第20話 なんか階段だって

「だからねフミツキさん、お股の匂いを嗅がれたのをずっと怒ったままじゃルド君も気の毒よ」

「うぅ……はい、後で……謝ったほうがいいのかな……」

「フミツキさんが怒ったのは嫌だったから?それとも恥ずかしかったから?」

「あ……えと……恥ずかしかったから」

「そうよね。だから謝るよりも、怒っちゃうくらい恥ずかしかった、という事をちゃんと伝えればいいんじゃないかしら」

「うん……そうですね」

「大丈夫だとは思うけど、嫌だから怒ったんだって思われたら寂しいからね」

「それは……困る……」

「うんうん、嗅ぐときは二人きりの時にしてって言えば丸く収まるわ」

「それも困る」

「あら」


 馬車がごとんと揺れて止まった。


「着いたぜ。ゼンの群れから生き残った仲だ、機会があったらまた乗ってくれよ!」


 御者が荷台を覗き込み、にっと笑い声をかけてきた。


「ああ、機会があればそうさせてもらおう、またな。よしフミツキ、降りるぞ」

「うん。えっと……、奥さんありがとう。キュエンさんもありがとうね」

「あら私ったら自己紹介もせずに大変失礼しました。ニヤル商店のエリエと申します。またいつかお会いしましょうね」

「いえどうぞお気になさらずに、いずれまたお目にかかるときが来ると思いますがよろしくお願いします。それでは失礼します」


 礼儀正しくお辞儀をしてキュエンは荷台から飛び降り雑踏へ消えていった。

 商人家族にもう一度お別れを言って文月はタルドレムと一緒に荷台をおりた。


「塔に行ってみよう。この時間なら丁度いい景色が見られるはずだ」

「うん、任せるよ」


 馬車の停留所から二人は塔に向かって歩き出した。塔に向かう道は緩やかな上り坂だ。

 二つの塔の間は大きな運河になっており大型帆船がすれ違えるほど幅があった。実際向こうの岸の人間の顔が分からないくらい距離が離れていた。

 この道は人通りが多い。港という特性からか城下町よりも逞しい体型の人達が多いように感じた。


「んーと……ルド?」

「なんだ?」


 手を繋ぎながら二人は人波の中をゆっくり歩く。大きな船が通り過ぎ、水面を分けた波が船を追いかけて運河の壁面に打ち寄せる音が近づき、遠ざかっていった。

 塔の間に太陽が見える。太陽は夕方に近づき光は僅かに黄金色が混じり始めていた。


「あの……ごめん……」

「ん?何の話だ?」

「えっと、その、馬車で怒ったこと」

「気にするな。フミツキが怒っても当然だ」

「あのねっ。えっと。うん、その……」


 文月の言葉を待ちながら二人は坂道を進む。

 運河に面した通りは商店が立ち並び夕飯の買い物時間か人々が行き交い港町ならではの喧騒で満ちていた。ラスクニア城前の噴水広場よりもいささか品が無い呼び込みの声もこの街並みの特徴だった。

 その喧騒からちょっとだけ離れて二人はゆっくりと塔に向かって進む。


「うー……だめだー」

「何が駄目だ?」

「えっと、馬車で乗り合わせたご家族がいたでしょ。奥さんエリエさんて言うんだって。で、エリエさんが言ってたんだけど、……もぅ……怒っちゃだめだって言われたんだ」

「そうか」

「いや、そうじゃなくて、そうなんだけど……だめだー。うまくごまかせないや」

「なんだ?」

「あー、もぅっ」


 文月の自分自身へのイラつきにタルドレムはやさしく微笑みちょっとだけ支えた腕に力を込めた。

 言ってごらん。


「あのねっ。本当はこういう舞台裏というか、隠した意図とか見せちゃだめなんだと思う。けど、僕は駄目だよ。そのまま言うね」

「かまわないぞ」

「うーっ……怒ったのは恥ずかしかったからっ、イヤとかじゃないからねっ。エリエさんは二人きりのときにならいいよって言いなさいって言ってたんだけどそういう事じゃないから勘違いしないでねっ」

「そうか」

「……、……」

「……」

「……何か……言ってよ……」

「何を言えばいいんだ?」

「その、……何か」

「難しいな……じゃぁ俺も正直に言うか」

「なに?」

「いい匂いだったぞ」

「なっ……!」


 手を繋いだまま文月はタルドレムと密着していた体を離しつい顔を見合わせてしまった。

 いささか照れはあるもののタルドレムの表情は真剣だった。


(ちょっ!男の股の匂いをいい匂いって、あっ!僕、女だ!!女の人の股の匂いってどんな匂いなの!嗅いだことないから分からない!タルドレムに知られちゃった!僕の匂い!!く~っあぁっもうっもうっもーっ!!)


