記録機
腹の中で漏れた血が揺れるのを感じる。アンドレアは空前の苦痛を文字通り抱えながらどうにか己の屋敷に辿り着き、入り口の前にラボラスが立っている事に気付いた。
「へえ」平時は陰鬱な顔が奇妙に引き攣った。どうやら笑っているらしい。彼女が笑うのは初めて見た。「あんたもそんな顔出来るんだ。誰にやられたの」
「小娘に手酷く振られましてね。
「そっか。うんうん、何でも呼んだらいいよ。でもその前に一つ教えて」
「はい、何でしょう?」
「――こうすれば、あんたは死んでくれるのかい」
胸に灼けるような感覚。見ればラボラスの偽装が解かれ、獣めいた爪を持つ五指がそこに食い込んでいた。
アンドレアは人から攻撃を受ける事に慣れていなかった。大体は目で先読みして避けるか、自分から仕掛ける時も不意を打つのが常だった。先刻のレアに負わされた怪我も良くなかった、目を彼女の方に向ける余裕が失われていたのだ。
「……何故?」彼の口から血と疑問が零れた。
「いつだったか、あんたと話した事があったね。分化生命体は
「私は私の子供と生きていく。名前も付けたんだ、
引き抜いた手には赤黒い組織片が付着していた。ラボラスはくるりと背を向けると走り出し、振り返る事はなかった。
アンドレアは無性に笑いがこみ上げてきた。なんと馬鹿げた
「貴女は誤解をしていますよ、こんなものでは私は止まりませんよ! 私は尋常ならざる奇形児、心の臓一つ潰したくらいでは殺せないのです! ああ痛い、なんて痛みだ、いっそ笑える程の苦痛! それに、私が死んだとしても計画は頓挫したりしませんよ! 周到に積み上げて来たのですから!
血の巡りが狂い、脳髄は眠るように機能不全に陥っていく。やっぱり死ぬな、これ/こんなもので死ぬものかよ/私が足を止め、憩うのは地獄の業火によってのみ――纏まりのない
前に進もうとして、足がもつれた。顔面から地面に突っ込む。笑いが止まらない。私は
「
倒れたまま、這って進む事にした。翼の推進力を上方ではなく前方に向ける。その有様を碧い目が俯瞰した。
「私、は――」命令で造られた砲弾だ/地獄へ飛ばされる
目が一つずつ閉じていくのを感じた。残った目は恨めしげに彼を睥睨する。ああ、そうか、そうだったのか。私について離れない
私はやっぱりもう駄目みたいですね。間に合うかは五分といった所。それでも最期はあすこが良い、最初に私を見出してくれた
血を流し、地面を這い、汚れながら彼は進む。剥くべき玉葱は随分少なくなった、それでも最後までやり切らなくては、無粋な演出家が
「変わった匂い、だ。何かあったの」リアは盲目故に彼の異変に気付かない。しかしアンドレアはリアの変化を見た。祈るように固く組まれた手が解かれ、細い体の両脇に垂れている。
「そちらこそ。手、解けたんですね」
「……この世界が造られた時に生まれた
「良かったですね」
「キミはいいのか、集会の司会とやらは」
「心配要りませんよ、そんな事」相手が見えていないのは分かっていたが、それでもにっこりと笑った。「私は用意周到なので。こうして死にゆく時間を友と分かち合うくらいは簡単なのです」
「そう、か」
三十一区の外れに、放棄された
今、そこには人が集まっている。数は僅々百人足らず、いずれも異形の
「静粛に。静粛に」落ち着いていながらもよく通る声が説教台の方から響いた。皆口を閉ざしてそちらを見た。誰もいない。
説教台の上に、握り拳程の術式の塊があった。
「見よ。聞け。驚け。呆れよ。……」アンドレアが
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