第19話 なんか街道だって

 馬車は激しく揺れないとは言っても多少は揺れる。だがその揺れは宙に浮いているためにゆっくりしたもので、まるで荷台はゆりかごだ。

 商人夫婦の子供たちは両親の膝枕でとっくに寝入っているし膝枕をしているほうも子供達の寝息に誘われてうつらうつらとしていた。

 女剣士は目を閉じてはいるが背筋を伸ばしきちんと座っていた。彼女だけは眠っているというよりも目を閉じて耳を澄ましているといった風情だった。

 結構な速度で動いているはずなのに荷台の中は少し涼しい風が緩やかに動いているだけだ。

 無音ではなく風の音やスレイプニルの鼻息などがありかえって眠気が誘われる。

 文月も周囲に誘われるように眠気が襲ってきた。


「少し眠ればいい」

「……うん」


 文月が目をこしこししているのを見たタルドレムは静かに文月を促す。文月はすんなり目を閉じる。

 暗闇の中、自分の肩に手が置かれゆっくり抱き寄せられるのを文月は感じた。

 タルドレムの胸板にもたれかかるように文月は自分を預けるとそのまま安心して寝入ってしまった。

 文月の呼吸が完全に寝息になったのを確認し、商人一家も眠っているのを確かめたタルドレムが女剣士に声をかけた。


「ご苦労だな、キュエン」

「いえ、当然です。クジアから謝罪を言付かっております。対応が遅れて大変に申し訳ありませんでした、と」

「気にするなと伝えておいてくれ。あの店を選んだ私にも責はある」

「畏まりました。クジアに伝えておきます」

「キュエンがついて来るのは港までか?」

「はい、馬車を降りたら私は向こうの交代要員と代わります。それまでご辛抱ください」

「お前が来るということは街道に何かあるのか?」

「ご出発の時点で監視塔から連絡はありませんでしたが、万が一という事もありますので」

「そんなに心配することは無いと思うが、おっと……やれやれ、万が一が起きたな」

「そのようですね」


 そう言ってキュエンはスッと立ち上がり御者に近寄り声をかける。


「魔物に目をつけられた。絶対に馬車を止めるなよ」

「なんだって?!こんな時間だぞ、どこにも見えねえじゃねぇか」

「左後方からだ。まだ距離はある。何か武器は積んであるか?」

「弓と矢が30本。あと脅し玉が10個だ」

「お前は速度を上げて馬の制御に専念しろ。私が切り払う。近づいていたぞ……ゼンだ」

「ゼン?!何匹だ?!」

「群れだ」

「ゼンの群れ?!切り払うってゼンだぞ?!ゼンを剣2本でって……、あんた双剣のキュエン……さんか?」

「まぁそうだ」

「ゼンの群れと聞いてこれまでかと思ったがあんたがいてくれたんだ、まだ運はつきてねぇ!」


 ひゃっほーと己の恐怖心を押さえ込むのと鼓舞するための奇声を上げて御者は鞭を入れ速度を上げる。

 キュエンは御者台に立ち上がり後ろを見据えた。ポニーテールが勢い良くたなびく。


「フミツキ、起きろ」

「……んー?ついた?」

「まだだ。寝ているところすまないが、魔物が襲ってくる」

「……え?」

「目は覚めたか。魔物が来るぞ」

「ほんとう?」

「あぁ、後ろからこちらを追いかけて来ている」

「え?」


 タルドレムは文月が目覚めたのを確認すると商人たちを起こし事情を説明した後、慌てず安心するように伝える。


「弓は俺が引こう。どこにある?」

「足元だ」


 タルドレムが御者に声をかけると御者は自分の足元から弓と矢筒を引っ張り出し渡してきた。


「フミツキ、ワイバーンを覚えているか?」

「う、うん覚えてるよ」

「あの時と同じように矢に魔力を巻きつけてくれ。頼めるか?」

「えっと、うん、やってみる」

「よし」


 タルドレムはにっこり笑い文月の頭を撫でた後、矢筒を渡してきた。

 文月はテーブルを粉にしたのを思い出しながら矢を一本取り出し小さな声であーと言いながら糸を巻きつける動作をした。自分では成功したのかさっぱりだ。


「どうかな?」

「十分だ。ありがとう」

「いいえー」