 夕飯準備の喧騒の時、二人の時間だけ止まっていた。


「~っもう!この話は終わり!……お粗末さまでしたっ」

「気に入ったのでまた頼む」

「やだっ」

「残念」


 くすくす笑うタルドレムのわき腹をぎゅーっとつねって文月は顔を真っ赤にして歩き出す。

 珍しく文月がタルドレムをひっぱっり、僅かづつ勾配が高くなっていく道を進んでいった。

 文月は自覚しない少しの残念さと自覚しすぎている大きな恥ずかしさに顔を上気させる。そんな文月をタルドレムは微笑ましく思いながら歩調を合わせた。

 自分を一生懸命ひっぱる文月を思わず抱きしめたくなるがタルドレムはその衝動をきっちり押さえ込んだ。お見事。

 二人の歩いている坂道は塔の8割位の高さまで続いている。そこから先は塔に巻きつくように作られた階段を上るようだ。

 階段は遠くからは塔に一本の線が巻きついているように見えたが実際は両手を広げてもすれ違えることが出来るほどの幅があった。


「ふぅー、はぁー、ふぅー、はぁー」

「大丈夫か?息が上がっているな」

「ふぅー、はぁー、今度はこの階段?」

「そうだ。負ぶってやろうか?」

「むっ、平気、ふぅー、頑張る」

「よし、どうしても無理になったら正直に言うんだぞ」

「うんありがとう。ふぅー、よしっ」


 タルドレムの腕をぎゅっと握って文月は階段を昇り出した。

 支えられながらも階段を昇っていると観光名所的なところなのかそれなりに人とすれ違ったり追い抜かれたりした。

 塔の壁面に片手を置いて反対側をタルドレムに支えられながら文月は昇る。

 腿がパンパンに張り、もはやなぜ昇っているのか分からなかったが元体育会系の根性が足を進ませ続けた。

 自分の足が鉄に変わったと思うくらい重くなり、もう無理かもと思った頃に階段の終わりが見えた。


「よしっ」


 自分に喝を入れ最後の道程をゆっくりとではあるが文月は踏破した。

 学校の運動場ほどの広さがある塔の天辺は丁度夕凪なのか風は殆ど無く緩やかに撫でるような風が文月の火照った体を冷やしてくれた。


「良く頑張ったな」

「ふぅー、えへへへ、部活で根性は鍛えられたからね。ふぅー」

「ブカツ?武術みたいなものか?」

「みんなで一緒にやる運動だよ。武術みたいに戦ったりしないんだ」

「なるほど。それは楽しそうだな」

「そうだね、体を動かすのは楽しいよね」

「ああ、俺も動かすのは好きだな。フミツキもう少しだけ歩けるか?端からの景色を見せたいんだ」

「うん、大丈夫だよ」


 文月はタルドレムと一緒に塔の一番端に近づく。

 あれ?

