地獄に堕ちた人々
ポーリアは転んで顔から床に突っ込んだ姿勢から起き上がる事が出来ずにいた。怒号や悲鳴は耳に入らない。
――ああ、これだ。これだったんだよ私が感じていたものは。違和感という言葉とも違う、ここには重大な問題があるのではないかという直感。
不安はなかった。晴れやかな気持ちを顔に出す事なく、彼女は還るべき場所に思いを馳せた。ふと花を育てようと思い付いた。畝を幾つも作って、そこに色とりどりの花の種を蒔く。花は余計な事を喋くったりしない、きっと自分に合うはずだ。地獄の業火によって育まれる草木も在るのだと祖先が教えていた。
その
彼はバランスを崩し尻餅をついた。何が起こっているのかと辺りを見回して、先程まで点検していた飛翔機が滅茶苦茶なリズムで揺れているのを知った。周囲の機体を巻き込みながら横倒しになったりひっくり返る車両も出始め、それは彼の目の前の車両もだった。
圧し潰される寸前、彼は兄の名を呼んだ。ある日突然いなくなって、誰もその理由を説明出来なかった前任者を。
かつてアイズベルクと名乗った少女は狭い暗室に横たわっていた。闇黒に支配されていた彼女の精神が、一時の自由を得た。天使達が外の世界で次々に魂を引き剥がされ、それに伴い彼らが施した術式も力を失った――などと、知る由もない。
彼女は宵の空に飛んで行く、無数の輝く
嗚呼、と彼女は想う。なんて
闇に呑まれる寸前、彼女は目映い
リアが投げ捨てた檻から蝶が飛び出した。それが始まりだった。
この日の為に至る所に仕掛けられた
術式は魂と肉体を繋ぐ精神を焼灼し、戒めを失くした魂は己の還る場所を思い出した。
そうだ、やっと思い出したぞ。『私』達はずっとあの空の向こうへ帰りたいと願っていたんだ。どうして今まで忘れていたんだろう。私達の故郷、私達の安らぎ。
他種族にとってそれは、破滅を告げる宣告に他ならなかった。
アンドレアはリアの体に縋って立ち上がった。リアはびくともしない。
「目が見えないのをこんなに悔しく思った事はない、な。きっと素晴らしい景色、だろう?」
「ええ、それは勿論、独り占めするのが勿体ないくらいステキな眺めですよ」実際はアンドレアにも光の渦以上のものは見えなくなっていたが、嘘をついた。
「強欲なキミが『独り占めは勿体ない』、か」
地はいよいよその下にあるものを見せ始めていた。そこには炎があった。世界そのものを丸ごと呑み込んでしまうくらい簡単に成し遂げるであろう程の、まさしく地獄の業火が地上の有象無象を無差別に燃える舌で掬い取っていた。
燃え尽きる直前の蝋燭がほんの少しの間強く燃え盛るが如くに、アンドレアの生命力が正常な視力を彼に与えた。彼は業火を見て、その虜になった。これこそ私の原風景、他の
「まだここにいるおつもりで?」
「うん。ボクは
「では私は一足お先に行かせてもらいましょうか」アンドレアは戦車から身を乗り出した。「向こうでまたお会いしましょう。貴方に会えて本当に良かった」
「
翼はほとんどその機能を失っていたが、アンドレアにはどうでも良い事だった。何故なら、あとは引力に任せて落ちれば良いだけだからだ。天を望む天使達とは違い、地に堕ちる事を望むのが
「――どいつもこいつも気狂いの莫迦ばっかり」堕ちながら、彼はラボラスを、他の堕天使達の事を思った。ラボラスの思想は彼には最後まで理解出来なかった。他の連中は何だか凄そうという雰囲気につられるだけのうすのろばかりにしか――ああ、レアはどうしているだろう? これ以上の幸せなんてないのに、差し伸べた手を取らないで。
「なら、私だって気狂いの莫迦なのさ。そうでないと誰が言える?」彼は目一杯腕を広げた。過去、未来、全てを受け入れて抱き締める為に。
「我が真の名は
彼は炎と、冥府の住人達と一つになった。
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