 またタルドレムに頭を撫でられにっこりしちゃった文月だった。


「来たー!ほんとにキター!来やがったー!!おがーぢゃーん!!!」

「お前は前だけ見てろ」


 何度も何度も後ろを振り返りながら叫ぶ御者をキュエンがしかめっ面で注意した。

 このドアホ信じてなかったな。

 文月も後ろを見てみた。

 馬車が疾走しているのは広大な草原だ。時折潅木や岩が勢い良く後ろに通り過ぎてゆくが目線をさえぎるものは少ない。

 ライオンやトラなどの肉食獣的なモノを想像していたのだがどこにいるのだろうか。


「空だ」


 文月の視線で察したのかタルドレムが教えてくれた。

 幌の後ろに近寄り空を見上げれば青黒い鳥の群れが馬車にぐんぐんと近づいてきていた。

 数えるのがバカらしくなるほどの鳥たちが密集した隊列を組んで飛んでくる。

 カラスかと思ったがカラスはあんな編隊飛行はしない。


「フミツキ、中に下がれ」


 タルドレムが矢をつがえて荷台の後ろで片膝立ちになった。

 最初の一撃はタルドレムの矢かと思っていたら御者台から女剣士の気合が響いた。


「ハッ!」


 途端、群れの先頭の4羽が墜落した。

 女剣士の気合が続き、その度に数羽づつ地面に突っ込んでゆく。確実に数は減っているのだろうがはっきり言ってこのままじゃきりがない。

 文月がそう思ったときタルドレムが群れの中心に向かって矢を放った。

 高音を響かせ飛んで行った矢に鳥たちが引き寄せらればらばらになった。まるで矢を中心に強力な渦が出来それに吸い込まれたようだった。

 ドゥン!

 群れの中心にぽっかりと大穴が空いた。


「はっはー!!すげえー!!おがぁーぢゃぁーん!!」

「前だけ見てろ!」


 ギュエェエエエギュェエエエ!!!

 警戒音か悲鳴か鳥たちがいっせいに鳴き声をあげ始めた。

 そのあまりの怨嗟的な響きに文月や商人たちは思わず耳をふさぐ。


「ぎゅえぇえええ!!おがぁーぢゃぁーあーん!!」

「もう喋るな!」


 キュエンが、こいつ御者じゃなかったら百回切ってるといった目で睨みつけた。


「フミツキ!次だ!」

「待って!すぐ!」


 文月が慌てて矢に魔力を巻きつけてタルドレムに渡す。

 ゼンの群れは大穴から左右に分かれて馬車と併走する。


「キュエン!左!」

「はっ!」

「フミツキは矢の準備を!」

「うん!」


 タルドレムも御者台に乗り出し右側の群れに矢を射った。

 響き渡る重低音とともに群れの半分が消滅する。


「次!」

「はい!」


 タルドレムの手に文月が待ってましたと矢を渡す。

 その矢で右側の群れは数羽になった。


「次!」

「はい!」


 矢を受け取るとタルドレムは反対を向きキュエンの頭越しに射る。

 群れに矢が飛び込むと爆音と共にごっそりと数が減る。


「次!」

「はい!」


 キリキリと弦を引きタルドレムは矢を放つ。

 狙い違わず矢は群れの中心を射抜き大多数を巻き込んでバラバラにした。

 この時点でゼンの群れは両手で数えられるくらいにまで減った。


「すごいですね……」


 キュエンが感心したようにつぶやき剣を振る。一番近づいたゼンが一羽地に落ちた。


「もう任せて大丈夫か?」

「はいお任せ下さい」


 キュエンは気合と共に両手の剣を振った。5羽が仕留められる。

 もう一度剣を振り、鞘に収める。

 カチンと柄が鳴ると同時に最後まで飛んでいた3羽も地に落ちた。


「ひゃー!やった!やったぞ!明日の朝日が拝めるぞー!今日の夕飯なんだろなー!おがぁーッ」ゴツッ。


 キュエンの拳骨、痛そー。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「いやはや、ありがとうございます。助かりました」


 タルドレムとキュエンが元の席に着くと商人がお礼を言ってきた。子供達は母親にしがみつきまだ青ざめていたが母親に抱きしめられ大丈夫と言われているうちに落ち着いてきたようだった。