 近づくにつれて違和感を感じた。

 何かおかしい。

 ここは港だ。

 船も見た。

 空気が澄んでいるため遠く遠くの山脈まで視界が広がる。全方向を見渡せる壮大な景色だった。

 そう、山脈が見える。端に近づくにつれ目に入ってくるのは広大な山裾。そこから広がる豊かな森と大草原、その中をうねりながら滔々と流れる大河。

 そして文月達は塔の先端に立った。

 海は無かった。

 下を見るとめまいを起こしそうになるくらいの高度にいるのがわかった。

 塔は確かに高かったがこれほどまでの高さでは決して無い。

 高さがおかしすぎる。この景色はまるで航空写真。

 しかも下に見える山や森がゆっくりと自分達の足元にもぐりこんでゆく。

 これは……。


「うわ……ねぇ、ルド……山が動いてるよ。……違う。地面全部が動いてる!」

「ああ、このオリオニズ大陸は浮いているからな。あ、言ってなかったか?」

「言ってなかったよ!えっ?じゃぁラスクニア王国って浮いているの?!」

「ラスクニア城のあるオリオニズ大陸が浮いているんだ。下に見えているのもラスクニア王国の国土だぞ。ここから見える景色は全てラスクニア王国だ」


 愕然として文月は振り返りもう一度周囲を見渡す。

 見渡してみるが、見渡すことも不可能なほどの広大な景色。これら全てがラスクニア王国。

 雲が近づき足元にもぐりこみ地上への視界をさえぎった。


「うわぁあー」


 ふらりと文月は一歩下がった。タルドレムがしっかりと抱きとめる。

 王国って……飛んでる王国って……!

 タルドレムってこの国の王子って!

 その婚約者ってー!!!

