顔に当てた。


「そらっ」

「このっ」

「よっ」

「えいっ」

「それっ」

「もうっ」


 笑いあいながら二人は枕を投げあいぶつけ合いベットの上で大はしゃぎ。

 文月の息が上がり二人の目が合い一緒にぷっと吹き出して枕投げ大会は終了した。お互いにずいぶんと幼いことで盛り上がってしまったという思いがあったがそれも心地よかった。


「さて風呂だ」

「嫌だってば」

「一緒じゃないぞ?」

「あ、そうなの?てっきり一緒に入るように誘ってきたのかと思っちゃったよ」

「まあ二人きりならそれも良いな」

「よくありません」


 口では嫌がっているものの心底嫌がっているわけでもない文月の口調と表情にタルドレムは未来に期待してしまう。オリオニズ大陸の維持は早急だが、文月の気持ちを開くのは急ぐまいとタルドレムは思った。

 自分が手を差し出すと素直に握ってくる文月を見てタルドレムは嬉しくなる。


「ん?嬉しそうだね」

「そうか?うむ嬉しいな」

「それは良かった」

「ああ良かった」


 2人で顔を見合わせ笑ってから部屋から出た。

 廊下は室内よりもちょっと寒い。文月は思わずタルドレムの腕を掴んだ。

 すこし奥まったところに浴場はあった。ちゃんと男女分けしてあり文月は一安心。


「フミツキはそっちだな。先に上がると思うが部屋まで戻れるか?」

「うん、一回廊下曲がっただけだからおぼえてるよ」

「よしじゃまた後でな」

「うん」


 タルドレムは男湯の方に入って行った。

 ふいに一人になって文月は気がついた。この先にあるのは女湯だ。そう女湯である。女湯なのである。人によっては桃源郷。またある人によってはパラダイス。男の夢とロマンとアレが詰まった極楽浄土がこの先にあるのだ。


「やば、僕入っていいのかな……」


 しかし落ち着け。日本で銭湯やスパ等に行ったときなど男湯の年齢層は高めだったではないか。とすれば女湯の年齢層も高めであるに違いない。妙な期待を抱いてはいけない。女を遥か昔に卒業した婆がげははははと高笑いしながらお湯に浮いているはずだ。妙齢の女性ばかりであるはずが無いのだ。

 妙齢の女性ばかりでした。


「うわっ……」


 張り艶のある美しい肌がそこかしこに見受けられる。当然だがみんな平気で裸になっていく。

 なんだか目線を向けるのが申し訳なくなって文月は思わず床を見つめて脱衣所の隅にそそそと移動した。このまま入っていいものかと文月は今更ながら戸惑う。

 このまま部屋に戻ろうか。しかし汗をかいたままというのもそれはそれでいやだ。

 よしっ、さっと入ってさっと出ようと文月は決心する。

 戸惑いながらも服を脱ぎ、かなりドキドキしながら下着を自分で外した。ブラを外すときに手間取ったが不審に思った人はいなかっただろうか。

 そういえばタオルも何も持ってない手ぶら状態で文月は不安になる。

 えいっ男は度胸だっ。

 と思ったものの視線は下に落としたまま文月は浴場の入り口くぐった。

 目線を上げた。世の中にはなんと色々な肌色があるのだろうと文月はある種の感動すら覚えた。

 そのなかでも一際白い肌色が近づいてきた。


「こんばんわ、お嬢さん」

「こんばんわって、リグロルっ!」

「あら、姉をご存知なんですね。私は妹の…………リルと申します」

「今、自分の名前考えなかった?」

「……さぁ?」


 とぼける人物は間違いなくリグロルだ。だって胸の先っちょとかデルタ地帯の生え方とか記憶と同じだもん。

 僕はどこで人物を記憶してるんだろうね?


「冷えますからまずは湯船に入りませんか?フミツキ様」

「僕、自己紹介した?」

「…………姉から聞きました」

「お世話になっております」

「いえ、こちらこそ」

「……入ろっか」

「はい」


 いつもどおりに差し出された手で文月もいつもどおりに支えられる。

 湯船の端に座らせてもらいリグロルは慣れた手つきで文月に足からかけ湯をする。自分もさっとかけ湯をしてリグロルは文月を支えながら湯船をまたいだ。

 ゆっくりと2人でお湯に浸かる。

 文月は安堵のため息をついた。


「ふうー」

「お疲れでしょう」

「うん、疲れたよー階段たくさん昇ったよー」

「エンバラスの塔は階段で出来てますからね。ちょっと失礼します」

「ん?」


 文月の隣からリグロルはお湯の中、足の方に周る。


「痛かったらおっしゃって下さい」


 そう言ってリグロルは文月の足の裏をお湯の中でぐっぐっと押し始める。


「あー、きもちいいー」

「それはようございました」


 嬉しそうにリグロルは文月の足の裏をマッサージしてくれた。


「ねえ、リグロル?」

「はい、なんでしょう?」

「リグロルが偽名使う必要ってある?」

「……無かったですね」


 ぴちょーんと天井からしずくが落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る