「気にしないで下さい。妻を護るついでですよ」

「つってっ!……ぁー……このっ!」

「ッと言っても予定なんですがね」


 商人から見えないようにタルドレムのわき腹を思いっきりつねったら補正が入った。


「そうですか、それはおめでとうございます」

「えぇえぇ、おめでたい事。あなた達のお子さんは間違いなく器量良しね」

「あははーあ、ありがとうございます」


 自分でも何に対してお礼を言っているのか良く分からないが文月はとりあえず愛想笑いをした。

 キュエンは既に目を閉じ腕組みをして会話に入りませんよオーラを出していた。

 それでも商人という職業柄か人柄か、何も無しというのは出来なかったらしい。キュエンの会話拒否の意思表示は分かっているだろうにそれでも話し掛けた。


「キュエンさんもありがとうございました」

「気にするな、モノのついでだ」

「それでも命を救っていただいたことには変わりありません。ありがとうございました」


 目も開けず、つっけんどんな態度をとるキュエンにも商人夫婦はきちんと頭を下げた。


「一家の命を救っていただいたのにお礼としてお渡しできるものが今これ位しかなくて申し訳ないのですが、どうぞ受け取ってください」


 そう言って商人が両手で出してきたのは金貨10枚。


「お気持ちは嬉しいですが、お気持ちだけで結構です。先ほども言ったように失礼な物言いではありますが、ついででしたから」

「いえいえ、そうおっしゃって下さるのはありがたいですが子供達の前です。恩を受けて返さないなんて親の姿は見せられないのです。どうぞ受け取ってください」

「そうですか、ではこれだけ頂きます」


 タルドレムは金貨を2枚だけ摘み上げた。


「え?それでよいのですか?」

「構いません。このお金、ヘミングでの売り上げなのでしょう?」

「え、えぇ、えぇ、そうですが」

「売り上げを全部使ってしまったら今後のご商売に影響が出るでしょう。それでも私達にとおっしゃるのであればどうかお子さん達に使ってあげてください」

「なんと……ありがとうございます。もはや何とお礼を言って良いのやら……」


 子供達を抱きしめ商人夫婦はもう一度深々と頭を下げた。


「キュエンさんも、お疲れ様でした」


 そう言ってタルドレムはキュエンに金貨を一枚手渡す。


「はっ、ありがとうござ、いや、うん、まぁ、そうおっしゃ、言うのであれば、喜んでちょう、う゛んっ、もらておこーか、申し訳ないっ!」


 最後だけ妙に真剣味があったキュエンだった。


「ねぇねぇゼンって危ないの?」


 文月はキュエンさんって面白い人だなーと思いながらタルドレムの袖をちょいちょいと引っ張って疑問を口にする。

 タルドレム以外が固まった。


「ああ、危険だ」

「そうなの?ルドとキュエンさんで軽々やっつけたようにみえたけど」

「普通あの数の群れに襲われたらまず生き残れないだろうな」

「え゛」

「羽に毒があって触れたらまず助からない」

「うわぁ毒って、たちわるいね」

「うむ、なので通常は遠距離から広範囲の魔法を打ち込むのが定石だ」

「なるほど」

「今みたいに剣と弓だけで殲滅する事の方が稀なんだぞ」

「そうだったんだ」

「特に今回は数が多かったしな。フミツキがいなかったら正直危なかった」

「僕も役に立てたんだね」

「勿論だ、今の討伐の一番の功労者だぞ」

「あはは、そう言われると嬉しいな。けどキュエンさんもすごかったよね。気合だけでやっつけたんだもん」

「いや、気合じゃないぞ」

「え?そうなの?」

「あの、私は斬撃を飛ばすことが出来まして、出来て、それで離れていても攻撃を当てることができるので、した」

「わぁそうだったんだ、ごめんなさい、勘違いしてました」

「いえいえいえ!謝って頂くような事ではありませ、ないです、ないよ、ない、なので相手が近くに寄れば寄る程、手数と威力を増すことができるの、なの、です」

「すごいねー、じゃあゼンたちが馬車に近寄れば近寄るほどやっつけやすくなるんだね」

「はい、その通りで、だ」

「キュエンさん、普通に喋ってもらって構わないですよ」

「はっ、お心遣い、ありがとうございます」

「ううん、そうじゃなくて敬語とか無理に使って頂かなくてもいいですよ」

「はっ、そうで、はい、いや、ありがどうも、です、だ」

「ねえルドはなんでそんなに震えてるの?」

「ぎにずるなっ、なに、珍しいものが見えたからな」

「ふーん?」

「まぁとにかく今回は死んでもおかしくない状況を潜り抜けられたということだ。ゼンは一羽だけでも脅威だからな」

「なるほどね。おかあさーんって叫んじゃうわけだ」

「言うなよー!言うなよー!助かったんだからいいじゃねえかよ!」


 聞こえてないと思っていたが聞こえていたらしい。御者の必死な答弁に全員が笑った。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 荷台の雰囲気もなごやかになったところで馬車の速度が落ちはじめ、やがてガツンと揺れた。車輪が本来の役割に戻り荷台はがたがたと揺れだした。