 文月が今更ながらラスクニア王国の巨大さに打ちのめされていると足元の雲が通り過ぎ再び視界が通る。

 夕日の中に帆船が浮かんでいた。

 大型帆船だ。

 風を受け、帆を膨らまし、堂々と厳かに、黄金色になった夕焼けをまるで従えるように帆船が近づいてきた。


「うわー、うわー、やっぱりとんでるんだー」

「初めて見たか?」

「初めてだよ、初めてだよーもうなんて言ったら良いかわかんないよー」

「フミツキは雲を見た事はあるか?」

「雲?空に浮いている雲?それなら見たことあるよ」


 いきなり何の話だろうと文月は夕焼けの中、首をかしげる。


「空にも層があって、その層に航空船を浮かせるらしい」

「空の、大気の層……」


 大気の層。文月は自分の記憶を探り、すぐに見つけた。

 日本でも連なる雲の底がまるで透明なアクリル板を下から押し付けたように平らになっている景色を見た覚えがある。

 タルドレムはあの平らになっている表層に船を浮かべているというのだ。

 文月はもう一度帆船に目をやる。

 3本マストの大型帆船は静かに力強く、見えない大気を押し分けながら塔の間を目指して堂々と航行してくる。


「すごい……」


 目の前を大型帆船が通り過ぎ、塔の間に作られた運河に着水した。一旦喫水線が上がりそして下がる。立ち上がる水しぶきに遅れて聞こえる波音。

 それからは船らしく白波を立てて帆船は運河を進んでいった。


「いい景色だろう?」

「うん、なんだかすごいよ……すごすぎて言葉が出ないけど……すごいよ。すごい景色見ちゃった、ううん、僕、今すごい景色を見てる!」


 二人は帆船を追っていた目線を夕日のほうへ向けた。それはオリオニズ大陸の進行方向だ。

 風が少し強くなり文月のちょっとほつれた髪がなびく。


「広いね……」

「あぁ、広い」


 タルドレムが文月の隣から背中に回りぴたりと体をつけた。それだけで真正面から吹く風がタルドレムの体を避けるので文月にあたる風が弱くなった。


「ありがと」

「ああ」


 文月が冷えないようにタルドレムが風除けになってくれたのが言わずとも伝わった。

 夕日は黄金色から次第に赤みを増し本日最後の輝きを放っている。

 見ている風景に何かを考えそうで、何も考えられなくて文月は夕日を見つめる。

 大気が澄んでいるのだろう、記憶にある夕焼けよりも赤みは少ないがそれ以上に透明感があり見ているだけで体内から洗われるような気持ちになった。


「そろそろ降りるか」

「うん」


 タルドレムの提案に素直に頷き文月は密着していた背中を離す。

 冷えてきた空気が背中の温度を奪いぞくっとした。


「さむっ」

「おっと、急ごう」


 二人は階段に向かい一歩降りた。

 かくん。


「きゃ!」


 自分で思っている以上に足が疲れていたらしい。一段降りたらひざが抜け文月はへたり込みそうになる。

 予想していたようにタルドレムが危なげなく支えた。


「やはり足にきてたな」


 微笑みながらタルドレムは文月を立ち上がらせて膝と背中に手を回し軽々と持ち上げた。

 お姫様だっこ。

 いきなり持ち上げられ文月は慌ててタルドレムの首にしがみつく。

 だっこ完成。


「ちょっ、ちょっ!」

「冷える前に行くぞ」

「わっわっわっわっわっ」


 とんとんとんとタルドレムは軽い足取りで階段を降りる。文月と同じ運動をしたはずなのに全く疲れを感じさせない動きだった。


「わっわっわっわっわっ」


 タルドレムが階段を規則正しくおりるのに合わせて文月も同じ言葉を繰り返す。

 そんな文月がおかしくてタルドレムは笑いをかみ殺しながら階段を降りていった。


「わっわっわっわっわっ」

「わっわっわっわっわっ」

「まっねっしっなっいっでっよっ」

「ははははっ」


 タルドレムが文月に合わせて同じ事を言い出した。

 タルドレムが笑い、文月も笑った。


「「わっわっわっわっわっ」」


 二人は口を揃え同じリズムを刻み、お互いを抱きしめあい楽しそうに階段を降りた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「よし、立てるか?」


 そう言ってタルドレムが文月をおろしたのは階段の踊り場だった。階段の幅が広いだけあって踊り場も大きい。

 その踊り場に両開きの扉がついていた。昇るときには通り過ぎた扉だ。

 タルドレムはその扉を押し開ける。

 ごう、と暖かい風がうねり出て来た。


「このエンバラスの塔は中が街になっているんだ」

「え?この塔が街なの?」

「そうだ。色々あるぞ」


 文月を中へ入れてタルドレムは扉を手放す。バタンと閉まり動いていた空気が止まった。

 通路はまっすぐ伸び、出口からは明かりが漏れ喧騒が聞こえていた。

 通路を抜けると塔の内部が見渡せた。

 塔はドーナッツを積み上げたような構造をしており下のドーナッツが一番大きく上は段々穴が大きくなっていくような構造になっていた。

 文月たちが出てきたのは塔の上のほうだったので吹き抜けになっている内部がよく見渡せた。吹き抜けは急斜面のすり鉢状で下の階層に行くに連れて人が大勢いるのが見える。内部は明るく文月の受けた印象は巨大なショッピングモールだった。