「そろそろなんだね」

「ああ、御者台に上がれば見えるだろう」


 文月はタルドレムに支えられながら御者台から顔を出した。進行方向に目をやると目的地が見えた。

 ここからでも見上げなければならない程の巨大な塔が二本聳えていた。

 その塔から布を広げた様な曲線で壁が作られており下に広がる街はまるで塔に向かって伸び上がるかのように幾重にも重なり建物自体が巨大な斜面を造っていた。


「二本の大きな塔が見えるだろう。あの間に船が入ってくるようになっているんだ」


 タルドレムが文月の腰の横に顔を出して下から説明をしてくれる。

 馬車がガクンと大きくゆれて文月はバランスを崩した。


「おっと」


 当然、タルドレムが支えてくれた。

 ええ、支えてくれましたとも。

 腰の横に顔があったタルドレムが支えてくれたんです。

 つかみどころの無かった文月はタルドレムを抱え込んだ。

 腰の横にいたタルドレムを抱え込んだんです。タルドレムの頭を抱え込んだんです。

 自分の股間にタルドレムの顔面を押し付けるように抱え込んだんです。

 半日歩き回り文月だってそれなりに汗をかいた。下着が密着している奥なんて言わずもがなである。

 鼻腔に押し寄せるように充満した匂いがタルドレムの脳を直撃する。

 文月の匂い。

 濃縮された香水よりも濃く、蜜を煮詰めたよりも甘い、男の脳髄をぶち切れさせる女の匂いだ。

 ……、……。


「やっ!!ばかあー!!」

「ちょっ待っ!動くなっ!あぶっ!いてっ!」

「あふっ!やだやだー!あんっ、んはぁ、もっ!もっ!もっ!」

「待て待て!落ち着け!叩くな!」


 性欲に流されるような軟弱な精神力では王族は務まらない。それでもタルドレムはこれまでの人生の中で最大限の自制を成功させた。

 ぽかぽかと頭頂部を叩いてくる文月を抱え上げてタルドレムは荷台に戻る。

 商人夫婦は頬を染めながらも子供達の目を両手で隠していた。

 キュエンは白々しいほどに体ごと後ろを向いて外を見ていた。けど耳赤いよー。


「もう!なんでお尻触るかな!」

「そっちか」

「そっちって何?!お尻じゃなかったらどっちなの?!」

「いや……、その……、お尻だ……」

「もう!」


 顔は勿論、首から胸元まで赤くした文月が理不尽な怒りをぶつける。

 タルドレムから顔を背けて文月はぷんぷんした。しかし胸にはタルドレムの腕を両手でしっかり抱え込んでいた。

 おまけにスカートの内の足は無意識にもじもじ。

 (匂い嗅がれた!タルドレムに僕のアソコの匂い嗅がせちゃった!!どんな匂いだったの?!)


「もう!知らないからね!」

「いや……、その……、すまなかった」

「もう!息、熱かったんだからね!」

「うっ……、そうか……、すまなかった」

「もう!それしか言えないの?!」

「あー……、キュエン、どうしたらいい?」


 キュエンが絶望的な顔で振り向く。

 王族の痴話喧嘩に巻き込まないで下さい!

 顔面蒼白になりぷるぷると顔を左右に振った。


「どうしてキュエンさんなの?!」

「まあまあ、えっとフミツキさん……でよかったかしら?」


 タルドレムの困窮振りが気の毒になったのか商人の奥さんが話しかけてくれた。


「あ、……はい」


 さすがに他人に呼ばれて冷静になったらしい。文月の恥ずかしさが原動力の怒りは急速に冷える。


「ちょっとお話しませんか?」

「え、はい……」

「淑女のお話ですから男性はどうぞあちらへ、フミツキさんこちらへどうぞ」


 奥さんは笑顔で男二人と子供二人を荷台の先頭側へ促し、自分はキュエンの側へ一人分あけて座りそこに文月を座らせた。

 文月の右にキュエン、左に奥さんという位置だ。

 キュエンが能面のような顔で奥さんを見る。

 あんた何してくれんの。


「フミツキさん、私達家族はあなたと一緒の馬車に乗れて本当に幸運でした。いくら感謝してもしたりないわ。ありがとう」


 そう言って奥さんは文月の手に自分の両手を重ねてにっこりとお礼を言った。


「あ、いえ、そんな、たまたまです。僕よりキュエンさんの方が凄かったですから。ね?」


 ほらぁ!こうなるじゃない!