 手すりから見渡していた文月が感嘆の声を上げる。


「なんだか、もう、うわー、うわー、わー」

「驚いたようだな」

「うん、驚きっぱなしだよ」

「はははは、フミツキは素直に驚くな」

「え?素直に驚く?」

「そうだ、なんでも素直だ」

「そうかな?え?褒められてる?」

「もちろん褒めているんだ」

「そっか、ありがとう」


 にっこり笑ったフミツキの頬をタルドレムはなで上げる。

 くすくすと文月が笑い頬と肩でタルドレムの手を優しく挟んだ。

 文月の可愛らしい笑顔と仕草にくらくらしながらもタルドレムは冷静さを保つ。


「そろそろ食事にしようか。たくさん歩いたから空腹だろう」

「賛成ー。お腹すいたね」

「さて、フミツキが気に入ってくれそうな店はあったかな」

「ルドのお勧めでいいよ」

「ふむ、好みを聞いても分からないかもしれないが一応食べたいものとかあるか?」

「ラーメンってわかる?」

「はははは、分からないな」

「おまかせしまーす」

「まかされまーす」


 笑いあい二人は階層を繋ぐジグザグに設けてある階段を降りていく。

 通り過ぎる階を眺めたが何となく似たようなお店が階毎に集まっているらしい。

 タルドレムは文月をいい匂いが漂う階に連れてきた。


「わー、レストラン街って感じの匂いだ」

「一店決めてゆっくり食べるのもいいが、何店かまわってみてもいいな」

「一店にしようよ。足が……」


 文月は自分の腿をもみもみする。


「そうだったな」

「なんでルドは平気なの」

「城内は階段だらけだからな」

「なるほどね」

「フミツキはお酒は飲めるか?」

「飲めない、かな?飲んだこと無いから分からないや」

「よし、こっちだ」


 方針が決まったらしくタルドレムは文月をエスコートする。

 タルドレムがつれてきたのは小ぢんまりとしているが落ち着いた雰囲気のお店だった。

 照明は抑えられテーブルの距離はゆったりと取られており、間には衝立を置き仕切られてあった。

 日本で言うところの個室居酒屋に近い雰囲気のお店だった。

 給仕に案内されてテーブルに着く。


「うわー、座れたー。座っちゃったーもう立てないー」

「そんなに疲れたのか」

「冗談、ちょっと大げさに言ってみただけ」

「立てなかったら抱いて歩くから構わないが」

「すっかり治りました」

「遠慮しなくていいぞ」

「遠慮じゃなくて照れちゃうでしょ。ずっと抱いてたら重いでしょ」

「羽の様に、とは言わないが軽かったから気にするな」

「じゃんじゃん食べて重くなろう」

「よし食べるか」


 メニューはタルドレムに任せて文月は店内を見回す。

 少し薄暗い店内は客層も行儀の良い人たちばかりに見受けられた。昼間の食堂のような事にはならないだろう。

 注文を終えたタルドレムと安心して目を合わせる。


「このお店も良く来るの?」

「よくは来ない。以前に来たことがあるというだけだ」

「ふーん、以前にね」

「そうだ、以前にだ」


 文月は微妙な顔になる。


「一人で来たんじゃないでしょ?」

「答え辛いことを訊くなぁ」

「わかった、訊かない」


 周りを見渡してみて殆どの席が男女のカップルで埋まっている。

 この落ち着いた雰囲気はカップルの距離を縮めるには適した店だと思って文月はちょっといじわるな質問をしてしまった。

 どうやらタルドレムは以前に女性と二人でこの店に来たことがあるらしい。

 ちょっとイヤな質問しちゃったなと文月は反省。


「ごめん、タルドレムが以前に誰と付き合っていたって僕にはどうしようもないもんね。嫌なこと聞いちゃった、ごめん」

「以前に来たのは貴族の娘とだ。向こうは俺の婚約者になりたがっていたようだが断った」

「あ、そうなの。どうして断ったの?」

「……フミツキじゃなかったからだ」

「えっ?……、……もーからかわないでよっ」


 貴族の娘と食事をしている時に文月がラスクニア王国にいるわけない。

 お前じゃなきゃ嫌だ、と言われたような気持ちになって文月は目を逸らし頬を染める。

 暗い照明でもごまかせないほど赤くなった文月の前にタイミング良くか悪くか料理が運ばれてきた。


「わぁおいしそう食べよう食べよういただきます」

「ふむ、食べようか」


 慌てたように食事に意識を向ける文月。

 タルドレムは幾分残念そうにしながらも以前の女性について文月がちょっと噛み付いてきたのが嬉しくて上機嫌で食事を始めた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 食事は見たことが無いものだったり珍しいものだったりしたがどれもおいしかった。デザートに果物の何とかまで頂いて文月はご満悦になった。

 甘いものを食べさせるとご機嫌になるな、とタルドレムはニコニコと微笑む文月を見つめる。

 しかしこの後に控えている話題を思うと浮ついてばかりではいられない。


「ふー、おいしかったね」


 そう言って笑いかけてくる文月に同意の返事をしてタルドレムも笑いかえす。


「さて、埋まる前に部屋を取ろう」

「え?部屋なくなったりするの?」

「たまに泊まれないときがある。中央の広場で夜明かしするか、酒場廻りをしてもいいが……」

「今日は横になりたいよ」

「だろうな。行こう」

「うん」


 二人で連れ添い、店を出て再び階段を昇ろうとした。


「泊まれる階は上だ」

「ひー」


 文月が引きつった笑顔で自力で階段に挑戦しようとしたので再びタルドレムが抱き上げた。

 再び頬を染め上げた文月だったが他にも同じように女性を抱きかかえる男性という姿が意外に多く見受けられた。その抱っこカップル達は泊まれる階に近づくにつれて多くなり、階段が多いのは男女の仲の進展のためではなかろうかと文月は思った。

 そのフロアの入り口は4箇所しかなくタルドレムはそのうちの1箇所で宿泊手続きをすませた。

 案内された部屋は広く暖かかった。照明が抑えられて気分的にも落ち着く。しかし問題が一つあった。

 ベッドが1つなのだ。

 大問題である。


「フミツキ、少し話さないか。いや話を聞いてもらえないだろうか」


 ベッドで頭が一杯になっていた文月にタルドレムがやけに真剣な口調で話し掛けて来た。


「うぁ、うん、いいよ」


 文月はタルドレムが纏った真剣な空気につられて姿勢をただし同じテーブルに着く。


「ラスクニア王国についてだ」


 文月の目をまっすぐに見つめタルドレムは話しだす。


「ラスクニア城があるこのオリオニズ大陸はもうすぐ落ちる」

「……え゛っ?」

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