 キュエンが顔面を引きつらせながら何かの表情を作ろうとして失敗する。


「いえ、わたくしなど、まだまだまだまだです、よ、だ。剣の道は険しく果てしないと師範からも言われてます、だ、よ」

「そうよね、キュエンさんもありがとう。本当に感謝してるわ」

「気にするな」むしろ構うな。

「それにフミツキさんの未来の旦那様、ルド君だったかな?にも感謝しなくちゃね」

「あ、……」

「ね?」

「……はい」

「あなた達二人の行動はとても素敵だったわ。息がぴったりと合ってお互いに信頼しあってるんだなって私にも分かったもの」

「え?そうですか」

「ええ、そうですとも。キュエンさんから見てお二人はどうでした?」


 振るな!こっちに振るなあ!!


「素晴らしいお二人で、ござ、ん、すと、私も思う、ぞな、もし、くぅこのっ!」

「ほら、キュエンさんだって悔しくなっちゃうくらい」


 そうじゃねぇよ!


「そんなこと……そう、見え、ましたか」


 矢に魔力を巻きつけ手渡した一連を思い出し文月は恥ずかしくなり小さくなる。顔が熱くなるのがわかり両手で頬を押さえた。

 初々しい文月に奥さんはくすりと笑う。


「フミツキさん達を見て悔しくなっちゃったって事はキュエンさんは今恋人はいないのかな?」


 振るんじゃねぇえ!!


「いないっ」

「あら、見る目が無い男が多いのね」

「キュエンさん綺麗なのに」

「っ!き、きれいだなんてっそっそんな!ご冗談をっおっ!」

「ううん、本当だよ」

「そうですとも、健康美を体現したような美しさよ」

「──ッ!」


 剣士として褒められた経験は幾度とあるものの女性として高評価を受けたのは初めてだ。

 キュエンは真っ赤になり腕で顔を隠す。


「ぐっぬっ!お、奥方だって子供が二人いるとは見えないくらい綺麗じゃないかっ」


 せめてもの反撃にとキュエンは奥さんを褒める。


「あら、ありがとう。やっぱり愛されてるからかしら」

「っ」

「っ」


 奥さんは何のテレも無く堂々と愛されていると口にする。その姿は女の自信で満ちていた。


「フミツキさん、まだでしょ?」

「まだ、とは?」

「ルド君に抱かれて無いでしょ」

「っ、そんなっ」

「キュエンさんも経験は無いかな?」

「なっ、ぐっ、このっ」

「お二人とも処女なのね」


 そう言って奥さんはやさしく微笑んだ。


「その時が楽しみね」


 どの時だ!


「ルド君に抱きとめられただけで照れちゃうから分かっちゃうわ。フミツキさん達を見てたら私も旦那様が恋しくなっちゃったから今夜は抱いてもらうように頑張っちゃう。そろそろ三人目が欲しいと思っていたのよ」

「が、がんばっちゃうんですか?」

「うふふ。頑張るのは旦那様なんですけどね。ちょっと薄い下着を着てお尻を突き出せば襲ってくるから簡単よ。子供達に早く寝てもらわなきゃ」

「そそそんな簡単に、その、だだ抱いてもらえるのか?」

「私、愛されてるから」


 自慢するわけでもなく勝ち誇るわけでもなく微笑を浮かべ事実をそのまま伝える目の前の女性は処女二人にとって眩しすぎた。


「はは初めてはやっぱり、その、痛いのか?」

「私はそうでもなかったかな?人によって差があるみたい。私は痛みは確かにあったけど喜びのほうが上だったわ。けど友人には体が股から裂ける様だったっていう娘もいたわね。何て言ってたかしら、そうそうミチミチッブチブチッだって」


 ひぃぃぃぃ。生娘達は青くなる。


「聞いたらちゃんと舐めてもらってなかったんですって、そりゃ痛いわよね」

「ななな舐めるって、どうやったらそんな状態になるんだ」

「どうやって?え?服を脱いだら裸よね」

「いや、それはそうだが、その……そもそも男の前で服など脱げないっ」

「じゃあ先に男を脱がすのよ」

「どどど、どうやってっ?」

「体を密着させて胸を押し付けるの。自分の股に男の片足を挟むでしょ。まず男のボタンを一つ外す、今度は自分のボタンを一つ外す。密着してるから当然脱がしにくいわ、けどそこが肝心。脱がしにくいから当然手間取るの、そうすると我慢できなくなった男の方が凄い勢いで全部脱がしてくれるわ。ベットに押し倒された時ちょっと腰を浮かせてあげないと下着を破いてくるから注意ね」

「で、できないっ」

「むりですむりですむりですっ」

「あらー、大丈夫よ二人とも男を悩殺しちゃう色気は十分持ってるんだもの」


 ピンクの空気を撒き散らしながら馬車は港町を進んでいった。

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